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TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベスト?ソング200:Vol.9【40位〜21位】

 思わぬ長編シリーズとなりましたこの平成ベスト?ソングシリーズも遂にトップ40に突入です。40位から先になってまいりますと、全ての楽曲に衝撃を受けたと言っても過言ではない格別の思い入れを有している名曲となります。今までもそうでしたが、そこには皆様がよく知っている楽曲もあれば恐らくほとんどの方が知らない楽曲もあることかと思います。SpotifyやApple Musicのようなサブスクリプションサービスでストリーミング配信されているものもあれば、YouTubeにすら全く上がっていないものもあったり、はたまたこの発達したネット社会においてすら探しようがないほど情報が欠如したアーティストもあったりします。特に90年代後半から00年代前半にかけてのインターネット普及期の時代におけるプロバイダーサービスや配信サービスが、10年代以降になってサービスが終了したりしてデータが抹消されるケースもあって、20年前はあふれていた情報が現在では確かめようがないことが現実として起こっています。筆者が本家ブログのプロバイダーもいつまで続くか先行きは全くわかりません。膨大なレビューもある日突然抹消される可能性もあります。そしてそれはサブスクも同じような危険性をはらんでいます。SpotifyやApple Musicもいつ何時My Spaceのようにサーバ移行の際にデータを消失するかもわかりません。サーバ側やアーティスト側の都合で配信が中止されたりすることもあるでしょう。そのためにも、我々のようなリスナーが調べられるものや知っているものは記録として「残しておく」必要があると思います。語り継ぐという言い方が適当かもしれません。
 今回のシリーズで挙げている楽曲は、全てが配信されているわけでも動画サイトに上がっているわけでもない、過去の遺物(オーパーツ)のような楽曲も多くありますが、これはサブスクにある楽曲だけがすべてであるという風潮に釘を刺すためでもあります。本当の名曲はサブスク以外に存在するかもしれません。サブスク、非常に便利です。今回のシリーズでも積極的にリンクしまくっていますが、あくまで試聴用として捉えていただければと思います。せっかく良い音楽に出会う機会を配信音楽だけに限定するのはもったいないと思いますので、是非いろいろな媒体で音楽に出会ってほしいです。

 何やら最終回の文章みたいになりましたが、まだもう少しだけ続きます(残り1回あります)。今回は40位〜21位までのカウントダウンです。お楽しみ下さい。



40位:「機動刑事ジバン」 串田晃

    (1989:平成元年)
    (シングル「機動刑事ジバン」収録)
     作詞:山川啓介 作曲:鈴木キサブロー 編曲:和泉一弥

      vocal:串田晃

      guitar:増崎孝司
      bass:美久月千晴
      drums:山木秀夫
      keyboards・programming:和泉一弥
      background vocals:EVE

機動刑事ジバン

 1969年に「からっぽの青春」でドラムを叩きながらの歌手デビューを果たした串田アキラの人生を変えたのは、1981年のスーパー戦隊シリーズ「太陽戦隊サンバルカン」の主題歌でした。串田特有のハスキーボイスが見事にハマり特撮ソングシンガーとしての素質を開花させた串田は、翌1982年には特撮映画「10号誕生!仮面ライダー全員集合!!」オープニング主題歌「ドラゴン・ロード」を担当するとともに、彼の代表曲となるメタルヒーローシリーズ第1弾「宇宙刑事ギャバン」の主題歌を任されることになります。以降「宇宙刑事シャリバン」「宇宙刑事シャイダー」と主題歌を担当し、「宇宙刑事といえば串田アキラ」というイメージをほしいままにします。そしてこの勢いはアニメ界にも席巻し始め、TVアニメ「戦闘メカ ザブングル」オープニング主題歌「疾風ザブングル」(1982年)や、かの有名な「キン肉マン」の主題歌「キン肉マン Go Fight!」(1983年)など名曲を残し、一躍アニソン・特ソンシンガーとしての地位を確立することになるわけです。それから数年はメタルヒーローシリーズからも離れますが、1988年に「世界忍者戦ジライヤ」オープニング主題歌「ジライヤ」で特撮ソング主題歌に帰還すると、1989年には連続して次期シリーズのオープニング主題歌にも起用されることになります。晴れて第40位にランクさせていただいたのは、この特撮ソング1、2を争う名曲「機動刑事ジバン」です。
 平成最初のメタルヒーローということでギラギラ感が半端ないこの「機動刑事ジバン」のオープニング主題歌の作曲を担当したのは、昭和が誇る名コンポーザーの1人、鈴木キサブローです。1977年に作曲家として活動し始めた彼の経歴はそのまま80's歌謡曲の歴史に置き換えられます。1980年の沢田研二「酒場でDABADA」の日本レコード大賞金賞に始まり、1981年は強烈な印象を残す堤大二郎「燃えてパッション」、1982年は昭和を代表する刑事ドラマ「太陽にほえろ!」のラガー刑事でブレイクした渡辺徹「約束」、1983年はTVアニメ「みゆき」のエンディング主題歌として大ヒットしたH2O「想い出がいっぱい」、1984年リリースの現在はparis matchで活躍する杉山洋介のロカビリースタイルのデビューバンド・SALLYのヒット曲「バージンブルー」、1985年には言わずと知れた夏の風物詩・TUBEのデビュー曲「ベストセラーサマー」、1986年は驚異的なThe Art Of Noiseサウンドで独特な雰囲気を醸し出すアイドル真璃子のデビュー曲「私星伝説」、今井美樹のデビュー曲「黄昏のモノローグ」、中森明菜の日本レコード大賞受賞曲「DESIRE-情熱-」、そして1987年の徳永英明を象徴する大ヒット曲「輝きながら…」(このPV最高です)・・・このラインナップだけ見ても名曲に枚挙のいとまがありません(非常に印象的なサビを作るのが上手い作曲家です)。しかし鈴木は1988年からは特撮分野、特にメタルヒーローシリーズと呼ばれる子供向け特撮ドラマの主題歌を手掛けていくことになります。初めて担当したのは1988年の「ジライヤ」、そしてこの1989年の「機動刑事ジバン」です。この楽曲のアレンジを務めたのが、若き日は井上鑑に師事、当時は鈴木と同じ事務所に所属し作曲家としての活動と共に、鈴木とコンビを組んでアレンジャーとしての活動も始めていた駆け出しの作編曲家・和泉一弥でした。前年の「ジライヤ」のアレンジを担当した戸塚修からの交代で抜擢された和泉一弥アレンジのこの楽曲の音は、強烈なドライサウンドです。非常にライブ感のあるドラムとスラップベース、メタリックを意識したキレのあるシンセプレイ、そして串田アキラ(この楽曲では串田晃名義)のパワフルなハスキーボイスで歌われる強烈に脳裏に焼き付けられる「ジバ〜ン!ジバ〜ン!」のサビのフレーズ・・・どれをとってもやる気とパワーに満ち溢れたTHE 特撮ソングですが、音の処理が抜群にローファイでドライ!まるで洞窟内で録音し残響音を意図的にカットしたかのようなメリハリの効いたミックスで音の粒立ちが半端ではありません。特撮ソングのサウンド面のトレンドは、一般的なJ-POPのトレンドより2〜3年遅れてくる傾向にありますが、平成に入り1988年までの過剰な音処理が飽和状態に陥りオーガイニックな質感に移行しつつあった時期にあっての、このドラムです。個人的には日本音楽史上に残るレベルのドラムサウンドと言っても過言ではないと思っています(クレジット未記載のため、あくまでプレイヤーは予想ですが当時の鈴木キサブロー&和泉一弥楽曲のプレイヤー状況から察するに、ドラマーは山木秀夫と推測しています)。なお、カップリング曲でありエンディング主題歌でもある「未来予報はいつも晴れ」も同じサウンドチームでの楽曲ですが、同様にドライな音処理がなされています(滲み出る日曜日朝感がたまりません)。
 この「機動刑事ジバン」の仕上がりに気を良くしたのか、鈴木キサブローは以降のメタルヒーローシリーズ「特警ウインスペクター」「特救指令ソルブレイン」「特捜エクシードラフト」(歌は宮内タカユキに変更)まで主題歌を手掛けていきますが、アレンジャーは和泉一弥から矢野立美に交代し、90年代の警察モノメタルヒーローのサウンドは矢野立美というイメージが一般認知されるようになります。そのようなわけで、「機動刑事ジバン」で見せた独特のドライなサウンドは和泉一弥のサウンドメイクの影響も大きかったのかもしれません。しかしこの一瞬のローファイドライの輝きは忘れずに記憶にとどめておきたいと考えています。

【聴きどころその1】
 イントロはギラギラしたフレーズに包容力のパッドが流れ込んでドリーミーなのです。しかしドラムが入ってきてから情景が一変します。鋭利な刃物のようなシンセサイザーとドラムのドライサウンドのバトルが繰り広げられる感覚です。フィルインとカウンターフレーズのタイミングが残響音カットの音像も相まってバチっとハマる瞬間のカタルシスが素晴らしいです。
【聴きどころその2】
 串田アキラ&コーラスの歌処理もイコライザーが強くかけられているのか妙にドライな質感。ある意味不思議な音空間にシンプルな音の隙間が生まれるからこそのダイナミックなコクとキレのサウンドは、異質で別次元です。しかも数ある特撮ソングの中でもなぜかこのシングルの2曲のみです。一体エンジニアは誰だったのか実に興味があります。


39位:「ヴィールス」 YAPOOS

    (1992:平成4年)
    (アルバム「Dadada ism」収録)
     作詞:戸川純 作曲:平沢進 編曲:平沢進・YAPOOS

      vocals:戸川純

      guitar・synthesizers・programming:平沢進

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 1988年の2ndアルバム「大天使のように」を最後に6人編成であった戸川純率いるYAPOOSからサウンド面でのキーマンであった比賀江隆男とキーボードの小滝満が脱退、残った戸川純・中原信雄・吉川洋一郎・泉水敏郎の4名で活動を継続していくことになります。しかしながら古き良きニューウェーブを志向するYAPOOSにとってギターレスとなった現状では、ライブにおけるサポートギタリストが必要でした。そこで白羽の矢が立ったのがまさかのP-MODELのリーダー・平沢進でした。戸川と平沢の関係は80年代初頭のテクノポップ・ニューウェーブブーム周辺の頃からつかず離れずの関係でしたが、P-MODELの活動を凍結して平沢がソロ活動を始めた1989年、平沢のソロ1stアルバム「時空の水」収録の「仕事場はタブー」で戸川がバックコーラスを務めてから、共同作業が増えてまいります。同年、戸川の芸能生活10周年を記念した昭和歌謡カバーアルバム「昭和享年」を平沢が3曲(「バージンブルース」「リボンの騎士」「夜が明けて」)をプロデュースすると、平沢の2ndソロアルバム「サイエンスの幽霊」では「ロケット」「カウボーイとインディアン」でバックコーラス、3rdソロアルバム「Virtual Rabbit」では「山頂晴れて」でバックコーラスを務めるなど蜜月の時を過ごしていきます。この1989年〜1991年にかけて、これだけ共同作業が多かった2人ですから、平沢のYAPOOSへのサポート参加も自然の流れといったところであると思います。1991年のYAPOOSの3rdアルバム「ダイヤルYを廻せ!」のレコーディングでも平沢が「3つ数えろ」「ヒステリヤ」の2曲で実に味のあるギタープレイを披露、当時のYAPOOSにとって欠かせないスパイスとして不可欠な存在であったことを感じ取ることができます。
 しかし、「ダイヤルYを廻せ!」アルバムリリース後のツアーが終了すると、平沢もP-MODELの解凍プロジェクトが多忙になりつつあったためかサポート契約を終了、そしてYAPOOSからはサウンド&リズムの支柱であり長年戸川をサポートし続けてきた吉川洋一郎と泉水敏郎が脱退、オリジナルメンバーは戸川と中原信雄の2名のみとなり大幅な再編を迫られることになります。そこで旧知のキーボーディストであるライオン・メリィと、有頂天のギタリストであったコウこと河野裕一を正式メンバーに迎え新生YAPOOSを再始動、1992年には4thアルバム「Dadada ism」がリリースされることになります。しかしこのアルバムには、平沢進が参加していた時期の遺産とも言える楽曲が2曲収録されています。それが「コンドルが飛んでくる」と今回39位に選出いたしましたYAPOOSきっての稀代の名曲「ヴィールス」です。「コンドルが飛んでくる」はタイトルからの予測できるように、どちらかといえば当時の平沢ソロワークスのスタイルの1つであるアンデス民謡風のメロディをプログラミングで仕上げた楽曲であるのに対し、「ヴィールス」は当時並行して進められていた前述の解凍P-MODELサウンドを流用したと思わせる無機質な変拍子シーケンスとデストロイギターがフィーチャーされた硬派でシリアスなテクノポップサウンドです。その苛烈極まりないシーケンスから始まる緊張感と、戸川の本領でもある感情過多な低音ボイスとと金切り声的なロリータボイス、そしてオペラボイスの三重奏という聴き手を蹂躙する活躍ぶりで、楽曲全体から漂う不気味さ、いかがわしさは尋常ではありません。前作のアルバムではギタリストとして存在感を示し、本作ではサウンドプロデューサーとして自身のカラーを押し出して爪痕をしっかり残していったという点において、YAPOOSという超個性的なバンドであっても平沢進という異質なキャラクターの存在は非常に大きなものであったと言わざるを得ないでしょう。

【聴きどころその1】
 ウイルスがじわじわ増殖していくようなシーケンスフレーズの緊張感。このシーケンスは平成テクノポップの中でも名フレーズの部類に入ることでしょう。平沢進がこのフレーズを思いついただけでもこの楽曲が生み出された価値があると言ってもよいと思います。
【聴きどころその2】
 苛烈な電子音が飛び交うこの楽曲にあって、S.E.的な挿入されてくるノイジーなギターフレーズも特にメロディを弾くわけでもなくエフェクトの一種として徹底してブチ込んでくる平沢進のギターに対する暴力的なセンスも聴き逃せません。戸川純があの八面六臂のボーカルスタイルですが、それに対応するためのサウンドメイクとしてはキテレツ個性的な平沢サウンドとの相性は抜群であったことを示す名曲と言えるのです。


38位:「フィールドワーク」 スノーモービルズ

    (1999:平成11年)
    (マキシシングル「風景観察官と夕焼け」c/w収録)
     作詞:折原信明 作曲:endorihara 編曲:スノーモービルズ


      vocal・guitar・synthesizer・programming:折原信明
      vocal・synthesizer・programming:遠藤裕文

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 YMOやPINK、SOFT BALLET等数々のテクノ・ニューウェーブ系アーティストの作品を手掛けてきた元アルファ・レコードの名エンジニアである寺田康彦が新たに設立したレーベル・Think Sync Recordsより、1996年に彗星の如く現れ1stアルバム「snow mobiles」でデビューした折原信明遠藤裕文の無名の新人デュオ・スノーモービルズ。彼らの足跡につきましては、昨年に遠藤裕文のソロアルバム「HIROFUMI CALENDER」リリース記念インタビューを行いましたので、そちらで詳しくインタビュー方式で解説しておりますので、ご参照いただければ幸いです(やや中盤あたりからスノーモービルズについて足跡が説明されています。)。

