堆塵館

ああ、愛しのごみ屋敷:『堆塵館』

今日はエドワード・ケアリー作、古屋美登里訳の『堆塵館』レビューです。小説です。もともとは十代の少年少女向けに書かれたものだそう。三部作なのですが、私は一部『堆塵館』と二部『穢れの町』が特に好きです。

まずは、あらすじ(東京創元社のページより引用)。

ロンドンの外れの巨大なごみ捨て場。幾重にも重なる山の中心には『堆塵館』という巨大な屋敷があり、ごみから財を築いたアイアマンガー一族が住んでいた。一族の者は、生まれると必ず「誕生の品」を与えられ、一生涯肌身離さず持っていなければならない。十五歳のクロッドは誕生の品の声を聞くことができる変わった少年だった。ある夜彼は館の外から来た少女と出会った……。

この言葉を安易に使うとばかっぽくなってしまうのでなるべく避けたいのですが、でも使わざるを得ないときもあるので使いますと、この物語の魅力は「圧倒的世界観」にあるのであります。そしてその世界観の重要な鍵になっているものが、二つ。

その1:誕生の品

物語を読み進めるうちに、だんだんとただの品でないことがわかってくるのですが…、とにかく一旦はブツなのです。ほとんどの人の誕生の品が、なんてことのないもの。

主人公クロッドの誕生の品は、浴槽の栓。
主人公のいとこの誕生の品は、蛇口(「HOT」の方の)。あるいは、じょうろ、ドアの把手、傘…。
しかし時には、マントルピース(暖炉の周りの装飾、もしくは暖炉そのものの意味)なんて大物が指定されちゃう人だっています。それと四六時中一緒にいなくちゃいけないとなったら…、うーん一大事。

当然、自分だったら何が与えられるかな、と、考えますよね。『バトル・ロワイアル』を読みつつ、自分だったらどんな武器が、あるいは防具が、与えられたのか、考えたのとおんなじように。

ぼろぼろになってしまった靴を捨てるとき、「一緒にあちこち行ったのに」と寂しい気持ちになったり、好きな人にもらったシャープペンを見てにやにやしてしまったり。本を閉じる頃には、相棒であり分身である「物」たちに、思いを馳せること間違いなしです。

その2:愉快な名前

1巻の訳者あとがきにはこうあります。

この作品の魅力として、真っ先に挙げたくなるのは、〔中略〕アイアマンガー一族の風変わりな名前である。 〔中略〕いわゆるイギリス的な名の母音や子音が少しだけ変えられていて、耳にしたことがないような独特な音になっている。 〔中略〕そのほんの一例として、次のようなものがある。

Harriet(ハリエット)→ Horryit(ホリイト)
Claudius (クラウディウス)→Clodius(クロディウス)
Edward(エドワード)→ Idwid(イドウィド)
Tomas(トーマス)→ Tummis(タミス)
Albert(アルバート)→ Olbert(オルバート)
 
英語圏の人々、とりわけ子供たちは、この作品を朗読したり、登場人物の名前を口にしたりするたびに、その音とおかしな意味にくすくす笑ったり、元になっている名前に思いを馳せたりして愉しむことができる。

こういうエピソードを読むときほど、「原書が母語で、すらすら読めたらー!」と地団太踏むときはありません。ちょっぴり間抜けな、でもかわいい響き。
人間には、黙読するとき頭で音読している人とそうでない人がいるそうで、私は完全に前者です。だからこう思うのかもしれませんが、「読書が音楽鑑賞になる本ってあるよなあ」と考えてしまう一冊です。
ちなみに、私のお気に入りの登場人物の名前は「ピナリッピー」。
主人公(クロッド)の許嫁で性格最悪な彼女ですが、名前の効果で憎めないような気がしてくるから不思議。

作者のかたが描いた、気味悪いけどかわいいイラストも素敵です。私が子供だったら、屋敷や街の細かい図を見てごっこ遊びをしただろうなあ。洋館が好きな人には絶対におすすめ。主人公の二人が、まったく美男美女ではないところもセンスよし 。
今後映像化の予定もあるようで、今から楽しみです!



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