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宇津保物語を読む9 内侍のかみ#1

「ないしのかみ(=尚侍)」とは内侍司の長官。天皇の取り次ぎ、天皇の言葉を伝達する 重要な職である。
源氏物語では、源氏との関係が世間のしることになり女御とすることが出来なくなった朧月夜が、朱雀帝の尚侍となっている。また髭黒の大将の妻になった玉鬘も冷泉帝の尚侍となった。

女御にしたかったんだけどできなかった女性のつくポジション?のイメージがあるなあ。

はたして、尚侍とはだれのことだ?


朱雀帝、仁寿殿の局で女御と物語をなさる(1)

 かくて、七月ついたち、うちの帝、寿じゆう殿でんの、大将のやすどころの御つぼねに渡りたまひて、
(朱雀)「などか、昨夜よべ蔵人くらうど奉りしかど、まうのぼりたまはずなりにし。あやしく、日ごろたび々迎へ人を返したまふかな。もし、思し怨ずることやある。あないとほし」。
御息所、(仁寿殿)「怨じきこえさすべきことや侍るらむ。まめやかには、日ごろあつにや侍らむ、あやしく悩ましく思ひたまへられてなむまうのぼりはべらぬ」。
(朱雀)「それこそはまうのぼりたまはば、さも思されざらめ。まことなでふ悩ましさぞ。もし例のことか」。
(仁寿殿)「あな見苦し。今はよにも」。
上、(朱雀)「などか今はせずとも思はむ。『夏水の』といふこともありや。まことにこのごろは、さる人あまたものすなり。ものしたまふらむ。あはれらはぬ御心地も思ほさるらむ。それをなむただ今聞きわづらふ」。
(仁寿殿)「たれにかほせられむとすらむ。あやしや。いまだ負ほせ人やはある」。
上、(朱雀)「あぢきなのあひぬすびとや」。
いらへ、(仁寿殿)「さらにこそ知りたまへね。げに何ごとならむ」。
(朱雀)「げに知りたまはずや。つれなくなものせられそ。かくのたまはむからに、右大将疑はむ」。

さて、七月上旬のある日、朱雀帝は左大将正頼殿のご息女、仁寿殿の女御のもとにお渡りになる。

帝「どうして昨夜、女蔵人をつかわしたのに参上しなかったのだ。あやしいくも、最近は何度も迎えをお返しになるねぇ、もしかして、私のことを怨んでいるのかな。ああ困ったものだ。」
女御「どうして怨むことなんてございましょう。まじめな話、最近の暑気にあてられて、気分がすぐれませんので、参上しませんでしたの。」
帝「それこそ、私のところに参上すれば気分もよくなっただろうに。本当のところはどうなんだい、もしかして、あれかい?」
女御「いやですわ、そんなことあるわけないでしょう。」
帝「どうしてそんなこと、いいきれるもんか。『夏水の』ということもあるではないか。ほんとうに最近はあなたに心を寄せる人が多いそうだから、そんなことになって、それがもとで物思いに沈んでいるのではないかと、心配しているのだよ。」
女御「どなたを疑っておいでですの。いやですわ。まだ疑われる相手なんていませんでしょう。」
帝「いやだねえ。グルになって。」
女御「本当にわかりませんわ。なんのことですの。」
帝「本当に心当たりがないのかい? つれないことをおっしゃいますなぁ。そこまでおっしゃるならば、いいましょう。右大将を疑っているのですよ。」


「ないしのかみ」のタイトルに人妻の匂いを嗅ぎつけながらあらぬ妄想をしそうになっていたら、始まるのは仁寿殿の女御と朱雀帝とのムフフな会話である。

仁寿殿の女御は左大将源の正頼の娘。あて宮の姉にあたる。朱雀帝との間には女一宮と三宮を生んでいる。

そんな二人の会話だが、どうやら帝は女御の浮気を疑っているらしい。相手は仲忠の父右大将兼雅。
タチの悪い冗談だとは思いますが、こんなシーンから始まるなんて、この巻は一体……

(2)

