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TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベスト?ソング200:Vol.7【80位〜61位】

 堂々と後半戦を闊歩しているこの平成ベストソングシリーズ。既にベストソングとは関係がなくなっているというのは内緒ですが、いわゆる個人史の振り返りですので、記録と割り切って思い出を辿る形となっています。なお、クレジットなんですが余り記載している内容を信用しないでください。というのはクレジット未掲載の楽曲も多いのです。推測できる限りの記載はしていますが、それが正しいとは限らず自信がありません。どんどん訂正募集中ですのでお願いいたします。特に古いアイドル系はそのケースが多いです。一応その同年代のアレンジャーが起用していたプレイヤーを調査しながら推測していますが・・・いや、正直に未掲載と割り切ればよいじゃないかと思いますよね。でもなんだか気持ち悪いので(笑) 大嫌いなんですよクレジット未掲載が。なので配信で購入したりサブスクで良い曲を見つけたとしても最終的には盤を購入してしまうのです。そしてその盤にも未掲載だったりしてこの野郎と思うのですが(笑)

 さて、平成時代(1989.1〜2019.4)に発売されたシンセサイザーで彩るTOPの画像ですが、上の画像は今回で最後です。というわけで、恒例のネタバラシを左上から右へ。

KORG KRONOS(2011)、Dave Smith Instruments Poly Evolver(2005)、
Arturia MatrixBrute(2016)、Oberheim OB-12(2000)、
KORG minilogue(2016)、moog Minimoog Voyager(2003)

 今回は2000年以降のシンセサイザーを集めてみました。00年代の古き良きアメリカン製シンセメイカーの逆襲からKORG全盛期、新興勢力Arturiaの豪快なものフォニックシンセに至るまで揃えましたが、カラーが意外と地味でした(笑)

 というわけで、今回は平成ベスト?ソング80位から61位までのカウントダウンです。それではお楽しみ下さい。



80位:「愛しのトランジエンス」 FILTER FISH

    (2009:平成21年)
    (オムニバス「トーキョーエレポップコレクション Vol.02」収録)
     作詞:Takmi 作曲・編曲:FILTER FISH

      vocal・guitar・programming:Takmi
      programming・chorus:Vomos

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 「21世紀型テクノスター」の触れ込みで爽やかイケメンルックス&ボイスを四つ打ちのクールなテクノトラックに乗せて、メンバーそれぞれがサウンドクリエイター&ボーカリストとして歌うトリオユニットであったFILTER FISHTakmiSugiyoshiVomosの3人によるこのエレポップユニットは、当初はいかにも育ちの良さそうな(俗に言えばお金を持っていそうな)リア充集団が品の良いシンセサウンドをベースにヴィジュアル系スタイルの甘いボーカルで歌われる楽曲で、これは新しいタイプのファン層を獲得するかと思えるほどでした。2006年にシングル「Ginger Ginger」でデビュー、翌年には1stミニアルバム「MASSMATICS」(名曲「Electro Garden」収録)をリリースしますが(この頃は3人ともIT企業を起業した幹部のようなルックス)、ここでメンバーの中でも比較的ワイルドな風貌であったSugiyoshiが脱退、デュオとなったFILTER FISHはここからコンセプトの大胆な方針転換を図ることになります。まずルックスがIT企業の幹部系からVomosが金髪になりTakmiが遊び人風に変化、自身の音楽性とその周辺のヴィジュアル系の中のエレクトロ寄りなバンドやアーティストを「トーキョーエレポップ」とカテゴライズすると、2008年にはオムニバス「トーキョーエレポップコレクション Vol.00」を主宰および楽曲を提供(同年Vol.01もリリース)、FILTER FISHとしてはインディーズでは3曲入りのシングル「Love Labo」シリーズを開始、その間にメジャーからも「ドリーム☆STEPシーケンサー」(名曲「Egoistic Angel」収録)をリリースするなど精力的に活動するうちに、彼らのルックスもバリバリのセラミックで固められたような典型的なヴィジュアル系へと変貌していきます。
 そして2009年、FILTER FISHの2人はTVアニメ「鋼殻のレギオス」のエンディング主題歌「ヤサシイウソ」「愛のツェルニ」を担当した期間限定バンド・Chrome ShelledにTakmiがギタリストとして、Vomosがサウンドプロデューサーとして参加(その他のメンバーはDASEINのRickyやνのドラマー・ЯeIなど。ちなみにνの1stアルバム「LIMIT」は上領亘プロデュース)しその存在をアニソン界にも知らしめると、この年になって完全にカラフルなファッションに身を包んて生まれ変わったFILTER FISHは、オムニバス「トーキョーエレポップコレクション Vol.02」に新曲「愛しのトランジエンス」を提供します。どこか斜に構えたオシャレエレポップを目指したトリオ時代と比べて、キャッチーで泣きのメロディに振り切ったポップチューンを次々と発表していた彼らの中でも、この楽曲は青春とノスタルジーを感じさせる突き抜けた感のある明るさのメロディラインが非常に魅力的で、いかにもライブ等で盛り上げるべくして制作されたと思われるキラーソングです。この楽曲は翌2010年にリリースされた「Love Labo」シリーズの集大成盤「Love Labox 01〜Love研究所〜」にもオープニングナンバーとして収録されるなど、彼らのレパートリーの中でも代表曲の扱いとなるわけですが、開き直るほどのニューロマ系全開な甘いボーカルスタイルのクセの強さに好き嫌いが分かれるとはいえ、メロディの強さは本物であるため、そのクセの強さが逆に武器となった好例と言えるのではないでしょうか。しかしながらマンネリ感漂う方向性に行き詰まった彼らはほどなく活動休止してしまいます。なおその後、Vomosはニコニコ動画の歌い手のサウンドプロデュースを中心に、Takmiはへーけ(→MC-K2 FACTORY)の活動後に、本名の山田巧としてSKE48、NMB48、東京女子流、DEARKISS等の女性アイドルグループへの楽曲提供やプロデュース、ボーカルインストラクターを務めるなど、第一線のコンポーザーとして活躍するまでに成長しています。

【聴きどころその1】
 ウネウネするシンセベース、高速アルペジオでグルグル駆け巡るキラキラシーケンスという典型的なエレポップながら、ギターはロックテイストという部分がヴィジュアル系らしさを残しています。しかしとにかく開放感のある楽曲なので安定感のあるバランスに仕上がっていると思います。
【聴きどころその2】
 サビのメロディとコード感覚がなんともノスタルジック。このレイト80's感覚溢れるメロディラインにイケメンボイスのボーカルが絡んでくれば、それはもう女性リスナーもイチコロ(死語)です。ボーカルのクオリティとメロディの質が見事にハマった名曲です。


79位:「EYES」 上領亘

    (1997:平成9年)
    (アルバム「鴉 II」収録)
     作詞・作曲・編曲:上領亘

      vocal・drums・synthesizers:上領亘

      guitar:石塚"BERA"伯広

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 1985年にCBSソニーのオーディションに合格したドラマー上領亘は、既に音源制作を始めていた出口雅之と本田恭之が結成したGrass Balletに加入し東京都内でライブ活動を開始します。1987年にバンド名をGRASS VALLEYに改名し念願のメジャーデビューを果たしますが、イケメンでスタイリッシュ、そして工場で特注した長方形の白いドラムパッドを組み込んだ斬新なドラムセットを、ノングルーヴ・ノンスィングで叩き込む上領亘の鮮烈なプレイは話題を呼び、一躍バンド一の人気者に躍り出る形となりました。GRASS VALLEYはその後1990年の「瓦礫の街〜SEEK FOR LOVE〜」まで5枚のアルバムをリリースしますが、日に日にロックバンド色を強くしていく音楽性に、初期のニューウェーブ性への郷愁を募らせていた上領はバンドメンバーとの確執を深くしていった結果、志半ばでGRASS VALLEYを脱退、まずはサポートドラマーへの道を歩むことになります。脱退直後にまず声をかけたのは、「バレエ」違いのエレクトロポップバンド・SOFT BALLETでした。これまでの特注パッドセットを解体し、ツーバスセットで心機一転を図った上領と、エレクトロビートで疾走感溢れるライブを精力的に行っていたSOFT BALLETとの相性は抜群で、彼らの3rdアルバム「愛と平和」それに伴うツアーでは上領が大活躍、そしてSOFT BALLETとの共演の際に上領のプレイを見初めた平沢進の誘いで、1991年から彼のライブツアーに参加、ここでも超絶的なプレイで平沢の信頼を勝ち取ります。そして1994年には吉川晃司のサポートやいまみちともたかとのコラボ・Kei-Tee+LOVE DYNAMIGHTSへの参加など客演も増えていきますが、ここで改訂期に入った平沢進率いるP-MODELに小西健司や福間創と共に加入が決定、彼らのサウンドに強烈なビートを加えることになり、1995年にはアルバム「舟」をリリースするなど、テクノポップ系のバンドへの相性の良さを確立していくことになります。
 さて、P-MODELのメンバーとして活動していくかたわら、上領にはソロアーティストとしてのデビューの話が舞い込みます。そこで1996年、上領は自身のイメージカラーである「黒」を前面に押し出す「カラス」を自身のソロ活動としてのアバターとしてアピールしていきます。その一環として初のソロアルバム「鴉」をリリース、同僚の福間創や改訂P-MODELを裏から支えていたプログラマーMOMOをシンセサウンドのサポートに迎えて完成させたこの作品は、上領のこれまでの音楽遍歴を総括するような独特な美意識によるニューウェーブ風味満載の、上領自身が作詞・作曲・編曲すべてを手掛けた楽曲が多く収録され、本作は彼がドラマーとしてだけではなくシンガーソングライターとしても活動を継続する自身の源になりました。こうなると、上領としてはソロ活動へ専念したくなるわけですから、1997年にP-MODELを脱退することになり、並行して制作を続けてきた2ndアルバム「鴉 II〜NIGHT PASS〜」を同年にリリースすることになります。
 前置きが長くなりましたが、今回選出させていただいたのは本作9曲目に収録されている「EYES」です。本作には壮大な世界観の「Dolphin's Love Song」やタイトル通りシンセサウンド大活躍のエレクトロポップ「Moog Walk」など佳曲が多い中で、この「EYES」は上領のドラマーとしての、さらにはリスムコンストラクターとしての非凡な資質を存分に発揮した楽曲と言えるでしょう。各パートを別々に録音して再構築したことで生まれる不自然なほどの分離の良いドラムサウンドは圧巻の一言。上領自身の歌唱は淡々とした、ウイスパーと言ってもよいほどの語るような歌い口ですが、それを補って余りあるクリアなビートの強さは、彼が不世出の超絶技巧ドラマーであることを再認識させられます。「鴉」シリーズは上領亘という漫画から出てきたようなイケメンキャラクターを独特の美意識で具現化したようなイメージを軸に活動を試みたソロワークで、翌1998年の「鴉 III〜flow〜」まで続いていきますが、サウンドメイカーとしての彼も良いのですが、やはり彼は生粋のドラマーであることを、この「EYES」を聴くたびに思い出させてくれるのです。なお、現在上領は民謡歌手若狭さちとのNeoBalladを結成、テクノ民謡を標榜して、新たな伝統芸能の分野へ進出し彼のライフワークとして新境地の活動を続けています。

【聴きどころその1】
 ハイハットの輪郭まで冴え渡る音処理と、パワフルにエフェクトが施されたスネアとタムによる生々しく分離が良すぎるドラムパート。よく聴いてみるとハイハットとその他が重なり合っているため、各パートが別々に録音されているのがわかります。しかしそれがゆえに人間業とは異なるパワーとキレのあるドラミングが実現できています。
【聴きどころその2】
 このドラムパートを下支えしているのがグニョグニョ蠢いているシンセベースとそれを補完する緩い音の輪郭のシーケンスです。このシーケンスプログラムのおかげで一筋の光が差し込むようなサビを持つ美意識過剰なメロディに、かすかなほろ苦さを与えることで、その隠し味が楽曲としての深みとして機能していると感じられるのです。


78位:「わたしの青い空」 藤井隆

    (2004:平成16年)
    (シングル「わたしの青い空」収録)
     作詞・作曲:堀込高樹 編曲:本間昭光・堀込高樹

      vocal:藤井隆

      synthesizer:飯田高広
      keyboard:本間昭光

わたしの青い空

 1990年代後半に吉本新喜劇における強烈なオカマキャラとしてブレイクした藤井隆は、1999年には「笑っていいとも!」にもレギュラー出演するなど全国的人気が急上昇していきます。こうなるとお笑い芸人は多角的な活動オファーが舞い込むようになるわけで、藤井にもその勢いのままに歌手デビューのプロジェクトが立ち上がります。そして2000年に浅倉大介プロデュースによる陽気なユーロビート系ナンバー「ナンダカンダ」でデビューするとこれがオリコンベスト10にランクインするなどスマッシュヒット、気を良くしたレコード会社がリリースした2匹目のドジョウを狙った2ndシングル「アイモカワラズ」は見事に外した格好となりましたが、同年の紅白歌合戦にまで出演するなど空前の藤井ブームが到来します。ここまでは通常のお笑い芸人の一過性のブームに過ぎない歌手活動といったところでしたが、ここから藤井隆の音楽活動の本気度が表面化してまいります。2001年末の3rdシングル「絶望グッドバイ」はこれまでの浅倉トランス系から完全に脱却し、作詞に松本隆、作曲に筒美京平の黄金コンビを迎えた直球歌謡曲路線に転向します。そしてそのまま翌2002年には松本隆がプロデューサーを務めた1stアルバム「ロミオ道行」をリリース、前述の筒美京平のほかに本間昭光やbice、田島貴男、コモリタミノル、KIRINJIの堀込高樹がコンポーザーとして参加、アレンジャーには本間昭光とCHOKKAKU、石川鉄男を迎えた本作は、クオリティの高い歌謡曲テイストの楽曲を多数収録、特に堀込高樹が手掛けた「未確認飛行物体」「代官山エレジー」の難解なメロディラインをソツなく歌いこなす(そしてライブでは見事に歌い踊る)藤井のシンガー&ダンスパフォーマーとしての非凡な才能はここに来て開花し始めていくわけです。
 2001年から放送開始した藤井がマシュー南というキャラクターを演じる音楽バラエティ番組「Matthew's Best Hit TV」において、彼の80's歌謡POPSへの造詣の深さが明らかになる中で、2004年にリリースされた2ndアルバム「オール バイ マイセルフ」は、前作に引き続き本間昭光が深く関わりながらも、林田健司や小室哲哉、横山輝一らがコンポーザー参加した名盤でしたが、本作の先行シングルとしてリリースされたのが「わたしの青い空」です。(この「オール バイ マイセルフ」の解説については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.2【80位〜61位】」の第68位をご参照ください。)。

