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実家 EVENT HORIZON 邂逅篇

2024 Again

実家探索の結果を発表する時がとうとうやってきました。

捜索目標のうち一番簡単なものは、
親が額に入れて勉強部屋の壁に飾っていたF-16の絵

これは発動篇 飛行機シリーズF-16のところで紹介済です。
(帰省のたびに目にしているので探索とは言えない)

高校の美術の課題で描いたものですが、
その課題というのは
自分で選んだ写真手本にして、
アクリル絵の具でそっくりに描くというもの。

選んだ写真は、”航空ファン別冊イラストレイティッドNo.28
F-16 ファイティングファルコン”の裏表紙です。

実家探索の結果、古い本は『世界の恐怖怪談』とともに
ことごとく捨てられておりお手品にした本もありませんでした。

うわ~ん、もうこのを完成させられないよ~。

そんな気はないのでもういいのですが。
ただどの程度の完成度なのか改めて評価したい。

先ほど、”航空ファン別冊イラストレイティッドNo.28” と書きましたが
実は何に載っていた写真なのか、
はっきり憶えていたわけではないのです。

後から”F-16写真集”とか”ファイティングファルコン”とか
いろいろなキーワードでネット検索しているうちに、
まず見た覚えのある本の表紙の画像がヒットし
もしかするとこの本の裏表紙かもしれない。と思い至る。

そして表紙に書かれている『航空ファン別冊イラストレイティッド
で再検索したところ、Yahooオークションの数ある出展の中に
一つだけ裏表紙の写真が載っていたものがあったのです。

ネットのちからスゲー(40年近く前に発行された本だぜー)

左がお手本の写真(ネット画像より)、右が模写した絵です。
バブル状のキャノピーの形状で苦労した記憶がありますが
やっぱり比べて見るとデッサンが狂っている。

デッサン力!


次は昔作った戦車シリーズ

陽当たりの悪い廊下の片隅に置かれたガラスケースの中に
カブトガニのはく製といっしょに放置されているのは知っている。

もとあった自分の勉強部屋からお引越ししているので、
その間、小さかった頃の甥のおもちゃになったり
老人の手で移動させたりと
世間の荒波を潜り抜けてきたに違いない。

ホロリ

久しぶりに引っ張り出して来て撮影。

戦車っぽい



1/35シリーズ

左奥がタミヤ Ⅳ号戦車H型
車体の防護板であるシュルツェンが脱落して、きれいに無くなっている。
外れたにしても、あんなに大きな部品が全て無くなるなんて!
カブトガニの脱皮した甲羅にでも見えたのかしら?

モデルアートに載った、(シュルツェン)在りし日のH型

それ以外にも
キューポラのMG34機関銃が紛失
アンテナの曲がりなどの損傷あり!

右奥がイタレリ Ⅰ号戦車
これはもともと作りかけですが、
せっかく透明プラバンでレンズを作り直した前照灯が
無くなったりしています。

前 フルスクラッチ ゴリアテ
小さいけれどリモコンで敵陣地に突入して自爆するという
凶悪きわまりない兵器
(ただしスピードが遅いのでほとんど途中で撃破されたようです)

いってきま~す。

ホビージャパン掲載のラフなイラストをもとに再現したので、
まったく寸法も何も正確性のないイメージのみでの再現

スプロケットアイドラーホイルのみ1/72戦車から流用し
あとはプラ板から部品を切りだして接着・組立したフルスクラッチです。

後方にあるステー状の部品はというと
当時は真鍮線という加工しやすいマテリアルの存在を知らなかったので
たまたま家にあった、めちゃくちゃ硬いピアノ線を苦労しながら曲げて
半田付したものです。

これは子供の興味を引かなかったのか、損傷がごく軽微。

とくにキャタピラ用軟質樹脂のランナーを火であぶって
伸ばしたと思われる(ここ記憶なし)
ケーブルが切れていないのが奇跡。

ケーブル巻取りハンドルと思われる部品が少し壊れているが
簡単に直せるレベルです。

1/72シリーズ

左からT34/76Ⅰ号戦車タイガーⅠ型
やっぱりいろいろと壊れている。

Ⅳ号駆逐戦車ラングM3グラントは、完成品そのものが無くなっているが
これらはあまり気に入った出来ではなかったので自分で捨てたかもしらん。

全て大なり小なり破損して無傷のものはありませんが、
直射日光が当たっていないせいか、塗装やデカールの劣化は見られません。

ブラックホールはタイムトンネル


いよいよ押し入れブラックホールから回収されたものを鑑定してきます。

まずその前にご報告せねばならないのは、今回の実家捜索目的というか
捜索しようと思い至った動機である
プラモデルがまだ実家のどこかに眠っているのではないか?』
という疑問なのですが、
結果は、『発見できませんでした。』何一つ!

見つかったのは以下の二つのオブジェクト

絨毯の趣味については言わないで!


まずは深宇宙探索の手掛かりとなった王冠コレクション
缶の蓋を開けると・・・中身は請求書の束になっていた!

