永川浩二_登場す_

永川浩二、登場す。 第6話

(第5話はこちらから)

浩二が思いの丈を優子に伝えた翌日、二人は事件解決につながる情報を得るために、警備員室に来ていた。
「なんだい、聞きたいことってのは」
「真中さん、あの事件が起きた日の前後で何か印象的なこととか、不自然なこととか思い出せない?何でもいいんだ」
浩二のその言葉に、福地高校警備員の真中は腕組みして考え込んだ。
浩二と優子で考えた事件解決に向けての操作方針は「あの日現場にいた人にあたってみる」というシンプルなものだった。そうなると該当者は浩二と慶、木田刑事にこの真中警備員だ。
「あの日はなぁ…昼間に突然あの刑事から電話が入って、犯行予告がネットに書き込まれたからあの赤い部屋、旧美術室に張り込ませてほしいっていきなり言いやがったんだ。それからはもうばたばただよ。何があったのはもうぼんやりとしか覚えてねぇなぁ」
「木田刑事は、何時くらいから張り込んでたの?」
「電話が来たのが朝の10時で、刑事さんが来たのはたしか18時ころかな。旧美術室の隣にある音楽室の鍵を貸して、そこからあんたらが駆け込んできた24時過ぎまで、そこで根気強く待ってたみたいだったよ。少なくとも、校舎の外には出ちゃいないな」
「はえー、そんなに長い間待ってたんだ。刑事さんってほんとにすごいんだね」
優子が横から感嘆の声を出す。
「木田刑事に貸したのは、音楽室の鍵だけ?」
「ああ。現場となった旧美術室の鍵は貸してないな」
「そうなると…」
密室殺人だな、と浩二は思った。鍵のかかった部屋で智仁は殺され、一度は煙のように消え、た翌朝変わり果てた姿で見つかった。
まるで古いミステリ小説のような状況がこうして眼下に降り掛かってきている。
「ああ、あとそういえばもうひとり、警察関係者が出入りしてたなぁ」
「え?」
浩二は即座に聞き返した。あの夜、木田刑事以外に校舎に出入りした者がいたのは初耳だ。
「校舎に出入りする人にゃ受付で名前書かせてるから調べられるよ」
真中はそう言うと、受付の帳簿をめくった。
「ああ、この人だね、クドウユウサクさんって人」
「は?」
浩二は混乱した。自分にとって父の元部下で、旧知の人物である工藤がなぜ事件の日に校舎にいたのか。そしてそのことを、なぜ誰にも話していないのか。
「21時くらいに来て、22時前に帰ってるね。木田刑事さんとなにか話して帰ったようだったね」
浩二が表情をこわばらせたまま固まってしまったので、代わりに優子が、
「ねぇ真中さん、あとはなにか思い当たることありますか?」
と、続きを継いだ。
「あとはそうだねえ…最近夜分に変な物音が多いくらいだなあ」
「変な物音?」
「体育倉庫から金切り音みたいなのが聞こえたり、校舎の中から壁をドンドン叩く音が聞こえたり」
「え!なにそれ怖い」
優子が真顔で渋い表情を浮かべる。
「気になって見に行くんだけど、いざ行くとその場には誰もいねぇんだよなぁ。一回警察にも通報したんだけど、収穫なしだ。それこそ、学校のカイダンじゃないといいけどな」
真中はははっと笑って言ったが、浩二も優子もとても笑う気分にはなれなかった。

***

警備員室をあとにすると、二人は木田刑事を探しに向かった。行き先は、事件発生時に福地高校敷地内にできた、現場検証の拠点となるテントだ。
「すいません、木田刑事いますか?」
テントの前で番をしている若い警官に浩二がそう告げると、警官はぎょっとした表情を浮かべた。
「な、なんだい君たちは?刑事なら今はいないよ」
「話が聞きたかったんだけど…仕方ないか。それなら、お兄さんちょっと話を聞かせてもらってもいい?」
浩二の思わぬ提案に、若い警官は唖然とした表情を浮かべる。
「ちょっ、浩二!?あんた刑事さんに話を聞きに来たんじゃあ」
「お兄さん、たしか事件あった日にもうここに来てたよね?色々知ってそうだから、教えてもらってもいい?」
浩二はニヤリと笑って警官を見上げた。

***

若い警官、こと広島県警の小山田純一巡査は、観念した様子でテントの中に二人を通すと、まずはかんたんに互いの自己紹介を済ませ、二人に話せる範囲での捜査の状況を話し始めた。
「あの日から3日ほど経っているけど、大きな進展はまだないよ。あるといえば…」
小山田はしばし考え、
「あるといえば、現場の旧美術室のちょうど真下の茂みから、凶器と思われる美術部のトロフィーと、"ビニール人形"みたいなものが見つかったことくらいかな」
「ふうん、ビニール人形ねえ…」
「え、なにその怪しいアイテム」
二人がさらに踏み込んだ話をしようとしたところに、同僚らしき警官がやってきて、
「おーい小山田、交替の時間だぞ」
と言ってきた。
「もうそんな時間か…本部の方で仮眠でもとるか」
小山田は立ち上がると、浩二と優子に
「残りの話は、僕が捜査本部に行くまでに話そう。ついておいで」
と告げた。

***

「ねえ、小山田さん?」
「さっそく名前を覚えるとは親しいなあ…。で、なんだい」
「小山田さんと木田刑事って親しいんですか?」
「ほう、なぜそう思ったんだい?」
小山田は感心したような表情で浩二を見た。
「ううん、なんとなく。さっき木田刑事がここにいないことを即答できたから」
すると、小山田は少し表情を緩めた。
「ああ。僕が県内の交番の卒配されたときの上司が木田さんでね。右も左も分からない僕に色々と教えてくれて、そこからって訳さ」
「ふうん。俺を取調べしたときは結構頑固そうな感じだったけど」
あの木田刑事に優しさなどあるのかと浩二は思った。
「はは、それは仕事だからね。部内の備品を誤発注して周りからいじられるくらいには人間味がある人だから安心してよ」
「なにそれかわいい」
などなど三人で会話しているうちに校内に設置された捜査本部に到着した。中はがらんとしていて、警官が数人いるだけだった。と、そこへ、
「お、小山田じゃないか、仮眠にでも来たのか?ん、そこの少年少女は?」
と、警官の一人が声をかけてきた。
「今関部長、どうも!」
と、小山田は朗らかな笑顔を浮かべたベテランらしき中年警官に会釈した。
「すみません、本来は部外者なのですが…ちょっと事情があって、同行させていました。今、帰します」
その小山田の説明に反して山内警察署の今関竜也巡査部長は紙コップにコーヒーを注ぎながら、
「ああ、いいいい。気にするな。どうせ捜査も膠着状態でやることもねえんだから」
と言った。かなり豪放な性格が伺える発言である。
「そういや、木田刑事が小山田に学校周辺の住民から事件当日の状況についての聞き込み、やってこいだと」
「えー、なんだ、やっと眠れると思ったのに…」
と、小山田が露骨に嫌悪の表情を浮かべると、
「聞き込みなら」
「わたしたちも同席させてください!」
と、小山田とは対象的に意気盛んな浩二と優子の声が返ってきたのだった。

(第7話につづく)

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