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「尿意とカバ」アフリカ大陸縦断の旅〜ケニア編⑨〜

 2018年8月30日、1日目のサファリもついに終盤となり、バイキング形式のディナーを満喫した私たち。煙草を吸うために屋外へと出た私の頭上には、満点の星空が広がっていました。暇とロマンは表裏一体。
 そしてサファリ2日目。早くも見飽きてしまった草食動物への対処法を考え、ゾウの存在感に圧倒され、キリンのスタイルに憧れ、ダチョウの記憶力を羨望し、チーターが競歩選手であると理解したところで、私の午前中は終了してしまいました。


「この近くにライオンがいるらしい。そこに行ってから昼食にしようか。昨日みたいに変な音鳴らして、怒らせないように!」

 もう2度と肉食動物に本気で吠えられたくはない、ピストル所持のセキュリティに追われたくもない。双方の逆鱗に触れないように、なるべく静かに微笑んでいようと誓いました。緊張で乾いた唇を潤し、リラックスするために水をこまめに摂取。

「(サファリってこんなに緊張感あるもんなん?手汗と尿意がすごいわ。交感神経からアドレナリン大放出で膀胱収縮や。ライオンでトラウマ。あー恐ろしいややこしい。)」

 そろそろ近づいてきた様子。ライオンは見えずとも、それを囲むミニバンの台数がその人気を物語っていました。

「着いたぞ!鳴らすなよ。絶対に鳴らすなよ。」

「(丁寧にフってきてるなぁ。鳴らすしかなくなるやん。複数回の鳴らすなよ=鳴らせ。こんな文化がケニアにあるはずがない。本心で注意してくれてるだけや。マサイマラにおけるジャパニーズコメディのパイオニアになれるチャンス、、。ライオン前でダチョウ。黙ってろ俺。)」

 色々と思い巡らせたものの、1ボケ1ライフはどう考えても割に合わないという英断のもと、だらだらと昼寝をしている覇気のないライオンを見ながら、静かに微笑んでいました。

「もう写真撮り終わったかー?昼食の場所に移動するよー!」

「良かったぁ。今回は何者にも怒られてない。」

「無事に撮影終了〜。何か疲れたなぁ。」

 張り詰めていた車内から、乗客たちの力が抜ける音が聞こえてきました。しかし、未だに交感神経フル稼働の私の体はとても正直でした。今にも膀胱が破裂しそうな予感。

「すいません。トイレに行きたいんですが、どこか近くでできるところありますか?」

「後30分で昼食の場所に着くから、それまで我慢できるか?」

「30分!?無理です!!!」

「そうか。ここは肉食動物のエリアだから、絶対に降りてはいけない。10分ほどで草食動物のエリアまで行けるからそこまで待ってくれ。」

「分かりました!お願いします!」

「(後10分。やばい、耐えれるか?もうライオンの緊張感はない。今から副交感神経が働いて、膀胱を膨張させてくれるはず。いやでも、漏らしてしまいそうという緊張感で、また交感神経が働いて、さらに膀胱がちっちゃくなるんちゃうか?なんや、もうよう分からん。)」

「おい兄ちゃん!窓の外からしてやれよ!気持ち良いだろうぜ!」

 青ざめた顔で座席の手すりを力強く握っていた私を見て、あのデンデン太鼓を渡してきた西洋人が声をかけてきました。

「(くっそこいつ、人の膀胱事情も知らんくせに舐めやがって。そもそもライオンに吠えられるきっかけ作ったのお前やろ。あんなしょうもない小道具渡してなかったら、ライオンとセキュリティに怒られることもなかったし、今こんな絶望的な尿意を催すこともなかったはずや。全部こいつのせいや。あかん腹立ってきた。)」

 前席の西洋人、サファリのガタガタ道、窓の外から見える用を足す動物たちは三位一体となり、私の膀胱を攻撃してきました。

「後もうちょい、後もうちょい耐えてくれ。」

 私は目を瞑り下を向いて、なるべく無の状態をキープしようと心がけていました。15分ほどすると、ようやく車が停止しました。すぐさま席を立ち、急いで降りようとしたその時、大音量のアクセル音が車内に響きました。車体の揺れと共に体はよろけ、ちょっと出てしまった時、この状況を察しました。どうやら泥濘にタイヤをとられ、車が動かなくなってしまった様子。しかし、絶好のトイレタイミング。この機会を逃すまいと、そそくさ車を降りようとした私でしたが、しっかり運転手にガードされてしまいました。

