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【節水便器 開発秘話②】 30年前の“3分の1以下”で流せる理由――「セフィオンテクト」編

本noteはPR TIMES STORYで2022年8月17日に公開した記事の転載です

節水便器の開発秘話を3話に分けてお伝えする第2話目。

20世紀から21世紀への転換点に、TOTOの節水便器に欠かすことができない2つのコア技術――セフィオンテクト、フチなし・トルネード洗浄――が誕生しました。今回は2つのコア技術のうち、画期的な防汚(ぼうお)技術「セフィオンテクト」(1999年〜)を紹介します。


そもそも、「セフィオンテクトって何?」という方がほとんどでは? 

でも、外出先のトイレで、このロゴを見たことはないでしょうか?

「セフィオンテクト」とは、便器などの衛生陶器の表面を100万分の1mmのナノレベルでなめらかに仕上げることで、汚れが付きにくく、落ちやすくなるTOTO独自の技術。

「節水便器の開発」で日本セラミックス大賞を受賞した3人のうち、「セフィオンテクト」の開発に関わった一木と堀内に開発秘話を聞きました。

聞き手:TOTO株式会社 広報部 本社広報グループ 桑原由典

抗菌から始まった、防汚技術の探求

――今では、TOTOのほとんどの衛生陶器に施されている防汚技術「セフィオンテクト」は、どういう経緯で開発がスタートしたのでしょうか?

一木智康
(現・総合研究所 副所長)

一木:1996年に発生したO-157による集団食中毒事件をきっかけに、90年代後半に日本で「抗菌ブーム」が起きたことをご存知でしょうか? 

実はTOTOでは、抗菌ブームの前から銀を使った抗菌技術の研究・開発に取り組み、「抗菌衛生陶器」を1995年から販売していたんですよ。

銀抗菌は、菌の繁殖を抑える作用はもちろんあるのですが、効果がわかりにくかったんです。「菌が繁殖しにくいから衛生的」と言えばそうなのですが……。

トイレを使っていて実感できる効果って、便器が汚れにくくなるかどうか、つまり「防汚性」ではないかと。

便器表面から採取した菌の顕微鏡写真

――菌と汚れって、関係があるんですか?

一木:大いにあります。

排泄物などの汚れ(有機物)を栄養として菌が繁殖し、目に見える頑固な汚れになってしまいます。つまり、菌の繁殖を徹底的に抑えるか、汚れそのものを便器に付きにくくすればよいのですが、銀抗菌では、頑固な汚れの抑制に少々物足りなさがありました。

約1年半の短期開発プロジェクトがスタート

一木:世の中は抗菌ブームで、身の回りのさまざまな商品が「抗菌」を謳うようになっていました。しかし、TOTOとしては、銀抗菌で便器の付加価値をあげることに、活路を見いだせなくなっていました。

そこで、1998年に入ってまもなく、「画期的な防汚技術を開発せよ!」というプロジェクトが始まったのです。

――「セフィオンテクト」は1999年ですから、開発期間がかなり短かったんですね。

一木:1999年7月に発売が決まっていた「レスティカ」という便器に、新しい防汚技術を搭載することだけ決まっていました。1年半くらいしか時間がなくて、よく間に合ったなと思います。

「セフィオンテクト」を初搭載した「レスティカシリーズ」
(1999年|大洗浄8リットル、小洗浄6リットル)

私は当時、入社3年目の新米で、研究所で衛生陶器の素材に関する研究を担当していました。お題を与えられたものの、手がかりが全くない状態……。そこで、「銀以外の別の物質で、もっとすごい抗菌効果が出せないか?」という検討から始めることにしました。

「すい、へー、りー、べ(H・He・Li・Be)……」で覚える元素の周期表がありますよね? 周期表にある元素をかたっぱしから釉薬(ゆうやく)に入れては焼いてみて、その性能を見る、ということを繰り返しました。

――便器に色とツヤを出す、釉薬(ゆうやく)そのものに混ぜたんですね。

一木:そうです。陶器の上から別素材をコーティングする方法もありますが、長持ちしにくいんですよね。

プラスアルファの機能がでる成分を釉薬に混ぜてから陶器の素地に塗り、約1200℃の窯で陶器本体と一緒に焼き上げると、陶器と一体化して長持ちします。

いろいろな元素で試したのですが、焼いてみると真っ茶色のとんでもないものができたり、失敗の連続でした。

釉薬を吹き付ける「施釉(せゆう)」工程

事業部が見つけた釉薬のレシピ「S16」

堀内智
(現・衛陶生産本部 副本部長)

堀内: 実は、衛生陶器の事業部にも同じお題が与えられていました。

通常は、研究所が技術のシーズ(種)を見つけて、それを事業部が受け取り、商品に実装できるレベルまで開発するという流れです。しかし、開発期間が短かったので、研究所と事業部が、同じテーマで並行して研究・開発を進めていたんですよ。

