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練習問題

◆ 次の状況を想像して設問に答えなさい ◆

<条件:あなたは[僕]です。(女性の場合は男性の立場で答えなさい)>

 年に2~3回会って酒を飲むという、いわゆる異性の飲み友達(つまり女性)と半年振りに会うことになった。彼女も仕事を持っていて結構忙しい立場だから、約束はいつも週末になる。
 でも僕の方は週末が仕事のことも多いから、お互いのスケジュールを合わせるのはいつも1ヶ月くらい前から調整が必要になる。今回は彼女の方から連絡が来て、とにかく半年振りに会う約束をした。

  じゃ、いつもの店で7時頃でよいですか?

 約束の日の前夜、彼女がメールを送ってきて、「OK」と返信した。

 いつもの店とは、とある駅前の商店街にある居酒屋だ。自家製の豆腐と和洋折衷の創作料理が美味い店で、落ち着いた雰囲気でありながら、適度な活気もあって、とにかく値段も手頃だし、メニューも豊富だから数回行った今でもまだ飽きるところまでいっていないということで、彼女と会う時は
大抵ここに決めている。何より、彼女がこの店を気に入っていることと、僕も彼女もアクセスが楽だというのがよい。

 さて、予約を入れるのは僕の役目だから彼女への返信の後店に電話をしてみた。

 残念ながら、店の空調設備の工事だとかで、明日は臨時休業らしい。
 店員も「久しぶりにお電話下さったのに」と恐縮していたから近々機会を作ってまた行くことにしよう。さてどうしよう。

 とりあえず彼女に待ち合わせ場所の変更をメールで伝えた。

  いつもの店が臨時休業だから、店を決めて明日の夕方までに連絡します

 「わかりました~」と返信が来た。
 この辺のあっさり加減が僕にはない部分なので、彼女が僕にとって付き合いやすい女性であることの理由になっていると思う。

 約束当日の午後、仕事を一段落させてコーヒーを飲みながら彼女にメールを送ってみた。

  今夜は何が食べたいですか?

 1時間ほど経った頃に彼女から返信が来た。

  おまかせしま~す!

 僕は優柔不断だから、「おまかせします」がいちばん困る。
 でも、そもそもいつもの店へ行こうとしていたのだから、基本的には居酒屋系でいいと、じゃあいっそエリアを全然違うところにしてしまおうか?と、あれこれ考えながら、アタマの中のリストを開いていたら彼女からメールではなく電話がかかってきた。

  お疲れ様で~す
  実は私、今クルマで移動中なんですよ~
  だから駅の近くとかじゃなくてもOKですよ~

 え?そうなの?でも飲むでしょ?いいの?

  ノン・アルコールで(笑)

 そうか、でもクルマならその方がいいよね。

 そう答えて、僕は「焼き鳥」はどうだろうと、なぜだかそう思った。
 彼女が飲める飲めないより、なんだか急に美味い焼き鳥が食べたくなった。
 小さな店だけど、がちゃがちゃしていなくて美味くて安い店を知っている。そこにしよう。

  じゃあさ、7時頃ってどのあたりにいる予定かな?

 彼女はとある地下鉄の駅の名を答えた。

  そうか、じゃ、そこから北へ真っ直ぐ進んで・・・

 僕は彼女がクルマで来易い場所でありつつ、僕にとっても行き易い場所を想定して説明した。

  あ、わかりますわかります! そこで7時頃ですね?
  わかりました~ ではのちほど~ よろしくおねがいしま~す!

 明るく元気なところも彼女のよいところだ。
 7時に約束の場所へ行くには、僕は6時45分にバスに乗ればいいから、それまでの時間、残りの仕事を片付けることにしてPCに向かった。

 彼女と半年振りに会って食事をする約束の時間になって、僕はバス停から待ち合わせの場所へと歩いた。コンビニの前にハザードを点けて停車しているグリーンメタリックのVWゴルフワゴンが多分彼女のクルマだろうと予想して(僕は彼女のクルマが何かを知らない)近づいていくと、僕に気付いた運転席の彼女がフロント・ウインドウに顔を近づけるように前に乗り出して手を振ってくれた。

