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本と大学と図書館と-10- 大学のつくり方 (Fmics Big Egg 2019年8月号)

 学科増設の際,大学をつくった経験のある教員から,話を伺ったことがあります。既存の短大に,大学を新設した経験談でした。学科や大学院より大変で,設置基準の大綱化前だったので,もっともっと大変ということでした。人脈を頼って,教員を集めたり,カリキュラムをつくったり,申請書類を整えたり。学生募集やお金の話は聞けませんでした。つくることの大変さと,その喜びがシンクロしているような印象を受けました。実際,大学のつくり方がどんなものなのか,ず~っと気になっていました。図書館ができていないので,体育館に本棚を設置して,箱だけを並べて,現地調査を通ったという,嘘とも本当ともつかぬ話を聞かされたこともありました。

 清水一行『虚構大学』(光文社文庫 2006)は,1978年8月から1979年3月にかけて雑誌連載され,連載終了後,すぐに単行本化され,その後,3回目の文庫化です。息の長い経済小説といえます。舞台は1964年,学校づくりの名手と称される主人公が,学校法人創設と大学新設を同時に行うフィクションで,紆余曲折と事件が連続した結果のサクセスストーリーです。モデルになった大学があるようで,手に汗握る内容です。

 17種類におよぶ添付書類を,正,副控えの各3冊,そのうち事業計画書,予算書類,施設費,財源調書,負債償還計画書,学生納付金調書をそれぞれ30部ずつ提出,スカウトする教授・助教授の就任承諾書,履歴書,業績証明書,図書室に必要な約3万冊の図書目録,これらを大学学術局に運び込む(p.258-9)。こうした事務手続き。

 資金に関わることでは,国有林の払い下げ,当面の設立準備資金から最終的に必要な80億円の調達。更に,学長や理事の人選とパワーバランスから,癖のある学長候補者と,自分の利益しか考えないその取り巻きと,理想的な大学新設を目指す献身的な主人公,これらの登場人物の人間模様と輻輳して物語は展開します。

 著者は国の教育制度の抱える問題を浮き彫りにしようとしています。教育とは何なのか,大学とは何なのか。本質的な問題を考える基礎知識を得るには最適の一冊です。小説という表現形式により,人間模様や「虚構」の設定の中に,ドキュメンタリーや教科書からは知り得ない,教育のありのままの姿が織り込まれています。流通好きには,ネット通販のアマゾンと,物流大手のヤマト運輸の熾烈な戦いを描いた,楡周平『ドッグファイト』(角川書店 2016)も,同様のタイプの経済小説です。2冊ともお薦めです。

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