 1993年、大学時代の軽音部における4chテープ録音をバックにしたマンチェスター風味のバンドとしてスタートしたスノーモービルズは、おりからのアンビエントムーブメントに呼応する形でテクノアンビエントユニット・Snowhereとして活動、デモテープも2本制作しますが、ソニーSDオーディションに送ったそのうち1本が寺田康彦の目にとまり、Think Sync Recordsの第1弾オムニバス「NET17」に「SUNSET(modefied)」が収録されることになります。しかしながら、ポップスバンドとしてのスノーモービルズもSnowhereと並行して活動が進められており、実際1996年にデビューする際には文学的な情景描写を得意とする日本語詩と、テクノポップの影響が非常に強いこだわりのエレクトリックサウンドの融合による今までにないオリジナリティのある作風のバンドとして、1stアルバム「snow mobiles」、1998年には2ndアルバム「銀の烏と小さな熊」がリリースされ、その個性的なポップミュージックがニッチなリスナー等に注目されることになるわけです。
 さて、この2枚のアルバムのリリース後、彼らとThink Syncの同僚である村上ユカにポリスターからのメジャーデビューの話が舞い込みますが、第1弾マキシシングルのリリース前に、スクーデリアエレクトロで活躍していた石田ショーキチプロデュースによるオムニバス「ポップゴーズオンエレクトロ」に、スノーモービルズも「新しい名前」「南向き斜面の日時計」の2曲で参加します。そして同年秋にメジャーデビューシングル「晩秋のつむじ風」がリリースされます。しかしこの頃になると、スノーモービルズは楽曲制作に明け暮れるとともに、持ち前の実験的作風を前面に押し出してくるようになっており、売れ線を狙いがちなメジャーからのシングルリリースが、逆に彼らの実験精神に火をつける結果となってしまい、1999年のメジャー第2弾シングル「風景観察官と夕焼け」に至っては、プログレ魂全開の目まぐるしく場面展開する問題作に仕上がり、余りの変化球なアプローチに売り上げ完全無視の作品となってしまいました。ところで、このシングルにはもう2曲カップリングで収録されておりまして、1曲は折原信明主導のBob Dylan風「春待ちの原」、そしてもう1曲が今回第38位に選ばせていただきました、遠藤裕文主導のSugar Babe風キラーポップチューン「フィールドワーク」です。東北の初春を想起させる彼らの楽曲の中でもアッパーなビートに引っ張られる爽やかエレクトロポップで、高音で推移するストリングス系のリフとカラッとしたカッティングギターが絡み合う音像が春の訪れを見事に表現しています。何といっても澱みなく流れていくメロディが抜群で、サビの出だしのハモリなどは絶妙。そして彼らの最大の魅力でもある「歌詩」はとにかく個性的で、「針葉樹の梢を擦ってカイラスの向こうへ消えた」等の他のアーティストでは使われないような単語や、「水彩の→スイートピー」「水曜の→スイス製の」「つぼみが可憐だ→再開の日のカレンダー」等のベタな韻の踏み方が実に良い噛み味を出している名曲となっています。そしてこの独特の視点からの情景描写の最たる到達点が2001年の彼らの最高傑作3rdアルバム「風note」につながっていくわけですが、この名盤の完成に満足した彼らは活動ペースをガクッと落としてほぼ休業状態になります。しかし2011年の東日本大震災を機に限定的に復活、「夕景の魔法」を配信リリースし復興活動に尽力、そして2019年には遠藤のソロアルバム「HIROFUMI CALENDAR」のリリースや折原の地元である千葉県豪雨災害の支援を機に再び復活、マキシシングル「冬の明け空」を配信リリース、現在は20年ぶりとなるアルバムリリースに向けて動き出しています。20年以上経過しても類を見ない特殊な詩の世界とアーシーエレクトロの作風のデュオバンド・スノーモービルズの本格的な復活を期待してやみません。

【聴きどころその1】
 イントロやサビ、そしてアウトロでも活躍する初春のひんやりしたイメージの風通しのよいストリングス。和の心を感じさせながらも爽やかさを失わない高音推移のフレージングは、この楽曲の雰囲気を形づくっています。
【聴きどころその2】
 間奏に登場するRoland SH-101のソロプレイ。遠藤が弾き、折原がSH-101のスライダーをいじる究極の共同作業による微妙な音色変化が絶妙です。ソロの最後でノイズが登場する部分が個人的には好みです。またシンセによるベースラインも粋なプログラミングで微妙なノリを表現しています。どうしても彼らの独特の詩世界が注目されがちですが、サウンド面での細やかなフレージングセンスも秀逸なのです。


37位:「Neuro vision」 鈴木光人

    (2009:平成21年)
    (アルバム「NEUROVISION」収録)
     作詞・作曲・編曲:鈴木光人

      vocal・synthesizers・programming:鈴木光人

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 1994年、関西のカリスマDJ・田中フミヤ率いる老舗テクノレーベル、とれまレコードより、西村善樹とのテクノユニットARP2600名義で12インチシングル「Voices Of Planet」でデビュー、Man Machine名義で「Line Age」をとれまレコードのオムニバス「Abstract Set One」に提供するなど、TECHNO道を突き進んでいた京都出身のサウンドクリエイター・鈴木光人は、細野晴臣主催のテープコンテストにおける受賞をきっかけに上京、細野が主宰する新レーベルdaisy worldから1996年リリースのオムニバス「Daisy world tour」にてラストを飾る「Medium Feedback」が収録されます。その後戸田誠司や電気グルーヴのプログラマー兼エンジニアとして活動し始めていた渡部高士とのコラボに端を発したエレクトロポップユニット・OVER ROCKETを1997年に結成しますが、鈴木は別ユニットとしてElectric Satieを始動します。これはユニット名のとおり、19世紀~20世紀に活躍したフランスの作曲家・Erik Satieの名曲「Gymnopédies」をアンビエント感覚あふれる爽快なテクノミュージックでリメイクするための企画先行型限定ソロユニットで、1998年にフルアルバム「Gymnopédie '99」をリリースします。OVER ROCKETの相棒である渡部高士もエンジニアとして一部楽曲に参加した本作は、Satieの新たな魅力を引き出した優れたエレクトロサウンドデザインが施されており、匿名ユニットながら鈴木光人というアーティストが注目されるきっかけとなりました。
 その後OVERROCKETとしてデビューしてからは2005年まで数々の名作に関わっていくわけですが、2005年のアルバム「OVERROCKET」を最後に鈴木は同バンドを脱退しますが、それは大手ゲーム会社スクウェア・エニックス専属のコンポーザーとして勧誘されたことに起因すると思われます。鈴木はスクウェア・エニックスにおいて同社の主力製品であるRPG「ファイナルファンタジー」シリーズの音楽制作に関わっていくかたわら、ソロアルバム制作にも着手、2007年に配信限定アルバム「In My Own Backyard」をリリースします。かつてのElectric Satieを彷彿とさせるアンビエント風味の美しいエレクトロサウンドを基軸にボーカル曲まで披露した本作は好評で、鈴木は続編の制作にとりかかり、2009年にソロアルバム第2弾「NEUROVISION」のリリースに至るというわけです。(「NEUROVISION」については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.2【80位〜61位】」の第61位をご参照ください。)。

今回第37位に選ばせていただいたのは、本作のタイトル曲でありオープニングナンバーであるボーカル曲「Neuro vision」です。OVERROCKET時代から歌モノとしてのメロディセンスに定評があった鈴木でしたが、前作以上にキャッチーでポップな作風に移行した本作にあって同名を冠する楽曲ということで、鈴木本人による淡々としたボーカルであってもナチュラルにメロディの良さが滲み出る仕上がりとなっています。美しいパッドを中心とした作り込まれたシンセサイザーサウンドはファンタジック&ドリーミーで、前作で目指していたサウンドデザインをさらに高みまで推し進めそのハイクオリティな音像は他のクリエイターとは一線を画すセンスに満ち溢れたものになっています。しかし「Neuro vision」に代表される繊細なエレクトロポップをここまで突き詰めて名盤に仕上げてきた鈴木でしたが、その後ソロアルバムを発表することはなく、スクウェア・エニックス系のゲーム音楽仕事に追われていくようになります(人気ゲームからTVアニメとなった「スクールガールストライカーズ」の劇伴も担当しています)。しかし2020年、鈴木は遂に重い腰を上げ、エレクトロニック・シューゲイズの名のもとに、新ユニットmojeraを結成、アルバム「overkill」をリリースするなど、再びPOPSシーンに躍り出る気配を見せています。

【聴きどころその1】
 シーケンス中心のAメロからBメロでふわ〜っと入ってくるパッド音色の滲み方が素晴らしいです。音数の少ないシンプルなサウンドに淡々としたリフが繰り返される中でのこの印象的なシンセパッドは、この楽曲の美意識を最大限にアピールした音色と言えるでしょう。
【聴きどころその2】
 この楽曲に関してはリズムボックスの軽さが効いています。これくらいの音数の少なさで空間を感じさせるサウンドに、このパタパタとしたリズムは極上の浮遊感を演出する大きな要素となっています。後半からラストにかけてはサビの繰り返しですが、温かい毛布に包まれるようなパッドが変容していくことによる情景変化の表現力は、さすがゲーム音楽で培われたドラマティックな展開能力の賜物でしょう。


36位:「あいつはクイズ王」 宇宙ヤング

    (2001:平成13年)
    (宇宙ヤングホームページにて配信)
     作詞:笹公人 作曲・編曲:HIDE-AKI

      vocal:笹公人
      synthesizers・programming:HIDE-AKI

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 1998年突如として現れた笹公人率いるテクノポップユニット・宇宙ヤング。相棒に小林和博(後のZunba Kobayashi)を迎え制作されたアルバム「宇宙ヤング」は、昭和アニメのようなコミカルでオタク空間溢れる世界観と、純度の高い生粋のシンセサイザーサウンドで局地的に話題を呼びましたが、笹公人が学生時代から取り組んできた短歌に専念するため1枚のアルバムを残して一旦解散します。しかし笹は基本的には短歌に専念しながらも音楽活動も地道に展開、jellyfishのリーダー兼コンポーザー・石崎智子とタッグを組んで、徳永愛「青い時代の神話」(アルバム「Missing Diamond」収録)、岡本ひかり「魔女かもしれない」(PCゲーム「砂のエンブレイス」主題歌)の作詞を手掛けたりと歌人と作詞家の両立も模索していたようですが、歌人として一定の評価が得られ始めた2001年には宇宙ヤングの復活を企むようになります。そして再結成にあたって相棒として白羽の矢を立てたのが、小林秀聡ことHIDE-AKIでした。奇しくも前任者と同じ苗字のHIDE-AKIは、既に個人サークルHexadecimalを設立して同人音楽界で数枚アルバムをリリース、またセガ所属のコンポーザーとして日本初めて成功した家庭用オンラインゲーム「ファンタシースターオンライン」の音楽を担当、主題歌「The whole new world.」も手掛けるなど、ゲーム音楽界では既に名の知られた存在のクリエイターでしたが、旧知の間柄であった笹とHIDE-AKIは意気投合し、程なく宇宙ヤングは再結成に至ります。そして彼らの再生第1弾となった楽曲が当時新設された宇宙ヤングのホームページになんとMP3として無料配信されます(なんと20年近く経過した現在も残っています)。それが今回第36位に選出しました、その名も「あいつはクイズ王」です。
 さて、この宇宙ヤングにとって新たなスタートとなった「あいつはクイズ王」ですが、とにかく詰め込まれた情報量が多いです。まずのっけから福留功男の「ニューヨークへ行きたいかー!」「罰ゲームは怖くないかー!」のサンプリングにひっくり返りました。そうです、80's文化に大きな影響を受ける笹とすれば当然クイズ王といえば・・・80年代を席巻した日本テレビの名クイズバラエティTV番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」。そしてこの番組のテーマソングに採用されたMaynard Ferguson「Theme From Star Trek」のあのトランペットのフレーズが、福留サンプリングに続いてほぼそのまんま再現されているのです。そしてひとたび歌が始まれば、あの笹公人の初期宇宙ヤングでのとぼけた素人訛りな歌唱法が、郷ひろみのモノマネ唱法になっていて当時は耳を疑いました(しかし聴いていくうちに不思議なことに慣れてまいります)。間奏ではしっかりクイズ場面のカットアップが始まる徹底ぶりで、この説明ではすべて著作権無視のパクリだらけではないかと思われるかもしれませんが(実際半分くらいはそのとおりなのですが)、そこはさすがはファンタシーオンラインのHIDE-AKIということで、パロディとオリジナリティを絶妙に混ぜ合わせた見事なブレンドセンスで、なぜか哀愁すら感じさせるテクノポップチューンに仕上げています。当然のことながらオマージュだだ漏れのフレージングやTVカットアップの応酬なので、実際にCDとしてリリースすることもかなわず、このご時勢にサブスク配信しようにも権利関係で必ず引っかかるので恐らく永久に配信されないと思われる幻の楽曲となりますが、宇宙ヤングのホームページが続く限りは聴くことが叶いますので、是非ミレニアム周辺の何でもあり時代のパワーを感じていただけますと幸いです。
 なお、宇宙ヤングとして最も有名なのは、ファミコン全盛期の伝説的プロゲーマー・高橋名人とのデュエットでシングルリリースもされた「ハートに16連射」でしょう。高橋名人の歌の上手さとラジオドラマのような寸劇が繰り広げられるネタ満載の楽曲です。またカップリングの「さよなら未来ガール」は、地獄のピンクレディーことゲリラチャンのカホリをコーラスに迎えたクールなスペイシーテクノポップ(後期宇宙ヤングでは最もカッコよい)に仕上がっています。2002年にはTV番組パロディシリーズ第2弾「君は仮装大将☆」をUP、和風テクノバンド・金色の金色樽兵衛ことカワシマコージを作編曲に迎え、萩本欽一サンプリングやあの投票パネルのランクアップサウンド、合格S.E.等のギミックと共に仮装大賞に賭ける青春を語る哀愁テクノポップを再び提供しています。2003年にはファミコン生誕20周年記念公式ソングとして再び高橋名人と共演した「ファミってオールナイト!~黄金の指伝説~」も公開しますが、オリジナル楽曲の配信はここまで。笹はテレビ東京のバラエティTV番組「音楽職業案内所どれカム」の企画として、3人組男性アイドルグループ・銀河ステーション(スーパーアイドル日野誠サカイ(現:宮城県議会議員・境恒春)、MASAKI)の結成にプロデューサーとして関わるなど興味深い活動を続けるも超個性的な銀河ステーションがまとまるはずもなくじきに頓挫、折しも笹の歌人としての第一歌集「念力家族」が未来年間賞を受賞し短歌の世界で高い評価を得るなど、ますます歌人としての活動が本業となりました。宇宙ヤングは実は解散はせず存在しており、2010年に長谷川明子「2100年の東京タワー」という名曲を忘れた頃に残しています。ところが笹の歌人としての活躍を尻目にその後も宇宙ヤングは復活するとかしないとかぐずぐずしているうちに時代は令和に突入、果たして復活はなるのか動向が気になるところです。

【聴きどころその1】
 アメリカ横断ウルトラクイズのあのオープニング、「Theme From Star Trek」のトランペットのシミュレーションが意外と完成度が高いです。歌に入る前にサラッと転調している部分とか、Cメロに入る前にその音色を使用してくる部分に、パロディ精神を超えたセンスを感じます。
【聴きどころその2】
 パロディ部分以外にもシーケンスやシンセベースの高速の絡み合いや、妙に腰の入っていないペラペラのシンセソロによる、良い意味での軽さがポイントです。もっと気軽に楽しめる親しみやすいテクノポップであることを証明しているようです。個人的には間奏におけるクイズの待ち時間のタイムカウント音などが実に好みです。