「こんばんわ お久しぶりです  元気そうで何よりだ」

「こんばんわ こちらこそご無沙汰してます お疲れ様です 乗って下さい」

「お邪魔しま~す」

 助手席には彼女の仕事用の鞄と書類がたくさん乗っていたから、僕は助手席の後のシートに座った。

「散らかってるでしょ? 男の人のクルマみたいでしょ?」

 彼女はそう言って快活に笑った。

「そうか、ゴルフのワゴンか、うん、君によく似合っている」

「でしょ? さて、どちらへ行きましょうか?」

 VWゴルフは学生時代の女友達が乗っていたヤツしか知らない。
 見た目と違って室内がやけに安っぽく華奢だったという印象が強く残っていたから、室内に入ってみて最近のヤツは結構いい感じなんだなあと、このクルマに対する印象が少し変わった。
 それはきっとこのクルマ自体の進化だけによるものではなく、彼女の実に男性的な爽やかでさっぱりとしている性格とのマッチングから醸し出された印象なのだと、そんなことも思いつつ、さっき決めた焼き鳥の店を後部シートからナビゲートしながら初めて彼女の運転を体験した。危なげの無い運転だった。

「焼き鳥なんだけど、いいかな?」

「焼き鳥は好きです。ていうか、お腹ぺこぺこだから、なんでもいいですよ」

 朝挽いた地鶏の刺身や鶏がらスープが美味い店で、地酒もワインも焼酎もあってそしてこの店の名物も寄せ豆腐なのだ。特に小型の土鍋で出てくるつくねの鍋と、自家製豆腐の揚げ出し豆腐は絶品だ。

「え~と、とりあえず、ハーフ&ハーフ1つと、これ1つ」

 “これ”とはノンアルコールビールのことだ。

「あと、地鶏の刺身盛り合わせと、せせり、赤、砂肝、椎茸とししとう、それと皮を塩で、それから、揚げ出し豆腐と、れんこんのはさみ揚げ、で、鍋お願いします  あ、あと、うずら玉子、以上、はい」

 半年振りだねえとか、忙しい?とか、久しぶりっぽい会話でお互いの馴らし運転をしながら、ビールとノンアルコールビールを待った。この店の箸置きは駄菓子の「うまい棒」だ。初めての客は、まずこれで1杯目が出てくるまでの間を埋めるネタになる。
 飲み物とお通しが出てきて乾杯したらすぐにお互いにブランクを解消してリラックスした空気を作ることができた。
 僕らの付き合いは約5年になる。

「せせりってなんですか?」

「鶏の首の剥き身だよ。ほら、鶏ってこう、首をよく動かしてるでしょ?だから身が締まっていて、適度に油が乗ってて、でも1羽からはそんなに沢山とれないし、何故だか捨てられちゃうことが多いんだって。でも、食えばわかるけどすげえ美味いんだ」

 注文の品が徐々に出てきて、その“せせり”も出てきた。彼女はその美味さに感嘆の声を上げた。キャベツのサラダがきた。サービスだそうだ。しゃきしゃきしていて美味いキャベツだった。
 ここからいろいろな話題で会話があちこち動くわけだけど、今回は用意した設問のための状況設定だから、その内容については割愛する。
 でも少しだけ書いておこう。

「ジムは?」

「最近は全然行けてなくて、肩も首も腰も凝っちゃって」

「時間がないの?」

「そうですね、それと、ちょっとサボるとなかなか億劫になっちゃって」

「わかるわかる。クイックマッサージとかは?」

「行けばきっと気持ちいいんだろうけど、どうせならどこか温泉とかへ行ってできればエステやマッサージ付きの、そういうのがいいな」

「あ、そういうの僕も行きたい」

「じゃ、今度行きましょうか」

「よし、行こう」

 こういう会話はよくするけど、旅行が実現したことは、今のところない。

 さて、料理はどれも美味しくて、僕は途中から飲み物を焼酎に変えた。
 彼女は“なんちゃってビール”は最初の1本だけで2杯目からは“なんちゃって酎ハイ”に変えていた。

 いつもの彼女の酒量は、いろんな酒を4~5杯という程度だから、美味い料理と美味そうに酒を飲む僕を前にさぞや悔しい思いをしているだろうと、最初は僕も気を使っていたのだが、今夜の彼女は純粋に料理を楽しんでると言ってくれたから、気兼ねなく次々とグラスを空ける事が出来た。