「まだ降りるな!もう少し離れないと、まだここは肉食動物のエリアだ!」

 ふぇ〜〜〜

「(餌になるよりはまだ漏らした方がマシ。うん、冷静な判断できてる。てことはまだ我慢の限界は越えてないということ。)」

 そう自分に言い聞かせながら、運転手が泥濘から脱出してくれることを信じて待ちました。

 何度もアクセルをふかし、ガタガタと振動するミニバン。何度も繰り返した後、ついに車が急発進。車内と私の膀胱は大盛り上がり。

 結局のところ30分かけて、草食動物のエリアに辿り着きました。走って車を降り、シマウマの群れを駆け抜け、生い茂る雑草の中、2分間の開放感を味わいました。

「助かりました!無事に生還しました!ありがとうございます!」
「僕のトイレに付き合ってもらってすいません。」

 前席の西洋人以外に頭を下げて席についた私。そして、ミニバンはゆっくりと昼食の場所へと向かいました。

 すでに昼食場はたくさんのサファリ客で溢れかえっていました。弁当とお茶とバナナを段ボールから取り、敷物に座って談笑しながら昼食。目の前に流れる川には、あの動物が群れで生活していました。

「カバ!!!一番好きな動物見ながら昼食なんて幸せやなぁ。」

 そうです。私がこのサファリで遭遇することを一番楽しみにしていた動物がカバでした。いつかのテレビ番組で、アンタッチャブルの柴田さんが『カバが動物界最強である』との話を聞いて以来、私はカバに夢中でした。

・陸上と水中の両方で生活できる
・ボルトと同じぐらい足が速い
・でかい、重い、重心が低い
・一生伸び続ける牙がある
・ワニに次ぐ噛む力を持っている
・皮膚と皮下脂肪の厚さは動物界No.1
・糞を撒き散らす

 ざっとこれらが最強たる所以ですが、この他にも体を乾燥させないために、体からピンクの液を出すというお茶目な要素も持ち合わせています。

「もっと近くで見たい!」

 私は昼食を掻き込んで、川の近くまで足を運びました。しばらくニヤけながら観察していると、運転手が声をかけてきました。

「それ以上、川に近づかないように!」

「(ライオン件もあったし、過度に心配されてるなぁ。)」

「カバが好きなのか?」

「はい!もう一番好きです。」

 運転手は不思議そうな顔をしていました。それもそのはず、他のツアー客はお昼ご飯と談笑に夢中で、必死にカバを見続けているのは私だけでした。

「アフリカの人間はカバが一番怖いんだよ。ライオンみたいな肉食動物より、気性が荒くて、縄張り意識が強いんだ。最近もカバに襲われてこの辺りの人が亡くなったらしい。だから近づきすぎると危ない。」

「そうなんですか。」

「知ってるか?世界で人を殺してるのは、1位が蚊、2位が人、3位がカバなんだよ。」

「ええ!?」

「(いやでも、柴田さんも似たようなこと言ってたか。マサイ族はライオンにはビビらへん、何なら生意気なライオンおったら、棒でしばくこともある。でもカバ見つけたら一目散に逃げるみたいこと話してたような。世界最強の動物や、いや、最恐や。そんなに気性荒いとは。もうこれ以上、近づきません。襲わないで。カバでトラウマ。またややこしなる。)」

「(てか何でイソジンのキャラクターできてるん?たくさんの大人が集まったであろう会議で何でカバ選ぶことなったんや?しかも、カバだいぶ歯少ないやろ。口内環境良くするイソジンの宣伝に説得力なくなるて。口大きく開ける一点突破は厳しいやろ。)」

 もはやそこからはカバオくんとアンパンマンの関係性について考えたりと、糞を撒き散らす巨大なカバを見ながら、妄想と興味が止まりませんでした。

 残念ながらピンクの液体を肉眼で確認することはできませんでしたが、昼食の休憩時間をほぼ全てカバの観察に使いました。そして別の場所へ移動するために車に乗り込み、名残惜しくも、カバに別れを告げました。

 ここからサファリを引き返しながら、大自然を満喫しました。おそらく誰かの昼食を盗んで逃げているサル。シマウマ。木に登って眠るヒョウ。ヌーの大群。シマウマ。後ろ姿のバッファロー。

 充実した時間は速く感じるものであっという間に日没を迎えました。丸1日のサファリ、幼い時から動物が好きだった私には夢のような場所でした。

「サファリで一番怖いものはライオンでも、ピストル所持のセキュリティでもない。世界最恐のカバか。いや、尿意である。」

「そういえば、トラもウマも見てないなぁ。」

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