 さて、この爽やかそうなタイトルとは裏腹に何やら不穏で寂しげな淡々としたイントロである「わたしの青い空」ですが、作編曲は「未確認飛行物体」に引き続き、KIRINJIの堀込高樹が担当しています(アレンジは本間昭光との共同編曲)。メロディラインは鬱屈してダークなフレーズに終始、無機質なエレクトリックサウンドがTHEシンプルな楽曲ですが、後のKIRINJIのセルフプロデュースによるエレクトロ化アルバム「DODECAGON」の前哨戦のような音数の少ない感情も抑えられたエレポップチューンは実に音の隙間を楽しめる緻密なプログラミングが施されており、さすがは日本を代表するストイックなPOPSマエストロに成長した堀込高樹の渾身のオリジナル楽曲というところでしょうか。シングルカットにしてあの曲調かつクールな質感には、藤井隆の音楽界への挑戦めいた野望すら感じさせるものでした。そしてこの2枚のアルバムで音楽的評価を高めミュージシャン藤井隆としての地位も確立した後、タレントや俳優活動が多忙を極めるようになり、Tommy february6のサウンドチーム・MALIBU CONVERTIBLEを迎えたシングル「OH MY JULIET!」などの単発シングルや企画モノをリリースするのみとなっていきますが、2010年代になってから藤井の音楽的センスを惜しんだ西寺郷太の誘いもあり音楽活動を再開、2015年リリースの西寺とのタッグによる3rdアルバム「Coffee Bar Cowboy」や、2017年リリースの見事な90年代J-POPシミュレートの4thアルバム「light showers」といった名盤を次々とリリースしていき、遂には自身の音楽レーベル・SLENDERIE RECORDを設立するまでとなり、椿鬼奴や鈴木京香のアルバムをプロデュースするなど、その音楽的才能を遺憾なく発揮しています。

【聴きどころその1】
 パートの分離が良い淡々としたシーケンスフレーズ。これらとピアノとシンセコーラスが中心となり形成される独特のひんやりとしたサウンドデザインが密室空間ならではの息苦しさを感じさせます.Bメロの合いの手フレーズに少しベンドをかける部分もポイントです。
【聴きどころその2】
 無機質なシーケンスと歌やピアノ等にかけられる深いリバーブとのコントラストがさらなる不気味さを演出しています。そしてメロディが笑ってしまうくらい暗いという仕打ちなので、サビやアウトロのフェイクでは少し日が差したようなフレーズになっていくものの、それは一瞬でやはり全体的に救いのなさに徹底されているのもこの楽曲の醍醐味でもあります。


77位:「ホー・チ・ミン市のミラーボール」 SPANK HAPPY

    (2002:平成14年)
    (アルバム「Computer House Of Mode」収録)
     作詞・作曲:菊地成孔 編曲:パードン木村

      vocal・sax:菊地成孔
      vocal:岩澤瞳

      programming:パードン木村

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 1990年代後半の菊地成孔は何事もツイていない時期を過ごしていました。1997年に「裏ドリカム」と称されたトリオバンド・SPANK HAPPYから河野伸が脱退してから不幸が続きます。同年菊地が今堀恒雄らと10年以上活動を続けてきたんプロヴィゼーションバンド・ティポグラフィカが解散となると、菊地に壊死性リンパ節炎の病魔が遅い、ハラミドリと2人で試行錯誤して続けていたSPANK HAPPYの活動も頓挫、活動再開の見込みもないままハラミドリも脱退、1998年に第1期SPANK HAPPYは終焉を迎えることになります。しかし病気の癒えた菊地はここから不屈の復活を遂げていきます。キーボーディストつ坪口昌恭とのエレクトロジャズユニット・東京ザヴィヌルバッハを結成すると、菊地と坪口はその音楽性をビッグバンド化した大友良英や高井康生、栗原正己らのメンバーを迎えた11人編成の大所帯バンド・DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDENを始動させ精力的な活動を展開、この頃から急速に菊地成孔の音楽性と共にタレント性としてのカリスマ化が顕著になってきます。そして活動の地盤を固めた菊地は、志半ばで頓挫してしまったPOPSフィールドでの実験場、SPANK HAPPYを2000年型いよいよ再始動するわけですが、以前のようなバンドスタイルではなく素人同然であった岩澤瞳を相方に抜擢し、KORGシンセサイザー・KARMAのほぼ作曲までしてしまうシーケンス機能をフィーチャーしたエレクトロポップデュオとして再生、2001年に「インターナショナル・クライン・ブルー」、2002年に「ANGELIC」と2枚のマキシシングルを立て続けにインディーズリリース、エレガントでロマンティックなエレポップでサブカル周辺を中心にリスナー層の心をガッチリつかむことに成功しした。
 この2枚のシングルを足がかりに2002年秋、第2期SPANK HAPPYは1stフルアルバム「Computer House of Mode」で再メジャーデビューを果たします。第2期からは菊地が中心的に作編曲に携わってきましたが、本作では菊地のほかに堀江博久やオオエタツヤ・泉谷隆洋といったクラブフィールドのクリエイターをアレンジャーに迎え、エレクトロなトラックに幅を持たせていますが、本作で複数の楽曲に関わるなどサウンド面で重要な役割を果たしているのが、日本が誇るマッドサイエンティスト・ヤン富田の薫陶を受け1999年にアルバム「Locals」でデビューしたエレクトロアーティスト・パードン木村です。シングル「ANGELIC」のカップリング曲「アンニュイ・エレクトリーク」のアンレンジャーとしても参加していたパードン木村は、本作では「インターナショナル・クライン・ブルー」のカップリング曲「FRENCH KISS」のリアレンジと共に、ラストナンバーである「ホー・チ・ミン市のミラーボール」のアレンジを担当しています。一聴して他のアレンジャーとは趣の違う尖ったエレクトリックビート&サウンドで異彩を放つこの楽曲は、第2期SPANK HAPPYの個性であるエレガントでオシャレなオジサンとOLがじゃれ合うようなエレポップを具現化したような楽曲が多く収録されている中で、マシナリーで無機質な空間に真空パックされているような(バキバキではなく)パキパキのエレクトリックサウンドで、最後にしてアルバムタイトルを文字通り表現した仕上がりとなっています(曲名はベトナムのディスコですが、イメージとしては仮想空間)。この楽曲にて見事に本作をシメたことで作品の価値を高めることに成功した彼らは、翌年に2ndアルバム「Vendôme,la sick Kaiseki」をリリースするも、岩澤瞳の突然の脱退によって第2期も迷走、台湾人のドミニク・ツァイをボーカルに迎えるもすぐに逃走、2006年には解散宣言が出されることになります。ところが、2018年、菊地は東京芸術大学出身の才気溢れる女性クリエイター・小田朋美を相棒に迎えたFINAL SPANK HAPPYとして最後の再始動を試みて、同年にシングル「夏の天才」、2019年にアルバム「mint exorcist」をリリース、両者対等の音楽的才能を認める立場となったことによる納得のいく完成度の作品を発表した頃で、菊地のPOPSフィールドへの挑戦はようやく本懐を遂げることができたのです。

【聴きどころその1】
 いきなり脳髄を掻き回されるようなキュインキュインのシーケンスが繰り返されます。そしてメインフレーズは剥き出しの電子音、リズムトラックにはパワフルなエフェクトが施されており、完全エレクトロ仕様のサウンドが楽しめます。
【聴きどころその2】
 そして何といっても2度の間奏が素晴らしい。1度目は執拗に駆け上がっている狂った機械人形のようにどこまで上がっていくのかハラハラするほどの上昇フレーズ、2度目は無機質なエレクトロサウンドとは裏腹な情熱的な菊地のサックスソロと対照的ではありますが印象的なフレーズを聴かせてくれます。


76位:「遙かな日々」 eufonius

    (2010:平成22年)
    (シングル「遙かな日々」収録)
     作詞:riya 作曲・編曲:菊地創

      vocal・chorus:riya
      all other instruments:菊地創

      guitar:高山一也
      bass:渡辺等
      piano:ただすけ
      strings:CHIKAストリングス

遥かな日々

 myuとの同人音楽ユニット・refioのボーカリストであったriyaを、一十三十一「感触」のアレンジで作家活動をスタートさせ、アニメソング・ゲームソングを中心に楽曲を手掛けてきた菊地創(当初はkiku名義でも活動)が引き抜く形で、2003年に結成されたのがeufoniusです。同年に音系同人即売会・M3にて発売された自主制作アルバム「eufonius」で活動を開始すると、翌2004年にKeyの名作PCゲーム「CLANNAD」のオープニング主題歌に「メグメル」を提供し注目を浴びることになります。そして同年にはテレビアニメ「双恋」オープニング主題歌「はばたく未来」でメジャーデビューを果たし、順風満帆なスタートを切ります。彼らの音楽性はriyaによる透明感と純粋さを併せ持つ造語コーラスを交えたクリアなボーカルと、菊地の転調を巧みに使いこなす楽曲構成にプログラミングと生演奏、ストリングスを融合させたデジアナファンタジーサウンドといったところですが、その才能豊かな音楽性が顕著に現れたのが大手アニソン系レコード会社・ランティスに移籍した2005年のTVアニメ「ノエイン もうひとりの君へ」オープニング主題歌「idea」でした。目まぐるしく転調を入れ替え差し替えするこのストレンジなポップソングは物語の特性を見事に捉えた名曲でここから2010年頃までeufoniusは全盛期を迎え、アニメソングのクオリティを格段に向上させた記憶に残る名曲を連発していきます。「恋するココロ」(TVアニメ「かしまし 〜ガール・ミーツ・ガール〜」)、「Apocrypha」(TVアニメ「神曲奏界ポリフォニカ」)、「メグメル 〜cuckool mix 2007〜」(TVアニメ「CLANNAD)、「リフレクティア」(TVアニメ「true tears」)、「アネモイ」(TVアニメ「空を見上げる少女の瞳に映る世界」)、「phosphorus」(TVアニメ「神曲奏界ポリフォニカ クリムゾンS」)・・・といったオープニング主題歌を次々とリリース、この間に2006年にはメジャーレーベルより「スバラシキセカイ」「metafysik」「碧のスケープ」と3枚のアルバムをリリースしながら、自主制作でも「Σ」「メトロクローム」といったアルバムから、ねじまきむじかシリーズなどの企画モノも含めて、非常に精力的な活動を続けていくことになります。
 そのような名曲を連発していたeufoniusの中で、今回選ばせていただいたのが2010年の劇場版アニメ「"文学少女"」主題歌である「遥かな日々」です。この楽曲はeufoniusお得意の忙しない転調マニアなデジアナポップチューンとは対照的な素直なメロディラインによる壮大なバラードソングです。一つ一つの言葉を丁寧に丹精を込めて歌い上げ、弾き語り調のスタートからストリングスが入ってきて2周目から情景をカラフルに変化させるバラードとしての王道展開も安定感がありますが、癒しと可愛らしさを同居させたAメロBメロからサビでしっかり転調させてくることで物語性を増すといいますか、世界観を広げるといいますか、ファンタジー性を獲得することで「"文学少女"」の世界のみならず、eufoniusワールドへも引き込むことに成功している、彼らにとってもベストワークスの1つではないかと思います。「idea」から約5年もの間、数々の名曲を生み出してきたeufoniusの集大成的な1つの頂点にこの楽曲は到達したと言えるではないかと思われます。2011年にはこの「遥かな日々」をラストに据えたメジャー4thアルバム「フォノン」もリリースされ、本作には転調テクニック極まる「比翼の羽根」(TVアニメ「ヨスガノソラ」オープニング主題歌)といった名曲も収録されますが、TVアニメもeufoniusu本人たちもネット上のトラブルに巻き込まれた不運な楽曲「パラダイム」(TVアニメ「ココロコネクト」オープニング主題歌)以降は、第一線から引きながらマイペースな制作活動に落ち着いています。

【聴きどころその1】
 最大限に歌を生かしたサウンドに徹している楽曲構成。riyaの歌唱力を押し出しつつ1周目をピアノで、2周目からはストリングスやドラム、アコースティックギター&ベースのアンサンブルで、優しく包み込む演奏陣の丁寧なプレイは安定感が抜群です。
【聴きどころその2】
 このように主役が「歌」である楽曲なので、メロディラインにどうしても耳がいくことになりますが、とにかく隙がありません。一つ一つのフレーズが大切にされることにより説得力が増しています。極め付けはサビの終わりの直前のフレーズ「二人だけの"時間を閉じて"」「この想いを"重ねて行けば"」「二人だけを"繋ぐストーリー"」・・・この「時間を閉じて」「重ねていけば」「繋ぐストーリー」のワンフレーズが素晴らしい。このワンフレーズを入れるだけで楽曲としての「味」がグッと引き立ちます。この素晴らしいピンポイントの隠し味だけでもこの楽曲を100曲に選んだ価値があるというものです。


75位:「SHOUT」 小室哲哉

    (1989:平成元年)
    (アルバム「Digitalian is eating breakfast」収録)
     作詞・作曲・編曲:小室哲哉

      vocals・Synclavier・keyboards:小室哲哉

      guitar:Warren Cuccurullo
      background vocals:桑名晴子
      background vocals:和田恵子
      Synclavier operate・vocal treated:日向大介
      Synclavier operate・vocal treated:秋葉淳

