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そうだ、本当にどうでもいい

都と泰睦が付き合い始めた日を
俺はきっと忘れない。


ある日の朝食で泰睦が
ニコニコしながら言った。


「都ちゃんと付き合うことになった」


兄さんと父さんは
まるで時が止まったかのように
動かなくなって

父さんはテーブルを叩いて
突然立ち上がった。


「道場の女には手出しするなって

あれ程言っただろ!」


だけど兄さんは少し笑って
「良かったな」って言った。

「おい、朝長!
良かったなってなんだ!」

「うっせぇな、良かったじゃねーか。
息子の恋愛も喜んでやれねーのかよ。

とんだダメ親父だな。」


喧嘩勃発を予感した俺は
早々に朝食を下げる。

母さんは兄さんと父さんの喧嘩を
待ち遠しそうにして、席に座った。


「あき兄。」


泰睦が、階段を登る俺を引き止める。


「なんだ。」


「あき兄は俺と都ちゃんのこと、どう思う?」


俺には兄さんみたいに
人の幸せを支えるほどの優しさはないし

父さんみたいに心配するほど
他人に関心もない。


「いいんじゃないか。」


特に迷うこともなく
無難な言葉を口にした。

泰睦はなぜか大きく笑って
「ありがとう」と答え、部屋に入る。


都は多分、この家で

俺が一番付き合いが長い。


泣き虫なくせに強がりで
弱虫なくせに意地っ張りで

なんでもこなすように見えて不器用で

気が利くようで鈍感で
大人しいようで負けず嫌いで


箱入り娘のくせに

好奇心旺盛。


女として見たことはない。
俺には明日香がいるし。


でも、都のことはいつも
少なからず心配で、

よりによって
心配な男と付き合い出した。


泰睦も都も
俺からしたら幼すぎる。

まあ、そんなの俺の知ったことじゃないが。


そんなことを考えながら
リビングの騒音を無視して玄関を出ると
都が家の前に立っていた。


「おはよう。」


俺の顔を見て恥ずかしそうに
小さく頭を下げる都。


「泰睦と付き合うんだってな?」


聞いたら、更に赤くなる。
そしてなぜか首を傾げる。


「えっと、」


黒い髪を遠慮がちに
耳にかけた。

そんな仕草、
初めて見た気がした。


「お前、こんな質問で照れてたら
今後、泰睦となんか付き合えないぞ。

あいつと付き合うことによって
母さんからどれだけの辱めを
受けると思ってるんだ。」

「は、はずかしめって!
先輩、言葉選んでくださいよ!」

「相変わらず
細かいところにうるさいな。」


都のことは昔、

嫌いだった。


泣き虫で弱くて甘えん坊で
世間知らずでそのくせ負けず嫌い。


「…お前みたいな女の
どこが良いんだかな。」

「せ、先輩には関係ないでしょ!」


「あぁ。

俺には関係ない。」


そうだ、関係ないんだ。

どんなに嫌いだったとしても
どんなに可愛がってても
どんなに心配でも


俺にはなにも

関係ない。


「泰睦はお前の思ってるより弱いぞ。」

「大丈夫です。
私、ちかちゃんのこと、守る覚悟あります!」


「女が男守るなんて、乱暴な宣言だな」


鼻で笑った俺を見て
都はまた、下唇を噛む。

悔しいか?そんなの知るか。


俺にはもう、
関係ないんだ。



そうだ、
本当にどうでもいい







**


「都ちゃんと泰睦くんが付き合った時
義旭くん、どう思った?」


明日香の質問に俺は
「何も思わなかった」と答えたら
明日香はなぜか少し笑った。


「…なんだ。」

「絶対寂しかったくせに!」

「なんでだ。」


「だって、弟と妹が

同時に居なくなったみたいな気分じゃない?」


…あぁ、なるほど。
都は妹なのか。


…あんな強くて凶暴な女が妹?


「泰睦がかわいそうだなとは思った」

「…え?ただのブラコン?」


そうか、あの時俺は

寂しかったのか。






2012.08.26
hakuseiさま

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