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統合失調症の陽性症状で芸能事務所に所属した話

 私には昔から「目立ちたい」という願望があった。おばあちゃんちに行くたびに「ピアノの発表会」と銘打った会の招待状を家族に書いて、ピアノの前で下手くそな演奏を家族に披露していた。順番が逆なのだ。ピアノが上手いから、歌が上手いから「目立つ」ではなくて、「目立ちたいから演奏する」。これでは上手くいくはずもない。今ならわかるのに、当時はわからなかった。

 2019年の秋からクリスマスにかけて私の「目立ちたい」という想いは暴走した。統合失調症の陽性症状がひどく、家にいることができずに街を彷徨っていた。自分は歌手になる才能があるんだ、歌わなくちゃ、とわけのわからない焦燥感に駆られていた。そして、インスタグラムに出ていた広告から芸能事務所のオーディションに応募する。

 オーディションは原宿で行われた。演奏スペースに壁向きに椅子が並べられていて、オーディション受験者は顔が合わないように座らされる。奥の方に面接官が座っていて、名前を呼ばれたら壁際から面接官の方に歩いて行って、簡単な自己紹介と志望理由と歌をワンフレーズだけ歌う。それだけだった。受けてから1週間程度で合格とメールが来た。芸能界に入れる!そう思って舞い上がった。

 読んでいる冷静な人は気が付いていると思うが、この芸能事務所は所属するのにレッスン料を取られるものだった。詐欺、といえば詐欺になるのかもしれないけれど私はわからず契約書にサインをして、入所の24万円を支払った。本当に馬鹿である。統合失調症の陽性症状の時は正常な判断ができなくなる。レッスンには1回だけ行った(実際にレッスンをやっているので何もない詐欺よりはマシなのかもしれない、と思うけどそれも洗脳みたいなものだろうか)周りが自分よりも若くて、行きたくなくなってやめた。

 それからすぐに医療保護入院をし、退院してから約一年後に芸能事務所を辞めることになる。

 入院した時、私は保護室で歌った。Amazing Grace、ハナミズキ、さくら、なごり雪……春や花にまつわる歌が多かった気がする。保護室を出た時に「保護室から叫ぶ声と綺麗な歌が聞こえていた」と他の患者さんが言っていて、どちらも自分のことだと恥ずかしかった。同時に、綺麗な歌と言ってもらえて嬉しかった。OTの時間も作業療法士の伴奏に合わせて歌を歌った。存在証明の方法がそれしかなかった。

 退院してからも、同じ病気のグループの人と一緒に作曲したりカラオケで歌ったりしている。目立つためだと思い込んでいたけれど、自分はやっぱり音楽が好きなんだと思う。

 なぜこの投稿を今しているか、というと、私にはまだ「歌を歌いたい」という気持ちがあるからだ。病気でわけがわからない状態じゃない今も、やっぱり歌いたい。歌いたいけれど、どうしたらいいかわからない。伴奏や、練習の仕方や、発表する場所。あれ、書き出してみたらどうしたらいいかわからないのはその3つだけだった。案外、どうにかなりそうな気がする。とりあえず、歌を誰かに聞いてもらうことから始めてみようと思う。

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