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ミュウがいた日々

 目覚めたとき「いい夢だったな」と私は思った。
 こんな夢を見たのは何年ぶりだろう。
 幸せな気分を忘れないように何度も同じ夢を反芻する私。
 それは中学の同級会。
 私のまわりには2,3人の男子がいる。
「聞いたんだけど、おまえの行っている大学、いいとこなんだって」
「へー、そうなんだ」
 べつの男子が言う。
 私はそんなことなにのにな、勉強しても三流の大学しか入れなかったのに。どこからそんなデマが流れたんだろう。と思いつつ
「そんなことないよ」
と答える。
謙遜ともと誤解されるニュアンスで。
 私はそこで目を覚ましたんだ。
 夢の中の私たちは二十歳ぐらいだった。人生これからという年。
 しかし実際の私は37歳で、一日の大半を部屋でソファと一体化している目じりにシワがある年増の女性だ。
 まだベッドから起きる気にならず、タオルケットの中の体をモゾモゾと動かす。
 何時だろう。目覚ましをかけないで寝たからもう結構な時間に違いない。
 でもまだ夢について考えるのを私は止めることができなかった。
 夢に出てきたみんなは普通に勤めていて、家庭をもっているだろう。勉強も運動も熱心だった彼等は、そんな普通の人生を歩みそうだ。
 私だって彼等と同じくらい真面目に勉強していたのに、テストの点数だって悪くなかったのに、どこで人生が狂ってしまったんだろう。
 昔のことを考えると落ち込んでくるとわかっているのに考えるのを止めることができない。
 いつものように目が覚めて一時間ぐらいして、私はやっとベッドから抜け出した。

 小さなベランダに置いてある観葉植物に注ぐ9月の日差しがだいぶ柔らかくなっているのがリビングの窓から見えた。

 もう少ししたら買い物に行こう。
運動のために今日は駅向こうのスーパーまで行こうかな。
 まだソファの上でゴロンと寝返りを打ちながら考える。
 例の夢で寝起きはよかったのに、今日も今まで無駄な時間を過ごしてしまった。
 テレビを見ながら遅い朝食を食べ、ネットでニュースをチェックし、読みかけの小説を読んでいると、朝はコーヒーとシリアルだけだったからもうお腹が空いた気がして、スパゲッティをゆでてタラコソースをかけて食べ、食休みにテレビをつけたら、面白い旅番組でダラダラ眺め、また小説に戻ったらこんな時間というわけだ。
 でも快適だ。
ちょっと孤独だけど。
 快適だ。
 自分に言い聞かせる。
昔の友達は睡眠時間4時間ぐらいで子供の世話をしながら働いているはず。それに比べて私はなんとラクをしているんだろう。
 実家の家族も含め、みんなが私を忘れていると思うけど、それも気が楽。
 でも二十歳の頃の夢を見て、あの頃は幸せだったなぁ、まわりにいっぱい人がいてさ、なんて思ってしまった。
意外と私は寂しいのだろうか?
 
 しかし、考えても仕方ない。
「私の人生は孤独かもしれない」なんて考えていると果てしなく落ち込みそうなのでやめにして買い物に行くことにした。
 隣の寝室へ行って、スエットからパンツに履き替えることにした。クローゼットの中から、洗濯して丁寧に畳んで積み上げているパンツからブラウンのを抜いて履く。
 Tシャツはそのままでいいか。
 気持ちがいくらかしゃんとする。

 大きな姿見に映る私は長い髪にも艶があって20代でも通りそうだと思う。
 もうちょっと「書けて」いたら「若手美人作家」として売り出されていたかもしれない。
 しかしラノベで銅賞をとったのは29歳のとき1回だけであとは入選すらしなかった。
 今は1文字1円でweb記事を描いたり、録音したのを文字に起こしたり、工場での日雇いの仕事を見つけては日銭を稼いだりと99%フリーターの生活。
 こんな生活でも都心の3DKのマンションに住めるのは実家のおかげだ。
 千葉で大きなホテルを経営している実家は、兄が大学に入学するときに「税金対策」としてこのマンションを買った。
 若者の住みたい街ランキングで常にベスト3に入るこの街に住んでいると言うと、大学時代はみんなに羨ましがられたものだ。
 しかし今は羨ましがる人は誰もいない。
 なぜなら今は友達がゼロだから。

 財布を大きな布バックに入れ、サンダルをひっかけて外に出た。
 マンションの玄関で若いお母さんと1,2年生ぐらいの小さな女の子とすれ違う。
 少し頭を下げて挨拶をする。女の子もよくしつけができているようで、ペコリと上半身を折り、挨拶してくれた。バレエを習っているようできれいに背中がのびて髪をおだんごに結っているのが可愛い。
 稼ぎのいい旦那様に守られ裕福なにおいのする親子。
 もしかしたら母親は私よりも年下かもしれない。

