ずっと、幼いから、

湯船に埋もれている。仰向けになって、顔だけを水面に浮かべて空を見ている。普通にしている時より息がしづらいのは何故だろうか、まぁ、潜ってすぐに苦しくなるのは今は違うから、この体勢が一番いいの。

濡れた髪をタオルでぐしゃぐしゃに混ぜ込んで、風呂場から帰ってくると、頭の中でパピコが「早く僕らを引き裂いてくれ!」と笑顔で踊っている。なんとも不気味で馬鹿馬鹿しくて、何となく冷蔵庫には近寄んないでやった。喉が渇いたから掴んだぬるいアクエリ。記憶をさかのぼるとポカリは貰い物としてしか登場しない。小さい頃から、熱を出して父親が買ってきてくれたのはアクエリで、母親の急いた声も大体アクエリを呼んでいたな。そのくせみんなポカリの方が飲みやすいと言うから訳が分からない。だから僕はアクエリしか買わない。ポカリの味は知らないままでいいや。そもそもスポーツドリンク別に好きじゃないんだけど。とろりとした甘みが喉から耳に詰まる。部屋の空気が湿気たから、窓に近寄りカーテンを勢い良く開けたとたん、思わず驚いて一歩後ずさる。そうだ、今日はシャッターを閉めたんだった…。いつもは外を映させている窓に期待してしまったけど、そうだったわ。ヌリカベのように立ちはだかるシャッターに何だかがっくりきてしまう。

何だってよかったんだ。美しいものが見たかった。ちょっと前に見た、バスキアの絵みたいに、訴えかけてきて、苦しくなるものもいいと思う。けれど、どうして貰ったか忘れてしまった、笑ってばかりのあの子がたった一度だけ真面目に書いた作文の文字みたいなものが見たい。初めて見たとき、僕がいつも乱暴に扱っていたあいつに何も言えなくなるほど、たまらなく、愛おしかった。リビングにおいてある白木のダイニングテーブルで、いつも黒く光る長財布を持つ手が、鉛筆を握っている姿が思わず思い浮かんだあの時、あぁこの子も僕と同じ子供なんだと、作文を握る手の指先が熱くなったのを今でも覚えている。あの時、僕らが中学生だった時、あいつは他校の友達と警察とばかり仲が良くて、自慢げに「今週の俺」の話をしてきたあいつは今、丸い角の八重歯を見せて笑う。

窓を開けると、シャッターの溝に溜まった砂と埃の匂いが鼻中を撫でる。こういう匂いは嫌いじゃなくなった。シャッターに手をかけて、一思いにぶん投げてやる。月が見える。夜の道に巻ききったシャッターの当たる音が遠く響く。せせこましい道に、やたら音だけ広く感じさせる。小さな窓から見える月。こちらを見ている。どう?今日の僕はうまく笑えていたかなぁ。バイト中ポンコツな僕を笑ってくれた店長たちに、笑顔の裏で頭を下げていること、伝わっているかな。今日、どうしようもなく泣きたかったこと、誰か気づいたかなぁ。涙が流れていないだけで、本当はずっと泣いてること。誰も気づかないこと。大切だ。綺麗だなぁ。

酒、あんまり好きじゃないから、月見酒のかわりにパピコでも食おうか。今日は贅沢、2人分。


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