35位:「IMAGINE」 中野テルヲ

    (2005:平成17年)
    (アルバム「Dump Request 99-05」収録)
     作詞・作曲:John Lenon 編曲:中野テルヲ
     訳詞:中野テルヲ with The Translator Mini

      vocal・reading・UTS・synthesizers・programming:中野テルヲ

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 1986年にP-MODELにベーシストとして加入、アルバム「ONE PATTERN」を残し、新作となるはずだったアルバム「モンスター」収録の「MONSTERS A GOGO」「CALL UP HERE」「CRUEL SEA」などの楽曲もお蔵入りした1988年のP-MODEL活動凍結まで、平沢進と共にコンポーザーとしても活躍していた中野テルヲ(当時は中野照夫)は、その後は三浦俊一とのロックバンド・STEREO SCOPE(後にSONIC SKYに改名)へ参加、同バンド解散後は、有頂天のケラ(現:ケラリーノ・サンドロヴィッチ)に誘われ、LONG VACATIONに参加します。同バンドには1995年の活動停止までサウンド面での中心的なメンバーとして参加し、実質4年間ほどの活動期間の中でインディーズ・メジャー問わず多数の作品を制作、若さに任せた精力的な活動に勤んでいきます。この多忙なLONG VACATION在籍中に中野はソロ活動にも奔走、1993年にはニューエイジミュージシャン・尾島由郎の野心的なアルバム「HANDS・SOME」収録の「BEATNIKS STATEMENT」「DISCOMPOSURE」を共同作曲、豪快な電子音&ビートコンストラクションで貢献すると、加藤賢崇がパーソナリティーを務めたテクノ系ラジオ番組「トロイの木馬」の企画オムニバスアルバムに、あのJohn Lennonの名曲「IMAGINE」をサイン波全開のテクノリアレンジして提供、この頃から電子楽器アーティストとしてのセンスを開花していきます。このエレクトリカルセンスの開放をサポートしていたのが、P-MODELの同僚であった高橋芳一が開発した自作電子楽器・Under Techno System(以下UTS)で、既にLONG VACATION時代からUTSを使用してきたこの独自のライブパフォーマンスが、中野のソロワークスの代名詞となっていきます。そしてLONG VACATION解散後の1996年に、中野は1stアルバム「USER UNKNOWN」でソロデビューするわけですが、この頃には既にUTSを使用した発振音を取り入れたサウンド面でのスタイルに磨きをかけつつ、自身が歌うことによる歌モノとしてのポップなアプローチを確立していました。一方、90年代後半の中野は他のアーティストへのアレンジ等の参加も積極的に行っており、1996年には梶谷美由紀「HEART & LIGHT」やAJA「クスコー氏の宇宙船」、1997年には制服向上委員会のメインボーカル・吉成圭子「ちゅう・ちゅう・ちゅう」といった知る人ぞ知るシンガー等のサウンドを支え、また、1996年のKRAFTWERKトリビュートオムニバス「MUSIQUE NON STOP ~A TRIBUTE TO KRAFTWERK」には「Computer Love」のリメイクを提供するなど、90年代は中野の音楽制作キャリアを積んでいくまさに修行の場であったと言えるでしょう。
 1999年になるとP-MODELがMP3による音楽配信をインディーズに移ってまで開始しますが、その流れに呼応したかどうかは定かではありませんが、同年中野は「Winter Mute (part II)」「Winter Mute (part I)」、そして「Let's Go Skysensor」をMP3配信、2001年にも「RAM Running」が配信されます。そしてこれらの配信楽曲や過去のオムニバス企画に提供した楽曲のセルフリメイクを収録したベストアルバム「Dump Request 99-05」を2005年にリリースすることになるわけです。そして今回第35位に選出したのが、本作の1曲目に収録されているJohn Lennon「IMAGINE」のリメイクです。前述の通り「IMAGINE」のリメイクは1993年に「トロイの木馬」オムニバスにて既に実施済みですが、本作はその「トロイの木馬」バージョンをベースにしつつ、ロボットボイスとボイス変調であった歌パートを、Macintoshの自動翻訳ソフトThe Translator Miniに原曲の歌詞を読み込ませて翻訳させた文章を淡々と「読む」という暴挙に出ています。しかしながら、「どんな天も存在しないと想像しなさい」・・・この一文が繰り返される中盤のドラッギーな効果はリメイクモノなのに強烈なオリジナリティすら感じてしまいます。現在ではGoogle翻訳などがある程度の翻訳力を維持してくれますが、当時の翻訳ソフト技術はまだまだ発展途上ですから、当然文章としては支離滅裂なのですが、そのミスリード感覚、エラー感覚というものがこの楽曲が提示する面白さなのではないでしょうか。このようなトリッキーかつポップなリメイクは古くから自作電子楽器に取り憑かれ、その使用法についてさまざまな音楽制作経験によって培われた実験精神あってこそのアイデアやセンスの賜物であると言えますが、そのようなアーティストが登場することはめったにありませんので、彼はこの時期から平沢進と並び立たんとする孤高のエレクトロマスターとして君臨、2011年のアルバム「Signal/Noise」からは作品制作にライブにますます精力的に活動していくことになるわけです。

【聴きどころその1】
 本文でも指摘していますが、間奏部分の一文の繰り返しがドラッグ効果を起こし非常に気持ち悪いです。そのリピートにはダブ処理が加えられ、終いにはオーディオ・フレーズのピッチ/タイム/フォルマントを独立してコントロールすることで音程を変えずにストレッチできる、Roland独自のバリフレーズ・プロセッサーを使用したと思われるフレーズの引き延ばしで、テクノロジーの醍醐味を感じさせています。
【聴きどころその2】
 前回のリメイクの残滓がサイン波でのシーケンスに表れています。ブレイクビーツとの相性も抜群です。そして淡々として自動翻訳リーディングの裏で、このサイン波があの印象的なAメロをなぞっているのがキュートで仕方ありません。


34位:「ニンジャ! 摩天楼キッズ」 トゥー・チー・チェン

    (1994:平成6年)
    (シングル「シークレット カクレンジャー」c/w収録)
     作詞:冬杜花代子 作曲:都志見隆 編曲:山本健司

      vocal・rap・chorus:トゥー・チー・チェン(都志見隆)

      guitar:不明
      keyboards・programming:山本健司
      sax:不明
      chorus:不明

シークレットカクレンジャー

 ニューヨーク市立大学ブルックリン校音楽院で作曲を学んだ都志見隆は4年の米国留学を経て、1982年より本格的に作曲家としての活動を開始します。1983年にスターボーの3rdシングル「サマー・ラブ」の作詞作曲を手掛けると、1985年には中森明菜へ提供した「SAND BEIGE -砂漠へ-」がヒットして注目を浴びると、石川秀美「危ないボディ・ビート」、仙道敦子「Don't Stop Lullaby」「PASSION」を、1987年には再び中森明菜「TANGO NOIR」が大ヒット、完全に作曲家としての地位を確立します。1986年には都志見がオーディションから作詞・作曲・編曲まで関わりプロデュースしたバンド・BEE PUBLICが「お前にハート・ビート」でデビューしますが、これは一瞬人気が出ましたが成功したとは言い難いものでした。1988年には西村知美「きゃきゃきゃのきゃ」、麻田華子「魔法」といったトリッキーな楽曲も手掛けながら、1989年の平成に入ってからはいよいよ都志見の作曲家人生のピークを迎え、田原俊彦「ごめんよ涙」、光GENJI「地球をさがして」、1993年には忍者「日本ブギ」も手掛けるなど、ジャニーズへの提供曲も増えてまいります。それと共に田山真美子の名曲「あの頃、ラスト・クリスマス」を皮切りに、90年代アイドルソング戦線を顔を出すと、乙女塾関連楽曲(CoCo「ささやかな誘惑」「Live Version」、三浦理恵子「水平線でつかまえて」、中島美智代「思い出にもなれない」etc)を多数手掛けるなど、80年代よりも90年代にその勢いを増していた作曲家の1人でした。
 一方、80年代末から90年代前半にかけて1人のアレンジャーの名前をよく目にすることになります。編曲家・山本健司は、人気TVアニメ「ドラゴンボールZ」オープニング主題歌「CHA-LA HEAD-CHA-LA」(歌は元LAZYの影山ヒロノブ)、エンディング主題歌「でてこいとびきりZENKAIパワー!」(歌は元LIGHTHOUSEのMANNAこと岩沢真利子)のアレンジを手掛けます(特に「でてこいとびきりZENKAIパワー!」の逆回転ハナモゲラチャイニーズボイスには衝撃を受けました)。するとドラゴンボール関連楽曲のほかにもTVアニメ仕事が増えてまいりまして、「魔動王グランゾート」のオープニング主題歌「光の戦士たち」(歌:鈴木けんじ)、「勇者エクスカイザー」のオープニング主題歌「Gatherway」(歌:三浦秀美)といった印象的な90年代ロボットアニメ主題歌のアレンジを担当していきます。しかし彼の最大の仕事は、「美少女仮面ポワトリン」のオープニング主題歌「17の頃」(歌:斉藤小百合)に引き続くスーパー戦隊シリーズの主題歌仕事です。1990年放映「地球戦隊ファイブマン」から1994年放映「忍者戦隊カクレンジャー」まで5年にわたり主題歌のアレンジを担当(「地球戦隊ファイブマン」・・・OP主題歌「地球戦隊ファイブマン」、「鳥人戦隊ジェットマン」・・・ED主題歌「こころはタマゴ」、「恐竜戦隊ジュウレンジャー」・・・OP主題歌「恐竜戦隊ジュウレンジャー」、ED主題歌「冒険してラッパピーヤ!」、「五星戦隊ダイレンジャー」・・・OP主題歌「五星戦隊ダイレンジャー」、ED主題歌「俺たち無敵さ!! ダイレンジャー」、「忍者戦隊カクレンジャー」・・・OP主題歌「シークレット カクレンジャー」、ED主題歌「ニンジャ!摩天楼キッズ」)、特撮ソングにきらびやかなシンセサウンドと共にトレンディな匂いをサウンド面で持ち込むなど、時代の空気を掴む大きな貢献を果たすことになります。
 さて、今回第34位に選出しましたのは、「忍者戦隊カクレンジャー」のエンディング主題歌「ニンジャ!摩天楼キッズ」です。作曲が都志見隆、編曲が山本健司という90年代前半に飛ぶ鳥を落とす勢いであった彼らがタッグを組んだこの楽曲は、特撮ソングとは到底感じられないほどの洗練された和風ダンスミュージックに仕上がっています。エレクトロファンクなリズムトラックにラップパートあり、コーラスありのゴージャズなサウンドメイク、そして余りにもキャッチーで覚えやすい「ドロロロ、ドロロン!シュリシュリ、手裏剣、ダンスダンス!」のフレーズとメロディが見事に噛み合った異常に完成度の高い楽曲に仕上がっています。歌っているのはトゥー・チー・チェン、中国語読みで「つ・し・み」すなわち都志見ということで、都志見隆本人の歌唱です。ということは本人がラップまでこなしているという貴重な楽曲なわけです(ちなみにオープニング主題歌「シークレット カクレンジャー」も都志見が堂々と歌っています)。もともと鈴木隆夫名義でシンガーソングライターデビューした過去もあり、映画「ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎行進曲」挿入歌「FINAL ROUND」やTVドラマ「ゴリラ・警視庁捜査第8班」挿入歌「REASON TO LIVE」で歌唱経験もあるコンポーザーですから、なんとも安定した歌唱ぶりです。都志見隆の歌やメロディ構築力、山本健司の時代を捉えたサウンドセンスといったプロフェッショナルな仕事ぶりは、TECHNOや渋谷系が持て囃された90年代にもしっかり息づいていました。オブスキュア なシティポップがにわかに注目を浴びつつある現在にあって、注目すべきは80年代よりは未だ評価が薄い作家陣のプロフェッショナルワーク。そのあたりを忘れてはいけないところなのです。

【聴きどころその1】
 何といってもキレの良いサウンド&リズム。ビシバシと決まるドラムにファンキーなシンセベース、忍者らしく和楽器サウンドにスクラッチ等を効果的に挿入しながらダンサブルチューンとしてのクオリティを崩さない見事なアレンジメントであると思います。山本健司アレンジはサウンド面でもクリアでまとまりの良いシンセ&リズムが多く、その安定感は一流のものでした。
【聴きどころその2】
 都志見隆の歌にラップに作曲にという芸達者ぶりには頭が下がります。しかもリズム感抜群で度胸満点、慣れていないはずのラップにもキレがあります。この楽曲は作詞が先といいますが、詞をキャッチーに当てはめるサビのフレーズなどはセンスがなければあそこまでカッチリとハマらないでしょう。現在まで第一線で活躍する日本を代表するコンポーザーの面目躍如といったところでしょうか。


33位:「JEWELRY ANGEL」 access

    (1993:平成5年)
    (シングル「JEWELRY ANGEL」収録)
     作詞:貴水博之 作曲・編曲:浅倉大介

      vocals:貴水博之
      synthesizers・programming:浅倉大介

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 数あるキーボードプレイヤーの中でもシンセサイザーの開発側から転向したアーティストも珍しいのではないかと思います。浅倉大介は1985年からYAMAHAのシンセサイザー部門のシステム開発等に従事、YAMAHAのの大ヒットデジタルシンセサイザー DX7 II-FDの開発に携わることになります。このようにYAMAHAのエンジニアとしてシンセの音色開発等に勤しむかたわら、1987年にはT&E SOFTが手掛けたウォーシミュレーションゲーム・DAIVAの音楽に冨田茂や丸山恵市と関わり、浅倉は同アルバムの半数以上の楽曲を制作、その音楽を集めたアルバム「ACTIVE SIMULATION WAR DAIVA」が浅倉の初のデビュー音源となります。そして同年にはYAMAHAシンセサイザー のスポンサー的立場にある、当時ブレイクを果たしたTM NETWORKのライブツアーサポートマニピュレーターとして、ライブ音源のプログラミングや音色制作に数年間携わると、その技術と貢献度が小室哲哉に認められ、1990年からはTMN(TM NETWORKから一時的に改名)ライブのサポートキーボーディストとして参加するようになり、遂に浅倉はプレイヤーとして音楽界に殴り込みをかけることになるわけです。同年にはTM NETWORKの楽曲を自身の解釈でアレンジしてコンセプトアルバムに仕上げた浅倉大介名義としての1stアルバム「LANDING TIMEMACHINE」をリリース、浅倉大介の名前はディープなTMファンのみならず、それ以外のエレクトロポップリスナーにも知られていくことになります。
 1992年、浅倉大介の2ndアルバム「D-Trick」がリリースされます。既にTMNのサポートとしてアイドル的人気を誇っていた浅倉への期待度は高くオリコン第6位の大ヒットとなり、プレイヤーとしてだけではなくサウンドクリエイターとしての才能も認められていくようになります。さて、基本的にインストゥルメンタル作品である本作において数曲のボーカル曲が収録されています。シングルカットされた「COSMIC RUNAWAY」とそのカップリング曲「Toy Box In The Morning」、そして麗美とのデュエットソング「1000年の誓い」の3曲ですが、この全ての楽曲において起用されたのが、元HOT SOXのボーカリストでありソロシンガーとして活動を始めていた貴水博之です。彼の甲高い声質と浅倉のきらびやかなシンセサウンドとの相性を確かめるにはこの3曲で十分でした。本作のレコーディング中に意気投合した浅倉と貴水はその場でエレクトロポップユニット・accessを結成、シングルとなった「COSMIC RUNAWAY」のジャケットには「Pred.AXS」の文字が躍ることになるわけです。同年秋、新ユニットaccessは早速1stシングル「Virgin Emotion」をリリースしますが、まだまだ助走段階であったaccessが本領発揮するのは翌1993年からとなります。それが今回第33位に選ばせていただいた彼らの2ndシングル「JEWELRY ANGEL」です。
 男性デュオ打ち込みスタイルということで、前作「Virgin Emotion」はどこかB'zのようないなたさを感じさせるサウンドスタイルでしたが、この「JEWELRY ANGEL」は凄まじいテンションと疾走感が感じられるキャッチーなエレクトロポップです。デビュー当時はSYNC-BEATと称された苛烈なエレクトロビートが炸裂、プログラムで制御されたシーケンスによるベースラインはギクシャクしながら動き回り、アタック感の強いシンセリフが楽曲全体を支配する、accessが目指している世界観をこれほどまでに提示できている楽曲はその後も見当たらないのではないかと思われます。貴水のボーカルもポテンシャルを存分に発揮、高音があてがわれたサビのフレーズでも気持ちよく歌っているのが理解できます。最後にはさらに上へ転調するため、一体どこまで高み(貴水)に昇っていくのかハラハラしてしまう部分もありますが、飽くなきテンションで乗り切っていく若さと勢いはまさに当時のaccessでないと生まれ得ないものでしょう。この1ヶ月後に1stアルバム「FAST ACCESS」が大ヒットしスターダムにのし上がっていくaccessですが、その先鞭と勢いをつけた「JEWELRY ANGEL」はヒット前夜の彼らの最高傑作として記憶に残っていくことと思われます。

