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第1回「死ななかったマッチ売りの少女」

 豊川と申します。皆さん初めまして。ご縁を頂きましてラブピースクラブに書かせていただくことになりました。(※注)ふだんは占星術師とセレクト雑貨店をやっている普通の女性です。占星術とフェミニズムをからめたお話も、のちのちさせて頂く予定です。
 センセーショナルなタイトルの連載だと思います。でも、誇張でなく事実、私はそんな子どもだったのです。
 どうしてでしょうか。しばしお付き合いください。

「ふざけんな! こんなもの、絶対に納得できない!!」
 今から5年ほど時間はさかのぼります。私は怒り心頭に達し、刑事相手に声を荒らげていました。
「私の初体験年齢は13歳です。私が売春行為を始める前の経験人数は、〇人くらいです。」
 刑事が読み上げた事件調書に勝手にそんな下りを入れられて、憤然と抗議していたからです。

 さらに巻き戻していきましょう。
 私が生まれたのは昭和の終わり頃です。場所は北海道岩内町、日本海側沿岸の港町です。人口数万人程度の地方中核都市で、海の幸に恵まれ、自然豊かな素晴らしい町です。
 年子の兄がひとりいます。私の生まれたときには父は49歳で、母は30歳で、父のみ再婚です。小さな町で暮らしていたのは、父の仕事の関係です。父はずっと僻地医療にたずさわっていた外科医でした。
 結婚して岩内町に来る前は、無医村で診療代をとらない無給医をやっていた事もあるそうです。
 私が小5の頃には、一家はさらに辺鄙な限界集落に引っ越し、父はほかにたった2人しか医師のいない市立病院で定年まで勤め上げました。

「医療は誰もが平等に受ける権利がある。医者とは本来、患者から代金を受け取らない無償労働者であるべきなんだ」

 父はそのような高邁な思想を口にしていた事もあるそうです。これを聞けば、だれもが彼を、理想を抱いて地域医療に生涯をささげたヒューマニストと思うでしょう。
 でも、私にはずっと彼の家庭内の姿との恐ろしいギャップがふしぎでした。酒に酔って母に暴力をふるい、「誰に食わせてもらってる」と怒鳴りつける、真っ赤な鬼のように歪んだ形相。私も殴られ、胸を触られたり、卑猥な言葉をかけられる性的虐待もありました。
 外では愛される人格者、内では暴君。残念ながら世に非常によくいる父親です。一見、激しく矛盾した二面性を持っている人物のように見えます。でも、二つの顔の根底にあるものは共通しています。
 幼児性です。心が満たされず愛に飢えているからこそ人格者を演じ、拍手喝采を受け取ります。その仮面をかぶっているストレスを弱いものいじめで発散する場が家庭なのです。つまりある意味一貫していて、矛盾はありません。
 性的虐待の記憶と同じくらいよく覚えている思い出があります。ファミコンに熱中する幼い兄の前に、酔った父はよくニヤけた顔で立ちはだかって遊んでいました。テレビ画面が見えなくなり、兄は「マリオが死んだ!」と泣き叫びます。

「ははは、シュウジが泣いたァ。マリオが死んだって泣いてるヨォ、ママほれ見なァ!」

 それはわが子を守り導くべき保護者の顔とはまるでかけ離れていました。そこには深い深い満足感だけがありました。ガキ大将が体の小さい子をいじめて泣かすときと全く同じ喜びで、彼は幸せそうに破顔していました。あの無邪気さを思い出すと、いまだに背筋が凍るのです。

 田舎町には似つかわしくないほど、美しくておしゃれな母でした。院長夫人という自負もあったのか、コサージュやネットのついた帽子とツーピースのスーツを着こなす若き日の母は、まるで皇室のプリンセス。余りにもおしゃれすぎて、私の幼稚園の行事で「Gパン姿で来てくれ」と指定された時には、そんなものを一本も持っていないから、困ってしまったそうです。
 お見合い結婚でした。ラブレターを勝手に開封するような支配的な母(私の祖母)が一方的に決めた無理やりの結婚だったそうです。そんな親を持った彼女もまた、やはり自我の確立した大人とはいえず、父の暴虐に耐え忍ぶしかできませんでした。
 父、母、兄、私。この家には、大人がいなくて、子どもしかいません。でも日本の平均的な家庭かもしれません。

「さっちゃん、絶対結婚なんかするもんじゃないよ。結婚したらこんなに不幸になるんだから」

 幼い私に繰り返した愚痴を、母は確実にもうすべて忘れているでしょう。
 言われなくても、親の姿を見ていたら結婚に憧れるわけがありません。でも、私はそれならどうやって愛されればいいのだろう? どのように愛を獲得するべきなのだろう?
 私は早生まれで体が小さいこともあり、外に出て友達と遊び回るより、家にいて本を読んだりお話を作るのが大好きな子どもでした。2歳からもうひらがなを読みはじめたらしいです。文学少女だった母からゆずり受けた、生まれつきの性質だと思います。

 幼少期の私の心を守ってくれたものは、まさに自分自身の空想の世界でした。そこは絶対的に自由な安全圏で、全てが思いのままです。
 クラリス姫のようにルパン三世にさらわれることを願う幼稚園児でした。その時、平日夕方の再放送でアニメシリーズが放映されていたのです。王子様でも大泥棒でも、この家から救い出してほしかった。幼稚園児ながら、アニメキャラに恋い焦がれることの異常性に気づいていて、「この恋がバレたら頭がおかしいと思われる、飛び降り自殺をするしかない」と、毎日のように自殺のことを考えていたのを覚えています。そんな園児、自分以外に知りません。それほど抑圧が強かったのでしょう。
 私がいまでも夢見がちな恋愛体質なのは知人にはおなじみです。シティハンター、「スーパービックリマン」のビシュヌ・ティキ、「ファイナルファンタジー6」のセッツァーなど、相手は次々変わっても、いつも甘やかなラブストーリーの空想だけが私を守ってくれていました。寒空の下でマッチを擦り、炎のなかに見る幻想を心のよすがにしたマッチ売りの少女のように。
 マッチ売りの少女は、あたたかな思い出に包まれ、幸せな顔で死んでいきました。でも私は死ねずに生きつづけました。あいかわらず、凍え死ぬほどの極寒の中にいるのに。

 私のような感じやすく内向的な性質を持って生まれた子どもが、こんなにストレスフルな幼少期を過ごしてトラウマを背負うと、もう一生幸せになれないのが宿命づけられていると言っても過言ではありません。これは文字通りの致命的な組み合わせなのです。
 神から、お前は幸せになるなと命じられたようなものといっても大げさではないのです。
 しかしながら掟破りのネタバレをすると、私はあるとき、神に反逆すると決めました。そして幸せに平穏に生きながらこれを書いています。
 いまこの地点まで、暗い思い出話を読まされてうんざりの皆さんのために先に明かしますが、この物語はハッピーエンド保証です。つまり私の大好きなハーレクイン小説の数々と同じです。

 ところで中3ごろでしょうか、家庭科の授業で性教育がありました。

 男は( )の体を大切に!
 女は( )の体を大切に!

 テストで空欄を埋める問題が出ました。
 正解は、順番に「女」と「自分」です。でも私はどんなに悩んでも、後者を埋めることができませんでした。その時私はすでに、性的グルーミングの被害に遭っているまっさいちゅうでした。
 

※注 この連載は北原みのり氏の依頼にて当初「LOVE PIECE CLUB」にて開始され、その後削除された経緯を持つ。

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