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旅鳥レポート:秋口の大磯

土曜の夜、久しぶりの秋の冷風と鈴虫の声を感じつつ、遠く見える点々とした夜景を眺めながらコーヒーを啜ると、穏やかにも興奮する気持ちに苛まれた。
秋を喜び、夏の風物を恋しく思うと、ふと大磯の景色が脳裏を過ぎる。

5月中旬、大磯の照ヶ崎海岸に一度足を運んだときのことを思い出した。初夏から秋口にかけて、アオバトの集団飛来が見られる場所として有名であり、それを求めて多くのバードウォッチャーが訪れる探鳥地なのだ。だが、私が訪れた際はまだシーズン初頭だったため、あまり多く観察することはできなかった。
夏の見納めに、もう一度アオバトを見たい。そう思い立ち、翌日早朝すぐに大磯へと向かった。


大磯の駅に着いた時はおよそ7時半ほどだ。朝方の涼しい空気、近現代が混じり合う情緒ある街道、徐々に近づく波の音に心地よさを覚え、目的の海岸へゆったりと向かう。
しばらくすると、高架下から海岸へ続く道が見えてくる。鉄骨の隙間からカワラバトに見下ろされつつ、下をくぐり抜けると、綺麗な水平線が突然と見え始めた。
だだっ広さに呆気に取られる。

南西側に静岡の山々が水平線に沿って続いており、起伏をあまり感じないフラットで無駄のないモダンな景観は、なんとも暗く爽やかだ。
砂利のひしめき合う沿岸沿いに、突き抜けるほど奥行きある海の景色は、無骨ながらも趣深い渋さを感じさせる。あの澄み切った空気と景色は、思わず無心になる程壮観に見える。ずっとここにいたいと思うほど。

無心になる程、壮観な景色が広がっている。

しばらくして正気を取り戻し、改めてアオバトの飛来する岩礁に向かう。
なかなか歩きずらい砂利道に苦戦しながら先を進み、ふと海側に目をやると、大翼を広げ帆翔するオオミズナギドリを目撃した。長距離移動に適したアスペクト比の長い翼は、遠く離れた海岸から見ても迫力があるように見える。一度着水すると水面を穏やかに漂い始め、しばらく羽を休める様子を見せた。しかし、直ぐに翼を力強く展開し、水上機のように水面を滑走して再び空中へと舞い上がり、遠洋の彼方へ消えていった。

海ならではの出会い。遠目からでもその翼の力強さが窺える。

飛び立つ彼を見送り、さらに歩を進める。
ポイントに近づくと、岩礁目がけて望遠鏡とカメラを構える団体に出くわした。
この人らも私と同じく、アオバトの集団飛来を狙いに待ち構えて居るようだ。和やかに談笑して居るのを見るに、今日は絶好調の模様。

そんなことを思っていると、突如、離れた山林の向こうから、アオバトの集団が
敏捷に飛び出してきたのだ。手が届きそうなほど観察者たちの頭上スレスレを飛び交い、しばらくあたりを旋回すると、近くの岩礁に一斉に降り立っていった。
双眼鏡でよく見ると、鮮やかなオリーブグリーンの羽毛にメレンゲのように白い脚、臀部の辺りに見られるリーフ模様と、なかなか小洒落た外見をしているのが
わかる。

写真写りが悪く伝わりにくいが、実際はもっと多くのアオバトが飛来している。

丹沢山地などの広葉樹林に生息し、普段は木の実や種を主食とする。磯に集まる理由は、植物性の餌に含まれないミネラルを補給するためだとされ、夏から秋にかけて海岸に飛来し、海水を飲みにやってくるようだ。

尾羽を上に上げた姿勢で海水を一心不乱に飲んだ後、群れは山間部の方向へと飛び立つ。だが、しばらくすると再び群れを成して現れ、岩礁に留まり海水を飲む。
この行動は早朝から10時ごろまで周期的に繰り返される。

しかし不思議なのは、この生態が見られるのは大磯を含めた二ヶ所のみであり、それ以外の地域では今の所確認されていない事である。いったい何がきっかけで照ヶ崎海岸の岩礁地に辿り着き、海水を飲むという独特な生態が定着していったのか、謎は深まるばかりだ。

出来れば晴天時に観察したいと思っていたが、ともあれ、夏の最後にアオバトの
集団飛来が見れたことで、ようやく秋本番を向かい入れる準備ができた。帰路に着いた折りに、温かいコーヒーでも淹れて喜びの余韻を満喫しようと思う。

活気よく飛び交うアオバトに感謝の意を思いつつ、冷たる秋口の大磯を後にした。

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