【聴きどころその1】
 ゴリゴリの音色で緻密にプログラミングされたシンセベース。この機械的に動き回るベースラインでこの楽曲の勝負はついたも同然です。特にAメロのバックで流れていくシンセベースのキレの良さはまさにSYNC-BEATという言葉を体現しているかのようです。このシンセベースのコクとキレはその後も浅倉大介サウンドの醍醐味の1つとなっていきます。
【聴きどころその2】
 4拍目のスネアにかけられるロングリバーブ。このドーーーンッ!という長い残響音もaccessの代名詞となっていきます。安易にはハウスに走らず硬質なスネアでのビートに活路を見出していたSYNC-BEATの真骨頂が、この残響音(爆発音?)にあると言っても過言ではありません。


32位:「街の灯」 face to ace

    (2007:平成19年)
    (シングル「雪化粧/街の灯」収録)
     作詞・作曲・編曲:本田海月

      vocal・guitar・chorus:ACE
      synthesizers・programming:本田海月

      bass:YANZ
      drums:西川貴博
      guitar:嶋田修

雪化粧

 2003年に日本クラウンとの契約が満了した旅情エレクトロユニット・face to ace。face to aceを構成する元聖飢魔IIのエース清水ことACEと、元GRASS VALLEYの本田恭之こと本田海月は、メジャーからの契約終了とは裏腹に互いに結束を深め、一生のパートナーとしての覚悟を固めたかのようにインディーズとして独立して活動を再開していきますが、そのためにはもちろん食べていかないといけません。そこで彼らが選択した活動スタイルはとにかく全国でライブをこなしまくることでした。全国の彼らのファンに可能な限り多く自分たちの音楽を直接届けること、それがファンサービスであると心がけ、全国津々浦々日本中をライブで行脚していくことになるわけです。そのためにACEは解散後も定期的に再集結していた聖飢魔IIには2005年を最後に半永久的に参加を辞退、本田はGRASS VALLEY時代からの自身のサウンドの代名詞であったRolandのアナログシンセサイザーJupiter-6を封印し、音色は全て波形としてデータ化しラップトップPCに保管エディットすることで必要最小限のライブ用セットで小回りが利くように環境を整理するなど、各々がそれなりの覚悟を持ってface to aceに専念する気概を見せたのです。
 このようにface to aceとして生きていくために再出発した彼らは、まず手始めに2004年、本田海月作編曲のシングル「KALEIDO-PARADE」をリリース、半年後の2005年初頭には3rdアルバム「FIESTA」をリリース、旅情エレクトロラテン編と言っても過言ではないさらにAOR風味が増した世界観で若干地味な作風ながら新境地を見せます。それからは半年〜1年のスパンで音源を発表、2005年夏に「FIESTA」路線延長上の「TOUGH!」、2006年には現在に連なる泥臭いロック風味を取り入れた「ヒグラシ」とシングルを連発していきますが、半年後の2007年初頭に彼らにとっては1stアルバム「FACE TO FACE」収録のクリスマスソング「QUIET SNOW」以来のウインターソング、「雪化粧」がリリースされます。そして今回第32位に選出しましたのが、本作のカップリング曲である「街の灯」です。
 さ、この「街の灯」も「雪化粧」と同様にウインターソングです。このシングルはほとんど両A面とほぼ同じ扱いとなっておりまして、ACE作曲の「雪化粧」と本田作曲の「街の灯」という両者それぞれの叙情的な冬の歌を比較しながら楽しんでもらおうという意図をリスナー側が受け取ることができるコンセプトになっていると思われます。もちろん「雪化粧」も本田アレンジなので浮遊感のあるシーケンスと空間エフェクトが効いたサウンドが施されており、基本はギターロックといってもACEのメロディセンスが生かされた良曲ではありますが、「街の灯」は「雪化粧」との比較がどうであるとかそういう次元の話がつまらなく思えてしまうほどの恐るべき完成度を提示しています。Aメロ→サビという単純構造の楽曲ですがとにかくメロディが抜群に良いです。本田海月という独自の叙情的な世界観を持つサウンドクリエイターは自身が作曲した楽曲をアレンジする際に最大限の力を発揮するタイプですが、この楽曲はその最たる仕上がりの1つと言えるでしょう。基本は「雪化粧」と同様にギター中心のサウンドメイクですが、ギターに施されるエフェクトの浮遊感や洗練された音像が素晴らしいです。本田作品としては本田お得意のソナー音等が目立つもののシンセサウンドとしてはやや脇役に徹していますが、その分ギターとコーラスの分厚い音像であのノスタルジー全開のサビを料理しています。Aメロから一気に聴き手を引き込む訴求感のあるメロディセンス、そして突然のスコールにように降り注いでくる分厚い音像によるサビにおけるサウンドマジック、どれをとっても流石は稀代の叙情派サウンドクリエイター本田海月の真骨頂ともいうべき名曲であることに異論はありません。そしてこれら2曲の楽曲は2007年末の彼らの4thアルバムにして最高傑作の冬の大名盤「NOSTALGIA」の制作に多大な影響を与えていくのです(「NOSTALGIA」については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.5【20位〜1位】」の第3位をご参照ください。)。

【聴きどころその1】
 全体を包み込む(特にサビの)音の壁、これに尽きます。ギターとコーラスによる寒い冬を包み込むコートの暖かさのようなコーラスワークが絶品です。目立たないようですが冷たい寒空を表現しているかのような左右を飛び交うストリングス、サビでのキーンとしたストリングス等のシンセワークも流石の本田仕事です。
【聴きどころその2】
 中盤の「街の灯 包んだ花」でサビの締めに入らずにギターソロへ移っていくタイミングが秀逸です。そしてそのギターソロもコーラスのバックアップも相まって雰囲気たっぷりの名フレーズを奏でてくれます。当然技巧派として定評のあるACEのギタープレイの中でも個人的にはこのソロプレイが非常に印象的です。また2周目のAメロにおけるギターの入れ方は、本田マジックということもありますが実に美しいです。


31位:「バリアー」 パール兄弟

    (1993:平成5年)
    (アルバム「公園へ行こう」収録)
    作詞:サエキけんぞう 作曲:山田直毅
    編曲:パール兄弟・佐久間正英

      voices:サエキけんぞう
      drums・background vocals:松永俊弥
      keyboards・background vocals:矢代恒彦

      guitars・background vocals:山田直毅
      bass・background vocals:神保伸太郎
      Fairlight CMI III・all other instruments:佐久間正英

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 1990年リリースのパール兄弟6thシングル「PANPAKAクルージング」は企画モノと勘違いさせるほどの振り切った光GENJIオマージュなアイドル歌謡路線の楽曲で、これまでのパール兄弟のイメージをぶち壊す問題作でしたが、続く5thアルバム「六本木島」はバンド 史上最も充実した洗練された楽曲とテクニカルな演奏力が頂点を極めた名盤となりました。しかしここでサエキけんぞうの志向するアイデアと窪田晴男の音楽的姿勢にズレが生じたためか、窪田はバンドを勘当(パール「兄弟」なので)、楽曲面・サウンド面の支柱であった窪田の脱退でパール兄弟は大きな岐路に立たされることになります。差し当たり窪田の脱退と同時に、窪田も元メンバーであったS-KEN & Hot Bombomsのキーボーディストであった矢代恒彦が加入し、さらに窪田の代わりギタリストとしてKANのライブサポートメンバーとして矢代と同僚であった林部直樹を加え5人組となったパール兄弟は、1990年末にポリドールが企画したクリスマスアルバム「White Album'90」に参加(あの平沢進 with 島崎和歌子「アフリカのクリスマス」も収録)、スタートを飾る「FIGHT THE CHRISTMAS」を提供しますが、翌1991年にはまず林部が窪田の代役は荷が重かったのか米米クラブのサポートに入ることが決まり脱退、さらにバンドのボトムを支えてきたベースのバカボン鈴木も音楽性の違いが顕在化し脱退、レコード会社を移籍する頃にはサエキ、矢代、そしてドラムの松永俊弥のトリオバンドとなってしまいます(なお、同年にはライブ音源を小西康陽らがremixする世界初のライブremixアルバムとして「ブートレグだよ」がリリースされます)。
 さて、レコード会社をワーナー・ミュージック・ジャパンに移籍して心機一転を図った新生パール兄弟は、6thオリジナルアルバム「大ピース」をリリースします。白井良明・岡田徹・井上ヨシマサ・近田春夫・戸田誠司・武部聡志・小西康陽がサウンドプロデューサーとして参加した豪華な作品で、これまで絶対的なコンポーザーでありアレンジャーでもあった窪田晴男の穴を、手練れのクリエイター等で補填しようという思惑もあったと思われますが、音楽性としては同時リリースのシングルカットされた「君にマニョマニョ」のように、あの「PANPAKAクルージング」の流れを汲んだわかりやすい歌謡POPS路線であることに間違いはなく、それまでのニューウェーブロック路線とはやや異なるものでした。なお、本作からギターにはキャンディーズのバックバンドであったM・M・Pでキャリアを開始し作曲家およびギタリストとして活動していた山田直毅と(石川ひとみの夫でもあります)、当時はまだ新進ベーシストであった神保伸太郎が参加してますが、彼らはライブサポートメンバーとしてほぼパーマネントにパール兄弟と行動を共にし、次作レコーディングにも中心的に参加していますので、当時のパール兄弟は実質的には5人組バンドであったと推測されます。こうして1993年にリリースされた7thアルバム「公園へ行こう」は、佐久間正英をプロデューサー兼アレンジャーに、そして旧知の鈴木智文をアレンジャーに迎え、万全の態勢で勝負に出ることになります(「NOSTALGIA」については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.5【20位〜1位】」の第7位をご参照ください。)。

 メロディの分かりやすさと歌謡曲特有のバタ臭さを同居させ、矢代恒彦のキレ抜群のシンセサイザープレイをフィーチャーした隠れた名盤である本作の中で、今回第31位ということで選出しましたのが、本作ラストを飾る重厚な近未来エレクトロナンバー「バリアー」です。本作ではコンポーザーとしても3曲に参加している山田直毅の作曲であるこの楽曲は、妖しげで渋いギターフレーズもさることながらとにかく矢代のシンセサイザープレイが濃厚であることがポイントです。まるでSF映画で出てくるようなマッドサイエンティストの研究室のような効果音的シーケンスを随所に散りばめながら、滲み出る粘り気のあるぶっといシンセパッドで全体を支配、過剰にフィルタリングされたシンセソロ、中盤では無限上昇音でバリアーを充填し、アダルトなギターソロへと移行する展開力、そしてラストに向かってさらに濃厚に音が重ねられながら、計算し尽くされたようにシーケンスでまとめられるエンディング・・・その完璧な構成力はまさにラストを飾るにふさわしい非常に気合の入った名曲です。この楽曲に限らず本作における矢代の過剰なシンセフレーズはもはや異常と言ってもよいくらいの存在感で、窪田不在期でほとんど評価されることのない本作が隠れた名盤であるゆえのクオリティを誇っているのは、ひとえに矢代恒彦の鬼気迫るキーボードプレイと彼を前面に押し出したプロデューサー・佐久間正英の手腕による部分が大きいと思われます。
 結局売り上げ的には振るわなかったためバンドとしてのパール兄弟は一旦リセット、1994年にはサエキのソロユニットとしてハウス色全開のミニアルバム「貝殻のドライブ」をリリースしますがこれもあまり話題には上らず自然消滅するかと思われたパール兄弟ですが、結局このバンドはサエキと窪田の擬似兄弟バンド。脱退後もつかず離れずの存在であった彼らは2003年のアルバム「宇宙旅行」で復活し、離れていたメンバーたちも続々と再集結、2013年からはバカボン・松永・矢代を含めた5人編成で定期的に活動していくことになるのです。

【聴きどころその1】
 培養研究室のようなイントロから始まりブレイクビーツなリズムが入ってくるとイコライジングされた音像から現実に引き戻されるように音像を引き戻していく効果も興味深いです。こうしたギミックを随所に楽曲中に織り込んでおり、その作り込みは徹底されています。
【聴きどころその2】
 メロディとしてはそれほど盛り上がりを意識させるものではなく、クールな印象を受ける仕上がりですが、なんといってもよい意味でしつこ過ぎるあらゆるシンセサイザーサウンドが圧巻です。ジュワ〜っとしたパッドの滲み方、ギュワ〜っとくるやり過ぎ感満載のシンセリードが非常に効果的です。非常に汚い表現をさせていただくならば、もうシンセまみれでビッチョビチョなのです。ここまでの濃厚なシンセサウンドを堪能できるのはそう多くはないと思われます。


