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春雪が、指に触れる


竜の言葉を聞いて
私は頭が真っ白になってしまった。


「…かいがい、てんきん…」

「確定って訳じゃないんだけど。
でも、大抵の先輩達がみんな海外から始まってるから、俺もそうなるかも。」


高校一年生の頃から交際している
柏葉竜は昔から、優秀だった。

私たちの高校は、そこそこ頭が良かったけど
その高校で成績は上位5%には必ず入っていたし、
最難関と言われる私立の大学に進学して、
就活も、断るのが大変なんじゃないかってくらい内定をもらっていた。

そのたくさんある内定の中で竜が選んだのは
国内屈指の機械メーカーだった。
ロケット作ったりしてるような大きな会社である。

「…梨沙、それでさ、」


「おめでと!!!」

涙が溢れそうになった。
そもそも、私みたいな凡人が付き合って良いレベルの男性ではなかった。

私は公務員になるために、公務員試験の勉強をしていて
そうしたら、転勤についていくことはできない。
彼はそれを知っていて、それでも、その道を選ぶ。

「竜、どんどん内定増えていくからさ。
どうするつもりなのかなって、思ってた。」

「ああ…。本命の結果が遅くて…。
…それで、梨沙、」

「わたし、…本当…おうえん、してる…から…。」


結局、流れ落ちてしまった涙。
竜が予約したと思われる高級であろう、ホテルのレストランの個室で
私はとうとう嗚咽が漏れてしまった。

「え?!りさ、ちょっとまって、」

「わ、わたし…!
竜と付き合ってきた七年…、本当に幸せだったよ…。喧嘩もしたけどさ、楽しいこと、多くて…。わたし、…わたしは、」


わたしは竜のこと、応援してるから。


そう言おうとしたとき、
音楽が変わって、私の好きな曲になって、

店員さんがケーキを持ってきた。

竜は頭を抱えている。

「…は、え…?え?な、なんですか…」


そして、ケーキプレートの横には

私の憧れていたブランドの
指輪の箱が置かれていた。


店員さんはニコニコしながら
頭を下げて、去っていく。

竜は頭を抱えたまま、
小さい声で呟いた。


「俺は別れる気なんてないよ。
…つーか…。

これ成功させるために、
桜にもわざわざ頼んで、梨沙の結婚への気持ちとか確認してもらってさ!
大して仲良くないのに篠田にも頭下げて、
梨沙の欲しい指輪、調べてさ!

この店も、何軒も回って決めて、
今きた店員さんと事前に打ち合わせまでしてさ!

そしてこんなことを
バラしちゃってる俺!ださすぎ!」


竜は最後のダサすぎ、の時に顔を上げた。
私の涙が止まっているのを確認すると
指輪の箱を開ける。

大きなダイヤのついた指輪は
私の薬指にぴったり合ったサイズだった。

そして竜はテーブルの下から
大きな花束を取り出す。


「梨沙。
俺、遠距離になって、梨沙の心が誰かのものになるの、怖いから
独占しておきたいって思ってしまうのは
あまりに、身勝手かな。」

「…どくせん…」


「僕と結婚してくれませんか。」


首を縦に振った私を見て
ガッツポーズした彼が

高校の頃と何も変わってなくて

思わず、笑ってしまった。

◇◆

店から出るとやたら寒くて
息で指を温めた私の手を竜は握る。


「プロポーズ、気づかなかった?
結構分かりやすく動いてたと思うけど。」

「え…?そ、そうなの…?
竜って昔から常に忙しそうだから…。
何も感じなかった。」


本音を伝えた私の言葉に
また、面白そうにした。

しばらく歩くと
竜の掌が私の頬を包んで、

私の唇に唇が触れた。

はあ、と白い息が
唇が離れた瞬間、溢れるように吐き出される。


「忙しそうにしてるのに
そばに居続けてくれて、ありがとな。」


小さな雪が

私の指に、落ちた。


「だって、好きだから。」


そう言った私のことを
抱きしめた彼の温もりも

変わらず、愛しい。


春雪が、指に触れる



**

あなたと一緒がいい。

一生、いつまでも。



2023.08.18

※桜と篠田は二人の高校の時の友人です。(主に梨沙の)

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