ということもなく当時の王冠コレクションがちゃんと入ってました。

さすがに年月が経ち、ほとんどの王冠に
うっすらとサビが浮かんでいるのが残念。
特に左下の2つはゴールド千福と勝手に呼んでいて、
まばゆい金色に輝いていたのに!(写真の黄色矢印

コレクションのごく一部

小学校の頃、自転車で毎日のように近所の酒屋巡り
(飲み歩いてはしご酒をしたわけではありません)
空の一升瓶
が入った木枠が、高々と積まれた空瓶置き場から
回収してきた王冠のコレクションである。

ドラえもんでは瓶ジュースの王冠コレクション
流行性ネコシャクシビールスで流行し、
スネ夫が印刷のズレたパンダグレープの自慢をしていましたが、
私の王冠コレクションにも印刷ズレが一つありました。

写真の赤矢印のものが印刷ズレのある扇長
この銘柄は岡山の日本酒。
蔵元は「大田原酒造」。現在は廃業だそうです。
廃業かつ印刷ズレ、これは価値が高そうです。(値段は付かずとも)

ちなみに先日職場の新年会
王冠のコレクションという趣味があることを知っているかと
聞いてみました。

同年代(1~2歳下)男性: 知らないと首をフリフリ
一回り下の年代の女性: 知っているかどうかという以前に
        何のために酒のフタを集めるのか?という目で
       『・・・』

その時、『知ってるよ』の声が、
いつぞやは、メリケンパークにあるカワサキワールドにて
トップガンマーヴェリックの映画に出たバイクが展示されることを
教えてくれた、バリ・キルミーさんである。

『子供の頃、いっぱい持っとったな。
特にコルクの王冠が人気だったな。』

そうなんですよ!
コルクの王冠とまでいうとマニアック過ぎるので
さすがに控えていたのだが、
同じ銘柄の酒でも瓶の口に栓をする部分がプラスチックよりも
コルクの物の方が、2段階くらいグレードアップするのである。

コルクの王冠というのは左のようなもの

すなわち
グレード1(集める価値なし):お父さんも毎日飲んでいるお酒
グレード2(とりあえず収集):見たことの無いお酒
グレード3(重要コレクション):グレード1のコルクバージョン
ということである。

ちなみに見掛けない銘柄且つコルクのものと、
グレード3はどっちが重要か?
(すなわちグレード2のコルクバージョンはグレード4なのか?)
というと、これはなかなか難しい。

見掛けない銘柄だけに、コルク仕様が通常なのか、
それとも通常はプラスチックのものだが
特別にコルク仕様になっているものを見つけたのかが
わからないためである。

やはり特別は、通常があってこそ特別というわけですね。

バリ・キルミーさん、
いつも痒いところに手が届く適格な情報をもたらしてくれる
頼りになる大先輩である。

ちなみに写真の”金水”と”旭菊水”がグレード3であるコルクの王冠

旭菊水は我が町三原市の大藤酒造のお酒なので、
当時はありふれていたお酒なのですが、
それでもコルクのものは珍しかったので見つけたら超ラッキー。

大藤酒造さんも2002年に廃業している。
2000年の鳥取西部地震では、我が実家でも
食器棚からお皿が落ちて何枚も割れるほど
揺れが激しかったらしい。

地震の影響で、清酒造りに重要な綺麗な水をもたらす
水源へのダメージも大きかったらしく、
三原の酒蔵もお酒造りが難しくなったという話を
聞いていたのだが、その影響であろうか?

金水は普段父親が飲んでいたお酒なので、
私にとっては旭菊水よりも目にする機会が多い、
もっともありふれた日本酒なのですが、
これもコルクは家に置いてある一升瓶では見かけたこともなく
なかなかの珍品なのである。

金水は今ネットで調べても、別のお酒”金水晶”しかヒットせず、
蔵元などの情報が不明な、さらに謎のベールにつつまれたお酒です。


次は謎の段ボール箱を開けてみます。
写真のネガが入ったフジカラーの紙袋写真のポケットアルバムが数冊
ノート2冊バインダーが入っていた。
(ノートには何が書かれているのか後で見てみることにしょう)

さらにタミヤニュースどっざりありますが、
現時点ではあまり興味がないので再び封印しよう。

下の方からガンダムカラー
何やらボロボロのガンダムの絵が描かれた袋が出てきました。

ガンダムカラーというのは
Mr.カラーでお馴染みのグンゼ産業が発売していた
ガンダムの各種モビルスーツ専用塗料です。
タミヤエナメルカラーと同じくらいのサイズの小さな角瓶に入った塗料の
3色セットがケースに入って売られています。