30位:「ワーキングウォークマン」 goatbed

    (2005:平成17年)
    (アルバム「ワーキングウォークマン」収録)
     作詞・作曲・編曲:石井秀仁

      vocal・all instruments:石井秀仁

      bass:小間貴雄
      guitar:依元智史

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 10代の若かりし頃からバンド活動に勤しんでいた石井秀仁は、1993年にヴィジュアル系バンド・SAKRUN(さくらん)に加入、1994年にはミニアルバム「たとえばxxx」をリリースするもののバンドは程なく解散、以降はMADRIGALを経て1995年にヴィジュアル系ギターポップバンド・フロートに加入、1996年には「蒼の休日」「EMERGENCY EXPRESS 1996 ~Do You Feel The Next Vibe!~」の2枚のシングルを残すも1998年に解散するなど、パーマネントのバンドに恵まれない日々を過ごしていました。そのような中、2000年にカルト的人気を誇っていた桜井青率いるオルタナティブロックバンド・cali≠gariに4代目ボーカリストとして加入した石井は、水を得た魚のごとくボーカリストとしての才能を開花していくとともに、2002年のメジャー進出初のアルバム「第7実験室」では「まほらば憂愁」「デジタブルニウニウ」といったニューウェーブ色の強い楽曲を提供しバンドに新風を吹き込むと、プロデューサーにMOON RIDERSの鈴木慶一を迎えた2003年のアルバム「8」では「その行方 徒に想う…」「舌先3分サイズ」「虜ローラー」といった80'sニューウェーブ路線の楽曲多く提供しバンドカラーを一変させてきたところで、cali≠gariは2003年をもって無期限の活動休止状態に入ります。しかし石井自身が傾倒していた80'sニューウェーブへの憧憬はとどまるところを知らず、cali≠gari活動休止後すぐに新プロジェクトgoatbedを始動します。
 かつて石井もシンセサイザー担当として参加していたundertouのメンバーであった依元智史(guitar)や小間貴雄(bass及びRoland VS-1824オペレート)をメンバーに迎えたgoatbedは、同年早速手始めにアルバム「goatbed」をリリースすると、2004年には「テクニコントラストロン 01」「テクニコントラストロン 02」の2枚のアルバムを2ヶ月連続リリースしその創作意欲はとどまるところを知らず、しかも仕上がった作品は明らかに80'sニューウェーブに影響されたメロディ志向のエレポップ歌謡で、当時はまだまだ80'sの再評価が進んでいなかった時代ということでその先取り感覚が話題を呼ぶことになります。こうなるとメジャーからお呼びがかかるのは早いもので、2005年にシングル「モニカ」(言わずと知れた吉川晃司のデビュー曲のリメイク)でgoatbedとしてメジャーデビュー、1ヶ月後にはメジャー1stフルアルバムとして「ワーキングウォークマン」がリリースされることになるわけです。今回第30位に選出しましたのは、本作のタイトルチューンとしてラストを飾るニューロマンティックな名曲「ワーキングウォークマン」です。
 イントロのスウィープパッドとシンセベース、そしてキラッキラのシンセリフだけでもう勝負は決まったようなものです。メランコリックなメロディのバックでシンプルながらも的を射た無駄なくカチッと配置されたフレーズは、音の隙間を感じさせながらもその余韻すら楽しむことができる一世一代の見事なシンセワークであると思います。コクのあるシンセベースにボトムの低いスネアで重厚感を感じさせるリズムトラックも美味しく料理されていて、決して速くはないBPMの楽曲ではありながらその分落ち着いた多彩な音色を楽しめることが嬉しいです。途中からは依元のギターや小間のスラップも追加されて、ストイックな音像ながらもバンドとしての体をなしている部分も好感が持てる仕上がりとなっています。この楽曲に限らず本作は音の輪郭がクッキリした粒立ちの良いサウンドが魅力となっていますが、それもロマンティックとノスタルジーが同居したメロディラインがあってこそ。サウンドメイカーとしてだけではなくコンポーザーとしてもセンスが抜きん出ている石井秀仁の美味しいキャラクターを存分に堪能できる名曲と言えるでしょう。なお、このアルバム「ワーキングウォークマン」以降、goatbedは大文字のGOATBEDと改名し、undertouやReponsの中村益久(guitar・keyboard)と、cali≠gariのドラマー武井誠を新メンバーに迎え、2006年にアルバム「GOATBED」「シンセスピアンズ」の2枚をリリース、2007年にはSilhouetteNewRomanceとのスプリットアルバム「STOWAWAY TO PARADIS」をリリースするなど80’sニューウェーブロック道を邁進していきますが、翌年にライブ活動を休止するも2009年に未発表曲を音源化したアルバム「V/A」をリリースして好評を得ると、cali≠gariの復活や新バンドXA-VATの結成を経て、ストイックなエレクトロユニットとして弟の石井雄次を迎え兄弟ユニットに変化、2012年にアルバム「HELLBLAU」をリリース以降は、石井秀仁はcali≠gari、XA-VAT、GOATBEDの3本柱を活動の軸に据え、音源制作、ライブ活動、グッズ販売等現在まで精力的に活動を継続しています。

【聴きどころその1】
 音作りに対してストイックな姿勢を感じさせるシンセフレーズの絶妙な配置が秀逸です。シーケンス特有のジャストなノリを生かしたリズム感の良さが特にイントロやAメロなど随所に感じられます。
【聴きどころその2】
 ローファイでボトムの低いスネア音色が素晴らしい。人間味を排除したマシナリーなリズムプログラミングは、この楽曲を底辺でしっかり支えています。圧巻なのは間奏のサビ裏のスウィープパッドにリフが入るタイミングを見計らってのバスドラの細かい連打です。あの場面での連打がもたらす気持ちの良いビート感覚は天性のものでしょう。


29位:「エジソン電」 電気グルーヴ

    (2000:平成12年)
    (アルバム「VOXXX」収録)
     作詞・作曲・編曲:石野卓球・ピエール瀧・DJ TASAKA

      vocals・production:石野卓球
      vocals・taki:ピエール瀧

      turntable:DJ TASAKA
      narration:KATENA Document Talker

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 アシッドテクノ本格化への転機となった1993年の4thアルバム「VITAMIN」、そして1994年の5thアルバム「DRAGON」をリリースした石野卓球ピエール瀧・砂原良徳の3人によるテクノユニット・電気グルーヴ。シングルカットされた「N.O.」「虹」といった代表曲も連発したこの時期によって、それまでのテクノを齧った面白ラッパー集団から一躍日本を代表するTECHNOマスターへと大出世を果たしたわけですが、当然のことながら彼らはどうしても楽曲に茶目っ気を入れないと居心地が悪くなるタイプのアーティストらしく、1996年の6thアルバム「ORANGE」では再び3rdアルバム「KARATEKA」以前のナンセンスギャグ要素をフィーチャーした作品に仕上げてしまい(もちろんトラック自体は比較にならないほどクオリティは向上していましたが)、リスナーはここで一旦肩透かしを食らってしまいます。本人たちも「電気グルーヴが世間になめられていた時期」と揶揄してしまうほどの持て余し感が充満していた時期でしたが、そこからもう一段突き抜けていくことができることこそが彼らのポテンシャルの高さの表れと言えるでしょう。1997年には電気グルーヴ最大のヒット曲「Shangri-La」をリリース、まさかの一般的人気を獲得すると、同曲収録の7thアルバム「A」は再び本格的なTECHNOチューン満載のストイックな作品となり大ブレイク、いつのまにかTECHNO界の大御所的な存在にまで登り詰めていきます。しかし、余りにもTECHNO道を突き詰めた結果その完成度への達成感を味わってしまった砂原良徳は、1998年の自身のソロアルバム「TAKE OFF AND LANDING」「THE SOUND OF 70's」の仕上がりにソロで身を立てていく自信を獲得したため、電気グルーヴの次作制作中に8年間の活動に終止符を打ち脱退することになります。
 こうして石野卓球とピエール瀧のデュオスタイルとなった電気グルーヴですが、砂原脱退を補完する意味で、DJ TASAKAKAGAMI、OVERROCKETの渡部高士といったプログラマー・エンジニアをサポートに迎え、アルバム制作を継続すると2000年に待望の8thアルバム「VOXXX」がリリースされることになるわけです。今回第29位に選出させていただきましたのは、本作収録の大暴れ過剰サンプリングチューン「エジソン電」です。この「VOXXX」というアルバムは、先行シングル「FLASHBACK DISCO」「Nothing's Gonna Change」こそクールなTECHNOトラックで想像以上にストイックでダンサブルな作品になるのでは・・・と思っていた時期もありましたが、それは大きな間違いでした。あの砂原が表向きとはいえ音楽性の違いという理由で脱退した理由が、本作における箍が外れたような遊び過ぎのキテレツ楽曲の数々、「密林の猛虎打線」「インベーダーのテーマ」「フラッシュバックJ-popカウントダウン」といったネタの宝庫的な面白楽曲にあったわけです。本作の面白い部分はこうしたキテレツ楽曲と前述の先行シングルや「愛のクライネメロディー」「レアクティオーン」等のようなストレートなTECHNOチューンが1つのコンセプトとして同居しているところにありますが、「エジソン電」は前者のキテレツ系の最たる楽曲と言えます。古いレコードサンプリング&神業的スクラッチを得意とするDJ TASAKAが大活躍、石野&瀧の歌?は特徴的な8分音符歌唱を録音加工させられ、リズムトラックはトラック切り貼り編集ソフトRecycle!で切り刻まれ再構築したため独特のゴテゴテしたビートに変身、そこら辺にある音を闇鍋にぶっ込んだような狂気のごった煮サウンドが堪能できますが、この楽曲の主役はMacintosh用音声合成ソフトCATENA Document Talkerのテキストリーディングによる不安を煽るボイスです。しかも読み上げるテキストがロボットやアンドロイドが無理やり言わされているようなナンセンスな文章で、そのアヴァンギャルド&フリーダムなアイデアと、マッドなサウンドデザインによって稀代のキテレツソングが生まれたというわけです。ストレンジでコミカルな電気グルーヴの楽曲は数あれど、ここまで何も考えずに豪快の音を投げ込んでミキサーでぐちゃぐちゃにかき混ぜたような楽曲は見つけるのが難しく、その意味では他の追随を許さないクオリティに仕上がっていると言えるでしょう。
 「VOXXX」という大作にしてコンセプチュアルな名盤を生み出した後、電気グルーヴとしての活動はひとまず中断し、石野はDJ活動、瀧は俳優活動に多忙を極めていきますが、2008年に8年ぶりに戻ってきた彼らの8thアルバム「J-POP」では大人になったストイックなエレクトロポップに変身していました。以降の音楽性からも「エジソン電」のような突き抜けた楽曲は生み出すことは、(そのような年齢でもありませんので)もう難しいのではないでしょうか。

【聴きどころその1】
 CATENA Document Talkerにくだらない文章を読ませることの何と面白いことか。まだ技術的に発展途上なので人間的表現が薄いことが功を奏しています。この無表情なボイスでナンセンスな言葉を発するからこそ面白いのであって、例えばこれが現在のボーカロイドに言わせてもここまで面白くはならないと思います。テクノロジー進化途中の醍醐味をこれ以上なく味あわせてくれます。
【聴きどころその2】
 とにかく音の密度が濃い。しかもその莫大な情報量がどれをとってもリンクしないという、究極の詰め込み授業といった感覚が末恐ろしいです。容赦ない圧のリズムトラック、膨大なサンプリングをスクラッチ・スクラップ&ビルドして異形のモノが積み上がる様子は圧巻ですが、そのあたりに電気グルーヴがデュオになったからこその歯止めの利かなさが表現されていると言っても過言ではありません。


28位:「STARBOW」 吉田美奈子

    (1989:平成元年)
    (アルバム「DARK CRYSTAL」収録)
     作詞・作曲・編曲:吉田美奈子

      vocals・chorus:吉田美奈子

      Fairlight CMI III・synthesizer programming:木本靖夫

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  1973年のデビュー以降10年にわたり日本のニューミュージックシーンの第一線で活躍してきたパワフルな女性ボーカリスト吉田美奈子は、1983年リリースのアルバム「IN MOTION」を最後にアルファ・レコードとの契約を終了、シンガーとしては長い沈黙に入りますが、その間吉田はプロデュース業ならびに作詞家・コーラスシンガーとして裏方から音楽界を支えていくことになります。1984年には自身のアルバム以外では初プロデュース作品となる飯島真理の2ndアルバム「blanche」を手掛け、飯島の坂本龍一プロデュースによる1stアルバム「ROSÉ」とは打って変わった陰のある独特のサウンドワールドで独自の感覚を持つプロデューサーという新たな側面を獲得すると、福岡ユタカ率いるスーパーバンドPINKに多くの楽曲に作詞家として参加、1985年には西城秀樹のアルバム「TWILIGHT MADE …HIDEKI」にプロデューサーの角松敏生の請われてシングルとなった「BEAT STREET」をはじめ、「SWEET SURRENDER」「PLATINUMの雨」「TELEVISION」といった角松敏生楽曲の作詞と全面的なコーラスアレンジを担当、翌年1986年の「FROM TOKYO」ではアレンジャー椎名和夫と組んで作詞作曲を担当した新境地「RAIN」ほか2曲を手掛けるなど、独特の圧の強いボーカリズムで強いインパクトを残したコーラス以外にもコンポーザーとしても活躍を始めていきます。その後も池田聡の1stアルバム「missing」収録の「DIANA」、中森明菜の大ヒットアルバムにして問題作「不思議」には椎名和夫と組んだ「Teen-age blue」や吉田自身がアレンジまで手掛けた「燠火」が収録されるなど、アルバムの中でも強い印象を残す楽曲を提供し続けていきます。その最たる楽曲が薬師丸ひろ子の1988年のアルバム「Sincerely Yours」「時の贈り物」と共に収録された「ハイテク・ラヴァーボーイ」です。ここで吉田はおよそそれまでの薬師丸ひろ子のシンガーイメージには似つかわしくないほどのFairlight CMIによるサンプリング&プログラミングによるマシナリーなサウンドと低音ボーカルでチャレンジすると、そして同時期に吉田が作詞作曲編曲全てをこなし全面プロデュースによってデビューさせた羽根田征子「BEATING MESS」がリリース、本作のFairlight CMI IIIによるバッキバキのデジタルサウンドと分厚いコーラスワークは、前述の確実に「ハイテク・ラヴァーボーイ」と共に、この一連の作品のサウンド傾向が1989年の再始動アルバムへの布石となっていきます。
 そしていよいよ1989年に6年ぶりとなる待望の新作「DARK CRYSTAL」がリリースされるわけですが、今回第28位に選出させていただいたのは、本作のトップを飾るハイパーエレクトロビートナンバー「STARBOW」です。この楽曲の魅力はなんといってもその爆発力。Fairlightによりサンプリングされた気持ち良いくらいの分離の良いドラムと、まるで吉田がクローン化されて何人も立ちふさがるようなウォール・オブ・コーラス、そして過剰なまでによく伸びる完璧なヴォーカルパワーは圧巻の一言です。生演奏では味わえないセラミック感溢れる硬質なサウンドを吉田の暴力的なまでのボーカルでハンマーのように打ち砕くような、楽曲中におけるテクノロジーと強化人間の熾烈なバトルを繰り広げる様子が感じ取れるこの豪快なパワフルチューンはまさに平成の幕開けを飾るハイライトの1つと言っても過言ではないでしょう。吉田美奈子のその圧倒的なボーカル力をテクノロジーにぶつけることによる相乗効果を狙ったこの「DARK CRYSTAL」路線は、翌1990年のアルバム「gazer」まで続いていきますが、清水靖晃との共同作業となった「gazer」と比較しても、テクノロジーへの孤独な戦いに挑んだ「DARK CRYSTAL」、そしてそのハイライトとも言える「STARBOW」は、TECHNOLOGY POPSの観点から見たとすると、彼女のキャリアの中でも最高傑作と言わざるを得ないのです。

【聴きどころその1】
 恐らく山木秀夫あたりのスネアをサンプリングしたかのようなバシッバシッとキマる強烈なドラムサウンドが鮮烈極まりありません。サンプルを割り当ててシーケンスでプログラミングしているがための分離の良さで独特のグルーヴが生み出されています。後半からはどこからともなくやってくるフィルインが雨あられに降り注いできてもはや暴れ太鼓状態。吉田美奈子との怪獣大戦争が繰り広げられます。
【聴きどころその2】
 全体的にマシナリーな質感が漂う中、これまでの6年間の裏方作業を開放したかのようなどこまでも伸びる圧巻のボーカルにはもはや何も言うことがありません。このアイアン・メイデンのような鉄壁のサウンドに対抗できるのは吉田美奈子という稀有のパワー系ボーカリストしかあり得ないことを証明しているのです。


27位:「恋?で愛?で暴君です!」 Wake Up, Girls!

