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才能に満ち溢れる兄

俺には

才能に満ち溢れてしまった兄がいる。


「陽兄、なんか、
今朝こんな手紙が来てたよ。」

「あー、懸賞だ。
千早に送れって言われてたやつ。

やっぱり当たったな。」


くじ運とか、ツキとか言われる
非科学的な才能に始まって、

学業はもちろんのこと、

運動はなんでもできてしまっていた。


そんな兄を持って大変だろうと
人々は俺を哀れみがちだが
俺はそんなこと思ったことはなく、

むしろ、兄のことを

かわいそうとすら感じている。


満ち溢れてしまった才能と

大きすぎる周りの期待に

振り回され続ける人生。


そんなの俺には無理だし、
精神的に耐えられない。

しかし陽兄はその才能に甘えることも
蝕まれることもなく、


一生懸命、成長してきた。


その様はまさに

見えない努力の結晶だ。


どんなに努力して得た結果も
全て才能にもっていかれる。

褒められたことなんかほとんどなくて
期待に応えることにだけ
ひたすら、全力を注ぐ。


俺なんか、

家で洗濯機を回すだけで

ありがたがってもらえるのに。


陽兄がどんなに懸賞当てても

どんなにテストで良い結果でも

どんなに大会で優勝しても


つけあがるなと

言われてしまうのだ。


「兄貴!
昨日は作業着さんきゅーな!
かなり助かった!」

「耕作、お前また夜遊びかよ。
少しは家に貢献しろよ。」


「るせーなー!
兄ちゃんだって毎日毎日、
佑久と遊んでんじゃねーかよ!

少しは兄貴見習って
家のためになんかしろよ!」


耕作の言葉にわざとらしく反応し
わざとらしく殴る陽兄。


誰も知らないけれど、

俺に一番最初に
料理をおしえてくれたのは
陽兄だった。


「お前は家事を極めろ。」

「…はぁ?」


当時、若干の
反抗期に入りかけていた俺は
その才能満ち溢れる兄に対して
劣等感を感じていた。

家に帰ることも少しずつ減り
不良への道を進みかけていた。


「なんで俺がそんなこと
しなくちゃいけねーんだよ。」

「お前に不良は無理だ。
優しすぎて喧嘩できないし、
かと言って統率力や戦略性もない。

このままだとお前は
パシリになって終わる。

そしてお前は頭が悪い。
さらに言えば運もない。

運動神経や芸術性、音感とかの
才能にも恵まれることはなかった。」

「おい!
いくら兄貴だからって
なんでも言っていいわけじゃ、」


「だけどお前は

要領はいい。」


反抗しようとした俺のことを
手で制した陽兄。


「手先を器用だし、働き者だ。
周りにもよく目がいく。

そして我が家の母親は家事が苦手だ。

それはもう、中学生なんだから
気づいてるだろ?」


俺が小さく頷くと
陽兄は大きく頷いた。


「だからお前は頑張れ。
働け。それが向いてる。
手始めに料理をつくれ。
俺が教えてやろう。」


いま思えば俺が中2になるまでは
陽兄が毎日ご飯を用意していた。

あまりにも当然のように
陽兄がこなしてしまうから

俺はその事実になんの違和感も
感謝すら感じたことはなかった。


いま思えばあれは
陽兄なりの優しさで、
グレかけていた俺に優しく
居場所を与えてくれたんだろう。


「兄貴!助けて!
兄ちゃんがいじめる!」

「耕作はこれからバイトだから。
陽兄ももうその辺にして。」

「ありがとう、兄貴!

兄ちゃんのばーか!!」



出て行った耕作を見て

深いため息をついた陽兄に

俺は思わず笑ってしまった。


「…なんだよ。」

「耕作は何に向いてる?」


皿を拭きながら聞くと

陽兄は答えることなく、
なぜか少しはずかしそうに
日当たりの一番良い席に座った。


「空、コーヒー。」

「はい。」


俺には才能がなくてよかった。
運がなくてよかった。

そんな大きなもの
背負う覚悟は俺にはない。



才能に満ち溢れる兄







**


でも、最近思うんだよね。


俺は結局、

陽兄のパシリじゃない?


…まぁ、よく分からないし
これしかできないんだから
仕方ないか。






2013.02.19

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