 つくねと野菜と鶏がらスープが入った土鍋とテーブルコンロが用意された。タレは2種類あって、ポン酢にもみじおろしと小口に刻んだ葱という典型的なものと、ベトナムの生春巻きのタレのようなピリ辛のエスニックテイストのもので僕はこのエスニックなタレが気に入っている。スープが煮立ったらOKだ。

「うわぁ!美味しい!」

 彼女は実によく食べる。見ていて気持ちが良い。
 鍋の大きさは味噌煮込みうどんの土鍋の1.5倍程度だから、大人2人が飲みながら食べてちょうどよいくらいの量で、残ったスープに白湯のガラスープを足して、そこへ生のラーメンを入れて、薬味と溶き卵で仕上げる。
 これがまたちょっと物足りないくらいの量だもんだから後を引く。ここまで楽しめて千円で釣りが来ると言ったら、彼女はとても感激してくれた。
 そりゃこれだけ美味かったら誰だって感激するよね。

 満腹感を味わいつつ出された熱いお茶を飲みながら、すっかり落ち着いてしまい掘りごたつの対角線に足を伸ばしながら座布団の脇に手をついて腹と背中を伸ばして、美味しかったねなどと今日の料理のよいところを2人でおさらいした。

「“なんちゃって酎ハイ”って言いつつ、アルコール入ってたわ」

「顔赤いよ」

「でしょ? なんだか少しだけなのに、今日は顔が火照る感じ」

「金曜だし、クルマやばいかもね」

「醒まさなきゃ」

 彼女が手洗いに立ったから僕はカウンターの中の店長と少し話をした。
 店長は僕を知っているけど、今夜店に来た時から今まで「いらっしゃいませ」と言っただけで話しかけては来なかった。この辺が素晴らしい。

 彼女が戻ってきて、再び僕の正面に座りお茶を飲んだ。
 僕も手洗いに立った。

 用を足しながらこの後のことを考えた。
 実は、今夜彼女に会った時からちょっと考えていたことがあって、それを反芻し始めたと言った方が正しい。

 僕と彼女は、年に2~3回会って、飲みながら美味いものを食べ、仕事のことや家庭のことや、その他のあれやこれやを笑ったり真面目に話し合ったりしながら適当な時間まで過ごし、じゃまたと言って駅で別れるだけのつきあいだ。
 だから、そろそろお開きとなるか、もう1軒行こうかとなるか、いつもならそれだけを決めればいいだけなんだけど、でも、今夜はたまたまいつもの店が使えなかったからいつもと違うエリアにいて、しかも彼女はクルマでやってきたから、今すぐ運転させて帰らせるのは気が引ける。
 少量とは言え酒気帯び状態だからだ。

 これって、もしかしてサインなのかな?(※問1:後述)

 そうかもしれないけど、だとしても、さて、どうしよう。
 店の奥にある手洗いから出て、カウンター席の後ろを通りながら席に戻った僕は今思ったことを彼女にそのまま言ってみた。

