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新生⑩

一瞬びっくりしていたものの、彼女はすぐ笑顔になって答えた。

「はい、留学生のOと申します。なんで日本人だってわかったんですか?」

わたしは、自分のことを紹介し、名簿にあったからちょっと気になって、と
言ったら、あははっと笑った。

「面白そうでとってみたけど、英語もあんまりなんでちょっと不安なんです」

「自分は人類学を専攻していて、アメリカで育ってきた人間なので、なにかあったら何でも聞いてくださいね」

彼女はそれに喜んで、連絡先を交換して、また水曜日に、といって別れた。

大学のキャンパスからアパートまでは2時間くらいの長旅で、バスを2回乗り換えなければなかった。普段はこのバスの旅の大半を寝て過ごしていた。だがしかしその日はなぜかソワソワして寝付けなかった。わたしはなにより、久しぶりに他人と日本語で会話できたことがうれしかったし、学内で話ができる相手ができたこともうれしかった。それまでは、大学の図書館で一人で勉強してから一人バスで帰る、孤独の時間が、高校時代から続いていた。

家に帰って知り合いができたことをアマンダに話した。彼女はわたしのうれしそうな声にたちまち不機嫌になった。

「知り合いができたってちゃんと報告したかっただけだし、君のことを見捨てるつもりだったら君にこのことはなしてないよ」

わたしは彼女をなだめた。

「それに、Eとああいうことになった僕が、君を傷つけようとするわけないじゃないか」

「..うん」

もう勉強しなきゃといって、彼女は通話を終えた。なんなんだ、自分は好みの男をみたらいつも嬉々として報告してくるくせに。わたしはちょっと罪悪感も感じていたが、それ以上に彼女の理不尽さになんだか気分が悪くなってそのままベッドに横たわった。正直なところ、この頃アマンダとあまり馬が合わなかった。世間でいう倦怠期というものはこういうものなのか。わたしたちは確かに心の奥のどこかではいまだつながりあっていたのだが、すれ違いが多くなったと感じさせる場面が日に日に増えていたし、だからといって別れようと思ったことはそれまでなかったし、正直その日のことをアマンダに話したのは今の状態があまり良くないということを彼女に伝えたかったのもあった。

次の日、少々機嫌を取り直した彼女に、改めて伝えたかったことを話した。

「うん、ごめんね‥わたしも最近色々いそがしくてさ‥」

躊躇いがちに彼女はそういった。そして、お互いに色々努力することを改めて約束して、通話をおえた。

つづく





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