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戦争はまだ続いている……幻のロシア・バレエ

コロナが落ち着いて延期公演が次々開催される

コロナ禍、劇場は閉鎖され、コンサートもオペラもバレエもミュージカルも、ありとあらゆる公演が中止となりました。

昨年、2022年には劇場の収容人数制限もなくなり、延期となっていた来日公演がものすごい勢いでありました。2023年になってからは、海外のオペラハウス、バレエ・カンパニー、オーケストラの丸ごと引越公演等、大掛かりな公演が盛んに行われています。

2022年2月、ロシアはウクライナへ侵攻を始めました。そんな2022年の夏、戦禍のキーウからウクライナ国立バレエというウクライナ国立歌劇場を本拠地とするカンパニーが来日しました。開催は難しいのではと噂される中、少ない人数でしたが、世界中に散らばってしまったダンサーに声をかけガラ公演が実現したのでした。このカンパニーは実は毎年来日していたのですが、この時はめずらしく来日時に記者会見が開かれたほか、NHKは密着ドキュメンタリー番組を制作したりして、「奇跡の来日公演」と言われ話題となりました。

ウクライナ国立バレエは、ロシアものは上演しない

この時にアナウンスされ特徴的だったのは、ウクライナ国立バレエは「ロシアの作品を上演しない」ということでした。つまり『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』(音楽がロシアの作曲家チャイコフスキーによるものだから)など、古典バレエの作品を一切見ることができなかったのです。

ウクライナはバレエダンサー、オペラ歌手を輩出する芸術大国です。ウクライナ出身の芸術家が世界中で活躍しています。彼らが『白鳥の湖』を嫌いなわけがありません。ロシアとウクライナは同じ国であった時期があり、同じメソッドで教育を受けた人たちなのに。2023年の夏にもまた来日しますが、やはり古典バレエ作品は上演せず、その代わりに現代の振付家に振り付けてもらった新作がプログラムに入ります。とても複雑な思いです。

ロシア以外で、ロシア人ダンサーによるロシア・バレエを見ることができない

ロシアにはたくさんのバレエ学校とバレエ・カンパニーがあります。特にボリショイ・バレエとマリインスキー・バレエは世界の4大カンパニー(他の2つはパリ・オペラ座バレエ団と英国ロイヤル・バレエ団。少し前までは5大カンパニーとしてアメリカン・バレエ・シアターが入っていましたが現在はあまり取り上げられません)であり、世界のバレエシーンを牽引するトップカンパニーです。

現在、ロシアのバレエ・カンパニーは、ロシア以外で見ることはできません。

ウクライナ侵攻前は、英国ロイヤル・オペラハウス、メトロポリタン・オペラと同様にボリショイ・バレエもシネマ・ビューイング(映画館で数カ月前に行われた現地の公演を見ることができる)があったのですが、配給は停止。来日公演もちろんなくなりました。

この時代に巡り合わせてしまったロシアのダンサー、そしてロシアで職を得た非ロシア人のダンサー

個人では稀にロシア以外の国でのガラ公演にロシアのカンパニー在籍のロシア人ダンサーが出演したりしていますが、ロシアのカンパニー公演はロシア在住の人しか鑑賞できません。このことはどれほどダンサーにダメージを与えることでしょう。
(パリ・オペラ座バレエ団のコロナ禍での様子を追ったドキュメンタリー映画でも、ダンサーは公演のできない状況を嘆いています。
 『パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』)

お客様を前に踊る喜びがあるからこそ毎日の厳しいレッスンを続けられるのに。世界最高峰のロシア人ダンサーたちは、冷戦時代ですら海外公演を行うことができていましたが、現在はYouTubeでちらっと姿を披露するのみです。

ダンサーは短命なキャリアを運命づけられた芸術家です。このブランクが自分のキャリアの最盛期にあたる時期だとしたらあまりにも残酷です。コロナ禍で世界中のダンサーがパフォーマンスを行えない辛さを経験しましたが、ロシアのダンサーは海外で踊れないという悔しさがまだ続いているのです。

ロシアのバレエ学校で学び、ロシアのバレエ団に職を得ることのできた多くの日本人も日本に戻ってきたり、他の国で仕事を探したりしています。マリインスキーでプリンシパル級の地位を得ていたレベルの高い非ロシア人ダンサーが、その座を捨てて職探しをする姿に世界中のバレエ・ファンは「惜しい、あまりにもったいない」と思いました。また、ボリショイやマリインスキーのカンパニーのために新作を振り付けた非ロシア人の振付家は、自分の作品が上演される際、名前を出さないでほしいという声明を出したりしています。

3年見ないと様変わりしてしまうバレエ・カンパニー

先ほどの4大バレエ・カンパニーのうち、英国ロイヤル・バレエ団が2023年6月に来日公演を行いました。本家の『ロミオとジュリエット』は素晴らしく大変盛況でした。2024年2月にはパリ・オペラ座バレエ団が来日します。でもボリショイ・バレエとマリインスキー・バレエの来日ニュースは入ってきません。2019年以来、ライブで見ることがかなわなくなったロシア・バレエとロシアのダンサー。バレエ・カンパニーは3年舞台を見ないでいると、ステージに立つダンサーの顔ぶれがだいぶん変わってしまいます。

改めて「どうして?」と考えてしまいます。ロシアものは上演しないとか、交流が絶たれてしまうとか。戦地から遠い日本のバレエファンは、今、まさに戦争中の国があり、自分たちは戦争の影響を受けているのだということを実感しています。政治的発言をするわけでもなく、ひたすら芸術の道を極めようと研鑽を積んでいる芸術家が拒絶されてしまうことに悲しみと疑問を感じてしまいます。

HP

ボリショイ・バレエ
https://2011.bolshoi.ru/en/

マリインスキー・バレエ 
https://www.mariinsky.ru/en/

結城 美穂子


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