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もし星新一が桃太郎を書いたら

むかし、ある老夫婦がいた。畑仕事で生計を立てており、それなりに幸せに暮らしていた。金には困っておらず、夫婦仲も悪くなかったが、一つだけ悩みがあった。子宝にめぐまれなかったのだ。二人はとうに運命を受け入れていたが、時たまさみしさを感じることもあった。

ある日、男は近くの山にたきぎを拾いに出かけた。

「あなた、鬼にはくれぐれも気を付けてくださいね」

女が心配そうに伝えた。というのも、二人が住む村には鬼の言い伝えがあるのだった。言い伝えによれば、慎ましく暮らしている罪なき人間を恐ろしい鬼がとつぜん襲い、金目のものをみんな奪っていくという。しかし、遠い昔の言い伝えであり、実際に鬼に襲われた者はいなかった。

「ああ、大丈夫だとも。君こそ川に落ちないように、くれぐれも気を付けることだ」

男はそう言って家を出た。残された女は、川に洗濯をしに行くことにした。

女が川の水で洗濯をしていると、川上のほうからふしぎな音が聞こえてきた。

「どんぶらこ、どんぶらこ…」

見ると、一抱えもある大きな桃が川上から流れてくる。

「まあ、これは驚いた」

女はしばらくあ然として桃をながめていたが、ふと思い立ってそれを拾った。

「持って帰ったら、あの人もきっと驚くにちがいない」

桃は重く、女は大変な思いでそれを家に運んだ。

男は山から帰ってくるなり、声をあげておどろいた。

「いったいぜんたい、この大きな桃はなんだ」
「川で流れているのを拾ったんですのよ」
「こんなものが川から流れてくるなんて、とても信じられないな。それにしても、とんでもない大きさだ」
「なんにしても、切ってみましょうよ」

女はおもむろに包丁を取り出し、桃を一刀両断にした。すると驚くことに、中からかわいらしい赤ん坊が飛び出してきた。

「まあ」
「まさか、なんてことだ……」

老夫婦はそろって大変に驚いた。

「桃から赤ん坊が飛び出してくるなんて、聞いたことがない。気味が悪いから山に捨ててこよう」
「待ってくださいな。もしかしたらこの子は、神様が私たちにさずけてくれたほうびなのかも知れませんよ」
「なるほどたしかに、私たちはこれだけ毎日まじめにせっせと畑仕事に励んでいるんだ。そのくらいのほうびをさずかっても、決しておかしくはないかもしれないな」

男は女の言葉に納得し、赤ん坊を育てることにした。桃から生まれてきたことになぞらえて「エム氏」と名付け、我が子のようにかわいがった。

親子三人で暮らす毎日はにぎやかで、生活に活気が戻った。エム氏は老夫婦の愛情を受けながらすくすくと成長し、あっという間に青年になった。畑仕事の男手が増えると、生活も少し楽になる。老夫婦は、今まで感じたことのない幸せを感じていた。

しかしある日エム氏は、二人にこう告げた。

「鬼を退治しにいきます」
「急にいったい、どうしたというのよ」

女が不安そうに尋ねると、

「僕は鬼を退治しなければいけないのです。それが、僕に与えられた使命なのです」
「あんなものはただの言い伝えだ。考え直したらどうだ」

男がそう言って止めても、エム氏は聞く耳を持たなかった。

「なんと言われようが、僕は鬼退治に行くのです」

黙って旅の支度をはじめるエム氏に、せめてものせん別にと、女は下等な穀物で作った携行食料を手渡した。

「エム氏よ、どうしても行くというのなら、せめて私を連れて行っておくれ」

男は懇願したが、

「いえ、鬼退治はとても危険です。絶対についてきてはいけません。もしついてきたら、きっと大変なことが起こるでしょう」

とエム氏は男を諭すのだった。

「お父さん、お母さん、ありがとうございます。行ってまいります」

エム氏はそう言い残し、家を去った。老夫婦はがっくりと肩を落として、だんだんと小さくなるエム氏の背中を見つめていた。エム氏はもう二度と帰ってこないのではないか。つつましくも幸せな親子三人の暮らしは、もう戻らないのではないか。声に出してはいわないが、二人とも心の中ではそう思っていた。

