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本と大学と図書館と-33- フローとストック (Fmics Big Egg 2021年7月号)

 矢野暢『フローの文明・ストックの文明』(PHP研究所 1988)は, 30年以上前に出版された本です。バブル経済の時代,日本がとてつもない存在感を世界に示していた頃です。「今の日本文明は,庶民が主役の文明であり,フロー経済が実質をつくっている文明といってもよい」と帯にあります。

 また,「ストックやフローをいうとき,経済学的な二分法としての『貯蓄=ストック』,『消費=フロー』ではなく,人間が自分の一生より長くもつものを作って残そうとする執念をもつ事実に着目して,その傾向性を『ストック』といい,他方,消費や消耗,回転の早い流通などに意味をみる人間のもう一面に注目して『フロー』という。人間がストックに執念を燃やしはじめると社会はどうなるのか,逆に,人間の価値観がフロー本位に流れると社会がどうなるのか考える」(まえがき)を,問題意識としています。

 学問上の成果である優れた学術書は,長い生命をもち,知のストックに相当します。図書館員的には,大学における知のストックとして,図書館蔵書を重視しがちです。ストック(蔵書)とフロー(利用)の両輪を意識して図書館を運営しているものの,図書資料を集めて所蔵管理するストック性への配慮が強すぎて,「使い勝手が甚だ悪い」と,梅棹忠夫(国立民族学博物館長)・遠山敦子(当時文部省課長)の対談が紹介されています(p.138-9)。

 資料の選択に関しては,騎士道を研究テーマとしている博士課程の大学院生が必要な図書をすべて購入するようにしていました。一時期の狭い主題範囲を優先しても,100年の時間軸でみれば,多くの特定領域を研究する院生がやってきて,大学全体としての研究領域は広がり,すり鉢状に深いものになります。騎士道は武士道と通じると言われ,新渡戸稲造『武士道』の関連資料への購入希望にも応じ,周辺領域が充実しました。

 大学教員は,教育とともに,調査・研究を行い,研究成果を学術雑誌や学術書として出版・公開します。こうした先行研究をもとに研究は更に前進します。これが学術情報流通のサイクルです。研究助成金や大学運営費は,このサイクルを駆動させる燃料に相当します。大学評価の際に,経費削減の効果が大きいのは図書館資料費と,関西の大学上層部の方が話されていましたが,教育研究の燃料の扱いは,長期的な高等教育機関の存在意義に関わる判断です。旧職の大学運営においては,財務部門の理解もあり,教育研究関連の予算は優先的に配分され,シーリングはかかっても,図書館資料費も他の大学と比較して潤沢でした。教員・院生,経理部門・大学上層部との友好関係(フロー)こそ,最重要人的資源(ストック)になります。

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