営業秘密とは?
営業秘密とは、一般的には企業等が秘密としている情報を想像するかと思います。しかしながら、営業秘密と似たような文言である、企業秘密、機密情報、秘密情報、ノウハウといった言葉は、法律で定められていない一方で、営業秘密は不正競争防止法で明確に定められています。具体的には、営業秘密の三要件である秘密管理性、有用性、非公知性を全て満たす情報のみが営業秘密とされ、情報を秘匿化するにあたり、営業秘密の三要件を理解することが重要となります。
(2023年9月18日加筆修正)
(1)不正競争防止法第2条第6項
不正競争防止法第2条第6項には、営業秘密が規定されています。
まず、第2条第6項で規定されている「技術上の情報」と「営業上の情報」とには明確な区別はなく、通常の企業活動を行うために用いる情報が「技術上又は営業上の情報」に含まれると考えられます。
技術上の情報とは、例えば、図面やプログラム、特許出願する前の発明に関する情報等、技術的な情報が該当するでしょう。また、近い将来発表されるような、例えば、自動車のデザイン、製品のデザイン等も技術上の情報に含まれるでしょう。一方で、営業上の情報とは、経営に関する情報、顧客データ、取引先の情報、仕入れ値等、会社を経営する上で必要な情報が該当するでしょう。
そして、第2条第6項で規定される営業秘密の三要件は下記となります。
(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)
(2)事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
(3)公然と知られていないこと(非公知性)
すなわち、上記3要件を一つでも満たさない情報は、不正競争防止法でいうところの営業秘密として認められません。以下では、主に経済産業省発行の営業秘密管理指針を参照して、秘密管理性、有用性、非公知性についてまとめます。
(2)秘密管理性
営業秘密管理指針では、秘密管理性の趣旨や秘密管理措置の程度が以下のように記載されています。
営業秘密の不正な取得や使用等は、民事的責任だけでなく、刑事的責任、すなわち懲役刑が課される可能性がある犯罪行為です。このため、企業は、秘密とする情報が何であるかを従業員等に明確にし、当該情報を不正に取得や使用等することが犯罪行為であることを認識させる必要があります。
従って、営業秘密管理指針にも記載されていますが、「秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分」です。
このため、企業は秘密とする情報に対して、秘密とする情報が電子媒体であれば、アクセス制限、㊙マークの表示、パスワードの設定等を行ったり、情報が紙媒体であれば、㊙マークの表示、保管しているキャビネットの施錠管理、コピーやスキャン等の禁止を行うことで、従業員等に対して当該情報に対する秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)を明確に示す必要があります。
また、営業秘密管理指針では上記のように❝具体的に必要な秘密管理措置の内容・程度は、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なるものであり❞と記載されています。
このことは、企業の規模等により、 様々な管理方法が認められることであり、特定の秘密管理措置を必要とせず、会社規模に応じて異なる秘密管理措置でもよいことを示しています。例えば、従業員が少数の会社であれば、より緩い秘密管理措置であっても、秘密管理性が認められる可能性があります。とはいえ、やはり、会社規模にかかわらず、一見して当該情報が秘密であると誰もがわかる態様で秘密管理する方がよいでしょう。
また、会社における秘密管理措置が形骸化しないようにすることも重要です。例えば、明らかに公知の情報であるにもかかわらず、会社内で共有する情報に対して常に㊙マークを付すようなことが「秘密管理措置の形骸化」になります。このように、どのような情報に対しても㊙マークを付けるようなことをすると、従業員等は会社が真に秘密にしたい情報を容易に認識できません。このような秘密管理措置の状態で、転職者等が情報を持ち出したとしても、当該情報に対する秘密管理性が認められない可能性があります。したがって、企業は真に営業秘密とするべき情報を精査し、メリハリを付けて当該情報に対して秘密管理を行う必要があります。
(3)有用性
有用性について、営業秘密管理指針では以下のように記載されています。
上記のように、営業秘密としての有用性が認められる範囲は広いと思われ、営業秘密管理指針には❝秘密管理性、非公知性要件を満たす情報は、有用性が認められることが通常であり、また、現に事業活動に使用・利用されていることを要するものではない。❞ともあります。
