不登校先生 (34)
3度目の病休申請を郵送した。誕生日に。
これで二か月60日。病休が取得できるのは残り30日となった。
薬はさらに強いものになり、それでも夜は2時間立たずに目が覚める。
その繰り返しの中で。
このまま病休が終わってしまった後は、自分はどうなるのだろう。
治っているどころかひどくなっている不安と焦りが、
少しずつ元気になり始めた心の底に、闇をかぶせていくようだ。
ぼんやりとしていても、何にも始まらない。
だけど、ぼんやりする以外に、何にも始めようと思わない。
テレビも見ないし、本も読まない。誰かと話もしないで、
時々流れる涙を止めることもせずに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・は電車に飛び込んで この世をそっと去ってしまった・・・
・・・・・
・・・・・・・・・・あの世とこの世がくっつくくらい・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・届くように・・・・
薄暗い部屋で、スマホをスワイプして眺めていたTikTokで、
耳に入ってきたフレーズ、
優しい音色と朴とつな声で。悲しそうな歌詞なのだろうか。
今度は、ぼんやりせずに聴いてみる。
♪・・・・♬・・・・♪・・・・♪・・・・・♬・・・
あの子は電車に飛び込んで
この世をそっと去ってしまった
ひとりきりがきっと寂しくて
無数の星の中に飛び込んだ
あの子はいつも夢の中で
僕の前を横切る
楽しそうに歌っている
あの子を見るために目を閉じる
あの子はベランダを飛び降りて
あの世にそのまま飛び立った
この世がきっと狭すぎて
大きな宇宙めがけて飛び込んだ
あの子はいつも雲に紛れて
僕の視界に顔を出す
悪戯げに笑うから
あの子を見るために空を見る
ラブソング ラブソング もっと広がれ
あの世とこの世がくっつくくらい
ラブソング ラブソング もっとボリュームを
あの子の耳にどうか届くように
・・・♬・・・・♪・・・・♬・・♬・・・・・・♪
上野大樹くんの「ラブソング」というその曲は、
僕が不登校先生になったあの日と同じ「電車に飛び込む」
という率直な描写から始まった歌詞だった。
でも、
この歌はラブソングだった。愛の歌だった。ではだれへの?
亡くなった大事な人を、亡くなった事実もひっくるめて、慈しみ愛おしむ
大事な人の死は悲しいことだけれど、
その選択をした大事な人を、支えてあげられなかったことは
途方もなく無念で悔しいことだけど、いやだから、
大事な人の一生の最後まで、否定しない。
あの子の選択を受け止めて、あの子の素敵な姿を思い浮かべて
僕の知る素敵なあの人は、きっと、今でも僕の心とつながっているから。
だから、僕の声もどうか届きますように。
僕の思いもどうか届きますように。
ピアノの伴奏と大樹くんの歌声だけで紡がれるラブソングは、
大事な人を思う愛がさざ波の様に伝わってきて。
歌の最後は
【あの子の耳にどうか届くように】
というフレーズが、
【あなたの耳にどうか届くように】
という言葉に変わっていた。
あの子はあなただよ。どうぞ、あなたに届きますように。
そう思って何度も聞いていると、
あの子に一生懸命に伝えようとしているこの歌詞の主人公が
あの子の死を、受け入れてなお、心の中には生き続けているからねと
あの子に笑顔を見せる主人公が、
どうしようもなく悲しく、笑顔を作りながら零れる涙を止められない
そんな表情が浮かんでたまらなくなった。
ああ、ぼくは、あの時、
飛び込むを止められた、たまたまかもしれない。でも飛び込まなかった。
それでよかったんだ。僕のことを大事に思ってくれる人たちに、
余計に悲しむニュースを送ることにならなくてよかった。
【命を大事に、先生より長生きしてね】
そう言って、関わってきた子どもたちに、
顔を合わせられないような一生の終え方じゃなくてよかった。
心の底にどんよりと覆い続ける暗闇は
ぱっと明るく晴れることはないのだけれど、
大樹くんの歌声と、ラブソングの歌詞が、
優しく、悲しく、愛おしく、静かに響く。
何度も、何度も、おそらく、4月に心砕けてから初めて
自分の意思で、ラブソングを繰り返し聴く。
僕の耳に届いてくれてありがとう。
何で流れるかわからない涙は、この歌のおかげで、
何で流れるかが自分でわかる涙になって、
これまで以上に零れ落ちた。
心の底を少しずつ満たす優しい雨の様に。
↓次話
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