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命宿る一振り ー井波彫刻師・石原良則

この記事では、伝統工芸のサブスク【TRADAILY】の作品と職人をご紹介します。


群馬県出身、高校卒業後アメリカへ留学後に井波で弟子入りし彫刻師の道に進んだ石原氏。
制作するのは仏像や人物像が中心だ。工房に入ると粘土で作られた原型が大小ズラリと何体も並ぶ。一つ一つの原型をよく見ると、パーツごとに細かく番号が振られており、これに倣って原木を彫る。
それにしても粘土の精巧さが素晴らしく、さらに木でもまたこの精巧さを作り出すという、1つの作品で2つも精巧な像を作るということに驚かされる。


作品:コノハナサクヤヒメ

花吹雪の中を舞う女神。なんとも春らしい、優雅で幻想的な図だ。
作品の主役は、「木に花が開く姫」という意味の美しい名前を持つ花の女神・木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)。
流れるようにたなびく衣が、ざっと花を舞い上がらす一陣の風を感じさせ、長い冬を越えてやってきた春を喜ぶ躍動感に満ちている。

春風に舞うコノハナサクヤヒメ

ちょっと深「彫」り(Q&A)

桜の花と女神が風に舞う、春らしい図ですね。
今回の作品のテーマについて教えてください。
ー日本神話のあらゆるものに生命が宿るという「八百万の神々」の考え方が好きで、以前より神話の神々も作ってみたいと思っていました。今回はその中でも日本らしさを感じる桜の花と、花の女神であるコノハナサクヤヒメを選びました。春風の中で花と一緒に楽しく舞う様子から、春が来た喜びを示せればと思っています。

この作品の見どころについてお願いします。
ー桜の花は日本人に一番合う花だと思っていますので、日本人ならではの感性で感じ取ってもらえたら。
それと、女神の右手人差し指が下を向いているのは大地を指していて、土の中から芽吹きを誘発している様子を表しています。

地面を指し、芽吹きを促す

作品を作る上で工夫した点について教えてください。
ー中心の女神をしっかり立体的に写実的に作り、花びらはあえて平面的にシルエットのみを捉えた形に作りました。そうすることで、メインになる女神を目立たせ、全体的にぼやけないようにバランスを取っています。
また、花を司る女神ということで、植物の芽吹きを表現するために女神の袴を蔓(つる)の模様にしました。

今回の作品は着色されていますが、木の地の持ち味を生かした色合いが美しいです。どのように作られたのでしょうか。
ー地の色が薄く着色しやすい楠を使って彫刻し、岩彩(岩絵具と膠を混ぜ、通常の絵具のようにした画材)で着色しました。
普段から着色するものは楠で作ります。
ちなみに着色しないものは作るものによりけり。ヒノキ、ヒバ、桜など。
ただ、この着色は一発勝負なので、実は着色時に納得がいかず作り直しをしたりもしています。

※岩絵具
岩絵具は、主に鉱石を砕いてつくられた粒子状の日本画絵具です。粒子は砂のように粗く、艶のないマットな質感が特徴です。絵具そのものに接着性はなく、膠液(にかわえき)と加えることにより支持体に接着します。

武蔵野美術大学 MAU造形ファイル  
岩絵具

石原さんは人物像もこれまで多く手掛けてこられましたが、人物の顔を作るときの顔はどのように作られているのでしょうか。
ーイメージしかないですね。生きざまとか性格的なところがわかれば別ですが、ないときはその場面で考えて作り出します。今回だと、仏像でもよくある天女を念頭に置いて作っています。

命を吹き込むよう

瞬間を切り取る

石原氏の作品の持ち味は、「生きている」であることだと思う。
その人物の人生のふとした瞬間を切り取ったような姿が見事に彫りだされており、見る者の心を掴んで離さない。

■魚籃観音
魚籃観音とは、魚売りの美しい女性が実は観音の化身であった…という説話に基づく観音だ。そのため、魚籠を持った姿であらわされる。
一般的な仏像は様式的なポージングが多いものだが、石原氏の魚籃観音は、まるで魚を売った帰り道を行くようだ。

魚籃観音

■白拍子
平安時代末期~鎌倉時代にかけて流行した、白拍子。
当時の男性服であった水干や烏帽子を身に着けた男装の女性の踊り子だ。
拍子に合わせ、歌い踊るという芸を見せていたことから、白拍子という。
そのような白拍子だが、石原氏の白拍子は舞い踊る姿ではなく、舞う前のやや緊張した面持ちで立つ姿だ。
ただ優雅に踊っているところを彫ることはできるが、それだけでは彼女たちの内面は見えない。自分たちも緊張する瞬間はあるし、そこに美しさがある。それを表現出来たらと思って制作した、と石原氏は言う。

白拍子

石原氏は、学校の授業で習ったような歴史上の人物であっても、その人物が普段どう過ごしていたかを想像して自分なりに納得して落とし込んで作っている。それが、まるでそこにいるような生きた存在感を作り出しているのだ。
「ただ単にカタチを作るのではなく、見ただけでその人物の背景がわかるようなものをつくりたい。」

繊細な作業

制作するときにどのような気持ちで作っているのか、という問いに対して、「できるだけ無になるようにしている」と答えた石原氏。
その理由の一つが「作った人の人格が出る」からだという。
文章でもなんでも創作物にはその人の人格が現れている。だから、自分が入ってしまわないように無になるようにしている、ということだった。

アーティストの世界ではむしろ自分の感情や思想を作品で表現することが多いが、井波彫刻の世界ではそれを排する。そこがアーティストと井波彫刻師との大きな違いであるように思う。
井波彫刻は美術品としての価値も高いためについ同一視しがちになるが、あくまで伝統産業なのだ。

伝統産業とは、古くから受け継がれてきた技術や製法を用いて日本の伝統的な文化・生活に根ざしている産業を指し、井波彫刻もその一つだ。
私見なので認識に誤りがあるかもしれないが、井波彫刻師は瑞泉寺の修繕から始まったものである通り、彫刻の技術を用いて依頼主の希望をカタチにする職人だと思う。
しかし、工業製品ではないため画一的なものではなく、一つ一つがオーダーメイドであるし、作り手によって個性が強く出る。
そこに井波彫刻の「妙」があるのではないだろうか。

制作中の大威徳明王と

ちょっと無骨な印象のある石原氏だが、話しを聞いているとワクワクするような話しが色々と出てくる。
彫刻師の道に入る前、アメリカ留学時にひとり自室で木を彫っていてそれがあまりに楽しかったという。それから帰国後に彫刻の町井波と出会い、仏師となったというのは、何か仏縁のようなものを感じてしまう。

プロフィール

1972年 群馬県出身
1991年 高校卒業後渡米
1995年 仏師 砂田清定氏に師事
2003年 第1回個展開催
2006年 独立
2009年 木彫フォークアートおおや公募展入選
2010年 第2回個展開催
2012年 ウボンワックスフェスティバル参加(タイ/ウボンチャタニー)
2012年 第35回富山県伝統的工芸品展県知事賞受賞
2012年 第6回全国木彫り彫刻コンクール井波県知事賞(最優秀賞)受賞

《この記事を書いた人》
池端まゆ子

時代が移りゆく中でも継承されてきたものに強く惹かれる。歴史、背景を知るのが好き。趣味は芸術鑑賞、料理、本の蒐集。


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