やすどころ、(仁寿殿)「ましてこれこそ。人の上にてもそらごとと思ほえぬ」。
上、(朱雀)「あやしう、心憎く労ある人なればこそ。さ見つつある、こと人は難からむかし。知りて惑はむことは、そがうちにも、また許すところなむある。かの兵部卿の親王みこ、はらからともいはじ、少し見どころある人なり。まづうち見るにも、かの君を女になして持たらまほしく、さならずは、われ持たれまほしくなむ見ゆる。まして少し情けあらむ女の、心とどめてかの親王みこのいひたはぶれむには、いかがはいとまめにしもあらむと見れば、ことわりなりとてせちにもとがめず、時々の気色をばものとも思はれずかし。されど罪まぬがるることどもなむある。そが中に、おもとに大将の朝臣馴らしたまはむ、せちにも咎めざらまし。ことわりなりと見ゆるところぞ少しあらまし。さらに兵部卿の親王かへりて苦しき人なり。見む人に心留められぬべきところありて、きちじやうてんによにもいかがせましと思はせつべき大将なり。それを少し人にまさりたまふところは、いと深くなむ知りたまはずなりにける。のちはおぼつかなけれど」。
御いらへ、(仁寿殿)「あなうたて。さる心やは見えし。こと人をこそものせらるめりしか」。
(朱雀)「かうのたまふからに、いと悪しからむ」。
(仁寿殿)「ただ、いひしが見どころありしかば、ただふみ走り書きたるが心あるさまなりしかば、あはれなど思ひし」など聞こえたまふ。
(朱雀)「そらごとをのたまふにこそ。さらば疑ひきこえむ」。
(仁寿殿)「なでふ空言にかあらむ」。
(朱雀)「時々もの聞こえ、今もあめるは」とのたまふ。
やすどころ、(仁寿殿)「いさや、さ思はるる心やありけむなど、しるく見ゆることもなかりし。この東宮にさぶらふが、まだ里に侍りし時こそ、さ思ふこともやあらむと見たまへしか」と聞こえたまふ。
(朱雀)「それはた、さかし。いづれの世界にか、男とあるがあしこいはぬがなかりし。まつはりなきおほゐうちぎみたかもとの朝臣さへ、いふことありけむかし。これになむ驚きにし、あやしくものせらるる人なりけりとは。そが中になむ、いとせちにいふ人々ありと聞きしかど、仲忠はてんにめづらしき心あらむ女も、あれだに少し気色あらばえ忍ぶまじき人ぞかし。それをいかによそに見ては、いかにあらむと思ふなむ、いと憎くありがたき御心といよいよ思ほゆる。今もなほその心すまじかし」。
御いらへ、(仁寿殿)「さるは、かのあてこそも、見るところやありけむ、こと人よりは返りごとせまうくは思ひたらざりしを、かの仲忠もさもや見けむ、いとあはれと思ひぬべきこと多くすめりしかど、まめやかに思はでやみぬめりきや」。

