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奇才 ー井波彫刻師・三代目南部白雲

この記事では、伝統工芸のサブスク【TRADAILY】の作品と職人をご紹介します。


古井戸が残る、築百年以上という趣ある門構えの日本家屋。ここが、社寺彫刻を中心に120年以上続く南部白雲木彫刻工房だ。玄関をくぐれば響くノミの音がこの場の雰囲気とあいまって、まるで時が交差しているかのよう。現在の当主・南部白雲氏は三代目になる。


作品:白菜と蝶

精巧な白菜に蝶が止まる。蝶の繊細さにも注目。

大きな白菜に小さな蝶が止まっている。
タイトルは「白菜と蝶」。
葉の一枚一枚に葉脈が走り、まるでそこに土があるかのように脈々と根が伸びる。白菜の根って、こんなだったのか。
繊細かつ力強い彫りが、家庭でおなじみの白菜に圧倒的な存在感を持たせ、大地の息吹をどっしりと感じさせる。
どこか、奇想的な空気が漂うのもまた見る者を惹きつける。

ちょっと深「彫」り(Q&A)

白菜モチーフの彫刻は珍しいですね。なぜ白菜を選んだのでしょうか。
ー深い意味があるわけではないが、井波彫刻で野菜を彫ったものはあまりないので。
自然物―つまり、生活の中に何気なくあるものを彫刻で作ってみるというのも面白いのではないかと常々思っていたのと、台湾の国立故宮博物院にある翠玉白菜(すいぎょくはくさい)の井波版のようなのがあってもいいのではと考えて白菜にしました。
外側の白太部分は白っぽく、中の赤太部分に青みがある朴(ほう)の木で作って、翆玉白菜のような青み~白のグラデーションを出してみたいと思って挑戦してみました。
通常は赤太部分を使いますが、今回はこのグラデーションを出すために白太も使い、赤太から白太に向かって彫っています。

細かな細工の蝶!ちなみに蝶の黒点は黒柿(柿の老木)を使用して作っている。

※赤太(赤身)と白太
木を切るとまるい切り口をしています、見ると芯に近い部分が赤っぽい色、外側が白っぽくなっているのが分かります。
この色の違いから「赤身」「白太」といいます。学術的には赤身は「心材」、白太は「辺材」といいます。

【東京木材問屋協同組合】https://www.mokuzai-tonya.jp/blog/word/597.html

作るものによって木材を使い分けるというのは木彫刻のプロならではですね。
ー木によって色、堅さ、香り、摩耗に強い木、そうでない木。すべて個性が違います。どの木が良いとか悪いとかでなく、それぞれの木が持つ個性を引っ張り出してやるのも職人の仕事。

白菜を彫る。葉脈、葉の皺のひとつひとつ丁寧に。

野菜をモチーフというのは白雲さんの独特の視点ですね。
ーたとえば楽器があっても面白いと思うし、野菜や布を木でつくったらどうなるの?と思って。木には独特のあたたかみがあるから、素材が変わることの面白さですね。
これまで、ハンガーにかけたYシャツも作ったこともあります。
井波彫刻というのは技術であって、決まった形があるわけではなく、昔から白菜があったって変じゃないのにただ作られてこなかったというだけで。

ハンガーにかけられたワイシャツ。クリーニング店の看板。

白菜の根があるの面白いです。なんだか「生命」という感じがします。
ー図案的には変化が出るし、根っこがあってもいいかなと思って入れました。白菜の根はさすがに八百屋では売っていなかったのでどうなっているのか調べました。
調べることで知らないことを知れることが楽しい。今まで作った作品も、そういう好奇心から色々調べて作ったことが多いですね。

白菜の根。初めて知る方も多いのでは。

作品の見どころを教えてください。
「どうぞ勝手に思うままに!」
見た人の自由でいいと思う。答えはありません。
この作品を通じて意識を拡張するきっかけにしてもらえたら。

「今の常識が、ずっと常識とは限らない」

白雲氏から話を伺って、まず最初に感じたことは『源泉のような人である』ということ。泉から清水がとめどなく湧き出すごとく、常識にとらわれない話がどんどん湧いてくる。
常識は時代とともに変化するものだし、日本の常識が海外では常識ではないことだってたくさんある。だから常識にとらわれないことでいろいろなものができてくるのだ、と言う。
「常識を、常識だと思い続けることは飽きません?」