 外に出ると雲が茜色に染まっていた。日中は夏の最後のあがきのように暑かったはずなのに、今はその「余韻もなく、空気は落ち着いた秋の気配だった。
 私は少しでも運動になるように住宅街の中をやや早足で歩く。

 やがて大通りに出た。
 一気に辺りが華やぐ。
 ひっきりなしに車が行き交い、広い歩道の横には飲食店が並び、歩いている人の数も多かった。もう少し歩けば私鉄の駅に出るはずだ。
 昼間でも煌煌とした明かりがつくコンビニの前を通り過ぎようとして、雑誌コーナーが目につき入ってみることにする。
 どうせ急いでなんかいないんだ。
 ファッション誌のコーナーを眺める。
 若くて幸せそうな女に子たちが表紙を飾っていた。
 次いで男性雑誌、PC雑誌、どれもページを繰る気にもなれずくるりと背を向ける。
 そこはテッシュや歯磨き粉、汗取りシート、乳液や化粧品などの入った「お泊りセット」などが置いてあるコーナーだった。
 どこのコンビニでもありふれたコーナーのはず、だったがそこは違った。
 そこの一番上の棚におかしなものが置いてあったからだ。犬型ロボットを少し小さくしたようなもので、昔はやったポケモンのキャラクターのひとつに似ていた。確か名前はミュウだったかな。でもミュウに比べると手足はかなり短く全体のイメージは漫画に出てくるタヌキだ。
 私は声も出さずに茫然とそいつを眺めだ。
 おかしい、コンビニの衛生用品売り場にこんなのがいるわけない。
 でもいる。なぜ?
「よう」
 その不思議な物体がしゃべった。いやしゃべるからには物体ではなくて、生き物と言った方が正解だろう。
 私は声をあげたいのを必死で我慢する。
「俺を連れて行ってくれよ。」
 そいつがまた話しかける。話しかけると言っても耳に入ってくるのではなく、直接脳みそに飛び込んでくるのだ。
「いやだよ、コンビニのものを勝手に連れて言ったら泥棒になっちゃうじゃん」
「残念、それが大丈夫なんだな。店員とか他のやつに俺は見えないんだ」
「なぜに?」
 と心の中で言ったものの、実は私もそんな気がしていた。
 そいつは確かにコンビニの棚の上にいるんだけど、そこだけ何かが違うような。例えば、写真の合成写真を現実の風景の中で見せられている感じに近い。
「わかっていると思うけど、世の中には目に見えるものだけがいるわけじゃないんだぜ。例えば死んだ人の魂とか。生きた人から意識が抜けて像を結ぶこともある。または宇宙にいるやつらが、電波飛ばして像を作ることもある」
「ふーん、で君はそのどれ?」
「実はそれら明確に分かれているってわけじゃないんだけど、しいて言えば俺は、と言いかけて話しを変えた。ていうかおまえはあんまり驚かないんだな」
「まあね」

 そうなんだ、私は10年に一回ぐらい不思議な体験をする。
 普通の人には見えないものが見えたり少し時間を行ったりきたりできる程度だ。それによってあまり得をしないにもかかわらず、人に言うとめんどうなことになるので言わないことにしているけど。
 しかし、ずっと幼い頃は違った。
「裏の山に小人がいた」
と言った私を両親は当惑したかと思うと、大きな大学病院の精神科へ連れて行きカウンセリングを受けさせたのだ。
 年配の医師も美しい女性のカウンセラーも看護師もみんな優しくて、私はカウンセリングに行くのが嫌ではなかったけれど、両親の私を見る目は「壊れた花瓶を見るような目」に変わった。
ホテルの仕事が忙しくなったという時期も重なり、私の世話は通いのおばさんの手に委ねられることになった。
 それからはほとんど叱られたこともなかったと思う。年の離れた兄の方が叱られ、期待されていることが遠目にもわかった。
 幼い私は自分を責めた。
 あんなことを言わなければよかったと。