量産型ザクとか、ビグザムとかギャンの塗装に使ったのですが
作っていないガンプラ用のガンダムカラーもたくさんある。

使っていないからといっても、もう使えない塗料

現在のトトムはといえば、使うあてがなくとも良さそうな塗料があれば
フラフラと買ってしまうのですが、
さすがに当時はそのようなお金の使い方はしない。

持ってもいないガンプラ用の塗料を買っているはずはないのである。
という事はこれは”持っていたはずのガンプラが無くなっていた!
という動かぬ証拠である。

記憶にもはっきりしているぞゾッグガンタンクの他にも
アッガイゴッグ・・・水陸両用が多いな!
グラブロビグロエルメスといったモビルアーマー達
あとはボールジオングといった変態モビルスーツだ。

行方不明になったプラモデルがこれほどたくさんあるとすれば
被害がガンプラだけとは限らない。

確か装甲騎兵ボトムズではタカラ
1/24 スコープドックラウンドムーバータイプ
太陽の牙ダグラムはやはりタカラ
1/72 アビテートF44D デザートガンナーは買った記憶がある。

タカラダッコちゃん人形リカちゃんチョロQの発売元として
誰でもご存じなのではないかと思いますが
変身サイボーグミクロマンなど、
おもちゃとしても非常に魅力的なラインナップを発売していた。

1981年からプラモデル事業に参入し
玩具会社とバカには出来ない”デキの良い”プラモデルをリリースしていた。
現在はタカラトミーでトランスフォーマーやZOIDSなど人気シリーズあり。

二つ目のガンダム遺産は、ボロボロの袋。
はは~ん、アレだな。

ボロボロでわかり難いのですが、
上部の中央にぶっちぎった跡がありますね。

これはカードの入った袋の上部を紐で束ねて吊るして売っているアレです。
わかりますかね?
いにしえの時代のトレーディングカードです。

好きな袋を選んで摘まんで引っ張り、
束ねている紐からぶっちぎるというワイルドなスタイルの買い方。
一袋にカードが1枚入っており、
10円か20円くらいだったのではないだろうか?

駄菓子屋の10円ガムとか売られているコーナーでついでに買っていく感じだった

今のトレカとは全然違うな。

さっそく中を見てみよう。

大河原邦彦でも安彦良和でもない、無名のイラストレーター達の描いた
モビルスーツ群。

なんだが画風が暑苦しい面々

裏面には山勝コーポレーションのマークと
不許複製、禁転用”という注意書きが記載されている。

更に©創通エージェンシー、日本サンライズ
とご丁寧に、著作権が総通エージェンシーおよび日本サンライズにある
ことを示しているのであるが、絵柄に公式感はまるでなし

気に入ったものだけ残しておいたのだが
袋から出てくるカードの絵柄は妙に頑張ってきちんと描いているものから、
まるでいいかげんなものまで玉石混合であった。


オッケー!
段ボール箱の底が見えたので、こんどは詳しく中身を確認しながら
調査目的に合致しないものは再封印をしていこう。

まずは大量にあるタミヤニュースから。
これはタミヤの新製品情報や、
実物の戦車、車に関する情報などが載っている無料で配布される冊子。
先ほど言ったように現時点では用無し判決 再封印

ちょっと待て
一冊だけ、『怪獣 HAND BOOK 2 The特撮Collection ウルトラ怪獣編
なるものが混じっている。
バンダイホビー事業部の発行した冊子だが、
テレビの映像をイメージしたジオラマを紹介した内容。
そして怪獣は一部のみバンダイ発売の怪獣プラモデルを使用しているものの
ほとんどは造形師によるオリジナル作品である。

定価100円ながら、かなり力の入った内容なのであるが
いかんせん怪獣にはあまり興味が無いのである。

これも封印しようとして、手に取ると情景の一つが目に留まる。
ウルトラQ 第1話『ゴメスを倒せ!』から
ゴメスリトラの対決シーンである。

特撮のセットなのか、放送された映像なのか?

ビビッと来た!
これはものすごく印象に残っているシーンである。

当然ウルトラQ 第1話放送は1966年で生まれる2年前。
再放送でも見たことは無い。
またこの怪獣 HAND BOOKを手に入れた時に、
ジオラマとして見たシーンでもない。

家にあった兄のレコードウルトラマンの主題歌集イラストである。

怪獣HAND BOOKの記事を参考にしつつ説明すれば
北川市の東海弾丸道路第三工区、そのトンネル工事現場で発見された
地下大洞穴から現れた2匹の怪獣、ゴメスリトラ
その場で争い始めたのである。

怪獣たちの熾烈な戦いに巻き込まれれば人間なんかひとたまりもない。
なんとかトンネルの中に避難しようと、逃げ惑う作業者達。

あのトンネルまで辿り着けばなんとか助かる。
そういう時のトンネルまでの距離がなんと長く感じるのだろう。

希望が見えた時こそ、それが叶わないかもしれないという
恐怖が倍増するものなのかもしれません。

ウルトラマンの怪獣というと街に現れてビルを壊したりするだけで
遠巻きに見て入れば、ウルトラマンが倒してくれると思っていたのだが、
このイラストが子供心にとても怖かった

