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たくさん歩きたい



手術

一昨年の6月、右膝の手術をした。
原因は成長痛からなるオスグッドシュラッター症候群。
簡単に言えば、持病とも言える成長痛と、過度な運動により通常よりも肥大化してた膝の骨が腱にひっぱられ欠けてしまう、と言った感じ。
元より走るのが好きで、自衛隊時代ではほぼ毎日のように走っていた。
フルマラソンにも出たことがあった。
そんな最中で起きたこの出来事は、当時の自分にとってはなかなかに堪えていた。

この先の不安。
山は登れるのか?
そもそも走れるのか?
体力維持できるのか?
というか自衛隊、続けられなく無いか…?

結果、膝に鞭を打ちまくり約1年半のリハビリ(ランニングと登山)を経て、万全な状態となった。

お見苦しくて失礼。
膝に書かれたop(Open)を見た時は
かなりのショックだった。




そして、これを通して感じたことは、たくさん歩きたい、という強い思いだった。


歩くことへの、謎の執着

さらに前の中高生時代では、万年文化部。
スポーツはむしろ嫌いで、でも走ることだけは好きだった。
そしてなぜか、その頃から長く歩くことが好きだった。

中学2年生の頃、たしかとても暑い夏の3連休。
愛知県の中央で暮らしていたけっけは、海が見たいという理由から、伊勢湾まで行きそのまま知多半島を周回する計画を立てる。
学校からから帰ってくるとドイターの30Lザックに衣類やマット、シュラフを詰め込むとその日の23時から歩き始めた。

そこから7時間かけて、常滑市の伊勢湾に出た。そこで1〜2時間ほど横になった。
そこから動き始めたら、膝裏の尋常じゃない痛みに襲われた。
スーパーに寄り、ポリ袋に氷を詰め込んでアイシングするも、痛みはすぐに引くことはなく、渋々と南知多を目指して歩み始めた。

その日の夜は、どこかのビーチにあったベンチでの青空野宿。
いつもみていた星が、いつもよりずっと奥まで見えた。
見ているうちに瞼は重くなり、気がつけば太陽の日差しにもろに当たって日焼けしていた。

結果、南知多半島の先端まで行き、そこで公共交通機関に乗って帰った。
2日間で130キロ…若さゆえの有り余る体力からか、未熟ゆえの無茶な歩行か、これが自分がの中での初めてのロングトレイルとなったわけだ。


そして今、これから

中高生時代でひたすら歩いていたのは、いつしか登山にすり替わっていた。
18歳以降は静岡県の中部で働いていたので、南アルプスの深南部を練り歩くのが休みの日課になっていた。

そんなこんなで膝も全回復した今、自分は古道巡り、石仏や神社仏閣巡りを趣味にするようになった。
山や道を歩くことに意味を見出し始めると、これが意外に楽しかった。
特に富士山付近やその周辺の山々は、宗教と密接な山ばかりで、その歴史や暮らしを知るのが楽しかった。
今思えばこれを巡るのも、リハビリの一環だったのかも。

そして今、厳冬の北海道を歩き巡る計画を立てている。
憧れ?でもあった、宗谷岬での年越しを起点に沿岸沿いを練り歩く予定だ。
その昔、キスリングを背負い日本中を行き交っていたカニ族のように、自分の足で自由に思いのままに歩きたい。

北海道ウトナイ湖からみた日の出と毛嵐



さあどうなる事やら………9ヶ月後が楽しみだ〜。

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