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ベランダのアヒル: ありがとうエルフィー2世

コロナ禍の自宅待機中のある日、窓の外になにか見慣れない影がありました。2度見すると、非常用のベランダに黒い鳥が。思わず「鳥がいる!」と叫んだところ、レナートが見に来て「アヒルだ」というのです。私はアヒルとはあまり面識がなく、絵本の中で白くてくちばしが黄色いあの鳥か、でも、ガチョウというのもいるし、とにかくよく分からない。結局、黒い鳥はしばらくして居なくなってしまいました。

ずっと居ましたけど?

2日後、またベランダを見てみると、あの黒い鳥が再び。レナートが昔「ちょっとだけ故郷」と言って庭から移植してくれた竹が生えている植木鉢に、置物のように、そしてもう何十年も前からそこに居たかのうように、チョコンと座っていました。「卵を産んだっぽい」とレナート。我が家は日本式に言うと4階にあります。アヒルの母さんは飛べますが「ヒナが生まれたら、みんなでなるべく早く水辺へ移動する」という大仕事があることを、母さん、考えなかったらしい。非常用のベランダと階段は鉄格子で、ヒナがスポッと落ちてしまうくらいの隙間が空いているのです。

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どうせ悲劇の結末になるなら、いまのうちに卵を破棄しようという案もでました。でも、食事のために母さんが留守にしていた最中に観察させてもらった7つの整然と並んだ卵と、真ん中に置かれた保温のために大きな石を見て、やっぱり「何とかできないものかしら」という気持ちになった次第です。

インターネットで調べると孵化までの日数は26~28日間。ヒナを無事にかえすためには、抱卵中になるべく邪魔をしないことが大事だそう。ということは植木鉢ごとどこかへ持っていくのはダメ。そして、ヒナがかえったらまず、親鳥そしてヒナを捕まえて、靴の箱かなにかに入れて、なるべく早く水辺へ運ぶというのです。親鳥を捕まえるチャンスはたった1回。もし、親鳥が飛んで逃げてしまったら、もう2度とは帰ってこないそうなのです。という感じで、黒い鳥との生活が始まりました。

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「スプーンアヒルね」

鳥類に詳しいお義姉さんに写真を送ると「スプーンアヒルね」。くちばしがスプーンの形に似ているということで、確かに!でも、スプーンアヒルは黒くないので、ドイツ北部のポマン地方にいる「ポマンアヒル」とのミックスかもしれないという話に落ち着きました。ちなみにケルンでは黒いアヒルは殆どいないそうで、本当にポマン地方から飛んできたらしいです。ピンポイントで、うちのベランダに。

「あまりチョッカイを出さずに自然に任せたほうがいい」ということで、最初は餌など与えていませんでした。毎日起きたらあいさつをするくらい。名前もなくて「エンテ(独語:あひる)」と呼んでいました。ある日、ブロッコリーをゆでていたら、綺麗な緑の青虫が一緒にゆであがったので「あひるが喜ぶかも」と思って、植木鉢に投げ入れてみました。食べたかどうかは分からないのですが、翌日からなぜかレナートが、小さなお茶碗にひまわりの種(の中身)をすこし水にふやかしたものを与えだしました。自然に任せる派はレナートだったのに。たぶん、私が青虫をあげた話に刺激されたのだと思います。

食事つきペンション

というわけで、抱卵もあと半分くらい、という頃から我が家は「食事つきペンション」に方向転換。ある日なんぞ、ひまわりの種が切れていたので、代わりにゴマをあげてみたのですがお気に召さず、慌てて閉店直前のスーパーへ急いで買いに行きました。

他の日にはアヒルがベランダでボーっとしていて、まったく卵の上に戻る気配がなく「病気なんじゃないか。子育て拒否か」と、2人で心が暗くなりました。私は動物愛護の相談所に電話をしてみましたが、コロナ禍で誰も出ません。1時間ほどたつと、母さんは何事もなかったかのように、また卵を温めだしてくれ、どれだけホッとしたことか。

もう一度同じことがあったのですが、ずーっと観察していると、ベランダの上で本当に(!)羽を伸ばしているのです。ようやく繋がった動物愛護センターで「1時間くらいは卵の温度は下がらないんですよ」と教えてもらいました。確かに。食事つきのペンションでなければ、母さんは餌を探しに出かけなくてはいけないですからね。

命名エルフィー2世、そしていよいよ

すっかり愛着がわいて、名前が「あひる」では物足りなくなってきたので「エルフィー2世と呼ぼう」ということになりました。エルフィーという叔母さんがポツダムにいて、彼女がベランダで孵化したアヒルの話を手紙に書いてくれたことがあったからです。エルフィーには会ったことがなくて、でもとても素敵な手紙で、ずっと覚えていました。