ところがこの印象的なイラストがあるはずのレコードたちも
まったく影も形もなく、
EVENT HORIZONの彼方へ消え去ったようなのである。

この恐怖の一片でも味わいたい人は
庵野秀明監督のシン・ウルトラマンのオープニングを見ましょう。
(ちょっとシチュエーションが違いますが)

このウルトラマンのレコード
ウルトラQからウルトラマンウルトラセブンくらいまでを
カバーしており、歌としては英語のウルトラセブンの歌
めちゃくちゃカッコよかったのである。
(レコードの挿絵はネットでも見つからなかったが、
ウルトラセブンの歌はあったので、みなさまにも聞いていただきましょう)

自分で買ったレコードといえば、機動戦士ガンダム 哀・戦士
サントラぐらいでそれ以外は、ずっと昔からある兄のものだったのだが
ウルトラマン以外に覚えているものといえば
仮面ライダーミラーマンの主題歌

デビルマンのお話レコード。
これは『人も草木も静かに眠る丑三つ時』から始まったような記憶がある。
そして魔将軍ザンニンの『やれぃ、人間どもを叩き潰せ』の掛け声で
事件発生。そんな内容でした。

それ以外には小学〇年生の付録のペラペラのソノシート
憶えているのはドラえもんの声で小学生に話しかけるレコード
お寺の和尚さんが録音したという宇宙人の声”が収録されていたのである。
あの時の耳には
『アーブレロレロレロ、オ、ヘルエス、レブラス・・・』
というようにしか聞こえなかったのだが。

今となっては、宇宙語の翻訳を試みる術もない。

こうして多くの貴重な歴史的遺産が、消え去ったのである。
今からでも遅くはないので、
政府は、”親が子供の持ち物を勝手に捨てることを禁じる法律”を
早急に作るべきである。

ついでに祝日が土曜日になった時でも振替え休日にするように
していただければなお良い。

政府への陳情はこのくらいにして、次は写真の類である。
ネガは何が写っているのか、とても分からないので全てスルー。
ポケットアルバムを開いて写真を見る。

中学、高校、大学のときの自分の写真がほとんど
父親のもっていた50㏄のヤマハのバイク RD50に跨っている
写真もある。
懐かしいが今回のプラモを中心としたテーマとは関係ないな。

ただ一冊だけ、おもしろそうなものが。
我が町三原にやってきたスーパーカーショーへ行った時の写真です。
これにはバッチリ”御三家”が写っている。
とはいってもフィルム写真の時代ですから、
あまりあまり多くの枚数の写真を撮影する習慣はありませんでした。

旅行に行っても精々24枚撮りフィルム 3本程度で、
デジカメで気軽に1シーンだけでも何枚も連続でシャッターを押し、
泊りがけの旅行に行こうものなら数百枚は撮影する現代とは大違いです。

あまりたくさん撮影するとフィルム代の他、
現像代プリント代が高くつくものですから。

スーパーカーショーの写真は全部でたったの12枚
うち御三家を撮ったものは5枚です。

撮影年・月・日は表示ありませんが、
写真の白縁にFuji Clolor 77の文字がありますので、
1977年のものと思われます。

これはまさに第一次スーパーカーブームの年

スーパーカー御三家とは言わずと知れた
ランボルギーニカウンタックLP400/LP500S 
フェラーリ 512BB
ポルシェ 911ターボ

カウンタックは当時、全小中学生のあこがれの的。

写真が下手くそで見切れている

写真に写っているのはクワトロバルボーレでもアニバーサリーでもない
カウンタックLP400

ゴテゴテしたエアロ部品を一切付けていないそのシンプルさが、
イエローのボディーカラーとともに
カウンタックの美しさを際立たせています。

そういえばこのスーパーカーショーで
カウンタックのジグソーパズルを買いました。

それからフェラーリ512BB

あの28のTシャツを着た少年の撮った写真が欲しい!

当時、歴史と伝統を誇る世界一のスーパーカーメーカー
フェラーリのフラッグシップカー512BB
ライバル的存在カウンタックだったのです。

カウンタックはビックリドッキリメカ的なお遊びの車で
実用車としてはフェラーリとは比較にならないほどお粗末であり、
フェラーリの本当のライバルポルシェである、というのは
自動車通を気取った少年の語る”1ランク上”の知識でした。

しかし現在までいろいろな考証がなされた結果、
ミッドシップというカウンタックと同じレイアウトを
わざわざフェラーリロードカーに採用し、
カタログに記載された馬力/最高速度カウンタックを意識した
水増された値であったという実測データをもってしても、
やはり512BBの事実上のライバル
あの時代に少年たちが熱い口調で語った通りに
カウンタックであったと言われています。
実用性がなかったというのはその通りでしょうが。

しかし写真に写っているのはフロントエアーダムのリップ無し形状から
512BBではなく前身の365GT4/BBであると思われます。
後部から撮った写真があると決定的なのですが、
写真は前からの1枚しかないのです。

