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【ヒトシンカ寄稿】狂気の増幅器

※本記事は、友人のヒトシンカに寄稿いただいたもので、文責はヒトシンカにあります。

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 この(2021年)7月19日に公開され、一挙に大評判となった読み切り漫画がある。週刊少年ジャンプ連載の『チェンソーマン』などで知られる、藤本タツキ氏の『ルックバック』だ。
 当日翌日にはツイッタートレンドを席巻し、特に漫画家をはじめクリエイティブ業に携わる人々からの絶大な支持を受けた。創作者の苦悩と希望を見事に描き切っている点を、敗北感さえ告白しつつ多くの作家が激賞している。

 学年新聞で4コマ漫画を連載し、上々の評価を得ていた小学生の藤野は、不登校児と見下していた同学年の京本の絵を見て、自分と比較にならない圧倒的な絵の技術に敗北感に悩まされる。
 だが、教師に頼まれてしぶしぶ京本に卒業証書を届けに行った藤野は、初対面の彼女に「藤野先生」と呼ばれる。彼女は引きこもっていた間、届けられた学年新聞に載っていた漫画の作者を尊敬し続けていたのだ。
 意気投合した二人はコンビで漫画を描きデビューするが、高校卒業を機に藤野は漫画家を続け、京本は美大へと進学する。だが、その美大で京本は殺人犯に遭遇し命を落とす。そのショックを乗り越え、藤野は再び机に向かい、漫画を描き始める…...という物語だ。

 さて、リンクから作品を読んでいただいた方はご承知のとおり、現在読めるバージョンはオリジナルのものではない。冒頭の注意書きの通りだ。

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 現在の版は改変されたものなのである。改変部分は、あらすじでも触れた京本を殺した殺人犯の描写である。統合失調症の患者を名乗る人々の一部からくれらにクレームがついたのである。

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仮定の話ではあるが、この「ルックバック」は、京アニへの放火犯とその事件を題材にしているのかもしれない。私が「ルックバック」において気になったのは、“名もなき放火犯“、あるいは斧を持った男への描写だ。彼はひどい被害妄想に囚われており、事件を起こす。特徴的なのは、視点人物の友人がいる部屋に、斧を持った男が侵入する場面だ。
 彼は遭遇した視点人物の友人に、意味不明なことを捲し立てる。
 ここで私は「ああ、彼は“統合失調症”と揶揄された青葉容疑者へのオマージュなんだな」と考えた。
 もちろん青葉容疑者を擁護する気は全くないし、むしろ厳しい罰を受け入れるべきだとも思っている。問題は、芸術の力によって「統合失調症」に罹患する人のイメージを、怪物のように仕立て上げてしまったということだ。

(注:犯人が持っていたのは斧ではありません。美術用の工具です) 

 こういったのが一部の「統合失調症当事者の声」である。
 彼らの話を総合すると、作中の犯人は「統合失調症の患者」であり、そのような人を「殺人犯」として描写するのは差別である。なぜなら、実際の殺人犯には統合失調症(あるいは精神疾患全体)よりもそうでない人の方がずっと多いからだ――というのだ。

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