私は、事業部として衛生陶器の原材料を開発する部署にいました。一木さんと同じく、何から手をつければいいか分からない状態だったので、釉薬そのものの可能性を広げる検討を始めました。

釉薬は、艶を出すガラス成分(シリカ)を中心に、粘りや硬さや色を出すためのさまざまな成分が混ざっています。塩加減で料理の味が変わるように、釉薬の成分の配合バランスで、釉薬の性質を変えることができます。そこで、釉薬成分の“レシピ”を数十種類つくって、防汚性のテストをしてみました。

釉薬の原料の一部

すると、「S16」とナンバリングしたレシピが、とても汚れがつきにくかったんですね。「なぜ汚れがつきにくいのか?」という理屈は後回しにして、この「S16」をもとにして、研究所と事業部で連携して、新しい防汚技術を開発することにしました。

――「S」には、何か意味があるんですか?

堀内:「Shiro(白)」の「S」です。

衛生陶器は、基本的に白い釉薬をかけますからね。当初は、従来の白い釉薬を改良して、高い防汚性をもたせようとしていたことがわかりますね。

衛生陶器の常識を覆す「二層がけ」のアイデア

堀内:さらに防汚性を高めるためには、「汚れが付着する“とっかかり”をなくせばいい」という発想で、「S16」の釉薬をとにかく細かく粉砕し、できるだけツルツルな表面になるように試してみました。

しかし、なかなか上手くいかなくて……。釉薬面にひび割れが発生して、ところどころ下の素地が見えている、まだら模様になってしまいました。

見るに見かねた当時の上司が、「二層がけしてみたら?」とアイデアをくれたんです。

――二層に釉薬をかけることは、珍しいんですか?

堀内:絵柄のついた食器や花瓶などでは、一層目の釉薬をかけて焼き、その上から二層目の釉薬をかけてもう一度焼くことがあります。衛生陶器は柄をつけることがまずないので、釉薬の一層がけが常識でした。

TOTOはかつて、食器もつくっていました(1918~1970年)

食器で得意としていた「瑠璃(るり)色」は、
TOTOのコーポレートカラーのベースとなっています

S16のレシピで、「ツルツルで防汚性の高い表面だけつくる」ための透明な釉薬「T(Toumei)16」をつくり、二層目にかけるという発想。色を出すための通常の釉薬の上に「T16」の釉薬をかけて焼いてみると、うまくいきました。これが「セフィオンテクト」の原型になったんです。

一木:そこからは急ピッチで開発が進みましたね。

研究所側で、「T16」を具体的にどうやってつくるか検討しました。衛生陶器の素地と同じように、釉薬も従来は天然原料からつくっていたのですが、ツルツルを極めるためには、透明な成分、つまりガラスの純度を高める必要がありました。

「セフィオンテクト」の原料

真の凄さは、1回焼きで二層をつくる生産技術

――なるほど。一層の釉薬にプラスアルファの防汚性まで詰め込むのではなく、二層目の釉薬に防汚性の機能をもたせたわけですね。ということは、2回焼いているんですか?

一木:1回しか焼きません。実は、1回焼きで二層をつくれることが、「セフィオンテクト」の真の凄さなんです。

もちろん2回焼いてつくってもいいんですが、生産コストが跳ね上がります。1回焼きだからこそ、ほとんどのTOTOの衛生陶器に「セフィオンテクト」が採用できているんですね。

衛生陶器の焼成工程の概念図

全長約100〜120メートルの「トンネル窯」で
約15〜24時間かけて焼成する

堀内:言うは易しで、実際にはすごく難しいんですよ。

種類の違う釉薬をかけて、最高温度が約1200度の窯の中で焼いていくと、普通は2つの釉薬が溶けて混ざってしまいます。2つの釉薬それぞれの“レシピ”、窯で焼く技術など、さまざまなノウハウがないと「セフィオンテクト」はつくれません。

一木:誕生して20年以上経つので、「セフィオンテクト」の特許自体は切れています。それでもTOTOの独自性が保たれているのは、TOTOの高い生産技術の賜物だと思います。

TOTO本社(北九州市)にある小倉第一工場に新設され
2022年8月から稼働している最新鋭の焼成窯

「セフィオンテクト」はなぜ汚れにくいのか?

――「セフィオンテクト」の防汚性について、改めて教えてください。

一木:衛生陶器の表面をツルツルにする「平滑性」と、水と馴染みやすくする「親水性」、この2つの特性によって、高い防汚性をもたらします。

平滑性は、いままでお話してきたように、釉薬を二層がけして、二層目の釉薬で純度の高いガラス層を表面に形成して実現しています。

もう少し詳しく説明すると、従来の釉薬には、ツヤを出すガラス成分に加えて、色を出すための顔料として「ジルコン(珪酸ジルコニウム)」が入っています。このジルコンの粒が表面にも露出しているので、ミクロレベルで見るとザラザラしているんですね。

さらに長時間使っていくうちに、表面のジルコンが剥がれ落ちていきます。そこを起点として表面の凹凸がどんどん粗くなり、汚れがつきやすくなってしまいます。

セフィオンテクトのガラス層は、100万分の1のナノレベルの平滑性があるだけでなく、ジルコンを含んでいないため、ツルツルが長持ちします。また、便器の素地と一緒に約1200℃の高温で焼いているので、耐久性も抜群です。

――セフィオンテクトに「親水性」がある理由は?