    (2017:平成29年)
    (シングル「恋?で愛?で暴君です!」収録)
     作詞:畑亜貴 作曲・編曲:田中秀和

      vocal・hand claps:吉岡茉祐
      vocal・hand claps:永野愛理
      vocal・hand claps:田中美海
      vocal・hand claps:青山吉能
      vocal・hand claps:山下七海
      vocal・hand claps:奥野香耶
      vocal・hand claps:高木美佑

      guitar:堀崎翔
      bass:千ヶ崎学
      drums:山内優
      piano・organ:sugarbeans
      drums:山内優
      all other instruments・programming:田中秀和

恋?で愛?で暴君です!

 神前暁の楽曲に感化され、彼が所属する音楽制作集団MONACAの門を叩いた2010年代を代表する作編曲家・田中秀和が、一躍その名を知られるようになったのは2011年のTVアニメ「THE IDOLM@STER」挿入歌「自分REST@RT」、そしてオープニング主題歌のみが一部で社会現象を起こした2012年のTVアニメ「這いよれ! ニャル子さん」オープニング主題歌「太陽曰く燃えよカオス」でした。イントロの掛け声だけでクセになるキャッチーなフレーズセンスは電波ソングとしてはまさにストライクでしたが、それも彼の音楽性の一端に過ぎませんでした。同年のアイドルアニメ「アイカツ!」エンディング主題歌「カレンダーガール」、2013年のTVアニメ「サーバント×サービス」オープニング主題歌「めいあいへるぷゆー?」、2015年のTVアニメ「アイドルマスター シンデレラガールズ」オープニング主題歌「Star!!」等で徐々にメロディメイカーとしての才能を垣間見せてくると、2014年のTVアニメ「ハナヤマタ」オープニング主題歌となった名曲「花ハ踊レヤいろはにほ」の切ないオリエンタルポップチューン全開の美しいメロディラインで才気が爆発、その実力を確かなものと認識させることになります。ところが、田中秀和の真の本領発揮はここからでした。
 2016年は田中にとってコンポーザーとしてだけでなくアレンジャーとしても飛躍の年となります。TVアニメ「あんハピ♪」オープニング主題歌「PUNCH☆MIND☆HAPPINESS」(奇妙な転調を見せる間奏の息もつかせぬ合いの手お化け→間奏後のBメロも気持ち悪い転調マジック、不思議なメロディをまとめあげる秀逸なサビのメロディ)、TVアニメ「灼熱の卓球娘」オープニング主題歌「灼熱スイッチ」(スタートのAメロ後に入る不思議なイントロ、入れ代わり立ち代わりの動きのある連符気味なBメロからの不協和音かき鳴らしのギター、サビの終わりで一瞬転調する部分のセンスが秀逸)の2曲はメロディ・アレンジ共に挑戦的な技巧とギミックが施されており、クリエイターとして一皮も二皮も剥けた印象を与えました。そんなトリッキー&キャッチーな楽曲を連発していた田中秀和才気煥発の3部作最後となる、今回第27位に選ばざるを得なかった楽曲が、2017年のTVアニメ「恋愛暴君」オープニング主題歌「恋?で愛?で暴君です!」です。この楽曲を歌うのは新作アイドルアニメ連動型声優ユニットWake Up, Girls!によるもので、Wake Up, Girls!立ち上げ当初から田中秀和はメインコンポーザーとして関わり、2014年のTVアニメ「Wake Up, Girls!」オープニング主題歌「7 Girls War」や、2015年の同タイトル劇場版アニメーションの主題歌「少女交響曲」「Beyond the Bottom」など良曲を連発、2017年にはTVアニメ「Wake Up, Girls! 新章」オープニング主題歌「7 Senses」も手掛けるなど、アニメ自体は成功とは言い難かったのですが、楽曲面では田中の貢献もあり高い評価を得ていました。そしてWake Up, Girls!は2017年から自分たちのアニメを飛び出して、前述のTVアニメ「灼熱の卓球娘」エンディング主題歌に「僕らのフロンティア」(作編曲は広川恵一)が抜擢され、独立した声優ユニットとして自由度の高い活動を展開していくわけですが、彼女たちの他のアニメ進出第2弾となったのが、この「恋?で愛?で暴君です!」となります。この楽曲は驚きの連続です。まずBメロから始まるという意表をついたスタートから、上下移動の激しいトリッキーなメロディが続き、サビ前のブレイクから怒涛のサビへとなだれ込んでいきます。驚愕なのは中盤からで、Cメロと暴れまわるギターが混在した間奏からマンボ調のBメロ、サビ前ブレイクは素っ頓狂な転調で肩すかししながらのワンテンポ遅れたサビの入りで聴き手を容赦なく躓かせ、サビでは「しちゃおう~」の突き抜けたメロディでテンションMAX、ラストは意外にもサビ前ブレイクのフレーズに戻りながらオシャレに締めるという、何と美しい構成力なことでしょう。チャレンジングに見えて実にキャッチー、転調に転調を重ねるカオスな構成を最高のスペシャリテにまとめ上げる匠の技は、ちょっとやそっとでは真似できる代物ではありません。このような芸術的な楽曲はそうそう巡り会えるものでもありませんので、この幸運に感謝したいと思います。しかし、田中秀和はその後も同年には負けず劣らずの名曲TVアニメ「アニメガタリズ」エンディング主題歌「グットラック ライラック」、2018年にはケルト風味なTVアニメ「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」エンディング主題歌「スキノスキル」(こちらはWake Up, Girls!歌唱)、2019年はEDMにも接近したTVアニメ「アサシンズプライド」オープニング主題歌「Share the light」(Wake Up, Girls!の妹分声優ユニット・Run Girls, Run!が歌唱)を生み出し、さらに2020年には歌い手出身シンガー鹿乃の4thアルバム「yuanfen」の田中秀和にとって初の全面サウンドプロデュースとして手掛けるなど、まだまだその快進撃はとどまるところを知りません。さらなる名曲の誕生に今後も期待しています。
(追伸:それだけに2022年の事件は非常に残念でなりません・・)

【聴きどころその1】
 スタートがBメロ、そしてそのスタッカート気味のメロディのつかみどころのなさに驚かされます。ホンキートンクなピアノをバックにコミカルに歌い上げるWake Up, Girls!を尻目に、彼女らをいたぶるかのようなトリッキーなメロディの数々でいじめまくります。トリッキーなままで畳み掛ける強引なフレーズに追い立てられる夢まで見させられそうです。
【聴きどころその2】
 間奏の暴力的なギターソロの後からが本番と言って良いでしょう。Bメロではマンボが始まり、意図的に外したフレーズを随所に忍ばせながらも、最後にはオシャレコードで終息させるという、巧みなで挑戦的な構成力にただただ脱帽でしかありません。


26位:「蓮華チャンス!」 LADYBABY

    (2016:平成28年)
    (シングル「蓮華チャンス!」収録)
     作詞:大槻ケンヂ 作曲・編曲:NARASAKI

      vocal:金子理江
      vocal:黒宮れい
      death voice・shout:レディビアード

      programming・backing guitar:NARASAKI
      guitar solo:cazqui

蓮華チャンス!

 1991年にCOALTAR OF THE DEEPERSを結成、オルタナティヴ・ロック、ノイズ&メタルからシューゲイザーやギターポップに至るまで轟音ギターを中心にした硬派なサウンドと、それとは裏腹の甘い歌声を武器に多数の作品を発表し独自のハードコアロック道を歩んできたNARASAKIでしたが、1999年に筋肉少女帯を離脱した大槻ケンヂと彼の盟友である内田雄一郎・三柴理と結成したハードロック・パンクバンド特撮のオーディションに参加、ギタリストとして同バンドに参加することになります。特撮は2000年に「爆誕」「ヌイグルマー」、2001年に「Agitator」と3枚のアルバムを立て続けにリリース、デスハードコアパンクを中心としつつ、ファンクやフォーク、ジャズといった多彩なジャンルを包含する雑多な音楽性を披露、濃い世界観の大槻ケンヂとサウンドプロデューサー的役割を担ったNARASAKIが中心となり、特撮はその後インディーズに拠点を移しながらもマイペースながら2005年まで3枚のアルバム(「オムライザー」「夏盤」「綿いっぱいの愛を!」)をリリースし続けることになります(その後冷却期間を置いて、2012年に「パナギアの恩恵」、2016年に「ウインカー」と2枚のアルバムを制作)。
 ところが、2006年に大槻が筋肉少女帯を再結成することになり、しばらく特撮の活動を休止することになります。しかし表立った活動をセーブしていたということもあり、水面下では特撮チームは新たな分野への進出を図ることになります。それが2007年から放映されたTVアニメ「さよなら絶望先生」の主題歌仕事です。大槻ケンヂとアニメキャラクター達のスペシャルユニット・大槻ケンヂと絶望少女達が歌唱するオープニング主題歌「人として軸がぶれている」は、作詞が大槻ケンヂ、作編曲がNARASAKI、演奏が特撮のメンバーということで、その轟音ギターによるデスメタルな曲調をアニメソングに持ち込みアニソン界に新風を送り込むと、2008年には続編「【俗・】さよなら絶望先生」にもオープニング主題歌「空想ルンバ」を提供、デスハードコアルンバ&ポリリズムという斬新なサウンドで驚きを与えると、勢いに乗った特撮チームは大槻ケンヂと絶望少女達としてのアルバム「かくれんぼか鬼ごっこよ」までリリース、そのまんま特撮のデスハードコアサウンドに声優歌唱が追加されている異物感を楽しむことができる仕上がりとなっています。なお、2009年のシリーズ第3作「【懺・】さよなら絶望先生」オープニング主題歌にも当然のように「林檎もぎれビーム!」を提供、アルペジオが飛び交うスクリームデスパンクでしっかり期待に応えました。この絶望少女達仕事が評価された大槻&NARASAAKIの特撮チームはアニメ仕事を中心にオファーをいくつか獲得、2014年のTVアニメ「鬼灯の冷徹」エンディング主題歌となった上坂すみれ歌唱の「パララックス・ビュー」(編曲はSadesper Record)や、2015年のTVアニメ「監獄学園」のオープニング主題歌「愛のプリズン」など、個性の強い特撮チームのサウンドキャラクターが許されるアニメにおいて楽曲提供を行います。しかし、そんな特撮チームが全くアニメとは関係ないオファーを2016年に受けることになります。すっかり前置きが長くなりましたが、それが今回第26位に選出いたしましたLADY BABYの3rdシングル「蓮華チャンス!」です。
 LADY BABYは講談社が主催する女性アイドルオーディション・ミスiD2015グランプリを獲得した金子理江と、同準グランプリの黒宮れいの2人に、オーストラリア出身の女装プロレスラー兼ヘヴィメタラー・レディビアードが加わり2015年に結成されたアイドル?グループで、女性アイドルとデスボイスの掛け合いが魅力的な新ジャンル「Kawaii-Death(カワイイデス)」を標榜し活動を開始、1stシングル「ニッポン饅頭」をリリース、日本をPRするテーマによるMusic Videoやキワモノキャラクター、そして折からの世界的なBABY METALブームにもあやかったデスメタルアイドル路線が見事にハマり、国内外で話題を呼ぶと欧米でのライブを完売させる集客力も発揮、2016年初頭には2ndシングル「アゲアゲマネー ~おちんぎん大作戦~」をリリース、ニューヨークとロサンゼルスでえ撮影されたMusic Videoも話題となり、その勢いのまま勝負の3rdシングル「蓮華チャンス!」に挑むことになります。そこで白羽の矢が立ったのが、大槻ケンヂ&NARASAKIの特撮コンビでした。NARASAKIはBABYMETALの2012年リリースシングル「ヘドバンギャー!!」でアイドルデスメタルクリエイターの名を知らしめていたこともあり、デスボイサーの存在するLADY BABYは格好の食材であったと思われますが、まさかのラーメンがテーマの歌詞を大槻ケンヂが鬼気迫る情熱で書き上げ、それに呼応するかのようなデスボイスあり、スクリームあり、変拍子あり、そしてサビがキュートでキャッチーという、変化球満載のデスメタルポップチューンで想像以上の完成度の楽曲を提供、結果としてLADY BABYとしての活動テンションはMAXに達し、新宿でのワンマンライブも大成功に終わります。しかし、このようなハイテンションは得てして長くは続かないものでして、グループのキモであったレディビアードが魔力を使い果たしたかのようにLADY BABYを脱退、グループは金子と黒宮の2人でThe Idol Formerly Known As LADYBABY(プリンスの改名騒ぎのオマージュ)としてメジャーデビューを果たし活動を継続するもののかつての輝きは失ってしまい、その後黒宮も脱退して4人組として再出発するなど迷走に陥ることになっていくのです。結果としてLADY BABYの輝きはスタートの3曲に集約されてしまいますが、「蓮華チャンス!」はグループとしてのキャラクターとサウンドクオリティ&世界観が高次元でマッチングした奇跡の名曲と言えるのではないかと思われます。この刹那的なハイテンションを具現化した楽曲で、コロナ禍で鬱屈した世相に負けず元気を出していきたいものです。

【聴きどころその1】
 「蓮華チャンス、蓮華チャンス、蓮華チャ〜〜〜ンス!」とビアちゃんのシャウトが響き渡るイントロは完璧です。Aメロでの金子&黒宮とビアちゃんの対照的な掛け合いのバックでディストーションバリバリのギターが鳴り響き、サビ前ブレイクで一息ついてからの「散蓮華、用意!」などと叫ばれたら、ライブでは否が応でも盛り上がらないといけません。2周目のサビに入る前のデスボイス入りCパートの入り方も秀逸。そして何と言ってもサビに入ってからのなんとキャッチーなメロディ。「時は来た蓮華チャンス」あたりの言葉とスネアが連動するリズム取りが素晴らしい。極めつけは「時は来た蓮華チャンスなんだぞ〜、毎度〜」の「毎度〜」の音階!こんなエンディングの音階ってありますか? もちろんそこからのヘドバン→ツーバス連打なアウトロも圧巻です(プログラミングですが)。
【聴きどころその2】
 「これラーメンの蓮華じゃない?」「これですくえ、すくうのじゃ」「ラーメン以外に何を?」「この世を闇からすくうんじゃ〜〜!」の流れがいちいち完璧すぎます。アイドルと女装プロレスラーという異質な組み合わせのグループにあって、各メンバーのポテンシャルを引き出し、適材適所の使い方を心得た楽曲構成に唸らされます。


