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スタバの男女とサラリーマン


1.

その日、近所のスターバックスで仕事のアイディア出しをしていたら、突然僕のすぐ近くから、「えええええーー!!おひさしぶり!」という大声が聞こえてきた。

僕はその時、国道沿いにある広いスタバの窓際に座っていた。そのスタバは勉強や仕事など、なにかしら目的のあるお客さんが比較的多い店だった。そのため普段は静かで、図書館のような雰囲気があった。それだけに、突然の大声に本当に驚いた。

みると、たった今入ってきたばかりのようなおっさんが、先に席に座っている女性に話しかけていた。

女性は僕のすぐ隣にある6人掛けテーブルの端に座って、テーブルに参考書を広げていた。その女性は一瞬ポカーンとしていたが(むしろ若干引き気味にも見えた)、しだいに誰かわかったのか「おおおおお!!」と声を上げた。


「うわーひさしぶり!本当にお久しぶりだね!!」

「ひさしぶりだね!」

「ひさしぶり!」

「うおおおお!!!!すごい!!」


二人ともすごく興奮していた。よっぽど久々の再会なのだろう。わかるわかる。思わぬ場所での遭遇は、誰でもテンション上がるわ。

でも僕はなぜか会話に違和感を感じた。なんだろう?


「いやーまじですごいね・・・えっ、もしかして転校して以来じゃね?」

「うんうん、そうかも!」


・・・えっ、転校?


ということは生徒と先生の関係かな?と思っておっさんを見た。

ところが、ぜんぜん違った。

よく見たら、その男性はおっさんではなく、おっさん顔の若い男性だったのだ。服装も髭の青さもオーラも、全部おっさんのそれだったけれど、よくよく見ると、肌が若くてほうれい線が深くない。どちらかと言うとプリプリのもち肌だ。

ということは女性と同級生という事か?彼も学生か、それと同じ年齢の人ということか。きっとそうなんだろう。そして同時に、さっき感じた違和感の原因もわかった。女性が敬語を使わず馴れ馴れしいことに引っかかっていたのだ。同級生だからタメ口なのか。なるほど。

しかし、それにしてもこの男性のおっさんくさい格好はどうなのか。


まるでおっさんのコスプレをしているようだ。ひげの剃り具合も。

もうすこし若者らしい格好をしないと、若い時期を無駄にするぞ、とつい心配になった。こういう服装とかは心がけでいくらでも若くなるもんだぞ、と心のなかでつぶやく。まあ人のこと言えないけどさ。

ここまでおっさんぽい男性と、若々しい女性が友人だったということが想像がつかなかった。この二人にすごく興味が惹かれた。そこで二人の会話を盗み聞きすることにした。というか、おっさんの声がいちいち大きいので、嫌でも耳に入ってくる。

ところが、二人の会話は非常にギクシャクしていた。一応どこの大学にかよっているかとか(女性は大学生だった)、住んでる場所の近況を話してはいたものの、すぐに「ひさしぶりだね・・・」と言い合い、会話が終わってしまう。

初めはよっぽど久しぶりの再会に感激してるのかなと思ったが、次第に、ふたりの共通の話題が無くて困っているのだということに気がついた。だから「久しぶり」という言葉に逃げてしまう。わかるわかるとまた一人で勝手に頷く。よほど仲が良い友人でもない限り、時間って結構共通の話題を洗い流してしまうのだ。

しかも、もっと最悪の場合もあり得る。それは、実は二人はたいして仲が良かったわけではないというパターン。

例えば、高校の同級生を久しぶりに街で見かけて、興奮して声をかけたのはいいものの、よくよく考えてみると、高校のときも大して仲良いわけではありませんでした、というパターンだ。そうなると、共通の話題を見つけるのは至難の技。ふたりとも口下手だったら最悪で、結局「お久しぶり」という言葉に頼りがちになってしまう。

それにしても、とまた疑問が湧く。

彼らの久し振りってどれぐらいだろうか。仮に21か22だとしたら、高校時代の同級生なら3、4年ぶりってとこだろう。そう考えるとちょっとしみじみとする。30代を数年超えると、3、4年ぶりなんてザラだし、たとえ8年振りでもつい最近に感じてしまう。

とか考えていると、とんでもない言葉が聞こえてきた。




僕は思わずバッと二人の方を向いてしまった。

は!?