5125リットル12気筒の意味
対して365は一年の日数でも、3リットル6.5気筒でもなく
12気筒エンジンなのは当然で、1気筒当たりの排気量を表します。
総排気量は365×12=4,380㏄ つまり4.4リットルです。

なんだそれでもエンジンは512より小さいやん!と思う勿れ。

512BBは厳しくなった排ガス規制をクリアするために
排気量を大きくして、逆に馬力を下げたマイナーチェンジ版であり
365GT4/BBこそ、デイトナGTB/4の後継車として
1970年代に君臨したフェラーリの真のフラッグシップモデルなのです。

いや~、フェラーリのスーパーカーとして流通したものは
512BBとばかり思い込んでいたので
この写真を発見しなければ、
自分自身の目であの名車365GT4/BBを見ていたとは気付かないままでした。

たしかにWikipediaで調べてみると
365は生産台数が総生産台数は387台と少ないながらも、
新車・中古車が多く日本に並行輸入されていた時代であったことから、
販売店やスーパーカーショーには365GT4BBが
展示されていることが多かった
と書かれています。

うん!やっぱり365GTB/4デイトナよりも365GT4/BBを美しく感じる
というのは、このスーパーカーショーでの無意識への
刷り込み効果もあったのでしょう。

3枚目の写真はフェラーリの高性能スポーツカーとしてのライバル
ポルシェ911ターボ

うしろのフォーミュラーカーも気になりますね


5マイルバンパー装着
、リアフェンダーの張り出し
そして大型のリアウイングから見ても
間違いなく930ボディーの911ターボであり、
数多くある911の派生タイプの中でも
スーパーカーとしてフェラーリ、ランボルギーニに
並び立つことのできるモデルであることに間違いはありません。

こうしてみると、田舎町にやってきたスーパーカーショーにしては
スーパーカーとして最高の車種が揃っており、
歴史的にも価値のあるものだったことがわかりました。


原子ブラックホールはダークマターだったのか?


とうとう、謎のノートを開く時がやってきました。

一冊目は表紙に筆ペンで”自由帳”と書かれているもの。
そのタイトルだけでは、何を買いたノートなのかわからないのは当然ですが
その下に鉛筆で大きく殴り書きされた”燕を燕す”という文字が
更に謎を深める。

全く意味がわからないので、その言葉を無視して表紙を開いてみる。
はは~ん、これは小学校の時の日記ですね。
内容から見て、6年生

いや日付が全然書かれていないし、
時々日記とも言えない内容も含まれており、
赤ペンが付けられているので、
学校の宿題として提出していたもののようである。

それにしても字が汚いなぁ、
誤字ひらがな書きが多くて、まさにやっつけでやった宿題。

書かれている内容といえば、以下のような他愛もないことで
本当に6年生の宿題としてこれで大丈夫だったのかと心配になる。

日付が書かれているものは( )に記載
・視力検査で視力が落ちたこと
・ガチャガチャでルービックキューブを狙っていること
・ルービックキューブで六面を合わせたこと
・凧揚げ大会
・ジフテリアの予防接種
・近視で尾道の前谷眼科へ行ったこと(1月30日の次の日)
・釣りキチ三平ごっこ
・差別をなくする学年集会で感想発表したこと
・木原で買った磁石でロボットの形を作ったこと
・大陸移動説
・明日は神明さんだ(2月の第二木曜日)
・今日は神明さんへいった。(2月の第二金曜日)
・雨の日の校庭掃除
・松西地区のどんと焼き
・教室で宝探しごっこをしたこと
・『目いしゃにいかんといけん』という愚痴
・日曜参観日であまり発表しなかった(2月15日)
古銭屋へ行ったが閉まっていたこと
・テレビでガンダムを見た事。(2月17日)
・学校で文集の印刷を手伝わされたこと
実国で30円のケーキを20円で買ったこと
図解:ルービックキューブの合わせ方(一巻~四巻)
・冷え込んで雪が降った
・友達と山へ行ってつららを見つけたこと
・初めて一人で前谷眼科へ行ったこと
友達と「みつわ」に「プラスティクモディル」を買いに行ったこと

日記で書いた主題とは何の関係もなく、4つほど発見がありました。
1.視力検査で視力が落ちたこと
ぼくはひどうわるうなって0.6と0.7だった。”と書かれている。

ショックを隠すためか、米国製ルービックキューブ、の絵の横に
”物が良い”、”うおー、ぱりーん”と書いている。

ああ、これね
この”うおー、ぱりーん”は今でもトトム家、語り草の
子供の頃の事件である。

実家の前は人の背丈くらいの高さの道路線路が通っており、
玄関を出ると目の前はになっている。
壁の向こうは当然見えないのだが、
ある日近所の子供たちトトムを含む)が
壁の向こうに向かって小石を投げるという
危険極まりない遊びを始めたのである。

小学生による、リスク評価



おそらく小石の着地地点線路の中であり、
もともと石ころだらけなので、
レールの上に偶然乗っかるようなことがなければ、
(当然電車が通っていなければであるが)
それほど深刻な事態にはないはずである。