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 1988年末にリリースしたTM NETWORKとしてのロンドン録音の大作コンセプトアルバム「CAROL 〜A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991〜」が大ヒット、小室哲哉のミュージシャンとしての勢いは飛ぶ鳥を落とす勢いがありました。しかし1989年は彼にとって、そして彼の音楽性にとっても転機の年となります。ロンドン録音によって海外の音楽的トレンドを肌に感じた小室は、TM NETWORKの過去の楽曲をNile RodgersやBernard Edwardsといった海外の有名プロデューサーにリプロダクションさせた当時としては画期的なアルバム「DRESS」をリリース、特にすしつこいボイスサンプリングがいやでも耳に残るPete Hammondが手掛けた「GET WILD '89」が話題を呼ぶと、その勢いでユーロビート系のダンスチューンの制作に傾倒していくことになります(これが後のTKブームの素地となっていきます)。その成果が現れたのが同年秋リリースの「DIVE INTO YOUR BODY」です。この楽曲で小室は初めてハードDigital Audio Workstationの王様・Synclavier(シンクラヴィア)を使用しますが、この楽曲の双子的楽曲が生まれていました。それが「DIVE INTO YOUR BODY」と同じくシングルカットの最終選考まで机上にあった「RUNNING TO HORIZON」です。惜しくもTM楽曲には採用されませんでしたが、この楽曲は折しも小室ソロデビューの計画が持ち上がっていたことから、彼のソロデビューシングルとして採用されることになります。1989年10月に「RUNNING TO HORIZON」がリリースされるとTVアニメ「シティーハンター3」オープニング主題歌に抜擢されたこともあり大ヒットしますが、小室ソロデビューは3ヶ月連続シングルリリースということで、11月には「GRAVITY OF LOVE」、12月には「CHRISTMAS CHORUS」とアルバム先行という形で次々に音源を発表、1989年末の第一線の音楽シーンは小室哲哉一色となっていったわけです。
 そしてその年末に小室ファンにさらなるクリスマスプレゼントが舞い込んでまいります。3ヶ月連続シングルを手土産に小室哲哉は遂に1stソロアルバム「Digitalian is eating breakfast」をリリース、激動の80年代の最後を飾ることになります。本作は前述のSynclavierを小室が初めて本作的に使用した作品として知られていますが、このSynclavierのオペレーションを担当していたのが、日本が世界に誇るニューエイジミュージックユニットであったInteriors日向大介です。本作で使用されたSynclavierは日向が所有していたもので、FM音源シンセサウンドやデジタルサンプリング、演奏データのハードディスク録音などによるギラギラした独特のサウンドデザインは、TM NETWORKの延長線上・プロトタイプと評される本作の、重要な核となっています。そしてそのポテンシャルとSynclavier使用による高揚感が如実に表れている感がある楽曲が、本作のリードチューン、2曲目の「SHOUT」です。のっけからのギラギラしたエレクトリックピアノフレーズ(名フレーズ!)から雪崩れ込むバキバキのリフ、その先にあるAメロでは小室自身の意外性のある絶妙なリズム感覚によるラップが披露され、呆気にとられていると「SHOUT!」の叫びには下品なディレイが乗せられ、例のバキバキリフが攻撃的重ねられるカオスな状況に陥ります。やや長尺な間奏では女性コーラスに乗って小室お得意の(その後何度でも使用されるような)フレーズで盛り上げながら、再度マッドなラップへと突入していくという展開です。小室哲哉ソロとなると不安視されていたのが本人の歌唱力でしたが、先行シングルでは当然のことながらその不安が的中していました。しかしながらこの先行シングルがヒットしたことが免罪符となったのか、はたまたリスナーが「慣れて」しまったのかわかりませんが、本作ではもはや嫌味すら感じなくなっており、逆に独特の味として消化できてしまう点が、当時のトレンドといいますか勢いの怖いところでもあります。ともあれソロワークとして順調なスタートを切った小室哲哉は、その後大いなる野心を持ちながらTM NETWORKをTMNとしてリニューアルしたり、X JAPANのYOSHIKIとのコラボユニット・V2を結成したりとハードプログレサウンドに挑戦するかたわら、1993年からはtrfのプロデュースを開始するなど、来るべき小室ブームの足場づくりを着実に進めていくのです。

【聴きどころその1】
 「SHOUT」といえばコムロラップ(正確に言えばラップ調の歌唱)。歌メロの大部分を占めるこの強烈なインパクトを残すラップは、ある意味小室哲哉にしか表現できないリズム感の賜物と言えるでしょう。単語の切り方とリズムとの兼ね合いが曖昧なまま滑舌の悪い言葉が進んでいくため妙な息苦しさを感じさせるのですが、そこが実に味があるといいますか、必死さが伝わってくるといいますか、なんとも言えないままリピートしてしまう中毒性のあるという点で、大成功ではないかと個人的には思います。
【聴きどころその2】
 サウンドの要素として重要なポイントが2つあります。1つはSynclavier特有のギラギラしたFM系シンセサウンドによるバキバキに叩かれまくるリフ。そしてもう1つが当時DURAN DURANのメンバーであったWarren Cuccurulloの全編にわたり弾きまくるギターワークです。それだけでもカオスな音像であるのに、そこにコムロラップが登場してくるわけですから、その阿鼻叫喚なカーニバルといった様相を呈するこの楽曲が印象に残らないはずはないわけです。


74位:「MERMAID SONG」 平沢進

    (1996:平成8年)
    (アルバム「SIREN」収録)
     作詞・作曲・編曲:平沢進

      vocals・synthesizers・programming:平沢進

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 1988年のP-MODEL活動凍結後にソロ活動を開始した平沢進は、これまでテクノポップ・ニューウェーブと称されたバンド時代の反動からか、(ギターが嫌いなはずなのに)アコースティックギター等の生楽器と多数のゲストミュージシャンを招いて民族音楽要素を取り入れたオーガニックな作風も含めたソロ活動を1989年より開始、初期ソロ3部作「時空の水」「サイエンスの幽霊」「Virtual Rabbit」を1年に1枚のペースでリリースしていきます。ところがどうしても持ち前のSF感覚が抑えきれなかったのか、「サイエンスの幽霊」では早くもテクノ回帰の予兆が見え隠れしていたこともあり、3部作後の1992年にはP-MODELが黒ずくめのコスチュームと共にSFテクノポップバンドとなって復活、ソロ活動はバンド活動と並行して続けられることになります。その間にもOVA「DETONATORオーガン」シリーズのサウンドトラックや角川文庫のライトノベル「グローリー戦記」のイメージアルバム(ヴォーカル曲「AFTER THE WARS」収録)を手掛けるなど、同人的界隈にも進出していたことが後年獲得するファン層にも繋がっていくことになりますが、1994年の4thアルバム「AURORA」ではテクノ道を突っ走るP-MODELとの差別化を図るため制作環境を完全家内制手工業に転換、AMIGAコンピューターを相棒にアンビエントミュージックやジャーマンプログレを意識しつつ、より歌を重視した作風で新境地を見せていました(彼の代名詞ともなったインタラクティヴ・ライブが開始されたのもこの時期です)。しかし、ここで1994年にスタッフに無理やり連れて行かれたタイ旅行が、平沢にとって音楽性を一変させる事象となります。
 1995年にリリースされた5thアルバム「Sim City」は、ジャケットにタイ人のダンサーがフィーチャーされるなどタイ王国から受けた文化的影響が色濃く反映されていることが窺えますが、肝心の内容もタイをはじめとした東南アジアからの影響を隠せず、民族的なコーラスやナレーションを取り入れるなど大胆な方針転換を試みています。そしてもう1点サウンド面での変化が見られました。それはシンセサイザーの多用による電子音の復権です。前作から1人完結型の作風に転換したとはいえ、サウンド面では本人曰く「手抜き」という程度のものでしたが、「Sim City」ではぶっといシンセベースによるシーケンスが多用されています。同年のP-MODELのアルバム「舟」も平沢のタイショックによるアジアンテイスト豊かなテクノポップであったことを考えても、ここにおいてP-MODELとソロワークのサウンド面での方向性が似通ってきてしまったのが、90年代の平沢ワークスの特徴とも言えますが、逆に言えばもう平沢はテクノという呪縛から逃れられなくなったという証明でもあり、この1995年が彼にとっての現在に至るカリスマテクノ伝道師としての歩みの一歩であると言えるでしょう。そしてこのソロとしての東南アジア路線は1996年の「SIREN」、1998年の「救済の技法」まで3部作として続いていくわけですが、今回100曲内に選出したのは「SIREN」のラストナンバーである珠玉の壮大なバラードソング「MERMAID SONG」です(「SIREN」の解説については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.1【100位〜81位】」の第81位をご参照ください。)。

 「SIREN」は平沢進の数あるアルバムの中でも美しい歌メロと音響が施された名盤ですが、その中でもこの「MERMAID SONG」はコンセプチュアルな本作の大団円としても、アジアン路線のハイライトとしても、これ以上ふさわしいものはないと言わせるほどの神々しさを身に纏った名曲に仕上がっています。ザラついた竪琴のフレーズから始まりセイレーンコーラスの壁が迫ってくる圧巻のイントロでまずショックを受けますが、荘厳なストリングスやそこに追加されるジワジワとしたシンセフレーズも融合された丹精込められたサウンドメイクにはもはや身を委ねるしかありません。そして何と言っても平沢自身の渾身の緩急自在の歌唱が平沢が絶大な信頼を置くエンジニアの鎮西正憲による深いリバーブミックスで増幅されるため、音響面でも圧倒されます。その後もルーティンワークのようにいくつかのプロジェクトをこなし、数多くのアルバムや音源をリリースしていく非常にファン思いの孤高のアーティスト・平沢進ですが、彼の長年のレパートリーの中でもトップクラスの名曲となると、あくまで個人的な見解ですが、やはりサウンド・メロディ・歌唱・コンセプト・アトモスフィア、すべてがシンクロしたこの楽曲が真っ先に挙げられるのではないかと思います。 

【聴きどころその1】
 ウイスパー的なボーカルでAメロとBメロで静かなる凪を進むかのような航海が続くと、サビでセイレーンの加護を受けて勇しくも力強い歌唱で海を突き進んでいく、そんな情景を思い浮かばせる見事な緩急の平沢進ベストシングと言っても良い仕上がりです。
【聴きどころその2】
 ストリングスにしてもコーラスにしてもビブラートの使い方が見事です。風を受けた細波のようなうねり方をビブラートで表現する緻密な音作りを堪能することができます。また、センスを感じさせるのはラストのサビの繰り返しで、最後だけコード展開を変えてくる部分です。この少しフックの効いたわずかな寂しさを感じさせる一瞬のコード進行の変更が実に味わい深いです。


73位:「NIGHT-CLUBBING」 深津絵里+中上雅巳

    (1991:平成3年)
    (シングル「NIGHT-CLUBBING」収録)
     作詞:谷亜ヒロコ 作曲:羽田一郎 編曲:寺田創一

      vocal・rap:深津絵里
      vocal・rap:中上雅巳

      programming・remix:寺田創一

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 1987年に池端康男・中川進とのトリオバンドTAX FLEEとしてシングル「DARKNESS~闇を塗り変えて~」でデビューした寺田創一は電気通信大学出身のバリバリの理系気質ということもあり、当時からPC-8001mkIIを利用したプログラミングにより音楽制作を試みていた当時としては新しいタイプのキーボーディスト&クリエイターでした。TAX FLEE解散後はアレンジャー兼リミキサーとして多彩なジャンルの楽曲のリミックスやアレンジを手掛けていくことになります。まず寺田が注目されたのがアイドル歌手・島田奈美のリミックス企画盤「MIX WAX 〜NAMI NONSTOP〜」です。特に本作収録の「SUN SHOWER」リミックスは何故か海外で注目を浴び続けるなど、後年国内外で再評価されるという興味深い現象を起こしました。この頃の寺田創一仕事として記憶に残るのが、奇しくも「SUN SHOWER」と同じコンポーザー・杉山洋介作曲の1990年リリースの少年隊シングル「封印LOVE」(素晴らしいベースライン!)のカップリング曲「HEAVEN」のアレンジで、ビシバシリズムとオケヒットを多用したサウンドが印象的でした。そして1991年はさらに活躍の場を広げると、鈴木結女の1stアルバム「自分の色」収録の「FALSE RAIN〜天気雨〜」「FLIGHT」の2曲をプロデュース、「ウルトラマン(SHUWATCH!ULTRA DANCE REMIX)」、金沢明子「HOUSE MIX1」等、特撮や演歌といったジャンル問わずハウス仕様にリミックスしてしまう横断型活動を展開、そのフットワークの軽さを見せつけます。
 そのような中、1991年の最も弾けた仕事の1つとして挙げられるのが、当時はまだ駆け出しの俳優に過ぎなかった深津絵里と、元いいとも青年隊の中上雅巳が歌う企画モノシングル「NIGHT-CLUBBING」です。これは2人が主演したTVドラマ「ハイスクール大脱走」の挿入歌として制作されたファンキーハウス歌謡で、作曲を久保田利伸バンド・MOTHER EARTHのギタリストである羽田一郎で、彼が得意とするブラックテイストのファンクチューンを、遊び心溢れるサンプリング満載のハウスリミックスに仕上げられています。歌やラップは素人同然の2人と思いきや、なかなかの堂の入ったリズム感でそのあたりはさすがは役者というべきでしょうか。2名のボイスや日常音のサンプリングをストレートにリズムに取り込む大胆さは、わかりやすさを求められる歌謡曲としては有効な手法であり、寺田創一は当時のトレンドをもしっかり捉えたチャレンジとポップ性のバランスが非常に優れた楽曲に仕立て上げていることに成功しているのです。1989年のリミキサーデビュー以来、多彩なジャンルにおけるある意味仕事を選ばない経験を積みまくった寺田は、ちわきまゆみがアン・ルイスの名曲をハウス調にリメイクした「恋のブギウギトレイン」をはじめとして、さらに様々なアーティストを手がけるようになりビーイングや小室哲哉、小林武史といったプロデューサー全盛時代の影で、一時代を気づいていきますが、そのような中でも自身が手掛けるメジャーレーベルからは発表できないようなリミックス作品をリリースするための自主レーベル・Far East Recordingを主宰、1997年にリリースされた松山ホステス殺害事件の犯人・福田和子のボイスサンプルを使用した「殺人の時効は15年」ボーカル広谷順子バージョンもあり)といった怪作も手掛けるなど、その仕事の選ばなさは現在もなお不変です。現在ではテクノ&チップチューン民謡ユニット・Omodakaでの活動も記憶に新しい寺田創一の今後の活躍に期待したいところです。

