貶めの沼(冒頭部分)

昔描いた拙い小説です。クソ途中


 殺されたんだ。僕はこの薄い液晶に全部溶かされてなくなった。ベッドの上で感じる喪失感が厭悪と焦燥を密かに巻き込む。ありふれた思考に吐き気がした。今この激情を放つ場所はインターネットしかない。現代に生まれていなければどうなっていたことか。しかし現状に感謝するようなことはない。何故ならば僕はこの現代が苦しくて憎いのだから。
 ギリリリリリリ……――。
 頭を割るような勢いで異常な騒音が耳を突いた。僕は目を覚ます。先日買ったばかりの丸時計は、使い始めとは全く違う音を出している。何度も床に落としたせいだろうか。鉄の塊をノコギリで引いたような酷い音がする。頑丈な扉をこじ開けるように目を開くと、黄ばんだシミのあるクリーム色の天井と現代的な照明が目に入る。夏用の薄い掛け布団は、足元でくちゃくちゃに丸まっている。蝉が歯ぎしりのような不快な音で鳴いている。また朝が来てしまった。七時三分、やる気は起きない。行き場のない不快感で発狂しそうになるのをこらえて、しばらく着続けていた寝巻きを洗濯かごへ放り投げた。下に着ていたタンクトップは、汗でびっちょりとして体に張り付いていた。薄く透けた汗まみれのタンクトップと下着を脱いで、軽くシャワーを浴びることにした。浴室の鏡は水垢だらけの酷い有様であった。シャンプーだけして直ぐに浴室から出た。適当に頭から下に向かってタオルで水気を取って、さっさと下着を履いた。
 ごちゃごちゃと衣類の重ねられたクロゼットから、適当に選んだ服を着ると、狭いリビングのソファーに腰掛け、仄暗い部屋で一人眩しい顔をした。依然やる気は出ない。また忙しく立ち上がり洗面所へ行くと、冷水をバシャバシャと乱暴に顔にあてた。現実にいるのに、僕の意識は線を引いた一歩後ろの所にある。鏡をみると酷く青白い顔がそこにあった。充血し、濃くくっきりと染み付いた隈がその顔をより不気味にしている。頭に鈍痛がはしった。その痛みをぐっと堪え、嘔吐く。胃からあがってきた酸がまるで蛆がこめかみからめの中をほじくり返すような感覚であった。排水溝を流れ出す吐瀉物を眺めて、ぼおっと黒い底を見つめ続ける。何処か、遠くへ行きたい。

 暮らしが不自由なわけではない。毒親の元に産まれたわけでも、病気なわけでもない。ただ、僕には何か欠けている。生きていく上で必要な、誰にでもあるような何かが欠落しているのだ。
 通っている高校は、家からさほど遠くない。だが、毎朝早くに支度を済ませ自転車を漕ぐのは面倒でないと言えば嘘になる。自転車にまたがり、いつも通りに、いつも通りの道を進み始めた。ぼこぼこした整備されていない、雑草まみれの道を淡々と進んでいくと、何本かの木と背の高い草に囲まれたボロ臭い公園で足を止めた。広さの割に遊具は乏しく、滑り台とブランコがぽつんと設置してある。錆びついて土で汚れたブランコには、鳥の糞がびっちりこびりついていた。ここらに住むのは高齢者ばかりだからか、もう何年も放置されて、それはもう、遊具というよりかは、単なるオブジェという解釈が正しいだろう。ザクザクと背の高い草を歩み進めると、草に埋もれたベンチを見つけた。木製の雰囲気のあるベンチになんとなく腰掛けて、僕は泣いた。焦燥感と不安と、よく分からなくなって、今まで呑み込んで来た感情や言葉が、今になってつっかえて、口の中が酸っぱくなって吐いた。いつだったか、今日みたいに、セミが異様に五月蝿く鳴いていたのを覚えている。なんと言ったか、ミンミンではなくジージーと鳴くセミで、あれが脳裏に焼き付いて時折五月蝿く鳴いては、酸っかい胃酸の臭いが蘇った。


「それ、何読んでるの?」
 ぱっちりとした目に、色の白い肌、桃のようなピンクの頬をした可愛らしい少女が、僕の手にある文庫本を指さして言った。
「ああ、これ。」
 咄嗟に本を閉じて表紙を少女の方へ傾けた。心臓の音が全身に響いている。少女は本に顔を近づけ、興味深そうに表紙を眺めている。

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