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隣の隣の家は色気がすごい

職場でいくつか貰ったチョコレートに
少し心が温かくなった。

久しぶりにワインでも開けるか、と
あしどりもなんとなく軽い。

飲み会だったというのもあって気分も良い。


頭の中でそんなことを考えつつ
終電から降りると


隣の車両に偶然、

隣の隣に住む流星くんを見かけた。


しかも、バッチリ目が合ってしまい
改札の数もさほど多くないし
方向が同じなので

なんとなく、気まずい空気のまま
互いに頭を下げる。


しかし、俺は流星くんの

右肩から下がる安そうなトートバッグに

両手をふさぐビニール袋、

さらにはナナメ掛けバックから


視線を外せなかった。


「…大丈夫??」


思わず出てしまった言葉。


流星くんの肩からは
ズルズルと鞄が落ちるし

お菓子が時々袋から零れる。


ここまで行くと、なんかもう、


厭味とすら思えない。


「大丈夫、っす…。」

「そう…??」

「…いや、やっぱりあんまり
大丈夫じゃないです。」


はぁ、とため息をつき
ビニール袋を一度、
地面に置く流星くん。


「良かったらどれか持とうか??」


袋を指差し、尋ねると
流星くんは目をキラリと輝かせた。


「い、いいんですか…?!」

「うん、良いよ。」


俺は一番持ちにくそうにしていた
トートバッグを肩にかける。


流星くんは嬉しそうに俺の隣に並び

改札を二人仲良く抜けた。


「これ、全部チョコ??」

「チョコじゃないのもありますけど
多分、基本はチョコっすね。」


流星くんの答えに少しだけ笑った。


よく考えれば
カレと話したことはほとんどない。

そのかわりカレの彼女さんとは
朝、よくゴミ捨て場であう。


明るくて可愛らしい
小さな女の子だ。


正直、流星くんとは
全く雰囲気が違う。


「…スズが、井上さんは
すごい良い人だって言ってて。」

「いや、そんなこと、」


「実際マジ良い人ですね。」


トートバッグ持ったくらいで

少し、大袈裟だろう。


「モテるんだねぇ。」

「いや、モテるとは違います、多分。」


話がそこで終わってしまい
少し気まずい沈黙が流れる。


すると流星くんは申し訳なさそうに
ハニかんだ笑顔を俺に向けた。


「なんか、すみません。」


その、透明感のある声は

夜の暗さによくあっていた。


「いや、良いよ。
俺もなんか、ごめんね。」

「いえ、井上さんは、何も。

それに俺、井上さんと
一度話してみたかったから。」


アパートの階段を昇り

流星くんは少し笑った。


「おやすみなさい。」


そう言って俺の腕から
スルリとトートバッグを取って

頭を下げ、部屋に入った流星くんは


俺でも分かるくらい

色気があった。



隣の隣の家は
色気がすごい







**


「スズ、ただいまー。」

「お帰りなさい!!
順位、どうでしたか??」

「1位涼太、2位陽。俺は3位。
あのままだな。」

「何個だったんですか??」

「73個??かな。」

「えー。


なんか、半端ですね。」






2012.02.16

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