しかし二人の予想とはうらはらに、数か月もするとエム氏はひょっこり帰ってきた。しかも、たっぷりの金銀財宝を携えて。

「鬼を退治して、金銀財宝を奪い返してきました」

エム氏は、りっぱに育ててくれたお礼にと、老夫婦に金銀財宝を差し出す。見たこともない大金に一度は断ったが、エム氏がしきりにすすめるので、ありがたくもらうことにした。

それから、老夫婦の暮らしは一変した。粗末だった掘っ立て小屋は、巨大な豪邸に建て替えた。広大な土地を買い、百姓を雇った。畑仕事は百姓に任せ、毎日ぜいたく品を買いあさった。しかも、エム氏が数か月に一度は”鬼退治”に行って金銀財宝を集めてきてくれるので、金は決して尽きることがなかったのだ。老夫婦は誰もがうらやむ村一番の長者になった。

「神様がエム氏を授けてくれたおかげで、私たちは幸せな暮らしを手に入れた」
「本当に、神様のおかげですね」

しかし男はある日、ある考えに思い至る。

「エム氏は鬼退治をしていると言うが、鬼などというまやかしはこの世に存在しない。きっとエム氏はどこかに財宝を貯めていて、それを少しずつ私たちに渡しているのだろう。けちけちせずに、一度に渡してくれるよう頼んでみよう」

男はエム氏に、嘘をつくのをやめて、まとめて財宝を渡してくれないかと頼んだ。しかしエム氏は、

「いえ、私は嘘などついていません。本当に鬼を退治しているのです」

と言って聞かない。いらだった男は、とある計画を立てた。

「今度エム氏が鬼退治にでかけるときに、後をつけてみよう。そうすれば、財宝の隠し場所がわかるはずだ」

すばらしい名案に、男はほくそ笑んだ。

「エム氏はついてくるなと言っていたが、危険だからというのはきっと嘘だ。隠し場所を知られたくないだけに違いない」

数か月後、エム氏がまた鬼退治に出かけるというので、男はそしらぬ顔でそれを見送り、後からこっそりついて行った。

エム氏は、飲まず食わずでひたすら歩き続けた。山道を進む途中、何度かどう猛な野生動物に襲われそうになったが、エム氏は不思議な力でそれらを手なずけ、仲間のようにしたがえる。エム氏があまりにどんどん進んで行くので、男はついていくのに必死だった。

山を3つほど越えたとき、集落に行きついた。三日三晩、休憩もせず道なき道を進んでいたエム氏は、はじめて進路を集落の方にとった。

「ようやく休憩をとるのか。茶屋でもあるといいのだが」

死にそうな思いでエム氏を追いかけていた男は、内心ほっとしていた。

しかし、エム氏の足は茶屋ではなく民家に向かっていた。

「見知らぬ人に食料を乞うつもりだろうか」

物陰から様子をうかがいながら、男はそう考えた。しかしその予想は外れていた。なんとエム氏は、民家に土足で上がり込み、金目のものをあさり始めたのだ。

「なんということだ。私が受け取っていた金銀財宝は、よその村の人間から盗んだものだったのか」

そこに、民家の住人があらわれた。怒号と悲鳴が飛び交う。エム氏は、野生動物をしたがえて住人を襲った。返り血を浴びたエム氏の姿は、さながら鬼のようだった。

「とんでもないものを見てしまった。今すぐこの場から逃げなければ」

焦った男は、あわてて立ち上がろうとする。しかし、三日三晩歩き通した脚は、なかなかいう事を聞いてくれない。脚がもつれて転んでしまった。すると運悪く、エム氏に見つかってしまった。

「おや、お父さん。見てしまいましたね」
「違うんだ。私はただ、おまえがどこかに財宝を隠していると思って…」
「いえ、もう取り返しはつきません」

にやりと笑うと、エム氏は何やら呪文を唱えた。すると、男の体がみるみる縮んでいくではないか。

「なんだこれは、頼む、やめてくれ…」

そう叫ぶのもむなしく、男の体は赤ん坊のようになってしまった。それと同時に、エム氏の体はロウのように溶け、小さくなった男を包み込んだ。丸っこい形がところどころ返り血に染まり、あたかも桃のように見える。

突然、雷鳴がとどろいた。動物たちは逃げ出し、大粒の雨が降り出した。地面に降り注いだ雨は川のようになり、「男とエム氏だった物体」を押し流しはじめていた。

「どんぶらこ、どんぶらこ…」

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