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『愛じゃないならこれは何』感想

愛とは何でしょう。愛とは、自分のすべてを惜しみ無く与えてもよいという覚悟と狂気と信仰のことかもしれません。

斜線堂有紀先生の『愛じゃないならこれは何』は、どうしようもなくある誰かへの感情を抱え、それに振り回されもがきながら生きる人々を描く短編集です。全5編。いずれも「愛」と言われて想像するような感情ではないものの、読み終わってみると、この感情に名前を付けるなら「愛」しかないだろう…という巨大な感情に包まれる作品です。

以下、各短編についての感想です。

・ミニカーだって一生推してろ
地下アイドルグループで燻る赤羽瑠璃(通称:ばねるり)と、初期から推し続けてくれているファン・めるすけ。どれだけエゴサをしても引っかからなかったのに、ある時めるすけだけが自分について語ってくれていることを知るばねるりは、彼の投稿した内容通りに衣装を変えてみて…。そこから彼女のアイドル活動とめるすけの存在は、どんどん不可分になっていく。そんな感情の暴走がなぜか心地よい。

一度推したんだから一生推せ。捨てるんじゃない。ファンの「推し」は、線の向こう側からの「愛」だと分かっていながら、それだけを抱いていくしかない…そんな主人公の行き場のない「愛」についてのお話。

・きみの長靴でいいです
カリスマ的ファッションデザイナー・灰羽妃楽姫。彼女がその地位を確固たるものにするのに、欠かすことのできなかった人物がカメラマンの妻川英司だった。駆け出しのころから彼女のカリスマ性を信じる彼は、パートナーとして妃楽姫のために尽くしてきた。…あくまでビジネスパートナーとして。

誰かが思い描く「特別」でありつづけようとするあまり、本当の自分としての想いを伝えることが叶わない。彼は「本当の私」など求めていないし、そういう関係になりたい「好き」じゃない。カリスマ・偶像・夢、そういう「エモい」存在であってくれという信仰よりも…本当に欲しいのは普段使いする靴みたいな、身近な存在でありたいだけなのに…。「ミニカー」とは対比的で、こちらは「こうあってほしい」と「こうありたい」がせめぎ合うような一篇でした。

・愛について語るときに我々の騙ること
鹿衣鳴花・泰堂新太・春日井園生…3人は高校時代からの親友で、ずっとこのまま気楽に楽しい時間を過ごせると思ってたのに……。女子一人・男子二人が「親友」で居続けるための、苦悩の物語。「男女間に友情は成立するか?」という問いが、2022年の今どう考えてもナンセンスでしかないのに、「男女」が一緒に過ごしていると「そういうもの」として話されてしまう。好きになる相手が異性だなんて限らないのに…。そんなモヤモヤを抱える人にはぜひ読んでみてほしいです。

大人になると、恋人や家庭をつくることが当たり前になっていって馬鹿をやる友人はいつしか消滅していく。そして、「親友」なんてものが増えることはほとんどない。でも、それをほとんどの人が当たり前のように感じていることは、なんだかとても寂しいですよね。「一緒にいて楽しいから一緒にいる」というのは、至極真っ直ぐな感情じゃないでしょうか。

・健康で文化的な最低限度の恋愛
料理アプリの開発会社で働く美空木絆菜。彼女は、中途で入社してきた後輩・津籠実郷にどうも一目惚れをしてしまったらしい…全然好みとかは合わないのに。もともとインドア派でサッカーなんて見たこともない絆菜は、実郷と話を合わせるためだけにサッカーを勉強し試合も見るようになる。「相手の好みに合わせる」というのは、好かれたい人がいる場合、自然な反応のように思えるのですが、それが本当の自分とまるでかけ離れていたとき、どういうことになっていくのか…そんな危うい思考実験のような作品です。

あなたの近くにいれればそれだけで幸せだけど、あなたの近くにいようとするほど、私はどんどん私でなくなっていく。話を合わせて好かれるためだけの嘘を、現実にするためだけに生きていくのは、自分の人生と言えるのか。

・ささやかだけど、役に立つけど
こちらは「愛について語るときに我々の騙ること」の後日談、ないしは別視点のお話。3人のグループがいて、誰かと誰かが付き合ったら、そこで「3人」という関係は終焉を迎えてしまう。だったら、悪あがきかもしれないけど、ささやかでいいから続けていたい…。そんなモラトリアムの祈りのようなお話です。キスもセックスもできるけど、本当にしたいのはそういうことじゃないんだよ!

短編集全体として共通しているイメージとしては、もしかしたら「信仰」が一番しっくり来るかもしれません。「そうじゃないかもしれない」でも「そうであってくれないと困る」という、後戻りできない「愛」の苦しさ。どストレートに情緒をめちゃくちゃにされたい人におススメです。

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