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背負ってるもの

「お前、楽そうに見えるなぁ。」

ふと、そんな言葉を背後から投げかけられた。振り返ると、苦々しい表情で肩をいからせている同僚がそこにいた。彼の顔には、何かに取り憑かれたような、あるいは自らを追い詰めているかのような陰が浮かんでいる。

「楽そうに見えるか?」

僕は軽く笑ってみせた。だが、本当はその一言に少しだけ傷ついていた。楽に見えるのは、僕が何も背負っていないからではない。実際には、見えない重荷をいくつも抱えながら、それでも周囲のペースに合わせて歩いているんだ。

「お前は俺と違って、何も気にせずに生きてるんだろう?」

彼は続ける。声には苛立ちと、どこか羨望のような響きが混じっていた。

「そう見えるのは、周りを見てないからじゃないか?」

僕は少しだけ冷静に返す。彼はいつも自分の苦労ばかりを強調するけれど、その視野は狭い。自分がどれほど苦労しているかに執着しすぎて、周りのことなんて考えていないように見える。

「苦しいことばっかりだ。なんで俺だけこんなに辛いんだろうなぁ…。」

彼はため息をつきながら、肩を落とした。だが、その姿にはどこか自己陶酔が感じられた。自分がどれだけ頑張っているか、どれだけ背負っているか。それを認められたい、評価されたいという欲求が見え隠れしている。

「本当にそうか?」

僕は問いかけた。彼は驚いたように僕を見つめる。

「お前が思ってるほど、俺は楽じゃない。見えないところで、俺だってたくさんのものを背負ってるよ。違うのは、俺は周りの状況を見て、ペースを合わせてるってことさ。」

「周りの状況を見て、だと?」

彼は不満そうに眉をひそめた。

「そうさ。お前は自分のことばかり見てるかもしれないけど、俺は周りのことも見てる。だから、無理をせずに最低限の速度を保ってるんだよ。自分を守るためにもな。」

彼はその言葉に少し戸惑ったようだ。彼の目には、苦痛に耐えながらも自己満足にしがみつく姿が映し出されていた。苦しい、しんどいと感じているかもしれないが、それでもその苦しみにしがみついている自分を手放せない。まるで、自分を苦しめることでしか自分の存在価値を見いだせないかのように。

「でも、それじゃ評価されないだろう?周りのペースに合わせるなんて、結局自分を捨てることになるんじゃないのか?」

彼の問いには、少しの苛立ちと、理解できないという混乱が混ざっていた。

「評価されなくてもいいんだよ。」

僕は笑った。

「誰も俺が背負っているものなんて見ていないし、わざわざ認められたいとも思っていない。ただ、自分で選んだペースで、自分で納得できるように進んでいく。それが俺のやり方だ。」

「…俺には理解できないな。」

彼はそう言って、肩を落としながらまた歩き出した。彼の背中には、重たい荷物がたくさん乗っているように見える。だが、その荷物の大半は彼自身が手放すことを拒んでいるものだろう。彼が本当に背負わなくてもいいものを、無理に背負い続けているのだ。

僕は彼の背中を見送りながら、自分の足元を確認した。重たいものは確かにある。傷も、いくつかは残っている。だが、それを見せびらかすつもりはないし、重さを周りに伝えたいとも思わない。ただ、これからも自分のペースで、周りに合わせつつ進んでいく。それで十分だ。

「楽そうに見えるかもしれないけど、見えない重さもあるんだよ。」

僕は誰にも聞こえないように、そう呟きながら、また一歩を踏み出した。

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