【聴きどころその1】
 ダラ〜っと流れるハウスリフに、生々しい日常音サンプリングが直挿しされるかのようなクリアさでぶち込まれています。チャイム音、電話の呼び出し音、電車、自動車のブレーキ音、レンジのチン音、そして深津と中上のさまざまなボイスが存分に、そして執拗に散りばめられる強引ですがわかりやすいリミックス感覚が興味深いです。途中では豪快なスクラッチも炸裂。
【聴きどころその2】
 派手なサンプリングの応酬の影に隠れていますが、実は歌謡曲としてのメロディラインも秀逸です。軸となっているがムーディーなハウス歌謡な雰囲気なので、Aメロの弾けるラップパートを越えると、Bメロからは実は歌唱力もある深津の歌を軸にしつつそのまま流れるようにサビへと突入する部分が見事です。そしてサビはどこかノスタルジー、この独特なパーティーの後の裏ぶれ感を表現できているのは、このメロディがあってこそ。ここでは羽田一郎のセンスが生きていると思います。


72位:「夜毎夫人」 近田春夫+かの香織

    (1989:平成元年)
    (オムニバス「東京的Vol.1」収録)
     作詞:近田春夫 作曲:かの香織 編曲:近田春夫

      vocal:かの香織
      keyboards・programming:近田春夫

      guitar・keyboards:窪田晴男

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 1989年にパール兄弟の4thアルバム「TOY VOX」、ベストアルバム「色以下」をリリースして一段落させた窪田晴男は、MIDIレコードのオムニバス企画「東京的」プロジェクトにプロデューサーとして関わることになります。このプロジェクトは2人のミュージシャンによるセッション楽曲を収録するもので、同年秋にリリースされた「東京的 Vol.1」には窪田晴男と松竹谷清(TOMATOS)、横山英規とWhacho、S-KENと三宅純、そして近田春夫かの香織という、意外性というか必然というか定かではありませんが4組が参加することになります。今回はその4組の中から、近田春夫&かの香織コンビの楽曲「夜毎夫人」について取り上げたいと思います。
 まず当時の近田春夫ですが、近田は1985年公開の映画「星くず兄弟の伝説」を最後に近田春夫&ビブラトーンズゲートボールと続いたニューウェーブシーンに別れを告げ、当時まだ日本では勃興期にあったヒップホップの世界に果敢に挑戦していきます。日本語ラップによるソロプロジェクト・President BPMを開始すると12インチシングル「MASS COMMUNICATION BREAKDOWN」をリリース、翌1986年には「NASU-KYURI」、TINNIE PUNXとのコラボシングル「Hoo! Ei! Ho!」、そして細野晴臣がF.O.E名義で最後にリリースしたシングル「COME★BACK」をいとうせいこうと共にコラボするなど、日本語ラップの黎明期を駆け抜けていきます。翌年は前述のシングルを集めたベスト盤「HEAVY」をリリースすると共に、大所帯のバンド形式でパーティーのようなヒップホップを志向し、近田春夫&ビブラストーン(後のビブラストーン)を結成します。ぶぶらストーンは1989年にDAT一発録音によるライブアルバム「Vibra is Back」でデビューすることになりますが、その際に既に近田の音楽的志向はハウスに移行しつつあり、そのような最中オファーを受けたのがこの「東京的」プロジェクトであったものと思われます。
 さて、近田春夫がこの「東京的」で相棒に選んだのが、元ショコラータのボーカリスト・かの香織です。伝説のカンツォーネニューウェーブバンドであったショコラータの歌姫としてカリスマ的な存在であった彼女は、後年のソロシンガーとしてのデビューはまだ先の話であり、1986年のバンド解散以降は、坂本龍一の1986年リリースアルバム「未来派野郎」収録の「大航海 Verso lo schermo」「Parolibre」や、三宅純の1988年リリースアルバム「永遠の掌」収録の「Para Media」でのボーカル参加でセッション的な活動が主となっていましたが、この頃はまだショコラータのオペラチックな歌唱法が期待されていたのか、いわゆる声楽的なパフォーマンスにとどまっていました。そして、この「東京的」での近田春夫のコラボでは、「メカニカ」と「夜毎夫人」の2曲のボーカルを担当しています。サウンドとしては当時近田が傾倒していたハウスに特化しており、「メカニカ」は8分にもわたる長尺のハウスとレゾンナスの効いたシンセベースにかの香織の線の細い歌が絡む楽曲でしたが、圧巻なのは「夜毎夫人」です。リズムボックスによるハウスリズムとパーカッションだけで構成されるトラックに、かの香織のオペラ唱法が乗っていくスタイルですが、楽曲が進むにつれてさまざまなサンプリング音が登場したり、印象的なパッドでフックを入れたり、そして後半はギターのカッティングでグルーヴを注入、ラストはメロトロン的ストリングスでロマンティックに締める完璧な構成力を提供しています。音数が少ないながらも音の差し引きによって成立するハウスの醍醐味をこれ以上なく提示した隠れた名曲と言えるでしょう。

【聴きどころその1】
 この楽曲の軸となるハウスのリズムは、ただ淡々と垂れ流すリズムパターンではなく、細かく刻まれたハイハットやスネアのタイミングが音の抜き差しによって計算されており、それがマシン特有のグルーヴとなって全体を支配しています。このマシナリーな強弱と、隣り合うパーカッションの緩急が(ラストではカッティングのワウギターも加わりながら)融合して、独特のリズム感覚を演出しているのです。
【聴きどころその2】
 かの香織のオペラボーカルはさすがは伝説のショコラータの歌姫というべき神々しさを感じるレベルの見事な仕事ぶりで、この音数の少なさだからこそ映える種類の声質であると思います。2周目の間奏で登場する美しいコード感のシンセパッドも圧巻で、このパッドの登場で物語がようやく動き出すという意思表示が感じられます。


71位:「I Made Up My Mind」 nicely nice

    (2002:平成14年)
    (サウンドトラック「四月になれば彼女は」収録)
     作詞・作曲:佐藤清喜 編曲:nicely nice

      vocal・chorus・all instruments:佐藤清喜

4月になれば

 1995年の世紀の名盤「POP RATIO」を残してnice musicを解散した佐藤清喜は、翌1996年からは安達祐実衛藤利恵、声優の桑島法子と豊嶋真千子のユニット・GIRLS BE等の楽曲における作曲家活動のかたわら、寺田康彦率いるThink Sync Recordsに所属すると、nice musicのサポートベーシストであったP-chanこと飯泉裕子と新たなPOPSユニット・microstarを結成、1stミニアルバム「birth of microstar」をリリース、翌1997年には2ndミニアルバム「micro freaks」をリリースし、佐藤のポップセンスとP-chanのケレン味のない歌唱により、コンポーザーとしての評価を徐々に高めていきました。そのような中、佐藤自身のソロプロジェクトも開始します。nicely niceと名付けられたこのユニットは、まずお披露目としてThink Sync Recordsの第1弾オムニバス「Net 17」に、nice musicの系譜を継ぐようなスペイシーポップチューン「PLA-NET」を提供します。そして1999年には12インチアナログレコードのみのリリースとして、BRICKWALL RECORDSより「Fine View e.p.」を世に送り出していますが、音楽性としては引き続きスペイシーな歌モノに徹していました(もっとも音源制作自体は1996年ということらしいですが)。
 時を少し経過して2002年、nicely niceの名前を再び目にしたのは意外にも演劇集団キャラメルボックスが公演した「四月になれば彼女は」のサウンドトラックアルバムでした。このサウンドトラックへの参加は、当時キャラメルボックスの音楽監督を務めていたScudelia Electroの石田ショーキチの誘いを佐藤が受けたためですが、佐藤はこのオムニバスにmicrostarではなく、ソロユニットnicely niceとして2つの楽曲を提供することになります。それが「MY BOY」と今回取り上げることにしました「I Made Up My Mind」です。ラブストーリーの楽曲ということもあり、また既に21世紀も明けた当時の時代感覚と音楽的志向もあったためか、nicely niceはスペイシーポップ路線から既に離れていたようで、この楽曲ではヨーロピアンスタイルのギターポップ、もしくは古き良き時代のソフトロックといった趣のサウンドスタイルにシフトしています。このサウンドの構築はほとんどが佐藤自身の緻密なプログラミングで成立させており、そのあたりはmicrostarの1998年リリース「I'm in love e.p.」や2001年リリース「lovely dovey plus」の両シングルでも試されている手法で、これが後年最大級の評価を得るmicrostarの1stアルバム「microstar album」にも繋がっていったものと思われますが、この楽曲に関してはまさにメロディ一発といったところで、まるでnice musicのギターポップ寄りの2ndアルバム「NICE MUSIC NOW!」を彷彿とさせる美メロの神が降臨したかのような泣きのメロディラインを惜しげもなく投入して、劇団音楽への提供曲としてはもったいないほどの名曲に仕上げています。少し方向性が変化したと思われるnicely niceですが、本作から現在までnicely niceとしての活動は表立っては行われておらず、現時点での音楽性がどちらの方向へ向いているのかは本人のみぞ知るという状態ですが、そろそろ新作を発表する機運が高まっているようですので、令和の新時代を代表するような作品を心待ちにしたいと思います。

【聴きどころその1】
 この弾き語り調のピアノリフだけでも泣けてくるほどの溢れ出るメロディセンス。Aメロとサビを行ったり来たりする単純かつシンプルな構成の楽曲ですが、この美しいサビのメロディだけでも何杯もご飯が食べられるほどの圧倒的なクオリティです。どこかで聴いたようなメロディでも構いません。要は緻密なアレンジメントとメロディが絶妙にマッチした際のケミストリーさえ感じられればそれで十分すぎるほどの価値があるのです。
【聴きどころその2】
 サビから入ってくる泣きのオーケストレーションは佐藤清喜の十八番とも言えますが、microstarでも垣間見せていたオールディーズポップソングのエッセンスを取り入れたメロディセンスがあってこそ生きてくる装飾的サウンドであると言えるでしょう。これくらいのポップでキャッチーなメロディは既に骨の髄まで染み付いていると言わんばかりの安定したポップマエストロぶりに脱帽です。


70位:「X-encounter」 黒崎真音

    (2013:平成25年)
    (シングル「X-encounter」収録)
     作詞:黒崎真音 作曲・編曲:高瀬一矢

      vocal:黒崎真音

      programming:高瀬一矢

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 音楽ライター・冨田明宏に見初められてアニソンシンガーとして活動を開始した黒崎真音の初音源は、2010年のTVアニメ「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」のエンディング主題歌集「H.O.T.D.」でした。このアニメにおいて黒崎は全12話すべての異なるエンディング主題歌を担当するという破格の待遇を受けその期待度の高さを感じさせていましたが、音楽性としては不変的なガールズロックを主としたものであり、まだまだ本領発揮とはいえないものでした。その数ヶ月後、黒崎は1stシングル「Magic∞world」で本格的にソロシンガーとしてデビューします。この楽曲は、I'veの敏腕女性クリエイター・井内舞子の作編曲によるキレのあるエレクトロポップチューンで、2ndシングル「メモリーズ・ラスト」と共に、人気TVアニメ「とある魔術の禁書目録II」のエンディングテーマに抜擢され、所属レコード会社・ジェネオンインターナショナルの先輩でもあるKOTOKOや川田まみといったI've勢に連なるエレクトロ系シンガーとしての側面も見せ始めることになります。次なる活躍が期待された黒崎は、翌年2011年からは元More Deepm.o.v.e.のラッパーMOTSUと、fripSideのキーボーディスト兼コンポーザーの八木沼悟志とのトリオユニット・ALTIMAを結成、人気長編TVアニメ「灼眼のシャナIII-FINAL-」のエンディングテーマ「I'll believe」「ONE」をリリース、2012年にはTVアニメ「アクセル・ワールド」後期オープニング主題歌「BURST THE GRAVITY」を担当するなど、黒崎真音の名は徐々にアニメファンの中に浸透していくことになります。
 この2012年には黒崎ソロ名義としてもTVアニメ「薄桜鬼 黎明録」オープニング主題歌「黎鳴 -reimei-」やTVアニメ「ヨルムンガンド PERFECT ORDER」オープニング主題歌「UNDER/SHAFT」といったタイアップを手掛け、順調な仕事ぶりを見せていましたが、2013年に遂に彼女にとっての当たり役にたどり着くことになります。それがTVアニメ「東京レイヴンズ」オープニング主題歌である「X-encounter」です。この楽曲では遂に念願のI've Soundプロデュース、しかも本丸の高瀬一矢が作編曲を担当ということで、音楽性は当然のことながらハイスピードシーケンスのエレクトロポップに仕上げられていますが、数ある高瀬楽曲の中でもジャンキーかつトランシー寄りのサウンドデザイン&リズム構築が成されており、その気合いのほどが窺えます。サビに突入する前まではコクのあるベースラインによる攻撃的なリズムで畳み掛け、サビからはいなたいメロディラインで歌謡風味を押し出してくるI've特有のいつもの楽曲構成となっていますが、この楽曲はサビのメロディをひとひねりふたひねりと忙しなく音程が動き回る譜割りになっており、シンガーとしては疲労度の増すタイプの楽曲ではないかと思われます。そんなサビのメロディのしつこさとトランス特有の麻薬的効果すら感じさせる執拗なシーケンスによる6分以上にわたるエレクトロカーニバルは、アニソン史上に残る名サウンドデザインではないかと思われます。なお、この楽曲に対する黒崎の思い入れは、自身の3rdアルバム「REINCARNATION」をそのまま「東京レイヴンズ」のイメージアルバムに仕立て上げてしまうほどのもので、このアルバムは黒崎とI've(高瀬一矢&井内舞子)ががっぷり四つに組んだ現時点での彼女の最高傑作として語られるべきエレクトロポップ作品ではないかと思われます。

