水で料理は変わるか〜出汁編〜
前回、パスタを硬水と水道水(軟水)で茹で比べましたが、その続きです。
今日は出汁をとってみます。出汁は軟水がベストというのが定説。そもそも日本の水は基本的に軟水。あえて硬水で抽出することでどのような差が出るかを調べてみましょう。
水はコントレックスを使います。
1%量の昆布だしを60℃で1時間抽出しました。
水道水は透明なままですが、コントレックスを使うと途中でアクが浮いてきます。このアクの主成分はおそらく硬水に含まれるカルシウムと昆布のアルギン酸が結合したものでしょう。
一方の水道水はアクが出ません。この段階で味見をするとどちらもうま味は同じくらい感じますが、コントレックスはそもそもの水が味が強いのか、全体に風味がまとまっていない印象。味については慣れもあるかもしれませんが、昆布だしの状態でもおいしいのは水道水=軟水です。
一度、沸かしてから火を止め、鰹節を投入。その後、1分後に濾しました。奥がコントレックス、手前が水道水です。透明度と色が明らかに違います。味の印象は水道水の方がいいですが、コントレックスもうま味はそれなりに強く、悪くはありません。しかし、やはり水自体の味が強く、ひっかかり、渋みがあります。一方、鰹節の燻製香はコントレックスのほうが立っています。
コントレックスで出汁を抽出する意味はなさそうですが、よく硬水は「うま味が出ない」と言われます。味見をした限りではそれは正確ではないよう。先行研究を参考にしてみましょう。「水の硬度が煮出し汁の嗜好性と溶出成分に及ぼす影響」という論文では南アルプスの天然水、エビアン、コントレックスでアミノ酸量を比較検討しています。それによると
とあります。エビアンとコントレックスはともに硬水ですが、抽出されるうま味物質(グルタミン酸とイノシン酸)の量はむしろ多いのです。官能評価の結果では「かつお節だしではコントレックスが濁りが強く、渋みが強かった。南アルプスの天然水も渋みが強いとされた。しかし、全体としての好ましさには3種の水の問に有意の差はなかった。ただし、南アルプスの天然水とエビアンが好まれる傾向にあった」とあります。この結果からも硬水、軟水という区別はいささか乱暴なことが推測できます。実際には硬水にも成分によって味、および抽出される味が異なるのです。
なぜ、コントレックスを使うと濁るのでしょうか? 昆布を煮出した段階で濁っていたので、原因は昆布でしょう。昆布には多糖類が多く含まれているわけですが、主成分はフコイダインとアルギン酸です。そのなかのアルギン酸が硬水のカルシウム分と結びつき、凝固したのでしょう。
ちなみにアルギン酸とカルシウムを反応させてゲル化させるのは液体をキャビア状にするスフィアと原理的には同じです。
出汁といえば……というわけで、京都の水でも実験です。
京都の水を実験に使いたい……という場合に上がってくる選択肢がこの疎水物語です。非常にマイナーな製品ですが、災害用備蓄飲料水として販売されています。保存期間はなんと10年。
井戸水よりも長く保存できるのは水道水の特性ゆえ。ちなみに京都の水道水はまずいと評判のようですが、
平成29年度に約1万人を対象に,京都の水道水とミネラルウォーターを銘柄が分からない状態で飲み比べ、一番おいしかったものについて答えるテストでは京都の水道水が一位になっています。カルキ臭さがまずいという印象につながるので、冷やしてテストしたのかもしれません。
京都の水道水は硬度40程度の軟水、東京がだいたい60くらいなので、その差は僅かのようにも思います。
しかし、昆布を京都の水につけた瞬間に差がわかります。昆布がすぐにやわらかくなるのです。
60℃で一時間加熱しました。この段階で味がまったく異なります。昆布の風味を強く感じ、明確な甘さが舌に広がります。
鰹節を入れてみました。昆布の風味が強いことを考慮しても東京の水道水よりも鰹節の風味はやや弱く感じられます。コントレックスの方が鰹節の香りが立っていたことを考慮すると、ある程度の硬度があったほうが鰹節にはいいようです。関西は昆布だし、関東は鰹だしとよく言われますが、そのとおりの結果になりました。
こうして考えていくと硬水、軟水という区別よりもカルシウム量やマグネシウム量といったミネラル分の違いが味に大きく影響するのがなんとなく想像つきます。水については実際に試してみると色々と面白いので、今後も定期的に実験してみましょう。
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