抱卵20日を過ぎたら、こちらもさすがにソワソワしてきました。ヒナが落ちないように、古いシーツをベランダに敷いて、階段への仕切りもつくりました。26日目、いつもは「ごはんですよー」とお茶碗を差し出すや否やがっついていたエルフィー2世が、ひまわりの種に見向きもしません。そしてその翌日、朝10時頃に最初のヒナがひょこっと頭を出し、エルフィー2世と談笑していました。

「ヒナ出てきたーーーー!!!!」思わず、大声で叫んでしまい、2羽とも驚いて、ヒナ1号はエルフィー2世の下にすぐに隠れてしまいました。しまった。そして、レナートが「ちょっとバイク屋さんいってくるわ」。「えーーーーー????!!!いまじゃなくて良くない?!」と真剣にㇺッとしてしまって、「明日いくわ・・・」と少し険悪ムードに。テンパっているのは私だとは分かっているけど、どうにもできません。ちなみに、車で池に連れていく計画でしたが、いつになったらヒナが全員出てくるかも分からず、カーシェアリングも予約しようがない。ということで、計画はバイクに変更。

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10時から15半時頃まで、あっちからこっちから、竹の植わった植木鉢を眺める私。ヒナは次々と元気に出てきます。1羽出てくると、今まで出てきた子たちと一緒にエルフィー2世のお腹の下から全員が顔を出します。しばらく外でフィーフィーフィーフィーと合唱した後にまたみんなで母さんのお腹の下でじーっとしています。エルフィー2世も何事もなかったようなそぶり。その繰り返しでようやく7羽を確認しました。

大作戦

さあ本番です。エルフィー2世を捕まえるのはもちろん(笑)レナートの仕事。忍び寄って、ガバッと掴んだのですが、びっくりしたエルフィー2世は思わずおもらし。(お食事中の方、すみません)それが臭い臭い。息もできなかったくらい臭かったろうに、頑張っているレナート。戦いです。箱に収めようとした瞬間、エルフィー2世はいままで見たことのないくらい、めいっぱい羽を広げて、すごい力で飛び立とうとしました。幸い、ベランダの手すりに引っ掛かり、レナートがもう一度「ガバッ」と鷲掴み。またおもらし。くさーーい!!臭いエルフィー2世を紳士用の靴の箱の中へ納めることに成功しました。前もってひまわりの種を箱の中に入れておいたのですが、食べたかしら。次にフィーフィーフィーと騒いでいるヒナを違う箱に入れ、2つの箱を上下に重ね、移住大作戦の前半終了です。(ちなみに、いま考えると親鳥は網で捕まえたほうが良かったかもしれません)

次の瞬間にはバイクの後ろで2つの箱の入った大きな袋を抱えて、風になびかぬように必死になっていました。箱からは「フィーフィー」とヒナたち。エルフィー2世は暗いのでおとなしくしています。10分程で目的に到着。我が家の近くには池のある公園やライン川もあるのですが、ここは人間や生き残りのライバルが多いので、南に4kmほどのところにある公園の池を選びました。サッカーの練習場が近いので、いつでも訪ねに行けるのです。

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ドラマよ

目的地に着いてから、もう1つドラマが待っていました。7羽中、4羽のヒナたちがレナートを母さんだと思ってしまったのです。3羽はエルフィー2世について行き、4羽は深く悩んで動けずにいました。するとレナートが「俺は母さんじゃない!!!」と怒ってから、「フィーフィーフィー」やら「プッープップップ」と言いながら、ヒナたちを何とか母さんのほうへ連れていきます。その風景の、なんと微笑ましかったことか。無事に合流したエルフィー2世と7匹のヒナたち。母さんはすこぶる久しぶりの水浴びにとっても幸せそう。ヒナたちは恐る恐る、池に入ったり、また出たりしながら様子をうかがっています。そしてついに、みんなでエルフィー2世の後ろを泳いで遠ざかっていきました。

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家に戻ってから、ものすごく臭いベランダの掃除が待っていましたが、なんとも感動的な出来事を噛みしめながらテキパキと。もうベランダにエルフィー2世がいないのが少し寂しくもあり、それでも誇らしい気持ちも混ざっていました。

その後はきょうまで3回訪ねてきました。最初、ヒナが7羽から6羽に減って、それから4羽になって、とても切ない思いをしました。公園ではありますが、大自然というものは厳しいものです。きょうはレナートと一緒に訪ねた心強さもあってか、エルフィー2世のヒナは2羽になっていたけど、逆に「2羽残ってよかった」と思えました。どの家族を見てもだいたい2羽のチビを連れているので、もしかしたら平均値かもしれませんね。

これからも時々訪ねてひまわりの種をあげてきます。エルフィー2世の家族はすっかり野生なので、私たちのことはもう分からないかもしれませんが、それでもついつい、愛を込めて「エルフィー、また来たよー」と叫んでしまうのでした。(了)

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