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就活ウォーズ

昔の創作物のほとんどがパソコンの代を変えるごとに消滅しているんだけど、奇跡的に就活時代の産物が発見されました。 
今読んだだけで何点かツッコんでしまったのですが、なんか切実さだけがすごいので、お暇があるときよければ。
今とは時期とかもちがうのでは……とおもいます。

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俺が言いたいこと、どうやったらわかってもらえるだろう?
たとえばの話をしよう。たとえば、毎日駅のホーム黄色の線やや手前に立っているだろう。でも、電車がやがてホームに飛び込んでくる、その瞬間黄色の線をやすやすと乗り越え線路の上に身を投げたら、一瞬で世界は終わる。俺は、死ぬ。
まだある。
給料日始めってのは手元にお金がある感覚が消えないから、残金いくらだなんて計算せずに、ただ欲しいから、自分が求めるから買う。でも、給料日前になって急に焦る。もっとあると思ってたはずの諭吉、一葉、英世は揃ってとっくに家出をしちまってるものだから。金は、なくなる。
わかる? わかるかなぁ? 俺は命の大切さとかお金の儚さを言いたいわけではないんだ。
そうでなく、もっと、もっと、共通した胸に漂うモヤモヤ感、それを言いたいんだ。
でも、俺はそれを言葉にする術を知らない。

俺はファンキーで頭の軽い大学生、今は就活に精を出している。でも、やる気に満ち溢れて活動していたのは、2、3月までで、4月になる頃俺はいっさいがっさいのモチベーションを失ってしまった。理由は複雑で、いわゆるよくわからなくなってしまったのだった。
最近はパチンコに精を出す日々。

「きみはこれなら絶対他の人に負けないってものある?」
「きみは10年後何をしていると思う?」
「この会社できみはどんなことがしたいの?」
笑顔で俺ははきはきと返事をした。だって、いわゆる自己分析って奴をしていたからね。バスケサークルで会長として、みんなをひっぱってきた。辛いこともあったけど、俺はみんなが笑顔でいられるサークルづくりを目指したんだ! でも、口から形になって飛び出してきた瞬間、「あれっ」って思った。急にうさんくさく感じたんだ。面接官のひとは「へぇ」って言った。俺は急に恥ずかしくなってきた。椅子から立ち上がって、顔も上げないまま、ドアを吹っ飛ばすようにして開けて、100メートル14秒5の速さで逃げたかった。でも、俺はそれすらしなかった。強張る笑顔でうすっぺらい言葉を吐き続けたんだ。
「面接は数をこなせば慣れるものだよ」
まったくその通りで、俺はすぐに慣れたよ。もともとしゃべるのは好きだったからね。時に冗談を交えて、笑いをとるのなんてお茶の子さいさいだった。言葉からただよう胡散臭さにも、慣れてしまった。違和感に麻痺してきて、それが本当のことな気がしてきた。人間の生活には、「思い込み」って必要だろう。

結局幾つかの会社から内定を頂いて、どれかを選んで、どれかを捨てて、これから限りなく一生に近い時間を過ごす場所を決めるらしい。
「おめでとう!」と言われて、「ありがとう!」と答えたよ。
「がんばって!」と言われて、「がんばろうな!」と答えたよ。
でも、正直なところ、何がおめでたいのかもわからないし、頑張るなんて言葉に気持ちは1ミリグラムも入ってなかった。
俺が受かったと言うことは、落ちた人もいる。俺の友人でも中々内定が出ないひともいて、その人の傍の空気はピリピリしている。そのひとは俺が「でも……」なんて言ったら恨むだろう。だから、俺は笑顔で「ありがとう」「がんばるよ」と言う。
でも、そんな白々さは何のためにあるんだろう。

久々にゼミの飲み会があったのは、そんな4月中旬の金曜日だった。俺が所属しているのは環境経済というゼミで、銀行志望のやつも多いから、みんな就職活動真っ最中という感じでそれぞれの苦労話に花が咲いた。
「こないだんとこ、超圧迫だったの。「きみ、この業界向いてないとか思わなかった?」て言われて、ショックで言い返せなかった……」
「ES用に一社一社いちいち考えるのめんどいから、俺携帯で量産してるぜ?」
笑いが飛んだり、しんみりした雰囲気になったりしたけれど、酔ってくればすべてぐだぐだになってしまう。
俺は酔いが顔に出やすい性質で、耳が真っ赤になっているのをからかわれたりすることもあるけど、そのせいか過度に飲まされることもなく、大抵は潰れてしまった人の介護にまわる。
佐藤さんと言う一重まぶたがすっきり綺麗な女の子が俺の肩にしなだれかかる。ちょっと、いやかなり嬉しかった。薄桃色のセーターが彼女の柔らかい雰囲気にとてもよく似合ってる。彼女の赤く染まった唇が開く。
「康平くん、内定出たんでしょ。いいなぁ……」
勘弁してくれ。
頭に浮かんだのは、それだけだった。でも、十分だった。俺は「ちょっと一度リバースしてくる」と告げ、佐藤さんは「汚ーい」と笑って手を振った。
酔いも手伝って、目に涙がじわじわ滲むのがわかった。
早く、早く、ひとりになりたい。個室のトイレで吐き気を催した人々が列を連ねるのも気にせずに泣き続けていたい。トイレットペーパーは固いから目元、鼻の下が荒れてしまうかもしれないけど、俺は男の子だから平気。

「山野?」

肩に手を置かれて、反射的に振り向く。
目の前には背の高い、黒い髪を短く刈った男、斉藤がいた。スーツ姿にリクルート鞄を手にしていた。そういえば説明会の後に合流するとか言ってたっけ。こいつもうさんくさい。うさんくさいぐらいにスーツが似合って、若手企業家とかにいそうな風貌なんだ。
こいつにも悩みはあるだろう。だがきっとくっきりとした形を持っている。俺のように、もやもやして、なんだかわけがわからなくて、21歳にもなってトイレでマジ泣きしたいなんていうみじめな悩みじゃない。
俺は顔が歪みそうになるのを我慢しきれず、不気味な笑いを浮かべて、お決まりの言葉を投げた。
「斉藤じゃん。がんばってんの?」
だが斉藤は眉をひそめて、ため息をついた。
「みんなそれ聞くのな。俺が頑張ってるとかおまえに関係なくね?」



「おわっ、なんで泣くわけ!?」
俺は斉藤の上着の裾をつかんで、号泣した。


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