なお、❝企業の反社会的な行為などの公序良俗に反する内容の情報❞とは、脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報等のことをいいます。
ここで、営業秘密管理指針では技術情報を想定して以下のようにも記載されています。
しかしながら、実際には、技術情報の有用性について特許制度における進歩性の判断に類するような判断を行っている裁判例も多々あります。例えば、大阪地裁平成20年11月4日判決(事件番号:平成19年(ワ)第11138号)では、原告は複数の情報の組み合わせが営業秘密であると主張したものの、裁判所は下記のようにして、当該情報の有用性を否定しています。
このため、技術情報の営業秘密性については、有用性の有無が検討事項となり得ます。また、技術情報を営業秘密とする場合に、当該技術情報による得られる効果が何であるかを意識して営業秘密を特定する必要があります。
(4)非公知性
非公知性について、営業秘密管理指針では以下のように記載されています。
さらに、「公然と知られていない」については、以下のようにも記載されており、営業秘密の「非公知性」は特許の「新規性」とは少々異なるとも思えますが、実際に特許法の新規性との違いを明確に示した裁判例はないようです。
ここで、自社等で製造販売した製品に対してリバースエンジニアリングを行うことによって容易に知り得る情報には非公知性が認められない場合があります。
例えば、知財高裁平成23年7月21日判決(事件番号:平成23年(ネ)第10023号)では、原告が営業秘密であると主張した光通風雨戸の図面に対して裁判所は以下のようにして当該図面の非公知性を認めませんでした。
このため、技術情報を営業秘密とする場合には、自社の製品をリバースエンジニアリングすることで非公知性が喪失していないことを確認する必要があるでしょう。
(5)営業秘密の特定
上記のように、営業秘密は秘密管理性、有用性、非公知性が満たされなければなりません。しかしながら、営業秘密の三要件の判断の前に重要なことがあります。すなわち、営業秘密とする情報を的確に特定することです。
営業秘密の特定方法については、特段の定めはありません。
技術情報を営業秘密として特定する場合には、例えば、図面、表やグラフ、ソースコード、配合率等、様々な形態が考えられます。また、「特許庁オープンイノベーションポータルサイト モデル契約書_秘密保持契約書(新素材)」には下記のように特許請求の範囲のように記載することも推奨しています。
しかしながら、技術情報及び営業情報であっても、営業秘密の特定ができていないとして、原告が主張する営業秘密に対する秘密管理性、有用性、及び非公知性の判断を裁判所が行うことなく、原告敗訴とする場合が度々あります。
例えば、大阪地裁令和2年3月26日判決(事件番号:平30(ワ)6183号、等)では、被告が営業秘密であると主張する情報に対して、情報の特定ができていないと裁判所は判断しています(本事件では原告に対する反訴として、被告が原告による営業秘密侵害を主張しました。)。
このように、営業秘密とする情報の特定ができていないと、当該情報を秘密管理することもできません。このため、情報を営業秘密管理する場合には、当該情報を特定することが何よりも重要となります。
また、「有用性」でも述べたように、技術情報を営業秘密として特定するのであれば、当該技術情報から得られる効果も意識する必要があります。このことを裁判所が指摘した例として、大阪地裁平成28年7月21日判決(事件番号:平成26年(ワ)第11151号、等)があります。
本事件は、合金の成分及び配合比率が営業秘密であると原告が主張したものであり、リバースエンジニアリングによって当該技術情報が容易に知り得るとしてその非公知性が認められませんでした。これに対して、原告は「本件合金の成分及び配合比率を容易に分析できたとしても,特殊な技術がなければ本件合金と同じ合金を製造することは不可能であるから,本件合金は保護されるべき技術上の秘密に該当する」と主張しました。しかしながら、裁判所は下記のように上記主張を行うのであれば、営業秘密として保護されるべきは製造方法であるとして、上記主張を認めませんでした。
このように、技術情報を営業秘密とするのであれば、当該技術情報の作用効果を奏するように特定しなければなりません(この考えは特許請求の範囲と同様でしょう。)従って、本来主張したい作用効果が得られないような特定であると、営業秘密として認められない可能性があります。
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