1998年の私の卒論「現代に生きる陽明学」を読んで驚いたこと~「1998年の現代」の振り返りから
☆はじめての方へ
このブログを見つけて下さり、どうもありがとうございます。
こちらは、早稲田大学で東洋哲学専修で「現代に生きる陽明学」を卒論テーマに選んだ紀々が、独自の視点で陽明学の魅力をお届けするブログです。(学術的・専門的な視点をお探しの方は、お役に立てずごめんなさい)
私が励まされた「陽明学」が、誰かの励ましの力となれたならとてもしあわせです。
このところ、色々と本を読んでいます。
久しぶりに「モーレツに読書する人」となっております。
陽明学と東洋哲学にまつわる本、そして、投資とお金にまつわる本。
まさに「論語ならぬ陽明学と算盤」なラインナップ。
そして、ときどき鍵盤(音楽)。
意外な一冊は……1998年に書いた私の卒論「現代に生きる陽明学」。
これが、思いがけず面白いのです。
あの頃に私が向き合っていた「現代」とコロナ禍の現在が、ビックリするほどつながっていました。
そして思ったことは……「これを書いた22歳の学生に会いたい」。
もちろん無理ですが、あらためて「どうしてあの時代にその年齢で陽明学という渋いジャンルを選んだのか」を詳しく聞いてみたいと思ってしまうのです。
せっかくなので、私自身の記憶もたどりながら、あの頃の私に登場してもらうことにします。
これからも、少しずつ。
私が陽明学に初めて出合ったのは、たぶん高校生(ひょっとすると中学生)だったと思うのですが、父が購読していた「プレジデント」というビジネスリーダー向けの雑誌で中国思想が特集されていたものを読んだのがきっかけ。
孫子の兵法や老子の思想などもあったのですが、なぜか陽明学に興味を持ちました。
東洋哲学の授業では、中国思想はじめ日本思想・インド仏教・チベット密教など、現実社会ではなかなか経験できないバラエティ豊かな思想の世界に触れ、浮世離れした日々を満喫しましたが、その中で、直感と、先生のお人柄から卒論のテーマに決めたのが「陽明学」。
私が沖縄出身で、自分のルーツを知りたいという気持ちもあり、中国思想を選び、文学部では必要のない空手の授業も選択しました。
今日は、そんな私が当時「陽明学が現代にも注目される理由」について考えていたことを、卒論からお届けします。
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陽明学は、現代においても一般(特に更にや経営者など)に知られ、ビジネスマン向けの雑誌などにも取り上げられている。
その理由の一つに、陽明学が生まれ発展した時代、つまり、王守仁が頭角を現し活躍した明代と現代の日本において、いくつかの共通した背景があるのではないかと思う。
そこで、陽明学が生まれ、大きな力を発揮した時代と現代の日本との共通点について考えてみたい。
まじはじめに、世の中の全体的な特徴として世紀末特有の「乱」の雰囲気が挙げられるのではないか。
「乱」の中には、これまでの常識や神話などの崩壊や混乱と、新たな何かの誕生とが入り混じっている。それは、旧から新への過渡期であるといえよう。
王守仁の幼少期は、朱子学が官学とされ、厳しい科挙試験に合格することが第一であると言われていたが、明の王朝が元を滅ぼし、夷狄の支配と脅威から解放されてからは、少しずつ色々な方面から変化が起こってきた。
その当時について、森三樹三郎氏は
時代の風潮は、主知主義、理性主義の朱子学を離れ、情意を動力とする陽明学へ向かう機運にあった。(『中国思想史・下』より)
と述べている。
つまり、理論的で厳密な朱子学を重んじる時代から、より実践的でおおらかな気風をもつ陽明学の性格が求められる時代へと流れが変わってきたのである。頭脳や知識といったハードな面よりも、ハートや気持ちなどのソフトな面が注目される風潮になったといえよう。
現代においても、学歴第一主義が唱えられ、受験戦争の過激化や低年齢化が進んでいたが、近ごろは「心の時代」「ゆとりの時代」と言われるようになり、書店でも「心」に関する書物が急増中である。
また、美容や食品においては、ナチュラル志向が高まってきている。
このように、機械化が進みスピード時代と言われる今、手作りに人気が高まったり、音楽においてもデジタルサウンドの時代にアコースティックブームが再来したり、やはりハード面よりもソフト面に比重が移ってきているといえるであろう。
(長~くつづく)
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1998年の私は、そう考えていたそうです。
オウム真理教のサリン事件や、山一證券の破産、そして早稲田大学と革マル派の対立やらで早稲田祭も中止になったりと、事態も気持ちも落ち着かない……「乱」な空気がありました。
社会への扉が開いたものの、これまで聞いてきた話とはかなり違っていて不安がいっぱい。
そんな時、陽明学が生まれた背景を知るにつれ、「乱」の中から明るい未来に目を向け進む発想に、本当に大きな勇気をもらったのでした。
生きる力をくれた学問。
私にとって、陽明学はそんな存在。
そして今「現代にこそ必要な学問かもしれない」と感じています。
というわけで、これから少しずつお届けします。
あした、転機になぁれ!
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