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本と大学と図書館と-34- 茹でガエルと神眼 (Fmics Big Egg 2021年8月号)

 中桐有道『「ゆでガエル現象』が会社を潰す:マンネリになっていないかマーケティングとマネージメント』(工業調査会 1992)。本のタイトルがキャッチーです。「カエルをいきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出して助かるものの,常温の水に入れて水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失って死んでしまう」という例えです。マンネリ化は,人や企業は無意識のうちに空しい世界へと簡単に誘導し,それを食い止めるには,鋭い感度と創造力で経営を見直し続けることが必要で,その実践方法を提言した本です。

 2006年には,同じ著者が内容を発展させた『「ゆでガエル現象」への警鐘:あなたは大丈夫ですか?』を出版し,2003年には,大前研一,田原総一朗の共著で『「茹で蛙」国家日本の末路:日本が元気になる最後の一手』も出版されています。心理学者,経済学者,経営コンサルタントがよく使っていた時期があるので,ご存じの方も多いと思います。

 しかし実際のカエルでは,熱湯に入れると即死し,徐々に熱くすると逃げ出してしまいます。ただし,日本社会では逃げ道に頑丈な蓋が設置してあって逃げ出せないし,逃げない選択という心理的な蓋や縛りがある場合もあります。

 茹ってしまわないための究極の能力は,人間わざをこえた鋭敏さで,対象を見抜く神眼(しんがん)をもつことです。現実的には,広い視点の曇りのない瞳で,本質を見抜く心がけです。

 論文指導を受けていると,数時間以上かけた(個人的な)労作を,指導教授は3分間ほどパラパラと眺めて,問題点,展開の甘い点を全て指摘します。書いているときに気になったけれどもスルーした部分,良く考えのまとまらないまま書いてしまった部分,意識に昇った問題部分は残らず,自分で意識していなかった部分も全てです。更に,自分で考えた末に到達できなかった出口のヒントもくれます。どうやって,そんなに早く読むことができ,的確に問題点を指摘できるのか質問すると,問題の箇所が自然に目に飛び込んでくるという答えでした。良い論文をいっぱい読んで,自分で書く「慣れ」なのだそうです。備わった能力・才能の差だと思うのですが,目指すべき到達点は,はっきりと捉えることができました。

 別の指導教授には,「近頃,時代小説が多く出版されるのは何故?」と尋ねたことがあります。「年配者が増え,彼らは時代小説を好むから」と即答でした。人情とか,勧善懲悪とか,自分の嗜好傾向に,改めて思いを巡らせます。

 曇った瞳に,偏見の眼鏡をかけ,視野狭窄な考え方の自分でも,茹で蛙にならないよう心がけることはできます。

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