25位:「ぶれないアイで」 Mitchie M Feat. 初音ミク

    (2014:平成26年)
    (アルバム「39D」収録)
     作詞・作曲・編曲:Mitchie M

      vocal:初音ミク
      programming:Mitchie M

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 初音ミクを代表とするボーカロイドを、いかに人間のような自然な言葉遣いで歌い話すようにプログラミングするかを追求する、いわゆる神調教の技術では他のボ追随を許さないボーカロイドプロデューサー・Mitchie Mは、ボーカロイドブームより以前からプロフェッショナルな現場で活躍してきたサウンドクリエイターです。かつては塚田道雄名義でサエキけんぞう周辺の作品にて楽曲を手掛けていまして、2003年リリースのサエキのソロアルバム「スシ頭の男  L'Homme À La Tête De Sushi」収録のSerge Gainsbourgのリメイク「La Femme Des Uns Sous Le Corps Des Autres」のアレンジ及びプログラミングを手掛けたのを皮切りに、同年にはデジっ娘(Digicco)のシングル「ACTIVE WINTER」やサエキ健三プロデュースのフランス人歌手ANANDAのアルバム「ANANDA」の楽曲を数曲アレンジ、2005年にはラウンジテクノユニットELEKTELの2ndアルバム「Bit Stream Lounge」収録の「jewelie (tales of star children)」をアレンジするなど、サウンドクリエイターとして与えられた役割を果たしていきます。その後塚田は名義をMitchie Mitchellと変更して、2009年には自作自演テクノポップアイドル・Cutie Paiとのコラボとして、「テクノ*ドール」「プラモガ」「SIGNAL」をアレンジ、「Desktop my Girl」「MAGNET LOVE」のミックスを手掛けますが、この頃には既にあの洗練されたギミック満載のエレクトロポップサウンドは完成されていました。
 このように既にクリエイターとして一本立ちしつつあった塚田道雄改めMitchie Mitchellでしたが、初音ミクを使用した楽曲を遊びなのか修練なのか定かではありませんが、2011年よりボカロP・Mitchie Mとして「cosmic ballad」を皮切りにニコニコ動画等にドロップし始めます。そしてすぐさま2曲目の「FREELY TOMORROW」を投下すると、瞬く間に再生回数最速記録を達成、一躍ボカロPとして注目を浴びることになります。その要因は、緻密なボーカロイドの調声技術による人間と遜色ない歌唱プログラミングに他なりません。これまでどこか機械臭かった、しかしそれも一つの味であると半分諦めかけられていた初音ミクの調声をいとも軽く限界突破した滑らかな歌声は、ボカロ界の常識を覆すものでした。しかしMitchie Mはそれだけでは飽き足らず、その後次々にキャッチーな名曲を生み出していきます。初音ミクがフェイクするR&B「イージーデンス」、初音ミクが歌い巡音ルカが英語でラップする以上にスラップベースのプログラミングに圧倒される「愛Dee」、初音ミクが遂にしゃべるロック調アイドルソング「アイドルを咲かせ」を配信、2012年のコミケでは自主制作CD「REALISTIC VIRTUAL SINGING」を配布します。2013年に入ると初音ミクが普通にしゃべってラップしてキャッチーでアシッドな電波ソングを歌う「ビバハピ」、リズムゲーム「初音ミク Project mirai 2」テーマ曲「アゲアゲアゲイン」など超強力な名曲を連発、その集大成として名盤1stフルアルバム「グレイテスト・アイドル」がリリース、売上も好調でMitchie Mはスターダムに上り詰めていくことになります。
 そしてその勢いもさめやらぬ2014年にMitchie Mのポップセンス・サウンドマジック・調声テクニック、あらゆる能力が注ぎ込まれた名曲が生まれます。それが今回第25位に選出しました「ぶれないアイで」です。今さら神技的調声技術について説明しても仕方ありませんので楽曲そのものの説明ということになりますが、この楽曲はボカロ曲というカテゴリーに収めることが憚れるほどの超強力なポップチューンに仕上がっています。スタートの直線的なリフから既に名曲の予感が漂い始め、2010年代特有の音量でリズムをつけるパッドサウンドが入ってくるAメロと、細かいギミックを散りばめたBメロが続き、やってきたサビは実に覚えやすさを追求した合いの手入りのフレーズはこれをキャッチーと言わずして何がキャッチーなのでしょうか。2周目サビ後の間奏では変拍子がポリリズム的に襲ってきて、その後はEDM由来のウォブルベースで若いリスナーにアピール、最後にはRPG風のシンフィニックアレンジで締めるという気合いの入りようで、隙というものがまるでありません。その緻密な調声技術以上に、遊び心と丹精込めて練り上げられたサウンドデザイン、そしてそれらのセンスを最大限に生かすことができる珠玉のメロディラインがケミストリーを起こし、「ぶれないアイで」はMitchie M最高傑作として現在もなおリスナーに愛されているのです。
 なお、この楽曲は2015年末の自主制作CD「39D」に、同年配信された初音ミクにニュースを読ませる新機軸「ニュース39」と共に収録されましたが、正式な音源収録には2019年の2ndアルバム「ヴァーチャル・ポップスター」まで待つことになります。この「ヴァーチャル・ポップスター」には2014年以降の配信曲に新曲を加えた内容で、Mitchie Mの健在ぶりをしっかりアピール、新曲「リングの熾天使」ではボーカロイド・KAITOにプロレス実況させるなど斬新なアイデアも枯渇せず、Mitchie Mは現在でも視聴者を楽しませるエンターテイナーとして活躍中です。

【聴きどころその1】
 「歌え boys(ウォウウォ ウォウウォ)」「踊れ girls(イェイイェ イェイイェ)」のキャッチーなサビを生み出しただけで勝利は確定といったところでしょう。ただでさえパーフェクトに練り上げられた構成に、しっかりライブでも盛り上がること必至なフレーズを思いつくのはセンス以外の何者でもありません。ラストのサビの締め「夢にフォーカス(ヘイ!)ぶれないeyeで 」の夢にフォーカスと(ヘイ!)の間に「一緒に〜?」を入れてくるソツのなさ。恐ろしいです。

【聴きどころその2】
 Mitchie Mは全ての楽曲をプログラミングからミックス・マスタリングまで完パケするクリエイターですが、非常に音がクリアで純度が高く信頼が置けるアーティストです。そしてこれだけ多くの場面で仕掛けとユーモアを忘れないアイデアマンの側面が、この楽曲でも存分に発揮されています。とにかく仕掛けないと気が済まない生粋のドリブラーのようなキャラクターに今後も期待です。


24位:「秘密の時間」 さよならポニーテール

  (2013:平成25年)
  (CD文庫「スクールガール・コンプレックス3.14(π)×女生徒」収録)
    作詞・作曲:ふっくん 編曲:マウマウ・324P

      vocal・chorus:みぃな
      vocal・chorus:なっちゃん
      vocal・chorus:あゆみん(二代目)
      vocal・chorus:しゅか
      vocal・chorus:ゆゆ
      acoustic guitar:ふっくん
      bass・keyboards・guitar・programming:マウマウ
      synthesizer・programming:324P
      chorus:メグ

      drums:金川卓矢

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 正体秘匿の総合芸術集団・さよならポニーテールは、まさに2010年代を体現するかのような成り立ちのグループです。作り手の本人達は全く顔出しNG、TwitteやYouTube等のSNSを駆使しながら草の根活動を行う実体のないゴーストのようなグループスタイルをコンセプチュアルに設定し、現在もなお正体を明かす隙を見せず活動を続けるなんとも強かな概念集団です。2010年頃より音楽配信サイトmyspaceにて楽曲をアップロードし始めた彼らですが、当初から歌を歌う担当(みぃななっちゃんあゆみん、後にゆゆしゅか)がいて、楽曲制作を担当する連中(ふっくんマウマウ324Pメグ)がいて、イラスト担当(ゆりたん→ちぃたん→空席)とストーリーテラー(クロネコ)がいて、応援する者がいて(メガネ君)・・という役割分担をネット上の繋がりのみで構成する斬新な同人サークルと思しきさよならポニーテール(以下さよポニ)でしたが、myspace上のクオリティの高さを隠せない楽曲群が話題を呼ぶと、まず2011年に自主制作アルバム「モミュの木の向こう側」をリリース、「思い出がカナしくなる前に」に代表されるメロディ至上主義的な弾き語り系アコースティックPOPSで一気に先取り志向のリスナーの心をつかむと、同年はシングル「しましまのEP」と「きらきらのEP」(オリジナルアルバム未収録曲「遠い日の花火」収録)をリリースしメジャーデビューへの準備を完了、「きらきらのEP」の1ヶ月後にエピックレコードからアルバム「魔法のメロディ」でメジャーデビューを果たすことになります。当時のさよポニの魅力はといえば、メインボーカルのみぃなの生々しい息遣いと伏し目がちな声質と、その魅力的なボイスイメージによるポテンシャルを最大限に生かすことのできる才気溢れるメロディメイカー・ふっくんの作詞作曲による楽曲自体のパワーです。さよポニ楽曲制作チームにはふっくんの他にマルチプレイヤーでありアレンジセンスを兼ね備えたマウマウと、エレクトリック要素を注入するエンジニア的な役割をこなす324Pの3人が中心的な役割を果たしていますが、売りは何と言ってもふっくんのノスタルジックで哀愁を感じさせるメロディにあり、それに頼る部分も大きかったと思われます。しかし2012年になってくると少し様相が異なってまいります。TVアニメ「つり球」のエンディング主題歌にも抜擢されたスピッツの名曲カバー「空も飛べるはず」やさよポニスタッフそれぞれをフィーチャーしたミニアルバム「なんだかキミが恋しくて」をリリースすると、ふっくん以外のコンポーザーが力をつけてきたのかは定かではありませんが、ボーカルが3名から5名に増えた2013年リリースのメジャー2ndアルバム「青春ファンタジア」の頃には、一世一代のキラーソング「ぼくらの季節」のほか半数以上の楽曲をふっくんが手掛けるものの、徐々にマウマウや324Pの楽曲が増えていき、その傾向は2015年の3rdアルバム「円盤ゆ〜とぴあ」以降顕著になっていき、ふっくんの影が徐々に薄れていくことになるわけです。
 さて、そのような寡作状態に陥る前にふっくんが最大の輝きを放った楽曲が2013年に生まれます。それが今回第24位に選出いたしました「秘密の時間」です。同年公開の映画「スクールガール・コンプレックス」主題歌であるにもかかわらずオリジナルアルバムには未収録(2019年のベストアルバム「ROM」にて初収録)、CD本体ではなく文庫本「スクールガール・コンプレックス3.14(π)×女生徒」の付属CDという扱いでリリースされたため、不遇な扱いを受けてきたこの楽曲ですが、甘酸っぱい青春の空気をここまで瑞々しい音とメロディに落とし込んだ楽曲はそう多くは生まれないものです。スタートのアコギのカッティングに乗るサビの始まりの音階からグッと物語に引き込まれる感覚、ストリングスとオルガンの無垢な響きにマッチする優しいメロディラインとそれをなぞる歌姫達のハーモニーが形作る、ノスタルジック&ロマンティックワールドの極致がここに誕生しています。AメロからBメロ、サビに至るまで音符の1つ1つが全く違和感なく譜割りされていく究極の安心感。これがこの「秘密の時間」の最大の魅力なのかもしれません。

【聴きどころその1】
 これまでにいくつもの哀愁メロディを生み出してきたふっくんの、まるで炎が消える一瞬の輝きのような才能とセンスが爆発した珠玉のメロディライン。こんな切ないサビのメロディはなかなか生み出せないでしょう。それほどこの歌い始めの音階は実に素晴らしい。天才メロディメイカーとは彼のことを指すのではないかと思いますが、やはり下世話ではありますが正体が知りたいところではあります。

【聴きどころその2】
 この美しいメロディは「モミュの木の向こう側」の頃のようなアコースティックは肌触りのミディアムチューンやバラードで生きると思われがちですが、適切なアレンジとサウンドで装飾した方が、よりカラフルにメロディを引き立てることができると個人的には感じています。この楽曲はその方向性を見事に体現できているだけに、その後のさよポニ楽曲の輝きがやや薄れてきていることが気がかりです。


23位:「シンフォニー」 牧野由依

    (2005:平成17年)
    (シングル「ウンディーネ」c/w収録)
     作詞:伊藤利恵子 作曲:北川勝利 編曲:桜井康史

      vocal・acoustic piano・backing vocals:牧野由依

      programming:桜井康史
      drums:宮田繁男
      electric bass・tambourine:北川勝利
      electric guitar・acoustic guitar:稲葉政裕
      strings:金原千恵子グループ

ウンディーネ

 声優としても活動している関係で音楽活動は二足の草鞋的なイメージを持たれてしまう牧野由依ですが、彼女は生粋の音楽家です。父親は作編曲家・牧野信博で、あの水樹奈々の初期作品を全面的にプロデュース、古くは佐野量子が大袈裟アレンジ歌謡にどっぷり浸かっていた1988年のシングル「TOMORROW」の作編曲や「哀愁エクスプレス」の作曲を手掛けるなど(アレンジは鷺巣詩郎がさらに派手に料理)、第一線で活躍してきたコンポーザーでした。そのような家庭環境ですから当然幼少の頃から音楽に親しんできた彼女は、クライズラー&カンパニーの斉藤恒芳に師事しピアノの教育を受けると、牧野信博がバックバンドメンバーとしてサポートしていた麗美がREMEDIOS名義で劇伴を担当した1993年のヒット映画「Love Letter」(岩井俊二監督作品)に、麗美の紹介で弱冠8歳で劇伴のピアノ演奏に参加するなど、人脈の部分もありますが音楽的才能を早くから評価されてい他様子が窺えます(その後岩井俊二作品では数本の映画でピアノ演奏を担当)。一方、並行して子役タレントとして芸能事務所に所属していた牧野は1996年には11歳で声優デビューしますが、一躍注目を集め始めたのが2005年です。菅野よう子が劇伴を担当したTVアニメ「創聖のアクエリオン」エンディング主題歌「オムナ マグニ」に歌手として抜擢されると、声優としてもTVアニメ「ツバサ・クロニクル」のヒロイン・サクラ役に抜擢、映画「劇場版ツバサ・クロニクル 鳥カゴの国の姫君」ではエンディング主題歌「アムリタ」(かの香織作詞作曲)を歌唱、この楽曲がシングルとしてリリースされ、本格的な歌手デビューとなります。
 そして同年、牧野は彼女にとって音楽人生を変えるほどの大切なアニメ作品に出会います。天野こずえ作のファンタジー漫画「ARIA」シリーズのアニメ化、「ARIA The ANIMATION」が同年秋に開始、牧野はオープニング主題歌「ウンディーネ 」を担当します。テラフォーミングされた火星のゴンドラ漕ぎ(ウンディーネ )少女の物語である「ARIA」シリーズのスタートとなる、窪田ミナ作編曲のこの名曲は世界観を理解させるためのまさに水先案内人としての役割を果たしたわけですが、牧野の繊細で儚さを感じる高音ボイスはそんな物語のコンセプトに見事にマッチしていました。さて、名作と評されるこの「ARIA The ANIMATION」には構成語り継がれるいわゆる神回、というものが存在しています。その伝説の第11話「その オレンジの日々を…」のひとときの友達との別れの場面で使用されたのが、今回第23位に選出いたしました21世紀のアニメ史上最も感動的な挿入歌「シンフォニー」です。作曲はこの「ARIA」シリーズで美メロ作曲家としての地位を完全に確立したROUND TABLEの北川勝利、アレンジはROUND TABLEと同じくポスト渋谷系なPOPSバンド・Cornich Camomileのメンバーであった桜井康史で、作詞はROUND TABLEでの北川の相棒である伊藤利恵子。彼らポスト渋谷系のメロディメイカー達が丹精込めて彼らのプライドにかけて作り上げていますから、まさに渾身の名曲と言えるでしょう。90年代以降の生々しいグルーヴを叩かせたら絶品の元ORIGINAL LOVE・宮田繁男の安定感抜群のドラミング、自らベースを弾いた北川の味のあるフレージング、経験豊富なベテラン稲葉政裕の優しく柔らかいギタープレイ、そしてそれら演奏陣をまとめ上げ魅力的なストリングススコアを書いた桜井康史の気合のアレンジメントにはPOPSの髄を凝縮し真空パックしたような、POPSの純粋培養といった感覚を味わうことができます。そしてこの名曲は、前述のあの「ARIA THE ANIMATION」の第11話名シーンで使用されることによって、ストーリーと映像の相乗効果があって初めて真の力を発揮すると言ってよいでしょう。時に挿入歌というものは物語の話の腰を折ったりして、違和感を感じさせ邪魔になってしまうケースも多々ありますが、この名シーンではこれ以上ないタイミングで、これ以上ない良質な楽曲で、そしてこれ以上ない儚い歌声で歌われるからこそ、長きにわたり名曲として語り継がれているのです。
 なお、2008年まで続く「ARIA」シリーズでは牧野由依楽曲は欠かせないものとなり、「ユーフォリア」「雨降花」「スピラーレ」「横顔」と、主題歌・挿入歌問わず名曲を生み出します。また「ツバサ・クロニクル」や「ARIA」シリーズの高評価もあり、牧野自身がヒロイン役を射止めたTVアニメ「N・H・Kにようこそ!」のエンディング主題歌「もどかしい世界の上で」、かの香織が詞・曲・編曲の全てを手掛けたTVアニメ「ゼーガペイン」挿入歌「CESTREE」、大江千里&清水信之の黄金コンビによるTVアニメ「スケッチブック 〜full color's〜」エンディング主題歌「スケッチブックを持ったまま」など隠れた名曲を次々と担当、2006年には1stアルバム「天球の音楽」、2008年には2ndアルバム「マキノユイ。」と2枚のアルバムも好評で、2008年までは神がかった活躍を見せました。その後は何度かのレコード会社移籍を経験しながら、「ホログラフィー」(2011年)、矢野博康プロデュースの「タビノオト」(2015年)といった佳作アルバムをしっかり残し、活動ペースは落ちましたが地に足をつけた音楽活動を続けています。

