【ショート・ショート】仕事人
「では、トニックをつけてマッサージをやっていきますね」
啓太は、最近開店したばかりの理容室で髪を切っていた。この店にくるのは初めてだ。店主の腕に過剰な期待はしていなかったが、この店に来て正解だった。流れるような手捌きで啓太の希望どおりの髪型にカットしてくれた。ハサミで髪を切る音も軽快で、それだけでリラックスできた。
「お客さまは、うちの店初めてですよね」
これまで黙々と仕事に打ち込んでいた店主が啓太に話しかけてきた。
「あ、ああ。ちょっと知り合いに勧められてね」
「そうなんですか。それは嬉しいですね」
店主は、「ハールワッサー」というトニックを頭皮に塗布していった。そして、両手の指先で頭皮をタッピングしていく。
「あー」
啓太が目を細めた。
店主は次に両肩の楺撚(じゅうねん)を始めた。
「その知り合いというのは、『大山』さんですか?」
「あー。そうそう。仕事で最近知り合った人」
目を閉じたまま啓太が答えた。
「『大山』さんは、なんて言ってました?」
店主は、甲打法という軽く握った状態の手のひらで叩くやりかたで肩の周辺をほぐしていった。
「すごくおすすめだって言ってたな。至福の時間を過ごせるって言ってたな。確かにそうだな。マッサージもいい」
「ありがとうございます」
店主は、マッサージが終わると、折りたたみ式の剃刀を使ってうなじの髪の毛を整え始めた。
「お客さまは、『大山』さんとは仕事が初めてで?」
「ん?ああ、そうだよ」
「そうなんですか。『大山』さん、お客さまのこと知っている様子でしたよ」
「え?」
「お客様は、『鬼頭』さまですよね」
「俺の顔知ってるの?どこかで会ったことあったっけ?」
店主はもみあげ部分を整えている。
「『大山』さまから、鬼頭さまのことを頼まれていたんですよ」
「頼まれていた?」
「そう。恨みを晴らしてほしいって。この店はそのために用意したんですよ」
店主はもみあげを整えていた剃刀を、すばやく啓太の首すじにあて、そのまま真横に引いた。勢いよく深紅の液体が噴き出してきた。
「かはっ。な、なんで・・・」
「あなたがいじめで自殺に追い込んだ同級生達の恨みですよ。」
(終わり)
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