永川浩二_登場す_

永川浩二、登場す。 第5話

(第4話はこちらから)

福地高校寄宿舎の男子棟と女子棟を結ぶ渡り廊下を抜け、永川浩二は立浪優子とそのルームメイト正田夏美のいる028号室の扉を叩いた。
「はいはーい、およ、浩二くんじゃん。どうしたの遅くに」
扉を開けて出てきたのは夏美の方だった。普段学校だと髪を結っているが、今は湯上がりらしく、スウェット姿でまだ乾ききっていないセミロングの髪をだらんと無造作に垂らしている。
「なんか優子に呼ばれたので、来た」
浩二はあからさまに面倒そうな表情でそう夏美に伝えた。
「おお、ふんふん。なるほどね。どうりで優子、なかなかお風呂に入りたがらなかったんだな。りょーかい、少し待っててくれい!」
夏美は口元の緩んだ笑いを隠すこともせず、にやにやしながら部屋の奥に消えていった。30秒ほど経過した後、夏美に連れられて優子が玄関先に出てきた。セミロングの夏美に対して、優子は黒髪のショートヘア。癖の強い髪質で無造作にふわふわとパーマがかかっている。
「浩二、遅いよ!どんだけ待ったと思っているの!」
優子は少しむくれた顔で浩二に言った。黒目がちな瞳が少しだけ「圧」の強さを感じさせる。
優子と夏美。どちらも愛嬌のあるたぬき顔だが、優子は黒髪のショートパーマに黒目がちの瞳、夏美はセミロングで少し茶色に染めた髪に、人より少しだけ大きい小鼻。仲良しでよく一緒にいる二人を、男友達の誰かが朝ドラ女優に見立てて『立浪は葵わかな・正田は永野芽郁』などと言っていたことを、浩二は思い出していた。
「ふふふっ、それではうちは休憩室で一人のんびりモンストでもしてこようかな、それではお二人さんどうぞごゆっくり!」
夏美は終始にやにやした表情のまま、お茶の入ったペットボトルとスマホを持って、廊下へ消えていった。
「今日はちょっと外に出ててな。んで、用件って?」
「浩二さ、大丈夫?その…江夏くんのこと、さ」
優子は声を潜めて言った。浩二と慶、そして智仁がよく3人でつるんでいる姿は、高校生活の中で何度も目にしていたためだ。
「なんだよ、またおせっかい焼きか」
「うるさいわね、いいじゃん、心配なんだから」
浩二は優子の瞳をじっと見て、少し視線を外して考えを巡らせると、また優子の瞳を見て、
「正直今でも気持ちは整理できていないよ、智仁が死んだ、しかも…殺されたなんてさ。最初はひたすら嫌になったし、どうしたらいいのか全然わかんなかった。でも、今は少しだけ、これからどうしたいのかが考えられている気がする」
と、自分の言葉をひとつひとつ摘んで優子に渡すように話した。
「そっか、もっと落ち込んでだめになってると思ってたから、安心した。それで、浩二は今はどうしたいの?」

「この事件を、オレなりに捜査して解決したいと思う」

「へ???」
優子はあっけに取られた。
「ソウサ?カイケツ?浩二、高校生探偵にでもなるつもりなの???」
あまりに現実感のない浩二の話に、優子はついていけず混乱した。
「優子に呼び出されんの、正直面倒くささしか感じなかったけど、せっかくだからさ、今オレが考えてること、聞いてくれないか?」
「良いけど、玄関で長くしゃべるのも疲れるだろうから…その…部屋で、話してよ」
優子はそう言うと、自分のいった言葉に自分で顔を赤くしながら、その顔の赤さを浩二に見られないように、さっさと部屋に上がっていった。たしかにその格好は、昼間街に出歩くようなよそ行きのものだなあと、浩二はさっきの夏美の言葉を思い出した。

