見出し画像

小学校に入学しないという選択

次女が小学一年生になる。
当然姉のようにホームスクーラー希望だし、私も地元の小学校に進んで行かせたいとは全く思わない。
結果から言うと次女もホームスクーラーからスタートすることになりそうだ。

しかし最初から学校に行かないのはどうなんだろう、、と。。随分悩んだ。
でもよくよく考えてみると「学校に行くこと」を基本として考えること自体がすごく凝り固まった考え方だとおもう。

そもそも学校に行けば基礎的な学びが得られる、、といまだに学校の方に言われるがそれも幻想でしかないし、むしろ漢字でも掛け算でも本人の興味関心に従って独学で学ぶくらいのことはできると思う。(実際に長女はできている)

では、学校でしか経験できないこととは??それは共同生活だと思う。
いろんな人がいて、いろんな考えがあることを知れる場所が学校。
しかしそれは大いにわかってるんだけれど、それをまず最初に基本とすることが本当に重要なのか?
ハッピー不登校を基本としても、のちに共同生活を学ぶことだってできる。。。
かもしれない。

そう、どっちにしても”かもしれない”。。のだ。
これはもう誰にも分からないことだ。

真面目に大学まで卒業して血迷ってる人だらけの世の中で何かを正解とすることはできないと思う。
教育には答えはないのだ。
日本は基本的には教育を選べない。私立公立の二択で、それ以外は全て道から外れたことになる。
でも先進国の教育を見てみると驚くほどに日本は遅れている。
教育はカスタマイズしたり、時期によって柔軟に選んでいく国さえある。
どうしても日本の基本は変わらないし9割以上の人が普通に近所の学校に行くことが正しいと考えている。いや、考えてもない。疑うことなんてまずない。
そういうもんだと思っている。
変わらないから当たり前と思っているだけで、世界の目で見たらどうなんだろうか??私は違和感でしかない。

でもあらゆる教育を選べる国だって、どこに行けばいいかとか、ここに行ったらOKというような正解はない。
だって全員が全く違う生き物だから。

次女のこれからが楽しみだ。ちなみにすでに学校には連絡したが案外スムーズに対応してくれた。諦められているのか、呆れられているのか、前向きに捉えられているのかは正直わからないけど、私はそれはどうでもいいし、ちゃんとお付き合いもしていきたい。

ただ、姉が行ってる教育支援センターにいきたいと行ってるが、センターのかたは既に苦笑いだ。
ここは学校に行けなくなった人が来るところ、、と。。。
前にも長女の最初の学校でネガティブじゃないと不登校を認められないと言うようなことがあったけど、、、とにかくこり固まりすぎていてびっくりする。
泣きながら行けばいいのか?w
ま、行くところなかったら旅でもするか。。。

そうそう、移住してきて2年たちようやく地元の方との付き合いが持てるようになってきたので、私も音楽を通して子供達が学べる場所を提供しようと思う。
これもとても楽しみ。



ぜひサポートお願いします。 皆さんの気持ちが更に私の勇気になります!