一木:親水性、つまり水との馴染みやすさは、実はガラスそのものの特性なんです。

キッチンでの洗い物を思い出してみてください。プラスチックの食器と比べて、ガラスや陶器の食器は、汚れ落ちがいいですよね? 水と馴染みやすいと汚れの下に水が入り込み、汚れを浮かせて落ちやすくしてくれます。

従来の釉薬にもガラス成分は含まれていますが、セフィオンテクトはほぼ100%ガラス成分ですので、ガラス本来の“水との馴染みの良さ”が、より引き出されています。

“小さな足し算”より“かけ算”のシナジー効果を

――「セフィオンテクト」は、「抗菌」からスタートして、最後は「超平滑・親水」になったわけですね。

一木:結局、「抗菌」や「超平滑」は“手段”に過ぎないんです。便器の防汚性をどうやって高めるか、その性能をどれだけ長く保てるかという“目的”の達成こそが重要です。

そうした観点からみても、「セフィオンテクト」は、目的に適った、かなり完成度の高い技術だと思っています。

堀内:1999年に誕生して20年以上経っていますが、今でもTOTOのトイレの重要な訴求ポイントの1つになっていますからね。技術進化が比較的緩やかな水まわり業界とはいえ、20年以上も第一線の技術というのは、なかなか珍しいと思います。

――「菌」への対応という点では、その後、「きれい除菌水」(2011年〜)が開発されましたね。

一木:「きれい除菌水」に私達3人は直接関わっていませんが、防汚性を高める手段として、理にかなっていると思います。便器の防汚性を高めるために、便器だけで解決しなくてもいいんです。

堀内:便器の上に載っている温水洗浄便座「ウォシュレット®」の中で水を電気分解して次亜塩素酸を含む水(=「きれい除菌水」)をつくり、洗い流したあとの便器に吹きかけて除菌します。

汚れが付きにくく落ちやすい「セフィオンテクト便器」に加えて、その便器を除菌できる「ウォシュレット®」との“あわせ技”で、さらに防汚性を高めています。

「ウォシュレット®」から「きれい除菌水」のミストを
洗浄後の便器に吹きかけて除菌し
汚れの発生を抑制する「便器きれい」機能

一木:もちろん、それぞれの技術をさらに高めていく努力も必要ですが、それは“足し算”になりがちです。小さな足し算を、お客様は求めていないかもしれない。

「セフィオンテクト便器」✕「きれい除菌水」のような“かけ算”による相乗効果、すなわちシナジー効果でトイレ全体の防汚性・清潔性をトータルに高めていくことが、お客様にとっての価値をさらに高めることになると思います。

>>>第3話へ続く 

「節水便器 開発秘話」は、3話に分けて掲載しています

第1話:進化が加速した1990年代
第2話:「セフィオンテクト」編
第3話:「フチなし・トルネード洗浄」編

プロフィール

堀内智(ほりうち・さとし)
1989年、東陶機器株式会社(現・TOTO株式会社)入社。衛陶材料技術課、中津工場衛陶製造部係長、同課長、TOTO MEXICO製造本部長、TOTOサニテクノ株式会社 中津衛陶製造部長、TOTO INDIA上席副社長、TOTO株式会社 衛陶技術部長を経て、2020年4月より衛陶生産本部 副本部長。

柴田信次(しばた・しんじ)
1987年、東陶機器株式会社(現・TOTO株式会社)入社。商品研究所商品研究課、同商品第4研究室、同第5商品研究グループ、同第二空間システム研究グループ研究主査、同衛陶商品研究グループ グループリーダー、衛陶開発グループ 技術主査、住宅商品開発第二グループ 技術主査、衛陶技術研究グループ 技術主査、衛陶技術部 研究主幹、レストルーム研究部 技術主幹、衛陶開発部 技術主幹を経て、2016年4月より衛陶開発第一部 主席技師。

一木智康(いちき・ともやす)
1995年、東陶機器株式会社(現・TOTO株式会社)入社。小倉研究所、衛陶材料技術グループ、衛陶技術研究グループ チームリーダー、レストルーム研究企画グループ 課長、衛陶材料技術グループ 課長、東陶機器(北京)有限公司および北京東陶有限公司 副総経理、東陶(福建)有限公司 総経理、TOTO株式会社 衛陶事業推進室 部長を経て、2022年4月より総合研究所 副所長。



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