【聴きどころその1】
 ギターサンプルによるブレーキングの効いたシーケンスと深い残響音による幻想的でトランシーなシンセリフでサウンド面での濃い味が途轍もありません。最初から最後までほとんど疾走感という言葉で埋め尽くされるかのようで、特にラストをあらゆる音をぶち込んだシーケンスで押し切る大胆さが素晴らしいです。
【聴きどころその2】
 目まぐるしくメロディが入れ替わり立ち変わるサビのしつこいフレージング。イントロやAメロがカッコよくてもサビで一気に歌謡臭さが前面に出てきてしまうI'veらしからぬ、複雑なフレージングを聴かせてくれます。特にラストのサビでは初めて見せる音階で意外性を捻り出しており、そこから狂乱のアウトロへと導く大団円の露払いの役割を演出しています。


69位:「Bad Angel」 西城秀樹

    (1991:平成3年)
    (アルバム「MAD DOG」収録)
     作詞:サエキけんぞう 作曲:西村麻聡 編曲:明石昌夫

      vocal:西城秀樹

      guitar:鈴木英俊
      bass・synthesizer・chorus:明石昌夫

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 1970年代から歌謡曲の第一線で活躍、「傷だらけのローラ」「ブーメランストリート」、そして伝説の大ヒット曲「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」といった名曲を残したかつての新御三家(他は郷ひろみ・野口五郎)の1人であった西城秀樹は、1984年リリースのアルバム「GENTLE・A MAN」でAOR〜シティポップ路線に転向、翌1985年のアルバム「TWILIGHT MADE …HIDEKI」からはさらにアーバンシティポップへの傾倒が顕著となり、角松敏生や吉田美奈子といった個性派ミュージシャンが手掛けたシングル「BEAT STREET」もシングルカットされ、NEWヒデキを高らかにアピール、MAYUMIや鷺巣詩郎も作家陣に加わった1986年のアルバム「FROM TOKYO」まで、隠れたクオリティの高い作品群として近年のシティポップブームの波の中で再評価されています。しかしその後の西城についてはAORに行き着き過ぎたのか、バラード調の楽曲ばかり集めたアルバムやシングルが多くなり、過剰なサウンドが横行していた80年代後半においてはいささか地味な活動に終始していました。このまま年老いていくのか・・と思われた1990年、”saijo '90s”と表記されたシングル「SHAKE MY DAY」は久しぶりにノリノリのエレクトロビートに乗った鷺巣詩郎アレンジのアッパーチューンでヒデキ復活を印象づけると、1991年からはB'zの大ブレイクで勢いに乗る音楽制作会社・ビーイングに楽曲制作を委託、渾身のアルバム「MAD DOG」をリリースすることになるわけです。
 さて、本作は天下のビーイング(織田哲郎)プロデュースということで、これまでの音楽性とは一変し、シングルカットされた「Rock Your Fire」や、タイトルチューン「MAD DOG」に代表されるように、パワフルドラムとギターがギンギンに響く非常にロックテイストに溢れた楽曲が目白押しの作品となっていますが、その中でも飛び抜けたインパクトを持つバキバキのデジタルロックチューンが存在しています。それが今回選出いたしました「Bad Angel」です。作詞はパール兄弟のサエキけんぞう、作曲はFENCE OF DEFENSEの西村麻聡(元ビーイング繋がりです)、そして編曲は当時B'zのアレンジャーとして飛ぶ鳥を落とす勢いであった明石昌夫というラインナップですから、当然のように仕上がってきたサウンドは当時のB'zそのものとなっています。アタック感抜群のベースはバキバキと音の粒立ちが強調され、ディストーションギターは終始ブインブインと唸りまくります。そこにもともとロックとの相性が良いと思われた西城の熱いボーカルが絡んでくるわけですから、デジタルな要素満載ながら非常に濃い味わいの楽曲となっております。本作でデビュー20周年を迎えていた西城でしたが、「Bad Angel」は楽曲にさえ恵まれればその希有なボーカル力を活かす道はいくらでも存在していることを証明した、隠れた名曲と言えるでしょう。結局西城秀樹としてのアルバムリリースは本作が最後となってしまいましたが、2018年に亡くなるまで実に88枚のシングルをリリース、本作以降では同日リリースであったTVアニメ「ちびまる子ちゃん」エンディング主題歌「走れ正直者」や、1995年リリースのサンフレッチェ広島オフィシャルサポーターソング「SAYYEA',JAN-GO」(杉山卓夫アレンジ)、1999年のTVアニメ「」オープニング主題歌「ターンAターン」(イントロ&アウトロのホーミーはヒカシューの巻上公一)、2000年の冨樫明生プロデュースのDA・PUMP調歌謡「Love Torture」など、企画モノやトレンドに乗ったチャレンジを常に心がけながら、歌手活動を全うしました。改めて日本音楽史に残るシンガー・西城秀樹のご冥福をお祈りいたします。

【聴きどころその1】
 無機質なシーケンスとバキバキのベースラインという当時の明石昌夫謹製のあのビーイング全盛期のアレンジメントが堪能できます。鈴木英俊のギタープレイも気持ち良いくらいに弾きまくりです。もはや言い逃れできないほどデジタルロック時代のB'zのアレンジ手法です。
【聴きどころその2】
 この楽曲の最大のポイントとも言えるボイスサンプル「bad angel」。これは明石昌夫自身のボイスサンプルらしいのですが、これは余りにもコンポーザーである西村麻聡の色が出過ぎています。恐らく西村が制作したデモテープでもこのボイスは西村の声で入れていたはずです。そしてあのいななきに似たようなギターソロも恐らくデモにおいては北島健二が弾きまくっていたことでしょう。仕上がったサウンドは明石マジックでB'zに寄りましたが、原曲は限りなくFENCE OF DEFENSEであったはずです。このような西村色だだ漏れの原曲に思いを馳せられるのもこの楽曲の興味深いところです。


68位:「あっぷる・ぱにっく!?」 ララ&春菜(戸松遥&矢作紗友里)

    (2009:平成21年)
    (シングル「やってこい!ダイスキ」c/w収録)
     作詞:くまのきよみ 作曲:白戸佑輔 編曲:大久保薫

      vocal:ララ(CV.戸松遥)
      vocal:西園寺春菜(CV.矢作紗友里)

      guitar:高山一也
      chorus:うらん
      keyboards・programming:大久保薫

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 アニメソングやゲームソングで名前を売りながら、ハロー!プロジェクト(以下ハロプロ)にも定期的に楽曲を提供するなどアイドルソング業界でもその辣腕を発揮しつつあった00年代を代表するアレンジャー・大久保薫の2008年〜2009年は、職業作編曲家として完全に確変状態に突入した時期でした。2007年後半にBerryz工房の15thシングル「付き合ってるのに片思い」のアレンジや、TVアニメ「みなみけ」のオープニング主題歌で完璧な合いの手が楽しい「経験値上昇中☆」といった印象強い名曲を生み出すと、2008年にはTVアニメ「みなみけ〜おかわり〜」のエンディング主題歌「その声が聴きたくて」、CooRieが歌うTVアニメ「D.C.II S.S. 〜ダ・カーポII セカンドシーズン〜」エンディング主題歌「僕たちの行方」といった珠玉のバラードにおいて美しいオーケストレーションを連発、アレンジャーとしての才能を再認識させます。2009年に入ると、遂に天下のモーニング娘。のシングル曲のアレンジを任せられるようになり、「泣いちゃうかも」「なんちゃって恋愛」(これは00年代後期のモー娘。プラチナ期No.1の完成度)、「気まぐれプリンセス」といった哀愁エレクトロ歌謡路線楽曲を連続してアレンジ、そのほかにもハロプロ勢ではBerryz工房「青春バスガイド」(TVアニメ「イナズマイレブン」エンディング主題歌)、℃-ute「EVERYDAY 絶好調!!」(オリコンデイリー1位を獲得)、真野恵里菜「Love & Peace = パラダイス」と次々と大久保アレンジ曲がリリースされ、さらにアニメ主題歌としても、TVアニメ「みなみけ おかえり」オープニング主題歌「経験値速上々↑↑」、TVアニメ「宇宙をかける少女」エンディング主題歌「宇宙は少女のともだちさっ」(作曲は山口朗彦)、TVアニメ「大正野球娘。」オープニング主題歌「浪漫ちっくストライク。」(作曲は服部隆之)、TVアニメ「宙のまにまに」エンディング主題歌「星屑のサラウンド」(作曲はrino)、TVアニメ「とある科学の超電磁砲」エンディング主題歌「Dear My Friend -まだ見ぬ未来へ-」(作曲は渡辺拓也)と次々とタイアップ、毎月のように大久保薫サウンドがお茶の間に届けられていたわけです。
 さて、このような大久保薫の濃密な2008年からの2年間の中で、この平成ベストソング100に選出させていただいたのが、OVA「To LOVEる -とらぶる-」エンディング主題歌である「あっぷる・ぱにっく!?」です。00年代を代表するちょいエロラブコメディ漫画のTVアニメ化作品のOVA版のエンディングテーマということで、立ち位置としては地味な部類に入る主役ヒロイン2人・ララ(CV.戸松遥)西園寺春菜(CV.矢作紗友里)のデュエットソングですが、サウンドのキレという点では抜群のテクノポップな仕上がりとなっています。緻密なプログラミングに印象的なストリングスを導入して楽曲を大いに盛り上げる手法が得意な大久保サウンドですが、この楽曲に関してはほぼシンセサイザー 一択。細かいシーケンスを散りばめつつテンションコードによるAメロのシンセリフが実に味わい深いのですが、Bメロのからサビへ向かう自然な流れは完璧といってよいでしょう。この楽曲の作曲は、現在でこそラストアイドル審査員として名が知られ、JUNNAプロデュースなどコンポーザーとしての才能が開花した感のあるものの、2009年当時はまだまだ駆け出しの新進作曲家であった白戸佑輔で、この幸福感溢れるメロディラインにそのセンスの一端を垣間見せていますが、やはり秀逸なのは大久保薫のドリーミー&ファンタジックなサウンドデザイン。この00年代後期における彼の神がかった仕事ぶりは、まさに我が世の春と言えるほどのクオリティであったのです。

【聴きどころその1】
 Aメロのシンセリフと細かい高速シーケンスの相性が抜群です。この楽曲では音の隙間という隙間を埋めまくる偏執的な音数の多さが魅力的です。上下するアルペジオや流れ星のようなS.E.など、音程が高い位置で推移していますし比較的Hi-Fiサウンドで処理されているため、サウンド全般のキレが尋常でなくなっているのです。
【聴きどころその2】
 間奏の転調は否が応でもテンションが高くなります。電力消費量の高そうな分厚いリードシンセのフレーズとコードワーク、そして締めの6連符が素晴らしい。そしてギラギラのアルペジオからの「が・ぶ・り〜♪」(しかもタメにタメる)ですから、もはやそのパーフェクトな流れに何も言うことはありません。


67位:「雨天決行~野球王国」 どくろ団

    (1991:平成3年)
    (オムニバス「誓い空しく」収録)
    作詞:岸野雄一 作曲:山口優・Mint-Lee・岸野雄一
    編曲:Mint-Lee

      vocal:加藤賢崇
      vocal:林茂助
      vocal・instruments:Mint-Lee
      instruments:山口優
      instruments:松前公高
      conduct:岸野雄一

      banjo:近藤研二
      violin:西田ひろみ
      chorus:ユミル(西岡由美子)
      chorus:トモコ(磯部智子)
      chorus:ミンコ(石井美紀子)
      chorus:石沢ミチキ
      chorus・audience:あすなろ
      still photograph:ひげ

