ゴスロリ先生 第2話 「体育祭」
10月になった。あの季節がやってきた。体育祭だ。
クラスでは、学級対抗リレーをホームルームで決めることになった。もちろん、足が速い子がスタートとアンカーだ。あまり揉めることなく、すんなり決まった。体育主任とも、必要最低限しかかかわらず、このまま時が過ぎてくれと願っていた。
しかし、体育祭の当日、思わぬハプニングが起きた。
「先生!アンカーの斉藤くんが熱で欠席です!」
そう言って、学級委員長がうろたえている。
「先生、代走者決めなくちゃ。」
他の生徒たちも焦っていた。朝の15分のショートホームルームで話し合って決めるしか無い。
学級委員を中心に話し合いが始まった。
「だれか、アンカーやってくれる人いませんか?」
「足早いから小山くんがいいんじゃない?」
「いや、俺はスタートも走るよ。キツイな。」
「次に早い川谷は?」
「やだよ、負けたら責められる。」
「級長が走れば?」
「え、僕は走るの遅いから」
「じゃあ、五十嵐にさせようぜ!いいだろ?」
名指しされた五十嵐は、うつむいてもじもじしていた。五十嵐は、特別支援を受けている生徒だ。意思表示が苦手で、大勢の前では発言できない。
「五十嵐、いいよな?イヤだって言わないからいいってことで!」
「多数決とろうぜ、一応!民主主義!民主主義!」
級長が、空気に負けてこう言った。
「・・・五十嵐くんが、アンカーを代走するのに賛成の人・・・手を挙げて下さい。」
クラスの半数が手を挙げそうになった時、私の堪忍袋の尾が切れた。黒板を、ドンと思いっきり叩いてこう言った。
「先生が走ります」
クラス全員が凍りついた。
「え?先生が?」
「はい、先生が走ります。アンカーを。」
「先生、先生じゃ無理だよ!だって!」
「だって先生ゴスロリじゃん!」
そうだった。私は普段同様、ゴスロリファッションで今日も出勤した。走れるわけがない。いや、走れなくもないかもしれない。運動靴だ!運動靴を履いてきたのだ!走れそうだ!
しかし、スカートで走るのは良く無い。どうしようか。
女子生徒に呼びかけた。
「だれか、ジャージのズボン貸してくれない?!」
「先生、貸します。わたし、二つ持ってるから。」
クラスで1番大人しい関口さんが貸してくれたジャージを、ゴスロリスカートの下に履いた。そして教壇に立ち、クラス全体にこう言った。
「先生が、今から民主主義とは何かを教えます。」
息を吸って、吐くタイミングで一気に喋った。
「民主主義って言うのは、皆んなで話合って色んなことを決める社会のこと。誰か1人に面倒を押し付けるのは、民主主義じゃない。それはイジメ。いやがらせ。民主主義っていうのは、足りない所を皆んなで補いあって、良い社会を作っていくために話し合いをするの!わかったか!だから、アンカーは私が走る。」
「わかったなら、運動場に走れ!はやく!」
そう私が叫ぶと、クラス全員がはっとして、運動場まで走って行った。私も生徒のから走って運動場へ行った。
ふりふりリボンのゴスロリで、スカートの下から長いジャージのズボンを履き、運動靴を履いた私の狂ったファッションを見た体育主任が、何かかなり言いたげな顔をしていたし、参観に来た保護者はざわついたが、無視して生徒を整列させた。
競技の進行が進み、いよいよ学級対抗リレーになった。
「よーい、スタート!」
スタートの小山は一位でバトンを第二走者に繋いだ。そのあとも、抜かれたりはしたが、30人走ったところでも、学級は2位だった。
30、31、32、どんどん私の番が近づいてくる。勢いあまって啖呵を切ったが、緊張してきた。足がすこし震えたが、もう走るしか無かった。
36番目。アンカーの番が来た。変わらず学級は2位で、インコースで私はバトンを受け取った。受け取った私は、人生で1番早く走ったつもりだった。
数秒たって、コーナーを曲がる時点で足がいたい。ももが上がらない。レースのスカートがもつれる。きつすぎて前が見えない。でも必死だった。
「がんばれ!がんばれ!先生!」
「先生!がんばれ!ゴスロリ先生!」
「がんばれ!ゴスロリ!」
「がんばれ!ゴスロリ!」
なぜか、運動場は「ゴスロリ」コールで大盛り上がりだった。
学級対抗リレーが終わり、順位は気がついたら最下位だった。
そして、気がついた時には、生徒たちに胴上げされて宙を舞っていた。
ゴスロリファッションにジャージを履いた先生が胴上げされている。
クラス全員が大爆笑だった。いつもは笑わない、五十嵐が輪に入って笑ってるのがチラっと見えた。
翌日、筋肉痛で足は上がらず階段を登るのがやっとだった。
社会科の教科書を朗読して聞かせながら、教室の後ろに貼った、昨日撮った集合写真がまぶしく見えた。
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