 次に不思議なことが起こったのは小学3年生のとき。その頃、私は小学生ながらラジオ番組にはまっていて、その晩も10時頃布団に入ってラジオを聞いていた。好きなタレントさんの生番組だった。
 2時間ぐらい聞いて、トイレに行きたくなり、布団から出ると部屋と廊下を挟んだ向かいにあるトイレに行き、またラジオの続きを聞こうとした。
ところが、つけっぱなしのラジオは2時間前に聞いた同じところを話しているではないか。
 時計を見ると針はまだ10時を指している。
 私は2時間、ワープをしたのだ。
 私はこの体験を家族にも言わなかった。
 言うと、いつしか通わなくてよくなっていたカウンセリングにまた片道2時間もかけて通わなくてはいけない。それはいかにも面倒だった。
 また学校でも言わなかった。
 ただでさえ「変わった子」と見られているのにこれ以上注目されるのは嫌だった。もしかしたら気味悪がって仲間外れにされるかもしれないと思ったからだ。
 小学校の頃の私は「普通の子」として見られるのに全精力を注いでいたのだ。
中学、高校に進むにつれてどうでもよくなってきたけど。

 それからUFOを見たり、亡くなっているはずの人の声を聴いたり、夜空に不思議な光線を見たりといろんなことがあった。
 5年とか10年に1回だ。
 今回にもそのひとつだ。そうに違いない。

「なるほどね、そんな過去があったから驚かないわけか」
 なんとこいつは心も読めるのか。
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。俺は君でできているから。」
 なんと、いろんなパターンがあったけど、今回はそうきたか。
「だって君は男の子だし」
「だと思うでしょ。でも僕に性別はない。しいて言えばおまえが男が欲しいと思っているから俺は男の子っぽいかもしれない」
「いやいや、男なんていらないけど。ワンコなら欲しいけど男はいらない。ついでに女もいらない」
 嘘ではなかった。人間なんてのにつき合うのはこりごりだ。今度はって思ってもいつかは必ず傷つくことになる。
 学生時代も、OLのときも、作家として目が出そうなときも、あちこちのアルバイト先でもずっとそうだった。
 まして恋愛なんかごめんだ。
 一度こっぴどく振られて、一年間死にそうに暮らしてやっと生還してから、もう恋愛だけはやめておこうと誓ったのだ。
「相手が悪けりゃそういうこともあるわな。しかし、おまえは本当は人間が恋しいし、できたら恋愛して結婚もしたいと思っているんだ」
 そんなはずは、、、と思ったが、なんせ「潜在意識は別のところにある」と聞いたことがあったので、あえて否定はしなかった。

「早く連れて帰ってくれよ」
 そいつはまた催促する。
 連れて帰れって? 私の家に? 急にそんな得体のしれない物を連れて帰れって言われてもこまる。
「だから俺はおまえ。連れて帰るのが当然だろうが」 
 上から目線でそいつは言う。
「おまえの寂しい生活が楽しくなると思うぞ」
 だから寂しくなんかないつーの。
「とにかくここから降ろしてくれ。そっとな」
 私はしぶしぶまわりを見計らって身長30センチ弱のその変な生き物を両手でかかえるようにだっこした。
 意外に重たい。
 宇宙からの電波が像を結んだとか、魂とか言うもんだから羽のように軽い物体を想像していたのだ。
 そして体温をもっているのかほのかに暖かい。
 改めて少し腕に力を込め、床に下ろそうとした。
「違う違う。そのバックの中に入れてくれ」
「それはちょっと。万引き犯だと思われちゃう」
「あー、そういえば俺、他の人には見えないから。バッグの中に入らなくてもいいや」
 これは私の家に来てOKということになっている状況なんじゃないだろうか。
 まぁ、いいか。どうせひまなんだし。
 私はあきらめの境地でそいつを抱っこした。そして本当に見えるのは私だけなのか試そうと、そっとレジの方に向かう。
 店員は私が近づいて行くのに気がつくと
会計のスタンバイの体制をとったが、私が何も商品持っていないのがわかると気が緩んだように何やら紙に書きこむ作業へと戻った。
「本当に君は見えないみたい」
「言ったろ。堂々と店を出て帰ろうぜ」
「あっ、でも夕飯の食料を買いに出て来たんだ。何か買ってく」
 私はもう駅向こうのスーパーまで行く気がなくなっていた。
「インスタントラーメンでいいかな。冷蔵庫に卵はあったし。君は何食べる?」
 私は聞いてみる。もちろん心の声で。
「俺は水とあといい匂いがあればいいんだ。ほんの少しなら人間の食べ物も食べれるけどね」
「いい匂い?」
「花の匂いとか、木の匂いとかね。都会じゃなかなか手に入らないと思うからアロマで許してやるよ。それから水はできるだけ上等のやつを頼むよ」
 贅沢なやつだなーと思いつつ、私は塩ラーメンと一番高いペットボトルの水を買ってコンビニを出た。アロマなら何種類か家にあるはずだ。

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