「さて、どうしよう」

 座る時に焼き場にいる店長をチラッと見たけど、彼はやっぱり黙々と仕事をしていた。

「どうしましょう」

「コーヒーとか?」

「いいですよ」

「飲みたい?コーヒー」

「いや、特にコーヒーじゃなくても」

「僕もコーヒーはもうちょっと後がいいかなって感じだ」

「明日はお休みなんですよね?」

「うん、明日は休み」

「どこかへお出掛けですか?」

「いや、のんびりと。 君は?」

「私も休みです」

「のんびり?」

「そうですね。 特に予定は無いです」

「明日予定がないから気が緩んだのかな、いつもより酔った」

「飲んだ量って、いつもとそんなに変わらないでしょ?」

「うん。 あ、悪いね、僕ばっか飲んで」

「いえいえ、どうぞ、私も十分お料理楽しみました。ほんと美味しかったです」

「でしょ?いつかまた来よう。今度はクルマじゃない時に」

「はい、ぜひ」

お互い微笑、そして、お茶をすすり、しばしの沈黙...。

「さてと、どうしようか」

「どうしましょう」 彼女はニコっとした。

「とにかく、すぐに運転しないほうがいいよ。もちろん酒はもう飲まないほうがいいからさ、歩いていける店でどっかなんかあったかなあ」

「なんかすみません。ほんとは帰って寝たいんじゃないですか?」

「いや、大丈夫。 謝らなくていいよ」

「クルマで来ちゃったから」

「そういう日だったんだよ。だからここへ来れたんだ」

「ですね。ほんと美味しかった」

 話しが少しずつ軽い堂々巡り状態になりかけているかもしれない。
 僕はあれこれ考えていた。

 彼女の住んでいる町は地下鉄沿線だし、もしも仕事でクルマを使っていたとしても、約束の時間を30分とか1時間ずらせば一旦帰って家にクルマを置いて電車で来ることも、出来なかったわけじゃないだろう。これまでだって、お互いそうやって待ち合わせ時間を変更したり、当日キャンセルしたことだってあるし。

 やっぱりこれって、もしかしてサインなのかな?

「日付が変わる前には絶対に帰らなきゃいけないってこともないし」

 彼女が何気なくそう言った。

 間違いない。(※問1:後述)

 機会というのは偶然の重なり合いを上手く取り込んだ者が、希望や要求や欲求を織り込んで作りだすものだとしよう。

 偶然1:いつもの店が使えなかった。

 偶然2:だからいつもと違うエリアにいる。

 偶然3:彼女はクルマでやって来た。

 偶然4:明日はお互いオフだ。

 偶然5:時間はまだ21時50分。

 偶然6:前回会った時、冗談の延長で「次は口説くぜ」と僕が言った。

 偶然7:前回会った時、冗談の延長で「お手柔らかに」と彼女が言った。

 7項目のうち、偶然ではないものがあるかもしれないけど、それでもこれだけの条件が揃ったら、最早あれこれ悩むことではないのかもしれない。

 さて、この状況を踏まえて、以下の設問に答えなさい。


 設問1:[彼女]は[僕]に“あるサイン”を出している? (三択)

     (1)明らかに今夜こそが“そういう夜”なのよと言っている。

     (2)単なる[僕]の妄想。思い込み。

     (3)[彼女」が[僕]を試している。


 <次の設問は女性の方のみ答えなさい。>

 設問2:“サイン”を出したことがある? (三択)

     (1)ある。

     (2)ない。

     (3)意味がわからない。


 設問3:今夜[僕]の取るべき行動はどれ? (三択)

     (1)とりあえず3軒隣のミスドでコーヒーを2人で飲む。
        適当な時間を過ごした後それぞれ帰宅する。

     (2)まずどうしてクルマで来たのか、真意を確かめる。
        その上で口説くか帰すか決める。

     (3)300メートル先のホテルへエスコートする。


 <次の設問は[設問3]で(3)と答えた方のみ答えなさい。>

 設問4:ホテルに行った[僕ら]はどうするべきか? (三択)

   (1)[彼女]に風呂を勧め、酔いを醒まさせて[僕]もシャワーを
      使って一緒にミネラルウォーターやコーヒーを飲み、お喋り。
      適当な時間にチェックアウトして、それぞれ帰宅する。

   (2)なるようになる。

   (3)どきどきしながら時間だけ過ぎていき、午前0時の少し前に
      じゃ、帰りますか?とか言いながらチェックアウト。
      それぞれ帰宅する。そして悶々としながら床に就く。
      そして翌朝、いろんな意味でいろんな後悔をする。


 <次の設問は[設問4]で(2)と答えた方のみ答えなさい。>

 設問5:[僕]は[彼女]にまた会える。(選択肢設定なし)

 以上

 では解答できたら提出して退室して下さい。お疲れ様でした。


 今回は比較的わかりやすい問題だと思うんだけど、案外こういうのがテストに出るからよぉ~く勉強しとけよ~

(え?、だからさぁ、長文問題用の仮説だってば)
(わかってると思うけど、フィクションだってば)

 納得してない、と、、じゃ1つ教えてあげよう。

 キール(カシスと白ワインのカクテル)も“サイン”の1つだそうだ。

 つまり、女性がこれをオーダーしたら今夜はOKのサインだそうだ。
 (地方のショットバーのメニューにそう書かれていた)

 そんなのを真に受けるやつはいないって。と思うけど、そのまんま受け売りで女の子に言ってるやつがこの本当にいたので、まんざらウソでもないかもしれない。


(2004年に書いたもの)

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