見出し画像

夢か現実か、はたまた


『人は未知なものを恐れる。人は知ることでその恐怖から解放される。』
よく言われることであるが、実際にこれを身をもって経験したことが一度ある。
 
 
それは、寝ている時に突然やってきた感覚。
 
脳は起きているのに、目を開くことができない。
体がカチカチに固まって動かない。
仰向けのまま、二の腕から手の指先までが胴体にピタッと張り付いている。その胴体はと言うと、布団にへばりついて剥がせない。
苦しい。
 
( これが金縛りってやつか…! )
 
人生で初めてではあったが、なんとなくこれがそうなのだろうと思った。
目を開けたら落ち武者がいるかもしれない。私の体を押さえているのだろうか。
そんな金縛りについての浅い知識をもとに、架空の落ち武者と戦って体を動かそうともがいた。疲れて力を抜き、またもがく。これを繰り返すうちに、ゆっくりと、テープを剥がすように腕が胴体から離れるようになった。順に足や首も動くようになっていく。しばらくは全身が痺れていた。
 
3分ほどで落ち着いたのか、一息ついて目を開くことができた。そこにはいつもと変わらない布団からの景色があり、落ち武者なんていなかった。
呼吸もしにくかったため恐怖ではあったが、金縛り経験者の仲間入りをした気分で少しだけ気分が高揚したのだろう、「話のネタになってラッキーだな」などと吞気なことを考えていた。この時は特に意味なんて考えず、さほど気にしていなかったのだ。
 
 
 
その3日後、いつも通り眠りについて、夢を見ていた。
 
私は知り合いらしき人達と焼け野原を歩いている。
周りには古い木造の建物が点在していて、そのほかは何もなく、一面が砂景色。ふと空を見上げると雲一つない青空が広がっていたが、真上からなにかが落ちてくる。大きな鉄球のような塊がもの凄いスピードで、私だけをめがけて真っ直ぐに。逃げられないと思った瞬間にはもう遅く、体は吹っ飛んでいった。
気付いた時にはもちろん私は倒れていて、周りに人が集まってきた。「大丈夫か!?」という声が聞こえる。
 
その時体は、足の指先からひざ、太ももへ、そして手の指先からひじ、二の腕へと、徐々に“ヒト”から“モノ”へとなっていく感覚を覚えた。
 
体が動かない。しかし金縛りとは全く違う。あの時は動かそうとしても物理的に抑えられていて動かせない、けれど今は、動かせという脳の指令が手足まで届かない感覚だ。

 
説明がとても難しいのだが、「そこに置いてあるだけで、自ら意志をもって動くことはない“モノ”」である感覚。まさに人間が命を失い、体という体積を持つ“モノ”だけがその場に残るような、そんな気分だった。
 
周りの声が遠のいていく。夢の中で意識が薄れ、“モノ”になる感覚が全身に広がっていくのと同時に、私はゆっくりと現実世界の意識を取り戻した。目を開くと、またいつもと変わらない景色がある。気付いたら3日前に金縛りから解放された時と同じように体は痺れている。
 
私は体に命が宿っている、“ヒト”だった。
 

 
夢から醒めて、現実での出来事ではないと分かりほっとした。
それと同時に「これが死ぬ時の感覚なのだろう」と感じた。
人は命を失うとき、体が徐々にモノになって、この世界に置き去りにされる。
 
 
 
人は未知なものに恐れるとよく言われる。その代表的なものが「死」だろう。
 
もちろん、私は死ぬのが怖い。出来ることならば死にたくない。絶対に嫌だ。でも、死の瞬間を一度経験した(と思っている)ことで、「案外こんなものなのか」と知ることができた。
 
私は、少しだけ強くなれた気がした。
死を知ることで、強く生きていけるように感じたのだ。
 
 
 
これが本当に金縛りだったのか、ただの夢だったのか、はたまた別の現象なのかは分からない。この日以来、同じような経験はしていない。


#私だけかもしれないレア体験

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?