小説 空気 4 テレビのニュース

居間に戻り、テレビを付けた。近くで寝ていた妹が寝返りを打ったので、慌ててリモコンを握り、音量を下げた。

お母さんがコーヒーカップを片手に居間のテーブルに座った。

「今日の主なニュースです。〇〇県警の不祥事、警察の覚醒剤事件隠蔽の闇が明らかになりました。・・・」

私はお母さんを見た。お母さんは無表情でテレビを眺めている。

この前の日曜日にテレビの討論番組を見ていた時、お母さんと議論したことを思い出した。
「お母さん、リクルート事件で有罪になった人たちは牢屋に入るの?」
「多分、入らないよ。」
「なぜ?」
「そういう判決になったから。」
「ふーん。」
私はお母さんからテレビの方へ視線を移した。私も淡々と続けた。

「じゃ、牢屋に入る人はどんな人?」
「どんな人って、言われてもね。」
急に来た変な娘の質問に明らかに困ったように答えた。

「お母さんは警察官だったでしょう?パトカーで警らしてた時に、偉い人の車があって、明らかに駐車違反してても、見逃すの?」
「何を急に。」
お母さんは、握っていたコーヒーカップをテーブルへ打ち付けるように置きながら言った。私も、飛び散ったコーヒーに一瞬驚いたが、お母さんの強い視線をじっと睨み返しながら言った。
「知りたかったから。」

少しの沈黙が流れた。

「そうね、何とも言えないけど、大きな組織だから。上の命令は絶対だから、そうしろと言われればね。仕方ない。分からないけど。」
お母さんは、奥歯に物が挟まったような感じで、言葉を絞り出すように答えた。
「何とも思わないの?」
ただお母さんがどう思っているか聞きたかっただけなのに、こう言ってしまった後に後悔した。やはりお母さんを怒らせてしまった。
「うるさいわね!一部分だけ見て言わないでよ。」
お母さんは急に立ち上がった。
「お母さんのお友達の警察官見てみなさいよ。誰も出世とは無縁よ。中央から遠いところばかり行きたがる、長閑な駐在所勤務の警察官ばかりでしょうよ。幹部にも立派な人はいるよ。どんな警察官になりたいかは選べるのよ。」
お母さんの機関銃が飛んできた。

「もういいでしょう。」
そう言うと、お母さんはまた腰を下ろした。

「ふーん。」
私はまたテレビに視線を移しながら、言った。納得できなかった。お母さんの言葉は私が聞きたいことでない気がした。
「上に立つ人がお金に目が眩んでしまうことは、とても怖いことだね。リクルート事件はとても大きな事件だと思うんだけど。」
お母さんはつまらなそうに答えた。
「あのね、世の中ってそんなもんじゃないの?こういった人たちが、そもそも反省なんかしてるのかね。政治ってそんなもんかも。」

「そんなもんって。じゃ、悪いとも何とも思ってないなら、逮捕も裁判もする意味がどこにあるの?警察が、何か大きなものに守られない普通の人たちに、見せしめを与えるような、そんなところに思えてくるよ。」
少しずつ、自分の問いたい言葉に近付いてきた気がした。

「それも極端だね。そんなこと言わないで。色々な人が居るんだから。」
お母さんは落ち着きを取り戻して、静かに言った。

「仕方ない、仕方ない、って誰もが思っていたら、偉い人たちがいつか、とても悪い人たちになってしまいそうな気がする。それがとても怖いことのような気がする。」

警察の不祥事のニュースを見ているお母さんに続けて話しかけた。
「やはり大変なことだね。」
「よほど悪かったのねきっと。」
「よほど悪くもなかった場合は隠されるの?」
お母さんは、またか、という顔をした。私は構わず続けた。
「大きな組織だから仕方がない?世の中ってそんなもん?」
私はただただお母さんの考えが聞きたかっただけだった。お母さんは私の完全な味方になってくれるのか、確信になるような言葉を探したかった。
完全な味方じゃなければ、今日起きた事を話せない気がした。
ただ単に、お兄ちゃんと何を話していたかやお茶を飲んでしまったことを問い詰められるだけような気がしてきた。起こったことが自業自得と突きつけられたくなかった。

「あのね、誰だって良くないことなんて分かってるのよ。」
お母さんは少し気だるそうに答えた。
「じゃ、どうしてこうなったの?仕方ないってずっといつも思い続けるの?」
私は心底不思議な気持ちでお母さんに聞き返した。
「・・・。うるさいわね。私にも分かるわけがないでしょう、そんな事。」
お母さんはコーヒーカップを握って台所へ立った。
お母さんの背中を目で追いながら、今日起こったことをお母さんに相談してみるのはやめておこうと思った。

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