ジャック・ロンドン「赤死病」#7

 たちまち老人の表情に喜びがあふれた。匂いをかぎ、ついでぼそぼそと何か口にし、そしてカニにありついた。喜びのあまり、鼻歌すら漏れ聞こえてきそうだった。しかし少年たちは、老人のこうした姿にまったくといっていいほど興味を示さなかった。しょせんは毎回恒例の見世物にすぎなかったのだ。老人が時折あげる感嘆の声や、何やら発する言葉にも、まるで興味を示さなかった。老人が何を言っているか少年たちには理解できなかったのだ。例えば、舌をぴちゃっと鳴らし、歯のない口をくちゃくちゃいわせながら、老人はこう口にした。「マヨネーズだ! マヨネーズが欲しくてたまらん! しかしもう六〇年はつくられてないだろう、つまり二世代はその匂いすらも嗅いだことがないのだ! ああ、あの頃はどこのレストランだってカニといえばマヨネーズがついてきたのに!」
 老人はカニをきれいに食べ尽くすと、ため息を漏らした。汚れた手を何も履いていない脚で拭き、海のほうを眺めた。お腹を満たして満足げな表情になると、古き日の思い出が次第に膨らんでいった。
「思い出したぞ! この浜辺が男や女や子供で賑わっているのを見たことがある。良い天気の日曜日だった。あのときはクマに食べられる心配もなかったしな。たしかそこの崖の上は大きなレストランで、食いたいものを頼めば何でも作ってくれた。当時のサンフランシスコの人口は四〇〇万人、今となっては全部あわせても四〇人しかいないがな。おまけに昔の海には、ゴールデンゲートとの間を行き来する船がいつ見てもたくさん走っていた。空には飛行船――可動式の気球や飛行機――もあった。一時間に二〇〇マイルも飛ぶんだぞ。ニューヨークとサンフランシスコを結ぶ郵便会社が最低でもそのくらいのスピードが欲しいってな。で、あるフランス男が――名前は忘れた――時速三〇〇マイルを出すことに成功した。だけど問題はそこまでいくと人間には危険すぎるってことだ。なんにせよすごい奴だったのは間違いないから、あのひどい疫病さえなければうまい解決策を発見してただろう。それに、わしが子供の頃には一番最初の飛行機を見た奴もまだいたんだ。今じゃわしが一番最後の飛行機の目撃者だ。かれこれ六〇年も前だがな。

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