ジャック・ロンドン「赤死病」#8

 老人はさらにぺちゃくちゃと喋りつづけていたが、少年たちは無視を決め込んでいた。彼らは老人の長話にはふだんから飽き飽きしていたし、老人の使う言葉の大半は少年たちに馴染みのないものだった。おもしろいのは、このとりとめのない老人の独り言には、英語の構文や言い回しに独自の進化が認められるということだった。しかし少年らと面と向かって話す際には、その良さは大方消え、従来のぎこちなく無味乾燥な英語に戻ってしまうのだった。
「だが当時だってカニがたらふく食えたわけじゃない」老人はまだ話をやめない。「獲りつくされてしまったから、当時でもたまのごちそうだったんだ。おまけに漁の解禁は一か月の間だけ。今なら一年中獲ろうと思えばいつでも穫れる。すごいことなんだぞ、クリフハウスの浜辺でいつでも好きなだけカニが捕れるなんて!」
 と、向こうのヤギの群れから暴れ呻く声が突如聞こえ、少年らはいっせいに腰をあげた。ヤギを守るため必死で威嚇の吠え声をあげる一匹の犬の姿があり、焚火の近くの犬たちは加勢しようと駆け出していった。いっぽうのヤギは人の助けを求めてこちらへどっと押し寄せてくる。六つの影が――どれも痩せて灰色だ――がさっと砂の小丘を駆けのぼり、毛を逆立てた犬たちと向かいあった。エドウィンは矢を放ったものの、標的に届かず落ちてしまう。ヘアリップは、ダビデがゴリアテとの戦いで使ったような投石機で石を一発放った。すごいスピードで飛び、石がヒュンヒュン空気を切る音が聞こえた。石はオオカミの集団にまっすぐ飛んでいき、命中した。すっかり脅えたオオカミは、薄暗いユーカリの森へと逃げ帰っていった。
 けたけた笑い声をあげる少年たちはまた砂の上に腰をおろし、一方の老人は感慨深げに息をついた。老人はもう入らないくらい食べたのだろう、お腹の上で指を組み合わせて両手を握りしめては、長話を再開した。

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