その時、ちょっと運動が得意なサイコヨージン君が、
「こんどはワシが滅茶苦茶遠くまで投げるけぇ」と言い出し、
うお~」と雄叫びを上げながら、渾身の力を込めた投擲をしたのです。

見事な放物線を描きながら、壁の向こう側に消える小石。
直後に、壁の向こうの見えないところから、
パリーン”という音だけが聞こえてきました。

どうやらそれまで投げた誰のものよりも遠くに飛んで行った小石は
見事線路を超え、向こう側の家の窓ガラスが着地点となったようです。

ドラえもんに出てくる神成さんのようなオヤジの家だったら大変だ。
やべぇ、ズラかれ

というわけにはいかず、おそるおそる行ってみたところ
そのお宅はお留守のようでした。

そんなわけで、うやむやになった事件でした。(ええんかい!)

2.古銭屋へ行ったが閉まっていたこと。
昔の高尚な趣味といえば、切手古銭の収集。
切手という紙切れにお金を出すのはもったいない気がするので
50銭硬貨とかお求めやすい価格の古銭を少しだけ買ったことがある。

日記に出てくる古銭屋というのは『矢野スタンプ・コイン』さん。
まぁこの日は閉店していたということで、
古銭に関する事件は起きないのですが、その後、重要な事実が判明!

矢野スタンプ・コインの近所にある大浜屋模型店
2000円のザクを買ったと書いてあるのです。
これは間違いなく1/60 量産型ザク

店の名前を忘れた寿町寿模型店(仮称)で買ったものだと
プラモのキオクに書いていたのですが
記憶違いだと判明。

日記には奇跡的に前の日(2月15日)と次の日(2月17日)の
日付が記されていたため、
ガンプラを始めて買った記念すべき日
1981年2月16日であることが突き止められたのです。

3.実国で30円のケーキを20円で買ったこと
実国(じつくに)というのは近所にあった駄菓子屋(文房具も売っていた)の名前
その頃の駄菓子屋さんは個人でやっているので、
そのお店を開いている人の名字でもある。

これ以外に藤木、木原、黒飛(くろとび)などたくさんの駄菓子屋が
近所にあったのです。

さて30円のケーキを20円で買ったとは何の事でしょうか?

それを紐解くには、後年の職場の新年会(またか!)の場面から。

先日の新年会とは別の部署であり、
100人くらい参加する立食での新年会ですが、
若者がテーブルにやって来てトークネタ披露

『昔、夏休みに親戚の子が実家に遊びに来まして、
暑いんでケーキ買いにいこうや!”と誘ったんですけど
”なんでケーキなん?”て滅茶苦茶不思議がられたんですよ。』

タイでは普通らしいよ


『トトムさん、広島でケーキっていったら何の事か知ってますか?』

『知っとるよ、アイスクリームの事やろ?』

『えー、知っている人って初めてですよ、何で知ってるんですか!』
『だって、三原出身やもの、いっつも”ケーキ買いに行こ”っていってたもん
正確にはアイスクリームじゃなくって、棒付きのアイスを指すんよね』

すなわちケーキとは棒付きの氷菓子(アイスキャンデー)のこと。
キャンデー → 甘いお菓子 → 本来焼き菓子を表すケーキ
アイスキャンディーあらためアイスケーキの略なのだろうか?

語源は知らない。
が、広島の少なくとも瀬戸内海に面する一部地域では
普通に使われている(いた?)の言葉です。

ここで日記に戻りますと
”じつくににいって30円のケーキが買うとじつくにの
おばさんが20円でええよといって20円しかとらなかった
それにやけににこにこしていた。
なんかええことあったんかのうと○○君が行った。”

これが小学校六年生にもなって書いた文章なのか
目を覆いたくもなりますが
この30円の”ケーキ”というのは
おそらく当たりバーではないかと思います。

あったあった!コレコレ

オレンジ色の氷菓子の中に白いクリーム状のものが入っているというか、
クリーム状の芯オレンジの氷菓子が覆っているというかは
この際どっちでもよいのですが、
このクリームがあまりおいしくない。

いつもオレンジの部分を食べ終わると、
急速に”ケーキ”のおいしさが無くなるというか、
本来のケーキの意味での、うっとくる感が出てくるのです。

ところでなんで30円のものを20円で売ってくれたんだろう。

4.友達と「みつわ」に「プラスティクモディル」を買いに行ったこと。
プラスティクモディル
というのはプラスチックモデル
書き間違えているのか、あるいは気取った言い方をしているつもりなのか?

ふだんは『プラモ』というところをわざわざ、このように書いているので
ふざけて気取った言い方にしたのではないでしょうか?