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 1982年にニューウェーブの聖地と呼ばれた渋谷の喫茶店・ナイロン100%に屯していた加藤賢崇岸野雄一らの個性的な面々をメンバーに、サエキけんぞう率いるハルメンズの前座等で活動していた東京タワーズ。このニューウェーブ歌謡バンドに衝撃を受けた後の有名グラフィックデザイナー・常盤響は彼らのファンクラブ京浜兄弟社を結成、ファンクラブ通信「京浜通信」を発行するなど活動を開始しますが、ほどなく東京タワーズは活動休止となった1984年にはファンクラブ自体を東京タワーズメンバー達が乗っ取りあれやこれやの遊び場にしてしまうという本末転倒の事態となります。こうして東京タワーズ周辺の愉快な仲間達が集まった芸術集団として、京浜兄弟社は緩やかに活動していくことになります。既にこの頃から岸野雄一・常盤響船越みどり(Mint-Lee、後の岡村みどり)によるコンスタンスタワーズや、山口優林茂助のテクノ歌謡ユニット・もすけさんといった京浜兄弟社の中核をなすグループは既に活動を開始していましたが、彼らが徐々にアンダーグラウンドでその才能とセンスの片鱗を見せつけていったのは、1985年秋に渋谷に開店したダイエー資本のオーディオ&ビジュアルショップ・CSV渋谷での活躍で、彼らはアルバイト店員という利点を生かして、音源制作やコンテスト審査に明け暮れるようになると、カセットブック企画「Hi'lde」シリーズを始めとしたカセットテープ作品を完全自主制作でリリース、京浜兄弟社周辺にはきどりっこの松前公高や43微分音オルガンのSYZYGYS、後にハイポジ を結成するもりばやしみほ、若き日の菊地成孔が在籍したART CORE FUNK、ファンシーな女の子3人組バンドであったクララ・サーカス等も加わって、1988年のCSV渋谷閉店まで「デモテープバトルロイヤル」等の数多くの企画がこの店から生まれていきました(それらの活動の中に、あの伝説のポストテクノポップ系音楽雑誌「TECHII」へのライター寄稿もあります)。なお、同年にはパール兄弟のバックダンサー・リーマンズに京浜兄弟社からも加藤賢崇・中嶋勇二・林茂助・手塚眞・ECDが参加、パール兄弟全面バックアップによるシングル「リーマン革命」をリリースしています。
 平成時代を迎えた1989年にパール兄弟のサエキけんぞうが監修したオムニバスアルバム「ハレはれナイト」がリリースされますが、本作にはサエキけんぞうと加藤賢崇のボーカルユニット・インド大話術団ハイポジコンスタンスタワーズ、SYZYGYS、山口優と松前公高のズレたテクノユニット・エキスポもすけさんクララ・サーカス、そして東京タワーズまで収録された、ほぼ京浜兄弟社オムニバスと言ってもよい内容で、本作が京浜兄弟社関連アーティストが堂々と一般流通に乗った初の作品と言えるでしょう。また、同年にリリースした漫画家・玖保キリコ監修による国内外のアヴァンギャルドポップグループを収録したオムニバス「DRIVE TO HEAVEN, WELCOME TO CHAOS」コンスタンスタワーズSYZYGYSエキスポ、今堀恒雄や菊地成孔在籍のティポグラフィカが楽曲を提供し、海外のグループとも遜色ないセンスを見せつけると、2年後の1991年、遂に待望された京浜兄弟社名義でのオムニバスアルバム「誓い空しく」がリリースされることになるわけです。本作リリースの直前に加藤賢崇の初ソロアルバム「若さ、ひとりじめ」もリリースされますが、こちらも京浜兄弟社の面々が全面的参加した傑作アルバムで、この「誓い空しく」はまさに「若さ、ひとりじめ」の兄弟アルバムであり、また京浜兄弟社の全貌が遂に明らかになった作品でもあります。もすけさん「豆腐」、コンスタンスタワーズ「それはカナヅチで直せ」を始めとして、個性的でモンドな楽曲が目白押しの本作ですが、圧巻なのはやはりラストのどくろ団(岸野雄一・山口優・Mint-Lee・松前公高らが流動的に関わり合う楽曲制作ユニット)の「雨天決行〜野球王国」です。ボーカルには加藤賢崇・林茂助・Mint-Leeがトリオで歌う、構成としてはエキスポ+コンスタンスタワーズ+もすけさんという、これぞまさに京浜兄弟社オールスターズというラインナップによるこの楽曲は、1988年に密かに公開された京浜兄弟社製作の8mm自主制作映画「野球刑事ジャイガー3 野球死すべし」の挿入歌であったコンスタンスタワーズの「野球王国」に、元々はエキスポのアウトテイクであった「雨天決行」を同映画で使用したことから、メドレー形式にして完成させたものです。Rolandの民生ハードシーケンサー MC-500による緻密なオーケストレーションのプログラミングが支配するこのミュージカル調の楽曲は、そのローファイな音質や素人小劇団のような粗々しさも相まって、独特のアンダーグラウンドな空気感を醸し出しており、才能とセンスを持て余した個性派集団が切磋琢磨しつつその能力の原石を磨き続けた時代の集大成的な大団円ソングとして、この壮大なオムニバスを締める役割を堂々と果たしていると言えるでしょう。
 その後の京浜兄弟社の活躍は推して知るべしですが、遂に有限会社化した彼らは高円寺に風変わりなPOPSを集めた中古レコード店・マニュアル・オブ・エラーズを開店、90年代中盤のモンド・ミュージックブームを底辺から支えると、21世紀以降は音楽制作会社・マニュアル・オブ・エラーズ・アーティスツへと発展、現在もなお底辺から国内外の音楽シーンを支えています。なお、2014年には加藤賢崇「若さ、ひとりじめ」が奇跡の再発、そして京浜兄弟社の活動の現存する記録すべてがコンパイルされた10枚組BOXセット「21世紀の京浜兄弟者」もリリースされ、この日本音楽史に残る個性派モンド集団の才気溢れる楽曲達への近年再評価が高まりつつあることが嬉しい限りです。

【聴きどころその1】
 2曲のメドレー方式とはいえ、この2分余りのイントロのオーケストレーションに圧倒されます。しかもすべて山口優・Mint-Lee・松前公高のプログラミング。しかもこの90年代初頭というDTMもままならない時代に、Roland MC-500という限られた音数と制限された機能によるハードシーケンサーで打ち込んでいく途方もない作業量を考えますと、いかに彼らが音楽的クオリティを高めるための努力と情熱を怠らなかったかが想像できるというものです。特に山口と松前のエキスポ組がプログラミング作業では大活躍している様子が目に浮かびます。
【聴きどころその2】
 ハイポジ「10F」でも披露されているMint-Leeこと岡村みどり(当時は船越姓)の魅惑のオーケストレーションアレンジメント。この独特の味わいはプログラミングでないと出せないもので、次々と溢れ出てくるフレーズを丹念に打ち込んで、音色を切り替えながら完璧なフルオーケストレーションに組み立て上げる、建築的なデザイナー視点のようなアレンジ構成術にいつもながらに感嘆してしまいます。


66位:「タキティナ」 詩人の血

    (1989:平成元年)
    (アルバム「What if・・・」収録)
     作詞:辻睦司 作曲:辻睦司・渡辺善太郎 編曲:詩人の血

      vocal:辻睦司
      guitar:渡辺善太郎
      synthesizers:中武敬文

      manipulate:石川鉄男

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 1986年に辻睦詞渡辺善太郎を中心に岡山県で結成したトリオバンド・詩人の血は、楽曲制作中心のバンドとして活動していたために、ベーシストの岡田圭史が脱退、その後釜としてキーボーディストとして加わったのが、地元岡山のエレポップバンドTUNE-UPのメインコンポーザーであった中武敬文でした。エレクトロポップ色を強めていった彼らは岡山でインディーズとして活動を続けた後上京、1989年にシングル「青空ドライブ」、アルバム「Waht if・・・」を同時リリースし、遂にメジャーデビューを果たすことになります。(アルバム「Waht if・・・」については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.5【20位〜1位】」の第19位をご参照ください。)

 エレクトリックな要素と1989年らしいアコースティックな雰囲気も携えたオーガニックな要素が融合された不思議なサウンドメイクと、叙情的でもあり抽象的でもある個性的な歌詞、そして長髪ソバージュのヴィジュアルと甲高くもよく伸びる辻のボーカルが見事にハマった本作は、天下のEPICソニーからのデビューバンドにしてはそのつかみどころのなさからブレイクとまではいかなかったものの、どのカテゴリーに当てはめるのも似つかわしくない特異なキャラクターを持つバンドということで、その存在感を作品のクオリティで見せつけたのです。そして良曲揃いの本作の中で、最もチャレンジングな楽曲として記憶に残っているのが、今回取り上げるアルバムとしては折り返し地点に配置されたエキゾティックなストレンジエレポップチューン「タキティナ」です。
 さて、この風変わりな作品の中でも最も異質なタイプである「タキティナ」のタイトルの由来は、インド音楽の拍子の数え方から来ているようです。1拍「タ」 、2拍「タキ」 、3拍「タキテ」 ときて、4拍「タキティナ」というように、 造語っぽいタイトルではありますが、しっかり意味があったということに実はごく最近気づきました。ちなみに5拍では「タキティナク」、9拍では「タキテタキテタキテ」、11拍では「タキティナクタキティナクタ」というように変拍子によってバリエーションがあるらしいのですが、そういえばこの楽曲でも最後にしっかり拍子を数えていることがわかります。この最後に叫ぶ不思議なリズム感のフェイクは実は意味があったというわけです。このようにインド要素たっぷりの楽曲というわけで、渡辺善太郎のギタープレイも完全にターメリック臭漂うインディア仕様で、この異国情緒漂うフレージングもこの楽曲の空気感を決定づけていると言えるでしょう。歌詞もタール砂漠を彷徨う移民のような心情で、この楽曲はメロディとフレーズと歌詞のみで既に確固たる世界観を演出することに成功しているというわけですが、インドなのにタブラやシタールといった定番の楽器を使用していないという部分にも注目で、あえてプログラミングとシンセサイザー を中心に音の隙間を残しながらサウンドをデザインしているセンスの良さ、このあたりが詩人の血というバンドの強みであったものと思われます。そしてこのインド要素が出てくるのはこの楽曲のみで、その他の本作の楽曲のみならず、その後の4枚のアルバム(「とうめい」「cello-phone」「花と夢」「i love`LOVE GENERATION'」)においても音楽性をカメレオンのように変化させていきながら、クオリティを高次元に保った作品を展開していきます。詩人の血は中武敬文の脱退により解散し、その後は辻と渡辺のソフトロック系ユニット・oh! penelopeとして傑作アルバム「Milk&Cookies」を残しますが、このユニットも一般的人気にはつながらず活動を休止することになります。しかし、その後00年代きっての名プロデューサーとして活躍する渡辺善太郎は詩人の血〜oh! penelopeの時代に才能を磨いた蓄積があってこそなのです。

【聴きどころその1】
 不穏なイントロからのリズムボックスと共にリズムを刻む忙しいボイス&ノイズサンプリング。それでいて音像は至ってシンプル。Aメロでは逆回転を利用したフレーズと細かなリズムプログラミングが、Bメロ(サビ)ではディレイを効かせたフレーズに合いの手となる素っ頓狂なベンディングシンセが、それぞれ絶妙に噛み合っています。
【聴きどころその2】
 シンプルだからこそ際立つ渡辺善太郎のギターワーク。カッティングにしてもメインフレーズにしても、そして魅惑のソロプレイにしてもメジャーデビューにして既に貫禄のテクニカルな仕事をこなしています。これほどの堂々としたプレイぶりは自身の技術とセンスに裏打ちされたものでしたから、後年の彼の成功には報われた感がありました。


65位:「?でわっしょい」 ゆの(阿澄佳奈),宮子(水橋かおり),ヒロ(後藤邑子),沙英(新谷良子) 

    (2008:平成20年)
    (シングル「?でわっしょい」収録)
     作詞:畑亜貴 作曲:Tatsh 編曲:安藤高弘

      vocal:ゆの(CV.阿澄佳奈)
      vocal:宮子(水橋かおり)
      vocal:ヒロ(後藤邑子)
      vocal:沙英(新谷良子)

      all instruments:安藤高弘

?でわっしょい

 我妻佳代「Seキララで行こう!」、宍戸留美「ナクヨアイドル平成2年」といったアイドルソングの作曲家として、80年代から活躍している作編曲家・安藤高弘は、2000年代に入りアニメソングのアレンジャーとして一躍売れっ子になりました。そのきっかけとなったのが言わずと知れた00年代アニソンの名曲中の名曲、2006年のTVアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」エンディングテーマ、「ハレ晴れユカイ」です。作詞家・畑亜貴が一気にスターダムにのし上がったこのアニソン界のアンセムとも称された楽曲は、現在は畑亜貴と共に在籍する音楽プロデュースチーム・Q-MHzの一員でもある田代智一が作曲し、安藤がアレンジした訴求力のある歌詞・わかりやすくキャッチーなフレーズに意外性を盛り込んだメロディラインにキレのあるシンセブラスが特徴の軽快なエレクトロポップアレンジで一世を風靡しました。この田代&安藤コンビ、または畑&安藤コンビはその後もアニソンシーンで引っ張りだこになり、2007年には田代&安藤で堀江由衣が歌うTVアニメ「流されて藍蘭島」エンディング主題歌「Days」を担当するなど、数々の楽曲を手掛けていくわけですが、安藤高弘がさらにアニソンアレンジャーとして名を馳せるTVアニメシリーズが2007年から放映を開始した、日常少女系4コマの王様的存在である「ひだまりスケッチ」シリーズです。安藤は第1期「ひだまりスケッチ」のオープニング主題歌「スケッチスイッチ」のアレンジを担当(作曲は前澤寛之 )、その相変わらずのシンセブラスのキレにクリアなピアノやベルの音、オケヒットやギターに効かせたエフェクトギミックもハマって、もはや彼のサウンドは一時代を象徴したと言ってもよい存在感を放っていったわけです。
 TVアニメも大ヒットした「ひだまりスケッチ」は2008年、当然のように第2期が制作され、「ひだまりスケッチ×365」のタイトルで放映されましたが、今回取り上げるのは本作のオープニング主題歌「?でわっしょい」です。もはやタイトルを見ても何がなんだかわからないセンスですが、こうしたタイトルの楽曲の歌詞を書けるのはもちろん畑亜貴しかいないわけで、この楽曲は畑&安藤コンビということで、「スケッチスイッチ」を遥かに凌ぐハイテンション電波ソングに仕上がっています。作曲はコナミの音楽系ゲームBEMANIシリーズの作曲家として活動していたTatshこと清水達也で、この楽曲は彼の初アニメソング提供曲ですが、堂々としながらも意表を突いたメロディ構成にセンスを感じますが、その優良な楽曲を盛り上げるのが安藤のプロフェッショナルなアレンジで、応援団の三三七拍子やひだまりシリーズ必須のハンドクラップ連打による導入から始まり、イントロではお得意のシンセブラスを派手に鳴らしていたかと思えば、Aメロからはそのシンセブラスを合いの手的な挿入に切り替えます。この合いの手的なシンセブラスが実に効果的で、主要キャラクター4人が代わる代わる入れ替わる場面転換としても機能しており、このシンセブラスがこの楽曲に与える影響力は非常に大きいと思われます。そして何と言っても畑亜貴の強烈な歌詞は絶好調。「とりあえず、わっしょいです」も何がなんだかですが、「トンチンカンな答えだって木星人の常識で」「だれダレだれダレだれだ はらハラはらハラはらぺこさん 女の子お菓子が主食だ」「ほらホラほらホラほら貝は ぷおプオぷおプオ合図して」「土日のファッション398」・・・文章をランダムに切り取ってもまるで異世界が見えているような恐ろしい畑ワールドが展開されています。このような異様なテンションによる完成度を持つこの楽曲は、本気になった電波ワールドに圧倒される、勢いに乗りすぎてハメをはずしまくったアニメソングの1つとして語られるであろう名曲と言えるでしょう。
 なお、その後の安藤高弘アレンジ楽曲としては、2009年にTVアニメ「咲-Saki-」エンディング主題歌「熱烈歓迎わんだーらんど」、TVアニメ「けんぷファー」エンディング主題歌「ワンウェイ両想い」(田代智一とのコンビ)、2010年には「ひだまりスケッチ」シリーズでは、第3期「ひだまりスケッチ×☆☆☆」オープニング主題歌「できるかなって☆☆☆」(畑亜貴とのコンビ、作曲は村井大)、TVアニメ「れでぃ×ばと!」オープニング主題歌「LOVE × HEAVEN」(畑亜貴、田代智一との黄金トリオ)と良曲を連発しますが、その後は制作ペースも落ち着いていきます。しかし安藤アレンジのアニメソングはまさに00年代後半の約5年間に瞬間最大風速的な時代を感じさせるサウンドとして、記憶されることになるのです。一方、Tatshはその後もゲーム音楽制作のかたわら、2009年に彩音が歌うTVアニメ「11eyes」オープニング主題歌「Arrival of Tears」、2012年には飛蘭が歌うTVアニメ「はぐれ勇者の鬼畜美学」オープニング主題歌「Realization」でハードロックな作編曲を手掛けるなど、地味ながらも着実に活躍を続けています。