女御「よりによって右大将殿などと、他人事としても冗談なりませんわ。」
帝「おやおや、奥ゆかしく、洗練された方だからこそ疑っているのだが。他の者ではそうは行くまい。『知りて惑はむ』というように、あの者ならば仕方もないなと思っているのさ。そういえば、あの兵部卿の親王は、兄弟だからいうのではないが、なかなか見所のある人だ。ちょっと見ただけでも「この方を女としてお世話したい」とも「逆にお世話されたい」とも思うので、あの親王が言い寄ったならば、気の利いた女は心奪われて気取ってなんかいられない。そのような女性に対して、私は何とも咎めることは出来まいし、そんな場面に出くわしたならば、しかたあるまいとも思うだろうよ。男として妻の不貞を見逃したとしても罪にはなるまい。それと同じで、あなたのところに右大将が心を寄せたとしても、しいて咎めることはできないよ。もっともだと思うからね。それに右大将は兵部卿の親王も恥じ入るほどの人だ。女性からは思いを寄せられ吉祥天女でさえ心惑わすほどの色男だよ。そんな男を相手にして、あなたのすごいところは、分別を保っているところだ。これからどうなるかは知らないけれどね。」
女御「まあいやらしい。そのように見えまして? あの方はほかの女性に好意を寄せていらっしゃるのよ。」
帝「そんな言い訳がましいことを言うのが、なおさら怪しい。」
女御「ただあの方のお言葉は風情がありますし、さりげなくしたためた文にも趣がありましたので、いいなと思っただけですわ。」
帝「嘘おっしゃい。だから疑わしいのですよ。」
女御「どうして嘘なんて。」
帝「ときどき文のやりとりをして、今も続いているのでしょう。」
女御「さあ、その気があるなんて、はっきりと感じることもありませんでしたわ。あの方は、東宮のところに仕えているあて宮を、まだ入内する前に心を寄せていたと思いましたけど。」
帝「それはそうだろう。どこの世界に、男に生まれてあて宮に懸想しない者がいようか。女に無関心な致仕の大臣高基でさえ懸想したのだからな。あれはビックリしたよ。高基が恋狂うとは。あて宮に熱心に思いを寄せた者は多いと聞いていたが、中でも仲忠は、どんな気の強い女でも彼がその気になったら誰もなびかずにはいられない、そんな男だよ。それをあて宮はつれなくあしらっていたのはなぜだろうかと思うにつけても、たいそう憎らしくも奇特なお心よと、ますます思われる。今もまだ仲忠はあて宮を思っているようだけれどね。」
女御「それは、あて宮も考えあってのことでしょう。他の方よりは文の返事もしにくいとは思っていなかったようですし、仲忠のほうでもそれは感じていたようですよ。相手が感動するようなことをたびたび書いていたようですが、真剣な交際には発展しなかったようですわ。」


右大将兼雅の話のついでに、兵部卿の話題が唐突に現れる。
兵部卿はあて宮の求婚者の一人ではあったが、後段に承香殿の女御に心を寄せていることが書かれている。
帝のこの発言は、そんな二人のことを念頭にしている。
「あの兵部卿相手なら、女御を取られても仕方ない」ってこと??
「だから、あなたと右大将がイイ関係になっても仕方がない」ってこと??

「寝取られ願望」ってことですか??(スミマセン不謹慎でした)

源氏物語では藤壺との不義密通が大事件のように騒がれ、後世の読者たちも文学史上の大事件のように論じるが、
この二人の会話を聞いていると、「それがどうした?」って感じになる。
仮定の世界の恋愛遊戯、言葉遊びかもしれないが、現代のわれわれとは恋愛に対する感覚がやはり違うのかもしれない。

それにしても、こんな痴話、もとい、ウィットにとんだオトナの会話をいつまで聞かせられるのかと、辟易しそうになっていたところに、
兼雅から、あて宮へ、そして仲忠へと話題が変わる。

仲忠とあて宮がお似合いのカップルだったと、今さら言われてもっ、て感じだが。

(3)

上、(朱雀)「あはれなることどもかな。かの中に通はされけむ文、いかにけうありけむ。かれを見ばや。涼の朝臣の吹上の浜にものしたりし時に、仲忠いとせちに労ありしかば、『なほあてこそは仲忠に取らせたまへ』と大将にものすることありしを、いとせちに喜びいふことありしかば、必ず取らせたまひてむやと思ひしを、心ざしことなりければ、かく異なるをいかに思ふらむ。『天子そらごとせず』といふことはなき世なりけりとこそは思ふらめ。あやしく心憎きところありて、恥づかしと思ふ人に、空言すと思ほゆるなむいとほしき。その今宮をやは取らせたまはぬ。天下にいふとも、えまさることあらじ。あやしく見るに心ゆく心地して、世間のこと忘るる人になむある。涼の朝臣えこそ等しからね。なほかれはかれとして、これは心殊になむある」。
(仁寿殿)「まだ位なむ心もとなき」。
(朱雀)「それはな思しそ。さらではえもどきのたまふことあらじな」。
御息所、(仁寿殿)「いかにここにはともかくも思ひたまへむ。よろづのことのたまはせむにこそは」。
御いらへ、(朱雀)「されどそこに許したいまはばとこそ」。
いらへ、(仁寿殿)「ここには聞こえさせむ。何かは。さてあらむに人などは似げなくなどいふことはなくやあらむなど思ひたまふれど、位などまだ髙き人にもあらねば、なほしばしはかくてものしたまへとなむ思ひたまふる」。
帝、(朱雀)「などてか女のただにて盛り過ぐることのあらむ。さるべき人なくてある時にだにあぢきなきもの、かくよき人を見ては、さて過ぐすことのあらむ。位はな思ほしそ。まだ年若き人なり。罪は免れなむ。そのほどはたよに人には落とさじ。なほさ思ほしたれ。よにそしられはあらじ」。
いらへ、(仁寿殿)「いでや、えぞ思ひたまへ定めぬや」。
(朱雀)「うつほを思し出づるにやありけむ。あなさがな。よにもどきあらむことは聞こえじ。なほさ思したれ。こよなき位にしなしてむ。ただ今のよりも、かく具したるざえに、かたち、心なども過ぐれば、ただ今よりおぼえまさりなむ」。
御息所、(仁寿殿)「今よく思ひたまへ定めてを。里になど許し申されば」。
上、(朱雀)「その御里こそよにそしりたまはざらめ。さては頼もしかなり」
など聞こえたまふ。
〔絵指示〕御台四つ立てて、もの聞こしめす。

