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小話『ララ、ヨウランに出会う』

兄ジェイドの仕事の都合で新しい街へ引っ越して、2年目を迎える。
ほぼほぼ引きこもりに近いeveだが、時折意を決し出掛けることもある。と言っても行先はスーパーマーケットなのだが、引きこもり気味の彼女にとっては、それが一大決心だったりするのだ。

何せ、このところジェイドが多忙のあまり夕飯ぐらいでしか顔を合わせることがなく、何故か朝は3時ぐらいからいないことが多い。なので、週末に2人で買い出しに出掛ける恒例行事も一カ月ほどなく、ネットスーパーで耐え忍んでいたのだが、冷蔵庫の中の品揃えが悪いことに案の定パットに「いい加減、買い出しに行け!」と激怒したのが今朝のことだった。

「お兄ちゃん、今日も遅いみたいだし、夕飯何にしよう」

先程ジェイドからメールが入り、今日もとてつもなく帰宅が遅いとわかって、少し寂しい気持ちを抱きながらeveはマンションのエレベーターに乗り込んだ。パットは特別な鷲だから、何故か古今東西のレシピを知っていて教えてくれるので、あまり表情のないジェイドも喜んで食してくれる。今日はオリエンタルな国の炒め物を作ろうと言って、必要なものをパットが口頭で告げてくれたのをスマホに打ち込んでおいた。

「あら、あたしを置いて行くつもり?」

エレベーターのドアが閉まる寸前に乗り込んできたのは、茶色い毛並みの小柄な雌猫だった。

「ララも一緒に行ってくれるの?」
「もちろん。あなたの行くところなら何処へでもね」
「お店の中にいるときはバッグの中に隠れるのよ」
「もちろん!」

ララは鷲のパットが何処からか連れてきて仔猫の時から育てた子で、でもどうしてか可愛がっているパットではなく、eveにべったりだったりする。故にパットが不在の時は必ず外出について回る。今日、さすがにスーパーマーケットに鷲を連れていたらおかしいと、パットが留守番を申し出たので少し心細かったから、守ってあげなくてはいけないほどの可憐なララであっても一緒に出掛けてくれてとても嬉しいとeveは思った。

「最近、変な服を着た若い男がうろついているから気をつけろってパットが言ってた」
「そうなの? 物騒になったわね」
「ツバメの子も襲われてたところをパットが助けたわけだし、その変な服を着た男ももしかしたら妙な組織の人かもしれないし」
「お兄ちゃんは大丈夫かしら? だって、朝は真っ暗な時に家を出ていって、夜は深夜に返ってきて、殆ど寝てないんじゃないかしら。襲われたら大変」
「大丈夫よ、ジェイドはあの凄い強面だもの、あのおっかない顔を見たら多分みんな逃げ出すし」
「あははは、そうね。お兄ちゃん、身内じゃないと良い人ってわかってもらえないほど怖い顔だものね」

そんなおしゃべりを楽しみながら、eveとララはマンションの一階に到着し、エントランスを抜けて外に出た。行きかう人の波を見て、eveは少し戸惑う。人前に出るということは、引っ込み思案の彼女にとって勇気のいることなのだ。マンションの生け垣を抜けようとしたとき人々の異様な視線を感じて、eveは思わずいぶかしんだ。そして、その視線の先を辿っていけば、不思議な服を着た男性がマンションの生垣のレンガに腰掛けて、両手で顔を覆いながら頭を抱えるようにしてうずくまっているのが見えた。

「大変、気分が悪いのかしら」
「でも、妙な服を着ているじゃない? パットの言っていた男かもしれないから近付いちゃ駄目よ、eve」
「具合悪そうだから、そんなことを言ってちゃ駄目よ。ララ、バッグの中に入ってね」
「入らないもん」
「じゃぁ、猫らしく振舞ってね」