【聴きどころその1】
 初アニメソングを手掛けたTatshのメロディ構成の妙味が光ります。サビでスタートし、AメロBメロと流れてサビに戻りますが、ここで大サビを入れてくる部分がこの楽曲の最大のポイントです。この大サビが来ることで究極のオマケ感を感じさせられるということが。この楽曲をどこまでもハッピーなものに仕立て上げてくれるのです。この大サビだけでもこのTatshの楽曲がコンペを通過した意味があると思います。
【聴きどころその2】
 意表を突くイントロの三三七拍子の笛も楽しいのですが、安藤高弘アレンジのポイントはお祭り騒ぎのサビでスタートしてAメロで繋げる際の一瞬の間です。そしてこの間の後にくる「ドッパン!」のリズム一発がめちゃくちゃ効いています。ここでリセットして特徴的なシンセブラスが合いの手的な脇役に回っていくのです。ところでこの安藤謹製のシンセブラスですが、長音の少しビブラートをかけたしつこさは、恐らく師匠筋にあたると思われる鷺巣詩郎の影響が強いのではないでしょうか?特に安藤が駆け出しの頃参加していた我妻佳代のアルバム「Merry! Go Round」では安藤が作曲した「U.S.Sunshine」等でしつこいシンセブラスを連発しており、近似性が高いと思われるのです。そういった意味では安藤高弘は80年代鷺巣サウンドの継承者とも言えるでしょう。


64位:「プラネット・ダンス (Feat. 初音ミク)」 クヌースP

    (2013:平成25年)
    (配信シングル「プラネット・ダンス」収録)
     作詞:あおまふ 作曲・編曲:クヌースP

      vocal:初音ミク(ボーカロイド)
      synthesizers・programming:クヌースP

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 2003年にYAMAHAが開発した音声合成技術VOCALOID(ボーカロイド)を製品化した「MEIKO」を2004年に発売した札幌の音楽制作ソフト販売会社・クリプトン・フューチャー・メディアは、2006年に歌手・風雅なおとが音声提供した男性版ボーカロイド・KAITOを発売しますが、まだ未完成な技術であるのとキャラクターの弱さもあり評判はまだ芳しくありませんでした。しかし2007年に発売された初音ミクの登場で状況が一変します。女性声優・藤田咲が音声提供したキュートな歌声と、アニメキャラクターのような親しみやすいパッケージデザインがオタク心をがっちり掴むと、まずはキャラクター人気が爆発して売上を伸ばすと、DTMに初音ミクを使用するアマチュアクリエイター(ボカロプロデューサー)が登場、彼らの作品の発表の場として機能したニコニコ動画の特性である動画とのリンクやコメント(感想)のリアルタイム性がハマって、潜在的なセミプロクリエイターも参戦、一躍ボカロブームが勃興していきました。そんな急成長期にあったボカロ音楽界に登場した古き良きテクノポップを志向するボカロプロデューサーが、クヌースPです。2008年に「ピッシテ~SCAN ME~」をニコニコ動画に初投稿、2曲目の「恋のアルゴリズム」を投稿した際にはまだクヌースPという名前ではありませんでしたが、この「アルゴリズム」という言葉に反応したリスナーから、「The Art of Computer Programming」の著者であるアルゴリズム研究の第一人者であり数学者であるDonald Knuth(ドナルド・クヌース)にあやかって、クヌースPと名乗り始めます。その後は「DIGITAL SNOW ~X'mas mix~」、2009年には「恋スル乙女ハ 弾丸ライナー」「ワタシアナライザー」「ワタシをアサインして」と2ヶ月で次々と3曲連続投稿、近未来でノスタルジックなテクノ歌謡路線を確立していきます。その後も2010年になるとますます創作意欲が増したのか、テクノ歌謡まっしぐらな「ねぇお願い」、高速ピコピコシーケンスがカッコいい「アイムユアヒム」、アンビエントテクノ風味の「ココロの磁力線」、ボコーダーボーカロイドのノスタルジーテクノ「SHE IS SYNTHESIZER」、エレクトロニカバラード「空想メモリ」といった販売されていない楽曲でもそのクオリティに疑いのないことを証明、テクノポップリスナーの信頼度を獲得するに至りました。2011年には新曲「冬の魔法」「シークレットバレンタイン」を含めた6曲入りのミニアルバム「恋のアルゴリズム」を配信リリースし、遂に音源デビューすると、ここからはニコニコ動画で投稿しながらも(投稿のみの「WAVE MAN」も良曲)、iTunes Storeと連携したボカロ音源販売サイト・KARENTからのシングルリリースが主となっていきます。2011年から2012年にかけて、「Maybe,誰よりも」「加速する恋の電子回廊」「empty sounds(C:)」「26時のラヴィラビ」をリリースすると、山本ニューを作詞に迎えた和風テクノな「花物語」「アンラッキー・ガール」「暗闇のスキャナー」、デジロック風味の「レッド・シグナル101」「COCORO-WIRED」をリリース、これらは2013年にKAITOを使用した男性ボカロ曲「いわゆけラッダイト」を含めた7曲入り自主制作CD「文芸的音楽」として結実し、同人音楽即売会等にて販売されました。
 一方、2011年からはスペースエレクトロポップアーティスト・mihequi(久遠みへき)とのコラボが始まります。このコラボは、クヌースPの楽曲を初音ミクバージョンとmihequi自身のボーカルバージョンでそれぞれ制作されるプロジェクトで、「あたしタマゴ」「ワタシ何処」「あたしの魔法」がリリースされ、mihequiの年季の入ったスペイシー感覚とクヌースPの近未来テクノポップの抜群の相性を見せつけます。そして2013年に同路線の集大成にして最高傑作の楽曲がドロップされます。これがその名もど真ん中ストレートな「プラネット・ダンス」です。まさに王道の80年代初頭あたりのスペイシー&コズミックなテクノポップとしか表現のしようがない楽曲ですが、リアルタイム世代ということもあり何より音色1つ1つにシンセサイザー への愛が感じられます。メインとなるリードシンセ、滲むようなパッド、光り輝くシーケンス、これらがセンスよく融合したときに、エレクトロサウンド好きであれば理解できるであろう極上のカタルシスが生まれるわけですが、この楽曲にはその心地よさを存分に味わうことができるクオリティを備えています。歌っているのはボーカロイドの初音ミクですが、これがmihequiバージョンでも楽曲の輝きを失うことはありません。ボカロ楽曲の方が優れているとか、いややはり人間が歌う楽曲が一番であるとか、そういう比較評価をされる方も存在しますが、誰に、そして何に歌わせようとも楽曲のクオリティさえあればそのような比較はナンセンスです。そしてクヌースPは確固たる音楽性を武器に楽曲で勝負できる力とセンスを持ち合わせている数少ないクリエイターであることを、この「プラネット・ダンス」で改めて証明したと言えます。
 なお、そんなクヌースPですが、2013年までは同じ音楽的志を持つ律儀Pとの別ユニットPACEMAKERSとしてマキシシングル「未来超特急」をリリースしたりと精力的に活動していましたが、その後は2015年に自主制作で活動する電子音楽アーティスト達を応援する委託CD専門店・東京未来音楽(Tokyo Future Music)を開店し、多忙となったためか音楽活動はごくマイペースとなっています。

【聴きどころその1】
 何も特別なことはしてないけれども自動筆記のように美しいメロディを創出できるのは天性のセンスとしか言いようがありません。イントロ一発のみで期待感を煽り、シーケンスの音色で情景描写を構築するサウンドデザインを引き立てるのも、たとえ別アレンジであるとしてもメロディを追えるキャッチー性があってこそであると思われます。
【聴きどころその2】
 シンセサイザーの音色のみで世界観に引き込むことというのは、テクノポップというジャンルにおいては非常に大事な要素の1つです。この楽曲でも最初の流れ星S.E.だけでも宇宙モノであることを認識できるサウンドアイコンになっていて、宇宙空間にその時点で一気に飛ばされてしまいます。音色1つで。本編のシーケンス・パッド・そしてリズムに至るまでスペイシーを追求した見事のサウンドメイク。多彩なジャンルを歌わされてきた初音ミクですが、結局ボーカルマシーンとして生まれてきた彼女に最も似合うサウンドは、(非常に緻密で人間味溢れる調声でなければ)旧来のテクノポップということに落ち着くのではないかと感じています。


63位:「神様のいうとおり」 いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ 

    (2010:平成22年)
    (シングル「神様のいうとおり」収録)
     作詞:いしわたり淳治 作曲・編曲:砂原良徳

      vocal:やくしまるえつこ

      synthesizers・programming:砂原良徳

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 電気グルーヴのいじられキャラ・良徳砂原がテクノクリエイター砂原良徳として一般的に認知されたのが、1995年リリースの彼の初のソロアルバム「CROSSOVER」でした。YMOやKRAFTWERKといった王道のテクノポップに多大な影響を受け、地元札幌から上京後も京浜兄弟社(加藤賢崇「いぬちゃんのうた -Rod Mix-」)や永田一直主宰・TRIGGER LABELでのリミックス仕事(ORGANIZATION「HOPE」やB-2 DEP'T「Transpacific Ocean Liner edit」)、平沢進のライブツアーサポート、そして電気グルーヴの加入によって鍛えられてきた砂原は、ソロアルバムでも王道テクノポップ→TECHNO路線でいくかと思いきや、ブレイクビーツを多用したサンプリング主体の先鋭的なラウンジ&モンド路線にチャレンジ、その質の高いトラックメイキングによって砂原に対するテクノクリエイターとしての評価がうなぎ上りになっていきます。そして1998年にリリースされた2ndアルバム「TAKE OFF AND LANDING」、その半年後にリリースされた「THE SOUND OF 70's」に完全に本格化、国内外でラウンジテクノの急先鋒としてポジションを確立すると、既に1997年のシングル「Shangri-La」やアルバム「A」の大ヒットによって電気グルーヴで為すべきこともなくなった砂原は1999年に脱退し、正式にソロアーティストに転向します。
 しかし2001年にリリースした4thアルバム「LOVE BEAT」は砂原の音楽性を一変させるものでした。その細部にわたり緻密に研ぎ澄まされた電子音は純度が非常に高く、完全にテクノポップ由来のシンセサイザーミュージックに回帰、そしてその限りなく音質にこだわったそのエレクトロサウンドは、その後の砂原良徳サウンドの大きな軸となっていきました。2000年代では数多くのアーティストのリミックスやリアレンジを仕事を選びつつ手掛けていきますが、どれもが一聴して砂原ワークとして認識できるほどのクリアな音像が施されており、エレクトロサウンドのコクとキレを音質面でパフォーマンスすることができる稀有なアーティストとして、遂に孤高のポジションに到達しました。そして2010年、砂原には元SUPERCARのギタリストであり、バンド解散後は作詞家として活躍しているいしわたり淳治とのコラボの話が舞い込みます。砂原はSUPERCARの14thシングル「BGM」をプロデュース、SUPERCARのフロントマンであった中村弘二のソロプロジェクト・iLL「Deadly Lovely」もプロデュースを手掛けるなど、遠からぬ縁であったいしわたりとのコラボということで、当初はパーマネントなユニットとしての活動を目論んでいたようです。その手始めとしてリリースされたのが、今回取り上げる「神様のいうとおり」です。TVアニメ「四畳半神話大系」エンディング主題歌としてタイアップされたこの楽曲は、相対性理論のカリスマボーカル・やくしまるえつこを迎え、これ以上ない布陣により砂原は持ち前の純度を突き詰めた電子音とガッチガチのリズムワークによって、アニメソング史に残る高次元の音質による楽曲に仕上げています。とにかく極限までに絞られた音の選択によって生まれている音の隙間の使い方が半端ではありません。特に2001年の「LOVE BEAT」以降の砂原は、この音の隙間の使い方に執拗なまでにこだわり、電子音のパフォーマンスを上げるため音の輪郭を研磨することに命をかけている様子がうかがえます。ルックスも体型も人間性も削ぎ落とされるようなストイックな音像を追求する砂原は、いしわたり淳治とのこのプロジェクトはこの1曲のみで頓挫してしまいますが、その後も先鋭的な電子音がさらにストック性を増したアルバム「liminal」をリリースするかたわら、多くのリミックス&リアレンジワークで彼の技術を見せつけていきます(安藤裕子「エルロイ」remix(((さらうんど))) 「きみは New Age」、近年では土岐麻子「Blue Moon」remix、やくしまるえつこ「アンノウン・ワールドマップ」remix高田漣「GAME」等)。もちろん高橋幸宏や小山田圭吾、テイトウワらとのスーパーバンドMETAFIVEの参加も記憶に新しいところですが、彼の功績はマスタリングエンジニアの重要性を知らしめたことです。特に2010年代からはマスタリングエンジニアとしての活躍も顕著で、同時期からレコーディングエンジニアよりもマスタリングエンジニアが重要視されてきた印象があります。それは彼のマスタリングのクオリティの高さによって作品自体の「音質の良さ」が注目されるようになったとも言えるかもしれません。その意味でも砂原良徳は音楽シーンおよび音楽制作現場への貢献度の高いアーティストと言えるのではないかと思います。(なお、「神様のいうとおり」のマスタリングはSUPERCARのプロデューサーであった益子樹です。)