みつわというのはプラモデル屋さんの名前であろうが、
近くにみどり書店がある”という記載がされており、
これが例の名前が思い出せない駅前のプラモデル屋さんだと判明
寿模型店(仮称)あらためミツワ模型店である。

(おまけ)
せっかくなので
力作である図解:ルービックキューブの合わせ方(一巻~四巻)
のスキャン画像を載せておこう。

保存版


二冊目は表紙には何も書いていないノート
これにも年月が書かれていませんが、
内容からすると中学三年から高校二年くらいの時のノート。

プラモデル製作のアイデア欲しいプラモデルやるべき事リストなど
頭の整理をするために何でも書き留めた節がある。
それだけに小6の自由帳よりも判読しずらいページが多い。

判読しずらいだけでなく、内容が完全に自分自身用のメモなので、
このnoteで取り上げるようなものはあまり無いのですが、
なんらかの発見があり、そして恥ずかしさが少ないものを
少しだけ書いておこう。

1.ゴリアテの設計図
ゴリアテのイラストが掲載されていたホビージャパン誌
その他の書籍とともにすっかり処分されていたのですが、
このノートにコピーを貼り付けて、
部品の図面を書いたりしているのを発見しました。

ノートからnoteへ

ちなみに完成品をホビージャパンの読者のページに
応募しようとしていたのか(してませんけど)
謎の原稿を別のページに発見

原稿そのまんまでタイプ起こししておこう。

はじめてお便りします。
本誌9月号の源文先生のイラストなどを見て作りました。
はじめてのフルスクラッチ1/35ゴリアテです。
わからないところは他の資料を見ようともせず推測で作った迷作です。
しかしこれがタイガーやパンサーに見えないところを見ると
やはりゴリアテとついうなづいてしまう私です。

製作にあたってはタミヤや他のイラストを見ると3つくらいあったりと
すべてディティールがまちまちで、どうするか迷いましたが、
結局源文先生のイラストをメインにして作りました。

プラ板の張り合わせで、キャタピラのアイドラーは1/76Ⅰ号戦車
ドライブスプロケットは1/72M3戦車のものを流用しています。
なにしろ少ない資料でやったのでプロポーション、ディティール
なによりそのものの大きさとすべてがうそです。

中学・高校時代のノートより

2.買いたいプラモデル
このノートで頻繁に出てくる内容。
プラモ雑誌が発刊されるたびに、こまめにアップデートしている。

ゴリアテを製作しているのと同じ時期のリストには
アニメ、飛行機、ミュージアムモデル、バイク、AFV、艦船、車と
ジャンル別に欲しいプラモデルをノミネートしたうえで、
不要なものに×をつけ、欲しいものを枠で囲んでいる。

一部を抽出すると
アニメ・SF: SF3D、ベルゼルガ、1/100可変スーパーバルキリー
     (買ったのはSF3Dくらい)
飛行機:アンティークキットを大浜屋で買う
    (レベル製の爆撃機とか買ったかも)
ミュージアムモデル:オーロラナイト(なんだっけ?)
バイク:ドゥカッティ900SS
    (900SSでなくNCRレーザーを買ったが、少し作ってやめた)
AFV: ニイタニで買う(広島市の模型店だ)
    ロコモデル
    (そういえばドイツの1/87の現用戦車があったが買っていない
    イタレリM4A1シャーマン(買ったな)
    タミヤ メルカバ(買っていない
艦船: Uボート(買っていない
車:ミニクーパー(買ったのは就職した後のこと)

高校生の小遣いではさすがに限界があり、
意外と慎ましやかに我慢しているな。
それでも166個+実家で紛失した最低でも13個くらいは
溜まってしまうのだから、積み重ねとは恐ろしいものだ。

ところでミュージアムモデルオーロラナイトって何だっけ?
夜のオーロラのプラモデル? それはないな。
オーロラというのはモンスターシリーズなどを発売していた
伝説のプラモメーカー。
ナイト、NIGHT、KNIGHT!
思い出した!オーロラ社も西洋甲冑のシリーズを出していたのだ。

オーロラ社のプラモは箱絵が芸術的

これが博物館に飾っているもののようにカッコ良かったので
リストに記入したのだが、結局入手は難しかった。

それでイマイのArmored Knightシリーズを買ったのだった!
超思い出しました

3.カウル付き自転車

オープントップタイプのズゴックとともに
カウル付き自転車の落書きがありました。

想像は自由

描かれている場所はノートのちょうど中盤くらい。

後半はプラモに加えて勉強の計画模試の結果などの記載が増え
だんだん受験生感が出てくるこのノートですが、
これを描いた時期はまだ、高一くらいか?