(小学館新編日本古典文学全集)

帝「それはなんとも感慨深い。あの二人の間で交わされた文ならばどれほど洒落たものだろう。見てみたいなあ。涼の朝臣の、吹上の浜に訪問したときに、仲忠はずいぶんとすばらしい琴を演奏したので、『あて宮は仲忠に取らせよ』と左大将に勧めたことがあったが、仲忠もたいそう喜んでいたので、きっとそうするだろうと思っていたのに、左大将の気が変わってしまって、実現しなかったのを仲忠はどう思っただろうなあ。『天子空言せず』が実行しえない世なのだと、がっかりしただろうなあ。不思議なほど心惹かれ、恥ずかしく思わせるほど立派な人に嘘つきだなどと思われるのは辛いことだ。そうだ、いっそ女一宮を与えたらどうだろう。どんな男であっても仲忠に優る者はいないだろう。不思議にも顔を合わせれば心が晴れる気がして世の憂さを忘れさせてくれる人だ。涼の朝臣も及ぶまい。まあ、涼は涼でいいところはあるが、仲忠は別格だ。」
女御「でもまだ位が心もとないですけど。」
帝「そんなことは気にするな。それ以外には非難できる点はないだろう。」
女御「どうして反対いたしましょう。すべて帝の仰せのとおり。」
帝「でもあなたに賛成していただきたいのですよ。」
女御「では申し上げます。二人が結婚したならば、不似合いだなどという者はいないとは思いますが、位がまだ高くないので、もうしばらくは、このままお待ちになってはと思うのです。」
帝「どうして女が結婚もせず盛りを過ごしてよいことがあろう。適当な男がいないときでさえ味気ないものなのに、仲忠のような優れた男がいるんだから、このまま過ごすことはあるまい。位の低さは気にするな。まだ年若いのだ。そんなのは欠点にはなるまい。そのうち人に劣ることもなくなるだろう。な、そうしようよ。二人の結婚を非難する者はあるまい。」
女御「さあ、まだ決心がつきかねますが。」
帝「うつほ暮らしのことを考えているのか? 意地が悪いなあ。それだって非難されることではない。やはり承知なさい。相応しい位にしてやるから。位が上がれば、もともと優れた才能と容貌、気だても優れているのだから、今以上にお気に召すだろう。」
女御「今一度、考えて決めましょう。実家の許しもございましょうから。」
帝「そのご実家は決して反対なさいますまい。なんとも頼もしいものだ。」
などと申し上げる。
〔絵指示〕省略


唐突ではあるが、仲忠の結婚話がまとまった。

こんな思いつきみたいな流れで決めてしまっていいのだろうか?

しかし、女一宮の降嫁は貴族としてはこの上ない名誉である。琴の一族の栄華がついに見えてきた。

この物語はどっちの方向に進むのだ?
アダルトな恋愛物語になるのか?
いっそ、アダルトすぎる展開になってしまうのか?

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