見出し画像

ゆうちょ銀行事件

 こんにちは。

 みなさんはパワーハラスメントという言葉を聞いたことがあると思います。実はこの言葉は、2001年にコンサルティング会社クオレ・シー・キューブの代表取締役岡田康子氏が名付けたことで、世の中に広がりました。

 昔から当たり前だった行為も、パワハラと名付けられるで問題があると再認識されるようになりましたが、それでもパワハラの問題がなくなっているわけではありません。そこで、今日は何がパワハラなのか、パワハラではどのような法律問題があるのかを考えるにあたって、ゆうちょ銀行事件(徳島地判平成30年7月9日判例時報2416号92頁)を紹介したいと思います。

1 どんな事件だったのか

 岡山大学を卒業した男性は、平成9年から当時の郵政省に採用され、その後の郵政民営化により、ゆうちょ銀行の従業員となりました。平成25年から徳島貯金事務センターで、国債の販売に関する業務などを担当していましたが、業務処理のスピードが遅く、記名国債に記名者の住所や氏名が記載されていることを確認し忘れたり、印影が符合するかの確認が漏れていたりするなどのミスを頻繁にしていたため、格上の主査の2人から「ここのとこって前も注意したでえな。確認せえかったん。どこを見たん。」、「何回も言ようよな。マニュアルをきちんと見ながらしたら、こんなミスは起こるわけがない。きちんとマニュアルを見ながら、時間がかかってもいいからするようにしてください。あと、作成した書類については、蛍光ペンで自分でセルフチェックを必ずしてください。見たつもりにならないように、きちんと見たところを一文字一文字マーカーでチェックしてから出してな」、「どこまでできとん。何ができてないん。どこが原因なん」と度々注意されていた。
 男性は同僚や妹に「死にたい」と言うようになり体重が15キロも減っていたので、心配した同僚が主査2名と係長にその事実を伝えたところ、3人とも真剣には受け止めてくれませんでした。その後、43歳となった男性は、「今回も移動がない。この職場から一生出られないだろう。もう無理」との言葉を発し、松山市にある実家に帰省した際に自殺してしまいました。男性の母親は、息子がパワハラにより自殺したとして、ゆうちょ銀行に対し、使用者責任又は雇用管理上の義務違反による債務不履行責任に基づいて、約8,200万円の損害賠償を請求しました。

2 男性の母親の主張

 息子は、パワーハラスメントを受けた結果、自殺しました。職場の人間関係などでトラブルを抱え、体調不良や自殺願望を訴えていたにもかかわらず、上司らは口々に「勝手に死ね」などと吐き捨てて対応すらしていませんでした。自殺の原因は上司のパワハラにあるので、上司たちには不法行為責任があり、またゆうちょ銀行には使用者責任、あるいは労働契約上の職場環境の安全配慮義務に違反しています。

3 ゆうちょ銀行側の主張

 部下の書類作成のミスを指摘して改善を求めることは、社内ルールで、上司としての当然の業務である。実際に、頻繁に書類作成のミスをしていたので、日常的に叱責が続いたが、上司が何ら理由なく叱責することはない。つまり業務上の指導とは無縁の誹謗中傷や、精神的・身体的な苦痛を与えて職場関係を悪化させたことはなく、ハラスメント行為に該当する行為を行っていた事実はないのです。また、本人が「死にたい」といっていることを聞いたことは認めるが、その口ぶりは冗談めかした言い方だった。
 そのため、係長や課長もハラスメント行為を放置していた事実はないので、母親からの請求は棄却されるべきである。

4 徳島地方裁判所の判決

 不法行為責任について、ミスを指摘し改善を求めるのは上司の業務であり、叱責が続いたのは男性が頻繁にミスをしたためであって、何ら理由なく叱責していたわけではないこと、男性に対する具体的な発言内容は人格的非難に及ぶものではないことなどから、両主査の叱責が業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法であったとまでは認められない。よって上司に不法行為責任はなく、これを前提とする使用者責任も会社は負わない。
 しかし、両主査による日常的な叱責は係長も十分に認識しており、係長ら上司は男性の体調不良や自殺願望が両主査との人間関係に起因することを容易に想定できたから、男性の心身に過度の負担が生じないように異動も含め対応を検討すべきところ、担当業務を一時的に軽減する以外の何らの対応もしなかったのであるから、ゆうちょ銀行には安全配慮義務違反があった。
 よって、ゆうちょ銀行には慰謝料など約6,140万円の支払いを命じる。

5 労働施策総合推進法でパワハラ防止の義務化

 今回のケースでは、上司の指導自体は不法行為ではないと判断されましたが、会社が職場の環境を安全なものにすべき義務を怠っていたという理由で、遺族に損害賠償が認められました。

 また2022年4月より、すべての会社でパワハラを防止するために、①事業主の方針の明確化、周知・啓発、②相談体制の整備、③迅速かつ適切な事後対応、が義務づけられています。

 現状としては罰則規定がありませんが、労働基準監督署などに通報された場合には、企業側に何らかの指導が入る可能性がありますので、事前に対策が必要でしょうね。

【労働施策総合推進法30条の2】
① 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
② 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
③ 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。
④ 厚生労働大臣は、指針を定めるに当たつては、あらかじめ、労働政策審議会の意見を聴くものとする。
⑤ 厚生労働大臣は、指針を定めたときは、遅滞なく、これを公表するものとする。
⑥ 前二項の規定は、指針の変更について準用する。
【労働施策総合推進法30条の3】
① 国は、労働者の就業環境を害する前条第一項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。
② 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
③ 事業主(その者が法人である場合にあつては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
④ 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。

では、今日はこの辺で、また。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?