【聴きどころその1】
 なんと柔らかく包み込むようなオーケストレーション。POPSバラードにとってストリングスアレンジは非常に重要な仕事であると思われますが、特にイントロのピアノからスーッと入ってくる管楽器シミュレートが秀逸です。
【聴きどころその2】
 間奏後の弾き語りサビからの転調はさすがに鳥肌モノです。当然バラードとしては盛り上げどころですが、お約束とはいえ期待以上の効果を発揮しているのがこの部分。ただでさえか細い牧野のハイトーンボイスが、さらに音階が上がることによる極上の切なさが、最後までこの楽曲を楽しませてくれる大きな要素となっています。


22位:「FRAGMENTS」 FLIP FLOP

    (1998:平成10年)
    (オムニバス「pop goes on electro」収録)
     作詞:棚瀬顕子 作曲・編曲:FLIP FLOP

      vocoder・programming:FLIP FLOP(堀陽一郎)

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 1975年にアルファ・アンド・アソシエイツに入社して以降、18年にわたり黄金のアルファレコード全盛期にて、YMOや¥ENレーベル等その周辺のアーティスト、EDGEレーベル所属のヴァリエテやZEROSPECTRE、アルファ・ムーン所属であったPINK、デビュー時はアルファレコードだった初期SOFT BALLET、ZaZaレーベル所属のMANNAやQUADRAPHONICS、HALO等、その他数え切れないほどのミキシング・レコーディング・マスタリング等様々なエンジニアリングに関わってきた寺田康彦は、1992年に自身のスタジオThnk Sync Studioを完成したのを機にアルファレコードを退社、1994年に総合音楽創造集団Think Sync Integralを設立、楽曲制作のみならず所属クリエイター達のマネジメント・エージェント業務やイベント企画運営にも携わっていきます。一方で1995年には元Spiral Lifeの石田ショーキチと元3dlの吉澤瑛師ら当時若手の気鋭のミュージシャンとプロデュースユニット・Scudelia Electroを結成、2005年の解散までに6枚のオリジナルアルバムと10枚のシングルを残しパーマネントな活動を行います。かたやThink Sync Integralでは新音楽レーベル・Think Sync Recordを設立し、「Mezzo Techno(メゾ・テクノ)」を標榜し、次世代のテクノポップアーティストの発掘に力を注ぐべく、まずリリース第一弾として1996年にオムニバスアルバム「Net 17」をリリースします。このアルバムには寺田本人のほかに、象徴的な存在であるアンビエント期の細野晴臣や、nice musicを解散した直後の佐藤清喜のソロプロジェクト・nicely nice、同年同レーベルよりデビューすることになるスノーモービルズの別働アンビエントユニット・snowhere、同じく同年デビューの北方の歌姫・村上ユカの楽曲アレンジを任された芸大作曲科出身の気鋭のクリエイター・田尻光隆、後年ゴスペラーズに提供した「永遠に」が大ヒットとなるピアニスト・妹尾武といった後年日本の音楽界を陰日向に支えていく錚々たる面々が参加していますが、本作のトップバッターの重責を担っていたのが、「New Rose Hotel」を提供した謎のテクノポップユニット・flipflopでした。
 堀陽一郎なる人物のソロユニットという情報しかいまだに存在しないこのflipflopというクリエイターによる「New Rose Hotel」はJ-WAVEの番組テーマ曲にも起用されたというほどのキャッチーなテクノポップチューンで、やや硬質な音使いながら、当時は時代遅れと揶揄されていたボコーダーによる歌唱をあられもなく披露する古き良きテクノポップへの造詣の深さは、本作を期待していたリスナーを安心させる役目を十分に果たしていたと言えます。この時点ではこのflipflopがThink Sync Recordの看板アーティストになるのではという予感を漂わせていたのですが、次に彼の名前を見かけるのには2年後のThink Sync Recordアーティストがメジャーデビュー前のお披露目として集めいられたScudelia Electro監修の企画オムニバス「pop goes on electro」まで待たなければなりませんでした。既にアルバムリリースを果たしていてメジャーデビューが決まっていた村上ユカやスノーモービルズを差し置いて、本作でもflipflop改めFLIP FLOPはまたもやトップバッターを任され、その期待度の高さを感じさせました。今回第22位として選ばせていただいたのは、メジャーデビュー前の大事な時期のオムニバスで切り込み隊長的な役割を担った責任重大なポジションにありながら、純度の高い通常営業のテクノポップで勝負してきた「FRAGMENTS」です。オリエンタルな風味をまぶしたストイックなシーケンスに、まるでいつもそこにいるかのように自然に入ってくるボコーダーボイス。ヴィンテージシンセサイザー によるスペイシーなサウンドにザップ音を駆使したアナログリズムが支えていますが、この過剰にならず大袈裟にもならないクールなトラックを謎の寡作クリエイターが仕込んでいるというだけでも、何やら夢が広がります。時代はまだまだインターネット黎明期、DTMも発展途上であった1998年。そのような時代にボコーダーを単発ギミックではなく普通に歌モノとして貫徹するテクノポップ愛の深さに感動せざるを得ません。ところがこの「FRAGMENTS」を最後にFLIP FLOPは音楽界から忽然と姿を消します。あれから20年を超えた現在、FLIP FLOPこと堀陽一郎は一体どこで何をしているのか・・当時は確かデザイナー関係が本業であったと記憶しているのですが、調査をしてもスクウェア・エニックスのアニメーターか、京都伝統工芸の金彩師しか同名のお名前がヒットせず、実は彼らのうちいずれかの方が正体なのではないかと勘繰ってしまいますが、その謎は依然として深まるばかりです。

【聴きどころその1】
 1つ1つの音色に込められた電子音への愛情。特にスネア音色がザップ音という部分に共感させられます。硬質でエフェクティブに加工されたスネア音色も好みですが、古き良きシンセドラム由来のこのジャッ!ジャッ!というリズムは、FLIP FLOPの電子音への尋常でないこだわりを感じさせます。
【聴きどころその2】
 メインの歌として機能するボコーダーの音処理。最初から最後まで全編ボコーダーという潔さはFLIP FLOPのカラーとなっているようですが、意図的に残響が切られて歌われるこのボコーダーは良い意味でスタッカートが強調されることで独特の歌のリズムが生まれています。この部分がギミックとして使用されるボコーダーとは異なる部分であり、メインボーカルとしてボコーダーを機能させるFLIP FLOPのこだわりの一部であると思われます。


21位:「MISHIMA」 宇宙ヤング

    (1998:平成10年)
    (アルバム「宇宙ヤング」収録)
     作詞・作曲:笹キミヒト 編曲:小林和博

      vocal:笹キミヒト
      keyboards・programming:小林和博

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 1998年の第2回ローランド・バンド・パラダイスにおいてオーディエンス大賞を受賞してしまった2人組テクノポップバンド・宇宙ヤング。後に歌人としてその名を轟かす笹キミヒト(現:笹公人)と、サウンド全般を担当していた小林和博で形成される宇宙ヤングは、前述の実績を片手にまにきゅあ団・O.M.Y.の細江慎治が主宰するトルバドール・レコードよりアルバム「宇宙ヤング」で颯爽とCDデビューを果たします。どこから突っ込んでよいのかわからない世界観を純度の高い100%テクノポップで表現した本作は、笹の微妙な音感によるとぼけた味のボーカルと計算され尽くした小林のシンセサイザーサウンドが功を奏して、マニアックな各方面から注目されたわけですが、宇宙ヤングは本作リリース後一区切りついたのか、笹が短歌の世界に本格的に取り組むことを理由の1つとして、一旦解散することになります(「宇宙ヤング」については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.5【10位〜1位】」の第10位をご参照ください。)。

 話は少し逸れますが、第1期宇宙ヤングが終了した後、笹公人の相棒であった小林和博は、愛称であった「ズンバ」を冠してZunba Kobayashi(ズンバ小林)と名乗りアーティスト活動を開始、1999年には早速ながらソロアルバム「TECHNO the FUTURE」をリリースします。まさにど真ん中豪速球というべき素直なタイトルによるこの作品は、古き良き時代のスペイシーテクノポップのキャッチーな側面を前面に押し出し16曲もの楽曲を収録した隠れた名盤でしたが、21世紀に入ってからは新ユニット・CYBORG '80sを始動、2002年にjellyfishやpolymoog、テクノポップ系老舗サイト(techno-electro-synth) POP ACADEMYの交流から端を発したPOP ACADEMY RECORDSを主宰する音楽ライター・四方宏明ら周辺の仲間達が大勢参加した1stアルバム「SWITCHD ON CYBORG」をリリース、ラテンテイストも取り入れたテクノポップの王道で、親しみやすい歌モノも織り交ぜながらの力作に仕上げていました。ところが2004年にリリースされた2ndアルバム「Rock'n Roll for Man-Machine〜機械人間の逆襲〜」ではビジュアルイメージもリーゼントヤンキーのアナクロ趣味に変化、サウンド面でもテクノポップが基本ではあるものの音の太さと楽曲としてのボトムの低さ、そしてプログレ的な展開による楽曲構成に進化していました。なお、その音楽性は2006年のZunba Kobayashiソロアルバム「極東」におけるダブ志向へと引き継がれ、アナクロ趣味は後に結成する現在のパーマネントバンド・ヤングデリック(2012年にアルバム「平成生まれ」をリリース)へと引き継がれていきます。また、本業はスーパースウィープ所属のゲームサウンドメイカーであるズンバ小林ですが、2005年にはスーパースウィープ内に若手テクノポップアーティストを発掘・振興する新レーベル・TECHNO 4 POPレーベルを立ち上げオムニバスアルバムを5枚リリース、このシリーズからはpLumsonic!、technoboys(現:TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND)、HAAP、normal pop?、オーラルヴァンパイア、invisible Future、ぽらぽら。、装置メガネ、アーバンギャルド、BREMENといったアーティスト達が成長して巣立っていきました。ズンバ小林もisogo shoujoとのフレンチテクノユニット・isogo turumiや、jellyfishのトモコ(石崎智子→栗田智子)と永利裕志とのユニット・Cybershots!!!といった別ユニットでオムニバスに参戦、その多芸ぶりで00年代におけるテクノポップの普及に貢献していくわけです。
 話を戻しまして、後年前述のような経緯をたどり活躍していくズンバ小林(小林和博)ですが、全アレンジを手掛けた1998年の処女作「宇宙ヤング」収録の「君はサイコメトラー」「念力姫」といった数ある名曲の中でも、衝撃的な楽曲が存在しています。それが今回第21位に選びました謎のアンセムソング「MISHIMA」です。のっけからのシャープかつエレガントな白玉パッドでスタートするこの楽曲、高速アルペジオも絡んできてテクノポップファンとすれば何とも心地よいサウンドが展開されていくわけですが、この心地よい単純なコード進行によるイントロがなんと最後まで続いていきます(変化は少し音階が上がるだけ)。そして歌が始まれば相変わらずの笹キミヒトの音痴と紙一重の線を突いた歌唱で白玉パッドのコード進行を辿るように「三島由紀夫」と歌い出します。しかし歌詞はそれだけです。最後まで「三島由紀夫」と歌い続けます。途中でパートを抜き差ししながらクールなリズムが展開される間奏を挟みますが、後半はシンセブラスまで登場してゴージャス感を追加しながらもなお、笹は「三島由紀夫」と歌い切るわけです。何と恐ろしい楽曲でしょうか。イントロ=Aメロのみ、歌詞は「三島由紀夫」のみ。これだけで約4分間を持たせるサウンドメイクに、当時はショックを受けざるを得なかったわけで、そのファーストインパクトがこの「MISHIMA」を高ランクに位置させている理由というわけです。
 なお、さしものズンバ小林も最近は(今までも)マイペースな活動に終始していますが、2019年にはPOP ACADEMY RECORDS15年越しの企画であった80年代テクノポップ・ニューウェーヴ カバーコンピレーションアルバム「FUTURETRON RECYCLER」にて、Cybershots!!!としてMADONNA「Into The Groove」のリメイク、CYBORG '80s & 由花としてSTRAWBERRY SWITCHBLADE「ふたりのイエスタデイ」のリメイクに参加して、そのサウンドメイキングの妙技を披露しています。(追記:最近ではトモコjellyfish(ex.jellyfish TYO)、鈴木由花、Rie MorenaとのYMOカバーユニット、ナイス・エイジでの活躍も記憶に新しいです)

【聴きどころその1】
 歌詞「三島由紀夫」のみの衝撃はもう如何ともし難い感があります。自由律俳句の「咳をしても一人」のような侘び寂びすら感じさせます。そしてその1本で押し切ろうとする胆力、勇気がいったと思います。しかも三島由紀夫という単語のチョイス。ここまで呼びかけられたら三島本人も本望ではないかと思われます。
【聴きどころその2】
 リズムプログラミングが実は良い仕事をしています。PCMドラムマシンのローファイで硬質なスネアに打数の多いハンドクラップ。特に間奏におけるスネアの4連符を入れてくる部分が実にニクいです。そしてハイハットを入れるタイミングも素晴らしい。ボーナストラックのようなこの楽曲でも手を抜かないサウンドメイクに好感度が上がるばかりです。



 ということで、40位から21位でした。今回は・・・いろいろな時間を犠牲にしましたw
 遂にここまで来ました。残りは1回。次回やっと最終回となります。当初想定した以上に大仕事となってしまいましたが、平成ベストソングへの恩返しを貫徹したいと思います。
 次回はいよいよラスト、20位から1位まで。ベスト10はどうなってしまうのか?お楽しみに。






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