見出し画像

〈水で料理は変わるか?〉豚バラ肉を茹でる

硬水と軟水の違いが料理にどのように影響するか、というシリーズです。

シリーズとしては長くなりましたが、硬水と軟水でかなり味や仕上がりが変わってくるのがわかってきました。今回は豚肉を茹でて比較してみましょう。

豚バラ肉を半分に切り、軟水(東京都の水道水)と硬水(コントレックス50%+水道水50%)で茹でてみます。

沸騰するまでは強火、沸いてきたら弱火に落とします。水道水はいつもの状態。はじめのアクを取り除けばその後はアクがあまり出ません。

硬水はアクがたくさん出る

一方、硬水はアクがたくさん出るのが特徴。水道水の場合は最初のアクを除去すればアクは出なくなりますが、硬水の場合はしばらく経つと表面にアクが寄ってきます。

都度、除去していきましたが結果として煮汁は硬水のほうが澄んだ仕上がりになります。これはストック編での検討結果と同じです。肉を茹でたときに出てくるアクは水溶性のタンパク質で、鉄を含むヘモグロビンやミオグロビンが含まれるため、加熱されると灰色や茶色になって固まります。タンパク質はカルシウムと結合しやすいので、硬水の場合はアクがよく出るわけです。

この時、加熱によって溶け出す脂を包み込むので、丁寧にアクをとったほうが煮汁に透明感が出ます。軟水ではアクが出る量がそもそも少ないので煮汁には若干、脂が多く残ります。そのため、スープが若干濁るわけですが、考えようによっては脂が残るので、スープとしての風味は濃くなります。日本でラーメンが発達した理由はこのあたりにもあるのでは、、、?

90分ボイルした肉をそのまま冷まし、味見しました。わずかに軟水のほうが豚肉の風味が濃い気がしますが、食感の差はまったくありません。先行研究を確認すると「水の硬度が煮出し汁の嗜好性と溶出成分に及ぼす影響」(日本調理科学会誌 Vol.40 2007)には

3種の水でスープストックをとった残りの肉の物性を測定したところ、いず れも有意の差がなかったので、結果は省略する。硬水で煮ると肉は軟らかくなるという記事もあるが、今回の実験ではそのような結果は得られなかった。

とあり、今回と同じ結果です。「水の硬度が牛肉の煮込みに及ぼす影響」(同志社女子大学生活科学 Vol.53 2019 )では同様に硬度が異なる水で肉を煮込んだところ

牛肉の「硬さ」については、破断測定の結果から硬度 300 で煮込んだ牛肉は軟らかくなる傾向を示したものの、官能評価では判別できず

というもの。やはり、肉の硬さと水の硬度はあまり関係がないのです。後者の論文では硬度300程度の水が好まれる、という結果を導き出していますが、

硬度300の水で牛肉を煮込むと、カルシウムイオンと牛肉表面のタンパク質が急速に結合し凝縮することで,長時間加熱による肉内部からの肉汁の流出や肉の硬化を防いだと考えられた。その結果,牛肉の好ましいにおいや味が保持されるとともに,軟らかくなる傾向を示したと推察された。

という記述は個人的には半分くらいしか頷けません。(肉汁の流出はタンパク質が凝縮しても防げないのでは)ただ、ある程度、硬度の高い水で煮込んだほうが肉はおいしくなるのはたしか。落ち着いて検討してみましょう。

まず、肉の硬さについては軟水も硬水もほとんど変わりません。(複数の論文で一致している結果なので、とりあえず事実と受け止めてよさそうです)そのうえで硬度が高い水で煮込むとアクが脂肪分を吸着するとともに、嫌な臭いなども包み込んで除去できるので、仕上がりがすっきりとするようです。(ただ、うま味やコクを若干犠牲にしているとも言えます)

以上のことから軟水が肉の調理に向いていないわけではなく、肉の質が良ければ充分に美味しく料理できそうです。ただ、煮込み料理となるとまた別の結果が出てくるでしょう(煮汁の味には水の味が大きく影響するので→ストック編を参照)水と料理の関係の考察、もうすこし続きます。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!