発動篇で塾の模試の時に河合君の自転車に,
ボール紙でつくったカウルを取り付けたことを書きましたが、
その設計図としては時期が早い。

おそらくこんな自転車があったらどうだろうという
妄想を絵にしていたものを、
河合君のみ模試を受けるという好機が到来し
Dreams comesTrue!とばかりに実行に移したのだと思います。

4.将来の夢
前置きなしで、ノートに書かれていたことをタイプアップします。
(ドキドキ)

私は一流モデラーを目指す‼
Ⅳ号戦車を最後に直接のプラモづくりはやめて
(注:おそらく受験を意識、でもやめてません)
ジオラマの研究は怠らないこと。
本などで、材料などいつも見て、遅れをとらないこと。
(注:おそらく時代の流れから)

高校へ行って、将来技術者?になり、
平凡な家庭を持ち、
仕事の傍ら、プラモデルをつくる一流モデラーになる。

そのために一生懸命勉強する。
将来安定した生活をするため。

中学・高校のノートより

死ぬほど恥ずかしいけど、書ききったぞ
いやいや、黒歴史やなぁ。物も言えねぇ。

恥ずかしいついでに、先にも書いた先日の職場の新年会
(お酒を飲んだ勢いもあり)
中学時代のノートにかかれていた将来の夢
大発表しました。

反応は?
『将来技術者になり・・・』
  『うわ、なったじゃないですか!』

『平凡な家庭を持ち・・・』
  『・・・』

『仕事の傍ら、プラモデルを作る・・・』
  『まんま今のトトムさんじゃないですか!
   夢叶いましたねぇ~

『まぁ中学生の時に、”家庭を持ち”の前に”平凡”をつけているところは
非凡なものを感じますけどね。』

ところで、この”将来の夢”をわざわざ書いたのは
小学校の日記にしても、中学・高校のノートにしても
後から見るとなかなか辛いものがあるなということを示すため。

まさに”人に黒歴史あり”です。

では今書いているnoteも時が経てば、
うっわ、恥ず!という黒歴史になってしまうのか?
と疑問を抱かざるを得ません。

そういう目で今一度小学校の日記を見直すと、
拙くはあるが人に見せて特別恥ずかしくはない
一方で中学、高校のメモや決意というものは
一生懸命考えて書いたにしても、かなりのヤバさである。

要は幼いが故の拙さはあるが、他人に見られることを前提に
創作したものは、特に恥ずかしくはなく、
自分の内なる世界に関する内容というのは、
いつ書いたものであろうが
他人に公開するのは恥ずかしいということなのでしょう。

拙い部分が多々あるでしょうが、
一応人様に見ていただくことを意識して書くnoteが
黒歴史とならないことを望むばかりです。

あ、そういえばまだバインダーが一冊残っていたな。
ピラ

・・・

やばい、これはヤバすぎる。

あの頃は自信作だったのだが

小学校のとき、
勝手に友達と二人で出版会社を名乗り、
 勝手に自分達で会員になり
  勝手に発行して
    勝手に2~3人の友達に配っていた
ポンポコブック』ではないか!

これはいけませんなぁ。
他人に向けて創作したものだったとしても
宇宙中にあるすべてのダークマターを集めたよりも黒い

やはり創作の経緯によらない普遍的な黒歴史というのは
存在するんだよぉ~

帰還

全てのミッションを終え、実家を後にする。
夜なので高速道路は空いている。
インターチェンジからの合流車を避けるため空いている右車線を巡行
ふと気が付くと左車線後方を走るパトライトを光らせたパトカー
いつのまにか追跡されているではないか!

スピードが出過ぎていたかな?』

しまったと思いつつ制限速度近くまで減速
一旦パトライトの光が止まるがしばらくして再び点灯
サイレンはまだならない。

ポコぞうと、『これは、ちょっとマズいね』と話しながら
しばらくナゾのチェイスが続いた後、
埒が明かないので、
とりあえず左車線に入りパトカーの真ん前に位置する。

すると、とうとうパトカーがサイレンを鳴らして右から追いついて
横に並び、
『ついてきてくださ~い』とスピーカーでこちら向かって叫ぶ。

パトカーの助手席警察官と目があったのは、
やはり助手席ポコぞうなのだが。

インターチェンジ出口のゼブラゾーンに停まる。
目の前に停まっているのは黒いトヨタの覆面パトカ

覆面パトカーから警察官が出てきて、
先ほどのランデブーで左ハンドル車であることを理解しているのか
まっすぐ左の運転席に向かって近づいて来る。

ウインドウを下げる。

今回もボコぞうはトトムの財布から免許証を取り出してくれたり、
テキパキと助手の仕事を果たしてくれている。

高速隊なのですが』
(なんかかっちょええのに捕まったよー)

高速隊の人日く
速度は少し超過していたがすぐに速度を落としたので良い。
・右車線をずっと(3kmくらい付いてきたとのこと)
 走っていたので走行車線外通行
 (ヘー、そんな違反があったんだ。)
直ぐ左車線に戻ってもらえれば違反にはならなかった。
 (左車線後方をパトカーに走られていたら
 その前に入ろうという気にはなかなかならないが・・・)
・罰金6000円、減点1

警官にもよるのかもしれないが、
パトライトが付いていても、サイレンがなっていなければまだ間に合う。
パトカーのランプに気が付いたら
すぐにスピードを落として、左車線を通行し、
ドキドキしながらお沙汰を待ちましよう。

家で待つゼニファーを心配させないようにlineで連絡してくれたり
最後の最後までボコぞうさんの助手席での見事な助手ぶり、
最高レベルの感謝です。

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