じ…12年?

まさかすぎる年月に少なからぬショックを受けてしまった。

聞き間違いだろと思ったけれど、やはり12年と言っている。


ちょっと信じられない。仮に彼女が1浪して、今が四年生の23歳だとしても、12年前は11歳、小学校5年生。ストレート入学の18歳だったら小学校1年生だ。そんなことってあり得るのか?ありえないだろ!

でも、おっさんはともかく、女性はどんなに見積もっても20代前半にしか見えなかった。学生という事実を勘案してもそうだろう。小学校高学年から、中学校初めのころに同級生だったのかもしれない。

それにしても...と改めて考える。

女性ならその頃からあまり変わらない人はいるかもしれないけれど、男性ならその後大きく変化する時期をむかえるはず。子供っぽい小学生から、おっさん化した後の人を判別できるものなのだろうか?

と思って、ハッとなった。

このおっさん、小学生からおっさん顔だったのでは!?








それはそれで悲しすぎる。。。





2.

僕の予想では、2人はひとしきり「久し振り」を言い合った後、話すことがなくなり、男性が空いた席に移動して会話が何と無く終了するんじゃないかなと思った。

ところが、彼ら2人は意外にも共通の友人を見つけ、そこから話題を発展させていった。この「おっさん」意外にもトークがうまいのかもしれない。でも僕には非常に面白くなかった。知らない人の共通の知人である知らない人の話を聞いても、なんにも面白くない。

僕は諦めて仕事に取りかかることにした。

ところが仕事に集中しようとすると、いやでもおっさんの声が聞こえてきて、気になった。おっさんの声には妙に甲高いところがあるのだ。しかも声がいちいちでかい。10分ほどそういう状態が続いたころには、僕はすっかりイライラしていた。僕はちらっと彼らを見る。

ところが、そこでハッとした。

今まで二人に気を取られて気付かなかったが、僕以外にもイライラしている客がいることに気がついたのだ。


それは、女性の真正面に座るサラリーマン。


メガネをかけた貧相な背中をしたサラリーマンだった。それがパソコンを目の前にして、頭を抱えている。

初めはなにかしら作業に行き詰まっているのかなと思ったが、








二人が笑う度に頭を抱えている。間違いない。彼も確実にイライラしている。

でもなぜか弱々しく見える背中のせいか、この頭の抱え方が哀愁を誘った。普段の生活の悲哀を感じさせたのだ。

でも、なぜかこの光景がちょっと面白く感じて、僕はサラリーマンに興味が湧いた。楽しげな男女の前で頭を抱えるサラリーマン。うふ、面白い。

それにしても、こんな状況だと、文章を打ったり、考える感じの仕事だとかなり辛いだろうなと思った。慎重さが要求されるような作業ならなおさらだ。

とその時、パソコンの画面が目に入る。




ああ!エクセル!最悪だ!

もちろん中身は見えないが、数字がたくさん入力されているのだけはわかる。でも、数字一つ入力が狂うとすべてがおじゃんだ。というか、この作業をスタバでやるってどうなんだろう。こんな状況で仕事をするなんて、僕からしたら自殺行為に見える。

そしてふと、もしかして彼の休日は、居場所がここしか無いんじゃないんだろうかと思った。家や家族に、彼の居場所がないのだ。だから休日になっても、会社に行くと言ってスーツを着て、スタバで作業をするしか無いのだ。全部勝手な妄想だけど、あながち間違いではないような気がする。うん、そういうことにしよう。