【聴きどころその1】
 冒頭のリズムにかけられるロングリバーブの残響をカットする部分だけもご飯が何杯でも食べられます。彼のサウンドメイクおよびデザインの魅力は、1つ1つの音のメリハリにあります。拍子と拍子の間にある無音部分に宿る宇宙に凄みがありますし、高速シーケンスの音符の隙間ですら認識できるのはその音に対する研ぎ澄まし方が尋常でないからです。
【聴きどころその2】
 ザップ音やクラップ音を織り交ぜた砂原謹製のリズムプログラミングが相変わらず秀逸です。特に彼の代名詞であるハンドクラップ音の処理は抜群で、このこれ以上にないタイミングで挿入されるクラップが楽曲のテンポをいつも引き締めてくれます。ボーカルのやくしまるが無機質な歌唱なので、余計にこのザップ音やクラップ音によるフィルインが際立つのです。


62位:「メロディ」 中島愛

    (2010:平成22年)
    (シングル「メロディ」収録)
     作詞・作曲・編曲:北川勝利 弦編曲:長谷泰宏

      vocal・backing vocals:中島愛

      bass・acoustic guitar・percussion・chorus:北川勝利
      drums:宮田繁男
      electric guitar:奥田健介
      acoustic piano:末永華子
      strings:金原千恵子ストリングス
      backing vocals:acane

メロディ

 日本のアニメーション史に残る1982年放映のロボットアニメ「超時空要塞マクロス」はロボットアニメにラブコメやアイドル要素を取り入れ、特に歌が重要なファクターとなるストーリー展開で人気を呼びました。このアニメのヒロイン役であるリン・ミンメイを担当した飯島真理は、声優としてデビューしながらも実際は自身で作詞作曲をこなすシンガーソングライターで、1983年リリースの1stアルバム「Rosé」は坂本龍一プロデュースの名盤として語り継がれていますが、世間に認知されていたのはリン・ミンメイとしてのシングル「愛・おぼえていますか」「天使の絵の具」で、彼女はその後もリン・ミンメイという現実を超えた架空のアイドル歌手の存在との比較に悩まされていくことになります。このように「超時空要塞マクロス」シリーズにおけるリン・ミンメイという存在がカリスマ化していく中で、以降も続編や外伝が制作されていくマクロスシリーズにおいては、アイドルや歌手、歌巫女にしても、劇中音楽は非常に大きな影響を及ぼすファクターとして重要視されていくことになるわけです。時は流れて2008年、マクロスシリーズの続編となる「マクロスF」が放映されますが、このアニメのヒロインであるランカ・リー役に抜擢されたのが、前年のVictor Vocal&Voice Auditionで合格した新人の中島愛でした。彼女は同アニメの劇中挿入歌として歌われた菅野よう子作編曲の「星間飛行」でランカ・リー名義としてシングルデビュー、2011年には「劇場版 マクロスF 恋離飛翼 〜サヨナラノツバサ〜」主題歌となったランカ・リー名義の2ndシングル「放課後オーバーフロウ」もヒットしますが、中島愛もまた、飯島真理と同じように声優でデビューしたものの本質的には歌手であり、ランカ・リーという役から離れた際の音楽的キャラクターに終始悩まされていきます。
 マクロスFから一旦離れた中島は、2009年にシングル「天使になりたい」でソロ歌手として本格的にデビューすることになりますが、2ndシングル「ノスタルジア」までは、まだ夢醒めやらずといった状態で難しい時期を過ごしていきます。しかし彼女の転機になったのは、3rdシングルとしてTVアニメ「こばと。」エンディング主題歌に起用された「ジェリーフィッシュの告白」でした。この楽曲から宮川弾プロデュースの薫陶を受けた中島は、優れた楽曲によって力量を発揮するタイプのシンガーであることを見極めたflyingdogの名プロデューサー福田正夫の庇護のもと、大御所アレンジャー・清水信之やRasmus Faber、北川勝利、西脇辰弥ら新旧国内外のコンポーザー兼アレンジャーに支えられ良質の作品に恵まれていくことになります。今回取り上げるのは、彼女にとって恩師ともいえる福田正夫プロデューサーによる第一弾シングルとなった「メロディ」です。OVA「たまゆら」エンディング主題歌に抜擢されたこの珠玉のバラードは、現在日本のPOPSシーンにおいてトップクラスのメロディメイカーである北川勝利のペンによるもので、どこまでも温かいアコースティックな肌触りによるサウンドに、郷愁に満ち溢れた抜群のメロディセンスが際立つ名曲です。酸いも甘いも知り尽くした音楽人生を投影したかのような渾身の歌詞とメロディが最高点で融合した原曲を盛り上げるのは、乙女系ガールポップを装飾させたら右に出るものはいないストリングスアレンジャー・長谷泰宏で、決して主役に躍り出ることはないものの底辺からしっかり支える優しいストリングスでさらなるアットホームな雰囲気を作り上げることに貢献しています。
 この名曲をきっかけに中島愛はシンガーとして本格化、大江千里&清水信之という黄金コンビによる「神様のいたずら」(OVA「たまゆら」エンディング主題歌)、スウェーデンのエレクトロクリエイター・Rasmus Faberプロデュースによる「TRY UNITE!」(TVアニメ「輪廻のラグランジェ」オープニング主題歌)、尾崎亜美&佐藤準コンビによる「ありがとう」(TVアニメ「たまゆら〜もあぐれっしぶ〜」エンディング主題歌)等の名曲を連発、この大御所達による音楽体験が彼女の独り立ちへの意欲をかき立てたのか、2014年から3年間活動休止しますが2016年末に活動を再開、その後は80年代アイドル歌謡マニアとしての側面を表に出しながら、自身の音楽道を進んでいます(先日放映された編曲家・大村雅朗の特集番組においても、松田聖子の名曲「セイシェルの夕陽」を堂々と歌い上げる完璧な仕事ぶりを披露しています)。

【聴きどころその1】
 サビが素晴らしいの一言。歌詞にしても魅力的な高音の歌唱を活かしたメロディラインにしても、涙なしには聴くことができません。「きっと気づくはず見えるはずみんなにも キラキラと輝いたあの場所で」のフレーズは究極のノスタルジーで、それに続く「銀色のフォトグラフ」でスッと哀愁の旋律に転換する部分はこの楽曲の美しさの象徴です。「フ」の肩の力の抜け方も秀逸です。
【聴きどころその2】
 間奏後のサビから続く「いつか」→「響け」の転調コンボがもう憎たらしくて仕方がありません。絶対に泣かせにかかっています。優れたメロディメイカーは盛り上げどころを天性のセンスで理解しているもの。この転調もお約束とはいえ、期待された4番バッターがホームランを打ったような、ダービーで1番人気の馬が期待通り圧勝するかのような、主人公が悪を駆逐した時のようなカタルシス、達成感を感じる場面と似たような感覚を味わえるのです。


61位:「ムーンダンスダイナーで」 鈴木祥子

    (1989:平成元年)
    (アルバム「水の冠」収録)
     作詞・作曲:鈴木祥子 編曲:西平彰
     コーラス編曲:鈴木祥子


      vocal・snare drum・cymbals ・background vocals:鈴木祥子

      electric guitar:佐橋佳幸
      acoustic piano・synthesizers:西平彰
      trumpet:鈴木考一
      synthesizers manipulator:松井隆雄
      Fairlight CMI III operator:澤史朗

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 高校生の時分から元一風堂のドラマー・藤井章司に師事し本格的にドラムを学んでいた山崎祥子(後の鈴木祥子)は、六本木クラブや米軍基地で腕を磨いていくと、1983年には女性アイドルバンド・赤坂小町(後のPRINCESS PRONCESS)のオーディションに参加しドラマー部門で1位になるものの加入を辞退します(ヤマハEastWest '83において最優秀ドラマー賞を受賞したとの通説もありますが、そのような記録が存在せず、疑わしいと言わざるを得ません。)。しかしこのオーディションでプロミュージシャンの足がかりを掴んだかに見えた彼女がプロの現場に姿を表したのは、それから3年後、1986年の原田真二バンドへのサポート参加でした。当時原田はアルバム「DOING WONDERS」をリリースした時期で、Prince風のエレクトロファンクな作品発表後のツアーに鈴木もエレクトリックパーカッショニストとして参加、鮮やかなスティック捌きを披露していました。続いて高橋幸宏と鈴木慶一によるTHE BEATNIKSのバックバンドにもパーカッショニストに抜擢、大村憲司・矢口博康・渡辺等・小林武史・矢部浩志・高野寛といった錚々たる面々の中で紅一点として参加します。そしてこの年はもう1件サポートの仕事がありまして、それが小泉今日子のシングル「水のルージュ」のためのライブサポートのために結成されたガールズバンド・イマージュへのキーボーディストとしての参加です(不思議なことに本職のドラマーとしての参加はありませんでした)。
 このように1986年〜1987年にかけて、彼女は3つのバンドの掛け持ちで本格的なデビューに備えていくわけですが、ここまでは山崎祥子名義であった彼女が鈴木祥子と改名してデビューするまでには、さらに1年半経過した1988年秋のシングル「夏はどこへ行った」まで待つことになるわけです。これまでのサポートの傾向からするとニューウェーブに寄せてくると思いきや、ソロとして登場した鈴木祥子は、アコースティックでフォーキーなナチュラル系シンガーとして売り出されていました。同年にはミニアルバム「VIRIDIAN」をリリースするも地味な印象を拭えなかった鈴木でしたが、平成時代に突入した1989年頃には、THE BEATNIKSサポートの同期であった高野寛や彼女が所属するEPICソニーの新人・遊佐未森と共に、新感覚派POPSの一角として期待される機運が高まったこともあり、2ndシングル「サンデー バザール」、そして2ndアルバム「水の冠」では瑞々しさと美メロを全面に押し出した作風でようやく鈴木祥子のメロディメイカー&シンガーとしての魅力が一般的にも伝わるようになっていったのです(「水の冠」の解説については、本noteの別記事「TECHNOLOGY POPS的感覚で選出する「平成」ベストアルバム100:Vol.3【60位〜41位】」の第41位をご参照ください。)。

 さて、この「水の冠」というアルバムには名曲の誉れ高い強力なバラードソングが2曲収録されています。1曲は折り返し地点で落ち着いた渋いシティポップ風美メロバラード「電波塔」で、もう1曲が今回選出しました、クリスマスの喧騒の後のうらぶれた雰囲気をドラマティックに描写した珠玉のクーリッシュバラード「ムーンダンスダイナーで」です。この楽曲のアレンジャーは瑞々しいアコースティックな印象が強い本作において、ささやかなエレクトリック要素を挿し込んでいた、元エキゾティックスのキーボーディスト・西平彰です。ロックアーティストやアイドルソングでもロックに背伸びした楽曲を手掛けてきた西平ですが、この楽曲においては基盤となるピアノ演奏を聴かせてくれます。しかしこの楽曲がクーリッシュであるゆえんは、Fairlight CMI IIIの導入にあります。澤史朗がオペレートしたFairlightらしさ全開のヒンヤリしたストリングスが、見事に冬の情景を描写しており、このFairlightサウンドによってこの楽曲の叙情的な部分を格段に向上させているのです。そしてさらに楽曲を盛り上げる役割を果たしているのが鈴木考一のトランペットです。この楽曲では佐橋佳幸のギターは印象的なフレーズを残しているもののあくまで脇役に徹していますが、逆に存在感を主張しているのがトランペットです。過剰にリバーブ処理されたトランペットが生み出すストーリー性がこの楽曲の最大の魅力と言っても過言ではありません。鈴木祥子はこの「水の冠」という作品において、2曲の名バラードを生み出しメロディメイカーとしての才能を開花させました。その後EPICソニー在籍時に「風の扉」「Long Long Way Home」と名盤を生み出すと、デビュー前にサポートをした小泉今日子には大ヒット曲「優しい雨」(アレンジは白井良明)を提供し見事に恩返しを果たすなど、一流アーティストの道を着実に歩んでいくのです。

【聴きどころその1】
 アコースティックな肌触りのバラードソングに真冬の冷たい風を吹き込む、生演奏では再現できない独特のFairlightストリングスによるオーケストレーション。この痩せた音が実に良い味を醸し出しています。アタック感の強いピアノとの相性も抜群です。
【聴きどころその2】
 2周目から入ってくるアコースティックベースのシミュレートサウンド。これも生演奏であっても良い部分をあえてFairlightによるサンプル音源を使用することで真冬にコートに包まれた暖かさと心の隙間に漂う冷たい空気感を、生の質感とデジタルな質感の間で表現しています。


 ということで、80位から61位でした。今回は特に長い!(笑)
 そんなつもりは全くなかったのですが、あれも紹介したい、このエピソードも入れたいと考えると、どうしてもこうなってしまいます。なので、興味のある楽曲だけ確認していただけますと幸いです。
 では次回は後半戦も佳境に入る41位まで。残り3回となりますがお楽しみに。





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