***

「オレの親父は、広島県警の刑事だった」
優子と夏美のシェアルームの中にある、二人の二段ベッド。バレー部の朝練で起床が早い優子が下、書道部で朝練がない夏美が上。その二段ベッドを背もたれにして、二人横並びで座りながら浩二の話ははじまった。テーブルを挟んで向かい合おうと浩二は提案したが、なぜか優子は目を合わせずに横並びで話を聞くと言って譲らなかった。
「当時も今も、親父がどんな刑事だったかはよく知らないんだけど、結構な若さで警部?まで行ってたから、たぶん仕事熱心だったんだとは思う。家族にも話せる範囲で自分の抱えている事件の話とかする親父だったから、オレは小さい頃から警察の事情には実は結構詳しい」
「へえ、浩二って刑事さんの息子なんだね」
「…優子って、5年前のショッピングモールでの通り魔事件、覚えてる?」
「覚えてるよ。たしか、市内の加治屋アウトレットモールで起きた事件だよね?」
優子は記憶を掘り起こしながら答えた。たしか、休日のモールに突如通り魔が現れて、無差別に何人もの親子を殺傷した、痛ましい事件だった。
「その事件と、浩二はなにか関係があるの?」
「その日、オレと慶と智仁は、それぞれの家族で連れ立って加治屋モールに来ていた。家が近所で、家族ぐるみで仲良かったんだ。
そこに、通り魔が来て、あたりの人々を見境なくナイフでグサグサ刺していった。比較的すぐ警官が駆けつけてくれたんだけど、犯人はすぐに取り押さえられないように人質を取った。それが、オレの母親だった」
浩二の口から語られる話は、なんだか全てが現実のものと思えないなと、優子は聞きながら感じていた。あまりに壮絶で、だからこそ全くリアリティが伴わない。
「人質を前に、警官隊と犯人とで何分かじりじりと張り詰めた時間が流れたあと、不意に親父が現場にかけつけた警察官から拳銃を奪って、撃ったんだよ、犯人を」
「え…浩二のお父さんが…?」

「そして、その銃弾が外れて、母に当たった」

もう、優子はどんな相槌を打ったらいいのかわからなくなっていた。
「動揺した犯人は警官隊が取り押さえて逮捕できたんだけど、母はそのまま帰ってこなかった。当然、結果的に母を死なせてしまった父は、警察から離れて、処分を受けて、そのまま遠くへ行っちまった。今何をしてるのか、実はよくわかんないんだ」
「浩二、あなたにそんな過去が…」
「その後は、慶と智仁の家族に面倒見てもらいながら、なんとかここまで来た。その壮絶な場面をともに過ごしたオレと慶と智仁は、切っても切れない絆みたいなので結ばれている」
たしかに三人はいつも一緒にいた。部活ちがうのに仲がいいんだなぁ、くらいにしか思っていなかった優子は、その裏に隠された壮絶な理由に、ただただ絶句した。
「その絆があった智仁が殺されたんだ。オレができることは全部する。こないだ、昔親父の部下だった人から、事件のヒントみたいなのをもらえたんだ。だから、これから少しでも事件の解決につながるよう、色々捜査を自分なりにしてみる」
浩二はそこまで一気に話すと、ふう 、と息をついた。
部屋に少しの間、沈黙が流れた。浩二は部屋の天井をぼんやり見上げ、優子は次に継ぐ言葉が探せないまま、浩二の横顔を見つめている。

5分ほど、そんな時間が流れた後、優子は意を決して

「わたしに、手伝えることある?」

と、浩二の正面に向き直って言った。
「え、なに優子、手伝ってくれるの?」
浩二の逆質問があまりに軽い調子だったので、優子は
「あ、なにその感じ、せっかく人がこんなに心配したのに!」
といじけてみせる。
「あはは、モールの事件のことは、もうオレの中では消化できてるから、そこあんまり気にすんな。それより、オレばっかに世話焼いてるとクラスみんなのおせっかい焼きができなくなるぞ」
「どのみち休校中は学級委員も閑職だよ。それより、明日から何していくか決めよ!」
それから浩二と優子は、事件のあらましを整理し、明日から二人で捜査することを決めていった。たかが高校生なので、もしかすると何もできないのかもしれない。それでも、ただ盲目的に可能性を信じて立てる計画は楽しいものだ。

***

一通りのめどが立ち、部屋から出ていく浩二を見送ったあと、優子は
「誰にでもおせっかいを焼いてるわけじゃないからね」
と、誰もいなくなった部屋でひとり呟いたのであった。

(第6話へつづく)

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