白雲氏が話してくれた、茶碗のたとえ話を紹介したい。
誰でもよく使う茶碗には通常、茶や水等を入れる深い碗部分と浅い糸底(高台とも)がある。
普通、何の疑いもなく我々は深い碗の方に飲み物を注ぐ。
浅い方ではこぼれてしまうからだ。しかし、それはやってみてやはり使えない、ということがわかってこそ、浅い方ではなく深い方に注ぐべきなのだということが理解できる。
「はじめからだめだというのはあかん」

からくり仕掛け

「常識にとらわれない」作品の一つにからくり看板がある。
1枚1枚に文字が彫られた板が縦に連ねられた形状をしており、文字の1枚1枚が上から順にひっくり返り、そのたびにコーン、コーン、とすがすがしい木の音が響く仕掛けだ。
「音が出る看板を作れないか」と、井波の菓子店の店主から依頼を受けて2年半ほどをかけて作ったものだという。
どうやって音を出すのか。どのようなかたちがよいのか。「音が出る彫刻」は、これまで井波の誰もが作ったことがないものだった。
中に仕掛けを仕込んで打ち出の小づちが鳴る仕掛け、支点と力点を使ったからくり仕掛け、聖火台のようにプリズムの分光を使った仕掛け、パラパラ漫画のように動く仕掛け…現在の形に辿り着くまでに様々な考えを巡らせ、面白い仕掛けづくりのために手品師や機械製造会社を訪ねたりもして、試行錯誤を繰り返し今のカタチになった。
「いままでそんなものはなかったのだからできない」ではなく、「ないからこそ考える」。それが白雲氏のスタイルだ。

これがからくり仕掛けの看板。
時間が経つと自動で板がひっくり返り、文字が入れ替わる。

「自分ひとりではできなかった。お客さんの意見があってこそ新しいものができる。」

触ってもいい彫刻

普通、彫刻は触ってはいけないと言われるものだが、子供は触りたくなるもの。それに触ることができないと目が見えない人には楽しめない。
そうした発想から神社の賽銭箱の依頼に「触ってもいい彫刻」を制作したという。
賽銭箱と鈴の緒には干支の彫刻があしらわれ、参拝客が触れると回転する仕組みになっている。これも、彫刻は動かないもの、ではなく「動く彫刻があってもいい」という考えだ。

高瀬神社の賽銭箱と鈴の緒

ユニーク

よく、変わった人やモノに対してユニーク、という言葉が使われる。面白いとか独特とか、そういう風に使われることが多いが、「唯一無二の」という意味も持つ言葉だ。
南部白雲工房120周年時に作られた冊子の一文を引用する。

「(※前略)おのずとオーダーメイドになり、そこには唯一無二の彫刻が生まれます。これが本当のものづくりだと私たちは信じています。」

南部白雲工房120周年記念冊子『白雲』より

ユニークな考え方を持ち、ユニークな作品を作り続ける白雲氏。
何冊もあるアイディアノート。大きなスケッチブックに、思いついたものをどんどん描いていく。見せてもらいながら、解説を聞く。
一つ一つのアイディアを語るときの白雲氏の目はキラキラと輝いていた。
そんな白雲氏に、子供のころについて聞いてみた。
動物や虫が好きで、シートン動物記やファーブル昆虫記を愛読する子供だったそう。もちろん、外で虫取りをするのも好き。
そういえば、出してくれたお茶の茶托にも小さく精巧な虫が彫られていた。
好奇心と観察眼。
好奇心旺盛だからこそ、色々な物事に触れ、吸収する。
そして細部まで見ることができる観察眼。
それが奇才・南部白雲氏の作品づくりの原点なのかもしれない、と思った。

プロフィール

1951年 南砺市井波に生まれる
1970年 高校卒業と同時に2代目南部白雲に師事入門
1991年 2代目南部白雲と共に「木彫り酔彫会」を発会主催し全国の木彫り愛好家と共に「大衆彫刻」の発展確立を目指す
1991年 白雲工房便り「槌音」を発刊、現在に至る
1998年 3代目白雲を襲名する
2004年 伝統文化技術研究会を発足参加する

<主な制作実績>
1985年 「見ざる言わざる聞かざる」 四天王寺/大阪市
1993年 明治神宮舞楽面「蘭陵王」 明治神宮/東京都渋谷区
2000年 大聖寺本堂唐狭間「弘法大師一代記」一式 大聖寺/土浦市 
2009年 秋葉山本宮秋葉神社神門「四神」 秋葉山本宮秋葉神社/浜松市
…その他多数

※本記事は2024年4月時点の情報です

《この記事を書いた人》
池端まゆ子

時代が移りゆく中でも継承されてきたものに強く惹かれる。歴史、背景を知るのが好き。趣味は芸術鑑賞、料理、本の蒐集。

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