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一生の、何万分の一、かの

きょうは、穂村弘さんの対談集『対談集 どうして書くの?』より、高橋源一郎さんの言葉です。

読んでいる間、どんなに時間がかかっても、なんて短いんだろう、現実よりずっと、と思わせるのは、僕はいい長篇小説だと思うんです。現実の広さには絶対にかなわない、ということを証明するためにたぶん長く書いてるんだと思うんですね。


長い小説を読んでそのように感じたご経験、諸兄はお持ちだろうか?私は映画について、長さのことを考えたことがある。

昔は、何もせずにただただ画面に向き合って2時間ないしは3時間過ごすことがもったいなく思えて(筆者はとうもろこしアレルギーがあってポップコーンは食べられない)、ほとんど映画館に行かなかった。近年は、「他者の何日間なり一生なりを、(それがフィクションであっても)こんなにぎゅっと追体験できるって、全然2時間長くなくない?」との問いかけが脳内に響くときもあって、たまに映画館に行く。

歯切れ悪い言い方をしてるのは、2時間集中するのは依然としてきついからである。映画が面白くてもお尻は痛くなるし時には寝てしまう。大事なことだからもう一回言う。映画が面白くても、長いものは長いし、寝ちゃうときは寝ちゃう。


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