改めてサラリーマンの後ろ姿を見る。すると、またハッとなった。

あと一人、特にイライラしている人を見つけたのだ。


それはサラリーマンのすぐ隣りにいる太った男だった。






ストライプ柄のセーターに、大きなヘッドフォンをつけている。集中してパソコンをのぞいているように見えていたが、二人が笑う度に肩に力がぐっとはいるようだ。

それでちょっと注意してみてみると、すぐに彼が怒っていることを確信した。


その証拠に





二人が大声で笑う度に少しうつむき加減になって、鋭い目で二人を睨んでいるのだ。その様子が僕の位置からは丸見えだった。

ところが一つ解せないところがあった。それは彼がヘッドフォンをしていることだ。まるで分厚いハンバーグのようなイヤーパッドで耳を覆っている。あれじゃあ二人の話なんて聞こえないんじゃないのか?なんで怒ってるんだよ。

それとも少し聞こえてしまって、音楽が邪魔されるのに苛ついているのだろうか。

それで、以前友人から聞いた話を思い出した。彼は以前、スタバで音楽や映像を編集している人を目撃したと言っていた。

そんな騒がしいところで編曲する人なんているかと思ったが、もしかしたら彼がそうなのだろうか。あながち間違いではない気がする。うん、きっとそうだ。

すげえな、そりゃうるさかったら怒るわ、と思いつつ、一方で、なんでこんな所でそんな作業やってんの?とも思う。漫然と男を見る。すると、、



















なっ・・・


ふつうにアニメやんけ!


じゃあおまえはいったい何に怒っているんだ!



僕は一連のことをブログに書こうと思い、机に向かってメモを取りだした。


するとその時「ガタン!」という大きな音が聞こえて飛び上がりそうになった。

振り返る。






見るとあの太った男が、両手をテーブルについて立っていた。顔は伏せ気味で、表情はよく見えない。

二人の男女は「ん?なに?」とでも言っているような普通の表情をしている。その二人を、彼は見えない角度で睨んでいるのかもしれない。



すると突然彼は乱暴にカバンを机の下から取り出し、パソコンをカバンに放り込んだ。














す、すっげえ「オレは怒ってます」アピール・・・。


だからなんで怒ってるんだよ!!




ところが、この出来事は、かなりいい方向に働いた。


二人は少し反省したらしく、声をヒソヒソ声にして話始めたのだ。



サラリーマンも、キーボードを打つのが早くなった気がする。どうも集中出来るようになったらしい。

良かったねと思った。ようやくちゃんと集中して数字を入力できる。

ところで、僕の方はというと、テンションが落ち気味になっていた。もう二人の声はほとんど聞こえないし、サラリーマンも普通に仕事をしだして、見るべきところはどこにも無くなった。

仕事への集中力もすっかり無くなり、僕もうちに帰ることにした。ジャケットを着て、荷物をまとめ、店を出る前にトイレにいく。

手を洗って、鏡を見ると、メガネ姿の僕が写る。その時、ふと、今日僕は仕事で何をしたんだろう、と思った。正直、何もやっていない。変な二人と、サラリーマンと太った男に夢中になって、気がつけばこんな時間だ。こうして時間を無駄にし、人生が過ぎていくんだろうなと思うと悲しくなった。

仕事をしに来たのだから、もっと集中しなきゃと思い直す。そうだ。もっと一分一秒大切にしよう。今日は家に帰って出直しだ。

僕はトイレのドアを開けて外に出る。


すると...


とつぜん「あっはっはっは」と笑いが起きた。

かなり大きい声だ。

まさかおっさん復活したのか?あの6人がけテーブルを見る。







なっ
























なんとあのおっさんが、太った男がどいた席に座り、女の子と喋っていたのだ。サラリーマンは二人に囲まれた形になり、より一層深く頭を抱えていた。


くっそ、なんだこれ・・・


僕は慌てて元の席に座ろうとしたが、運が悪いことに別の人が既に座っていた。

周りをみたけどどこも空いていない。

この場面の続きを見たくて、席があくまで立ってウロウロしていたけれど、流石に怪しい人っぽくなってきて、ついに店員がやってきた。

「すいません、席が満席でして」

「ですよね」


僕は店を出た。外は風が強かった。

今まで、帰り道に何度も何度も教訓として学んだはずのことを、改めて思い知る。

僕にスタバで仕事は無理。





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