そう小声で言うと、eveは迷わず、その男性に近づき、「御気分が悪いのですか?」と声を掛けた。すると、「え?」と言って、顔を上げた男性はまだ年若い青年だった。キリリと見上げる涼しい目がどことなく兄のジェイドの眼差しと重なった。

「具合が悪いのですか?もし、具合が悪いのなら、私が病院に電話しますよ」
「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れて目が回ってしまって。病院は行かなくて大丈夫です、医者の不養生と馬鹿にされてしまいます」

そう言って、小さく笑う彼をみて、どうやらこの青年が医者なのだと言うことを知った。とは言え、そんな医学に精通している彼がこれほどまでに衰弱する理由は何なのか。妙な服装も気にかかり、思わずパットの顔が脳裏を過る。

「ならば、ご家族に連絡しましょうか?」
「いいえ、まだ帰るわけにはいかないんです。実は人を探しているのです」
「人ですか?」
「えぇ、もう一か月ほど歩き回って探しているんです」

電話もメールも交通も発達している現代社会で歩いて人探しをするなんて、やはり訳ありなの?とeveは思わず身を固くした。

「僕の医学の師匠にあたる人なんですが、この町に似た人を見たと聞いたので慌てて来たんですよ。一年前に急に診療所を出奔してしまって、あとは任せたと言ったきり連絡もなくて。元々、放浪癖のある先生だったんですけど、急にいなくなって僕も含めた弟子たちがみんな困ってしまって」
「まぁ」
「ドクターアントニーっていう名前なんですが、知りませんか?」
「ごめんなさい、知らないわ。実は私も兄に連れられてこの街に来て2年いるのだけど、殆ど一人で外出しないからわからないの」
「そうですか」

がっかりする青年を眺め、eveは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ララをそっと見やると、「にゃーん」と鳴いて、eveの足と青年の足へ交互に身体を擦り寄せて甘えている。警戒心の強いララがゴロゴロ喉を鳴らしているということは、危険がないという意味だ。

「うちの先生見つけないと、診療所のみんなが困ってしまうし」
「でも、その前にあなたは少し休んだ方が良いわ。この町にそのお師匠様がいるのだったら、私が少しずつでも聞いて回るし、警察に相談しても良いと思うの」

でも一番はパットに聞くことよね、とeveは思っていた。何せ町の殆どの事件や事故、情報をいち早く持ってきて教えてくれる情報通のパットなら、最近出入りしたという人の情報を持っている可能性が高い。

「ありがとうございます。すみません、名乗りませんで。僕、こういう者です」

差し出された名刺には漢方医ヨウランと書かれていた。そこでようやく、妙な服装の理由に合点がいった。つまり、変わった服装というのは東洋風の医者の服なのだ。

「まぁ、漢方医学の先生なのね。だったら、お師匠様が見つかるまで、南方薬振堂のカイマ先生のところに置いてもらったらどうかしら。兄がよくそこで大量のハーブや漢方薬を購入するので、私にとっては数少ない知り合いなのよ」
「大丈夫でしょうか、急に僕がお邪魔しても」
「わからないけど、兄の顔利きで上手くいくことを願ってみるわ。とりあえず、南方薬振堂に行きましょう」 
「ありがとうございます」

ヨウランが嬉しそうに笑った。笑うと八重歯があるんだ、とeveは子供のようなヨウランの表情を見て、この人の力になれると良いなと願った。

eveがヨウランの荷物を半分持ってあげ、ゆっくりとした足取りで薬局に向かって歩いて行くのを、ララは背後からジッと眺めていた。

「ヨウラン・・・。ヨウランって確か・・・?」

ララはヨウラン、ヨウランって誰だったっけなぁ、と何度も呟きながらeveの後を追った。

《続》


ここに登場する”ララ”は、実はminneで販売している《お澄まし猫のララちゃん》のモデルだったりします。

小説のララちゃんを再現できるように目元の表情に苦心しました💦

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この度はサポートして頂き、誠にありがとうございます。 皆様からの温かいサポートを胸に、心に残る作品の数々を生み出すことができたらと思っています。